11.少年は皇女に手を伸ばすも届かず…

 時は野外実戦演習当日。

 場所は南西に向かった皇国外の森林地帯。

 生徒たちは動きやすい軽くて丈夫なローブを纏い、訓練用の剣や杖を所持している。

 引率のブルクスは冒険者だった時の装備だろうか、ローブの下に年季の入った鎧と、身の丈と同等に長くそこらの樹木と同程度に幅広いであろう大剣を背中に担いでいる。

 完全とは言えぬもののしっかりとした装備をしたHグループは、慢心することなく慎重に森を進んでいた。


「全員、気を緩めるなよ! ここは学園とは違う、明確な命の危険があるんだ! 常に死が隣にいることを頭に入れておけ!」


 授業をしている時の数倍、声を強ばらせ緊迫感を発している。

 それとは相対的に、生徒達はブルクスに見つからないようにコソコソと話したりとまるで遠足に来ているかのような様子だ。


 この中で、周囲を警戒しているのは引率のブルクスの後ろを少し離れて歩き、生徒一行の先頭を歩く第3皇女のアイシャぐらいなものだ。


 不足の事態に備えて、ブルクスの指示をすぐに聞けて後続の生徒たちを守れるまさに正解に近い位置取りだろう。

 俺は「妾子の後ろなんて歩けるか!」ということで、必然的に最後尾の後を、更に少し離れた所にいる。


 少し進むと、ブルクスが手を挙げた。

 魔物が近づいてきた合図だ。

 気を緩めた生徒たちも、その合図にすぐ気を引き締め緊迫感を漂わせた。


 静寂に包まれた森に、風に揺らぐ木々の音と微かな足音がこだまする。

 生徒たちは息を飲み身構えている。アイシャや俺も例外なく構えた。


 風が止み、森から木々の音が消えた。それに合わせるかのように足音も鳴り止まる。

 僅かな間が空き、生徒たちの緊張がほんの少しだけ緩んだ。


「…襲って来ない…?」

「…どっか行ったのか?」

 

 生徒たちがざわめき始めた。

 その中で、引率のブルクスとアイシャと俺だけが警戒を緩めなかった。


「グギャギャギャギャ!!!」


 気を緩めた生徒たちの隙を着くように、茂みや木々の影からゴブリンとコボルトが飛び出した。


「うわぁ!!」

「きゃあああ!!!」


 虚をつかれ、固まる生徒に腰を抜かす生徒。

 そんな生徒たちに容赦なく魔物達が襲いかかる。


 その手に持った荒削りの刃が驚愕と恐怖に染まった生徒たちの顔に突き刺さる…かに見えた。

 荒削りの刃は、半透明の壁に防がれた。


「しっかりしなさい! なんの為にここに来たの!!」


 凛として迫力をのせた叱責が、生徒たちを鼓舞する。

 その声の主は、無詠唱で手を掲げ、[結界]を放っていた。

 結界は、最後方の俺を含んだ生徒全員を覆い、二十を超えるであろう魔物の攻撃を防いでいた。

 広範囲且つ高性能、見事な結界だ。魔術師としての腕の高さを伺える。

 学年どころか、学園でもこれほどの使い手はいないだろう。


 守られ、叱責を受けた生徒たちは立ち上がり、剣や杖を抜き、魔物達に向けた。

 アイシャはそれを確認し、生徒たちに解ける瞬間が分かるようゆっくりと薄くして行き、結界を解いた。

 完全に解けた瞬間、生徒たちと魔物達の戦闘が始まった。


 入学初日に絡んできたバーンやその友人たちもなかなかの腕だった。

 盾で相手の攻撃を防ぎつつ、剣や魔術で相手をする。

 多少覚束無いが、それでもヒットアンドアウェイの形は完成しつつあり、魔物達を圧倒していた。

 その他の生徒たちも、危ない様子はありつつもどうにか魔物達を倒していった。

 ブルクスとアイシャは自分に襲いかかってきた魔物を瞬殺し、他のカバーに力を注いでいた。

 俺は、戦っている風を装いつつ、その様子を観察していた。




______________________




 幾度かの襲撃を乗り越えつつ森を進み、少し開けた場所に出た。

 生徒たちも疲弊していたのでここらで少し休憩を取る事になった。

 

 ここまで来るのに、アイシャは生徒たちの先頭を歩き、自分に襲いかかってきた魔物への対処もしつつも、他生徒の戦闘をカバーしていた。それは引率のブルクスに劣らずの働きをしていた。


「皇女殿下、助かった。俺では全員庇いきれずに、数人死傷者を出していただろう」


「いえ、あの程度大したことではありません。」


「そんなことはない、皇女としても魔術師としても立派だったぞ」


「…ありがとうございます。それと先生、少し気になることが」


「ああ… 俺もそれは考えている。ゴブリンとコボルトが手を組むことは珍しくはない。だが、あの連携は少し


「はい… 誰かが統率しているかのような…そんな感じがします。これは私の想像ですがこれは―――」


 アイシャとブルクスの話し合いが始まる。

 その間、俺は怪我をした生徒たちに治癒をかけていた。

 が、俺の治療を貴族のボンボンが大人しく受けてくれるはずがない。

 特にバーンは、猛烈に反抗してきた。


「おい! くそ妾子の治療なんか要らねぇ!! やめろ!!」


「不足の事態に備えて、できることは全てやっておく。当たり前の事です。浅いとはいえ、その切り傷が原因で命を落とす可能性もあるのです。大人しくしてください」


「妾子なんかが俺に説教すんじゃねぇよ!」


「…はぁ、実はこの演習、私はそこまでお役に立てなかったので、どうか約立たずの私に活躍する機会をお与えくださいませ」


「…あ? ハハッ! お前もしかしてひよって逃げ回ってたのか? おい! お前の剣を見せてみろ!」


 片手で治癒魔術をかけつつ、もう一方の手で剣を抜き差し出した。


「ハハッ、ハハハハッ!! なんだその剣は! 俺の剣を見ろ!」


 バーンは誇らしげに剣を抜き掲げた。

 その剣は泥や血肉に汚れ、今朝までは新品だったとは思えないほど歪んでいた。


「どれほどの魔物を討ち取ったか見て取れるだろう! 帰ったらこの剣を父上にお見せするんだ! さぞかし喜んでくださるだろう!」


「…そうですね、喜んでくださると思いますよ」


「フハハハッ! そうだろうそうだろう! お前はその綺麗で情けない剣をお前の親に見せるんだな! それとも恥ずかしくて見せられないか? ハハハハッ!!」


 俺はバーンの嘲笑を、にこやかな顔で受け止め治療を進めた。

 別にいくら罵倒されようと笑われようと構わない。

 今は、という事実があればそれでいい。


 全員の大なり小なりあった傷を治療し終えた頃、ブルクスが生徒達にある事を告げた。


「全員、よく聞け! このHグループは更に奥まで進んで別ルートで帝国へ戻る予定だったが、変更だ! 今ここで引き換えす!」


 驚くべき決定だが異議はない。ここまでの魔物たちの行動を鑑みれば妥当な決断だろう。

 だが、他の生徒たちは違う。

 当然のようにブーイングが起こる。


「はぁ!? なんでだよ!」

「ゴブリンやコボルト相手に逃げ帰るのかよ!」

「こんな所で帰ったら他の班に笑われちまうよ!」


 生徒たちがブルクスに詰め寄る。

 それに引けを取らずに生徒一同に決定を言い放つ。


「魔物が奇妙な動きをしている! 今までに見たことない行動だ! よってこれ以上進むのは危険と判断し、ここで引き換えす! これは決定事項だ!!」


 挫けず講義し続ける生徒をブルクスとアイシャが宥めて行く。

 最後まで足掻いていた生徒もようやく承諾させ、引き返す準備を始めた。


 その時だった。


「ガアアアァァァアアアアァ!!!!」


 森の奥から怒号のような咆哮が木々を大きく揺らす程に響き渡った。

 

「なに!? 今の!!?」

「この森には低位の魔物しかいないはずだろ!? なんだあれは!!?」


 生徒達がざわめき戦慄する。

 それを煽るかのように、木々のなぎ倒される音が連続に響いた。

 音は徐々に近づきつつあった。その音と同時に生徒たちは恐怖に呑まれていった。


 やがて、すぐそこまで音が近づき、木々がなぎ倒されるのが目視できるほど、近くまで来た。


「全員、俺の後ろに! 勝手に動くなよ!!」


 ブルクスの声が最大限、緊迫を孕む。

 背に括った大剣を構え、向けた。

 生徒たちも顔に恐怖を浮かべ、震えていた。

 それほどまでに姿を見せずとも絶望を放っていた。


 やがてそれは、目の前に並ぶ太い木々全てをなぎ払い、姿を見せた。

 同時に2本の凶悪な角がブルクス率いる生徒一同に凄まじい勢いで襲いかかった。


「オラァ!!」


 ブルクスは飛び、大剣を力の限り振り、その突進を横に逸らした。

 大剣と角との轟音と、それにより逸らされた突進が森に突っ込み生まれた轟音が立て続けに鳴り響く。

 突進の為に屈んでいた体を起こし、その全長を露わにした。


「うそ…なんで……」

「こんなん聞いてねぇよ…」

「父上… 母上… 助けて…」


 生徒たちが嘆き崩れる。

 引率のブルクスすら、顔を険しく歪めた。

 

「ちくしょう… 徹底して間引きしたはずなんだがな… なんでこんなところにがいるんだ!」


 それは森の高い木々を軽々と凌ぐ巨大な体格と、歪に伸びた極太の2本の角が特徴的な牛の化け物だった。


「ガアアアアアアアアアアア!!!!」


 再度、咆哮を上げる。

 それに心砕かれ、数人の生徒が逃げ出した。


「うわああああああああ!!!」

「きゃあああああああ!!」


「お前らァ! 勝手に動くんじゃねぇ!!」


 ミノタウロスは、逃げようとする生徒に襲いかかる。

 腕を振りかぶり、逃げる獲物を肉塊に変えようとした。


 だが、あとほんの少しで腕が肉を潰す所で、腕が飛んできた岩に弾かれた。


 飛んできた方を見ると、アイシャが手を合わせ魔術を放っていた。


「こっちよ! この化け物!」


 赤黒く光る閃光がアイシャに向く。


「よくやった!! 皇女殿下!!」


 その隙をつき、ブルクスが飛びだし攻勢に出る。

 ミノタウロスに近づき、刃を振るおうとした瞬間だった。


 ミノタウロスは地を殴った。


「くっ!」

「っ! 目がっ!」


 その衝撃が地を揺らし、砂埃を舞い上げ辺りを包んだ。


 咄嗟に目を覆ってしまったアイシャに、巨大な腕が向かってきた。

 結界が腕を止めるも、勢いを殺しきれずアイシャは吹き飛ばされた。


「きゃあっ!」


 アイシャが木に叩きつけられる。

 致命傷にはならなかったものの、血を吐き気を失った。


「皇女殿下ぁ!! このやろう!!」


 ブルクスが怒りを込めて大剣を振るう。

 それに呼応し、ミノタウロスもブルクスに集中する。


「今の内にアイシャ様を!!」


 ブルクスとミノタウロスの激闘が繰り広げられる中、アイシャを救おうと、バーンが飛び出す。

 

 しかしここで突如ーーーー地が割れた。


「なんで地面が!? くそっ! 間に合わない!!」


 バーンは必死に地を蹴り、皇女の手を掴もうとする。

 だがそれは無慈悲にもあと少しの所で届かなかった。


「アイシャ様あぁぁぁぁ!!!」


 アイシャは割れた地に滑り落ちていく。

 そして、底の見えない闇に沈み消えた。

 

「そんな…」

 

 バーンは力なく崩れる。

 伸ばした手の先にあった底知れぬ深い闇が、彼女の命が絶望的だと示唆していた。

 

「バーン! 早く来い! アイシャ様はもうダメだ!! お前もそんな所にいたら巻き込まれるぞ!!」

 

 他の生徒がバーンを逃げ道へ導く。

 周囲はブルクスとミノタウロスの激闘による衝撃音が鳴り止まない。

 

「……ッ!」


 バーンは歯を噛み締め、瞳に涙を浮かべ、立ち上がりその場から去ろうとした。


 だが突如、立ち上がったバーンを横切りーーー飛び降りた。


「なっ!? あいつ!!」


 アイシャを追いかけるように落ちて行き、闇の中に沈み消えていった。

 

 そして地は閉ざされた。

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