10.皇女の憂鬱
長期休暇を終え、学園での生活が始まった。
…が、これまでの学園生活とは比べ程にならない…もはや学園生活とは言い難いレベルの待遇が俺を待っていた。
「あいつが皇女に手を出したって言う…」
「妾子なんだろ? 身の程を弁えろって…」
「これだから汚れている血は嫌なのよ…」
登校している俺を横目にヒソヒソと話している。
どこからか、図書棟で皇女と密会しているのが漏れたようだ。
耳をすまして、学生のヒソヒソ話を聞く限り俺が一方的に王女に擦り寄った。こういう認識らしい。
ふと、後ろを見ると人集りが出来ていた。
その中心にいたのは…シャルだ。
「皇女殿下、荷物をお持ちします」
「皇女殿下、喉は乾いていませんか? 私ちょうど飲み物を持っていまして…」
「そんな気分じゃないし、喉も乾いてない。1人にしてくれない?」
「はは、またまたご冗談を。お独りでいるのが嫌であのような妾子などと一緒にいたのでしょう? そんなことせずとも私が…」
「はぁ… だから冗談じゃなくて__」
俺との関係がバレた事で、この皇女はつけ込める。
そう勘違いしたのだろう。
はるか格下の薄汚い妾子が付け入ったのだ。
自分達が出来ないはずはないと。
皇族と
対立しようものなら皇族に睨まれるかもしれない。
たったこれだけが、他の貴族の足を竦ませる。
貴族達にとって、皇女に気に入られるかどうかは家の優位性を決めるとても重要なことなのだ。
そして、皇女もそれを強く跳ね除けられない状況にある。
悪目立ちしている皇女が、言い寄る取り巻き達に強い口調で反発したなら貴族達の忠誠は僅かに揺らぐだろう。
皇族が最も恐れていることは、貴族達が団結し、貴族中心の派閥が生まれることだ。
それが大なり小なり皇族にとって不利益をもたらす。
何がきっかけになるか分からない以上、慎重かつ丁寧に対応しなければならないのだ。
だからこそ、アイシャはしつこく言い寄る取り巻きを刺激しないよう、言葉を選んで優しく(彼女なりに)断っている。
だが、取り巻きはそれを好機と捉え、詰め寄る事をやめはしない。
この調子では、今後アイシャと接触することはもう二度とないだろう。
何となくそんな気はしていたが、このような形で皇女との縁が切れるとは…
何かに有効活用したかったがこうなってしまっては仕方がない。
集団に囲まれた皇女に背を向け学園の門をくぐった。
取り巻きの中心から向けられた少し寂しみを孕んだ視線に気づかずに。
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教室に入っても、冷たい視線は止むことは無い。
元々妾子という身分もあり孤立していたが、皇女を付け狙った、という噂が更に疎ましくさせている。
今はまだ、蔑みの視線だけで住んでいるが、そのうち席や教科書等の私物にも手を出されるだろう。
先に向けて対策を考えておかねばならない。
始業の時間になり、担任ボルクスが教室に入ってきた。
「来週の野外実戦演習のグループを発表する」
野外実戦演習とは、その名の通り森へ行き魔物退治をしてくる事だ。
生徒たちが学んだ魔術や剣術、戦術を生かして4つのクラスをクラス関係なく8グループに振り分け、各グループで森に行き、決められたルートを進んでいく。
危険度の高い魔物は先に間引きし、実力のある教師が各グループ毎に1人付けられる。
実戦とは名ばかりの、生徒たちの少し色をつけた遠足みたいなものである。
「安全を確保されているとはいえ、初の魔物との実戦だ。背中を預ける仲間を頭に入れておくように」
ボルクスは、グループの組み分けが書かれてある模造紙を、壁に貼り付ける。
ズラっと、生徒たちの名前が並んでいる。
自分の名前は1番最後のグループ、Hグループに書かれていた。
そして、唯一避けたかった名前がその上に書かれていた…
「あいつアイシャ様と一緒なのかよ」
「いい加減にしろよな、身の程知らずにも程があるだろ」
そう、今まさに悪目立ちしている名前が同じHグループに書かれていた。
俺が自分で決めたわけじゃないのに酷い言われようだ。
更には、学園初日に絡まれたバーン等の生徒もいた。
嫌な予感しかしない…
「それでは一限を始める。演習に向けて、気合いを入れて講義に望むように」
先が暗く、憂鬱な気分になっている俺に構うことなく、時間は進んでいく。
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放課後になり、恒例のブルクスの謎補習に向かおうとしたが、ブルクスの姿がなかった。
ので、帰り支度を済ませ教室から出ようとする。
そこにクラスメイトが立ち塞がった。
「待てよ、少し話があるんだ。こっち来いよ」
学園初日に絡まれた時と、同じように絡まれた。
実は初日以降も頻度は少なかったが何度か絡まれていた。が、徐々に減り始め、最近は孤立だけで特には何も起きていなかった。
だが、ここに来て皇女騒ぎのせいで、また振り出しに戻ったようだ。
荒々しい学園生活が再スタートした。
連れてかれる途中に不意に図書棟を見てしまう。
気付かぬうちに習慣になっていたのだろう。
行っても無駄だ。
この騒ぎの中、いるはずもないのだから…
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「アイシャ様はいつもここでご勉強を?」
図書棟は、以前の静寂が嘘のように賑わっていた。
皇女が通っていた事が広まり、[貴族が図書棟を利用するのは恥だ]という考えが払拭され、訪れる学生達が徐々に湧いてきた。
「…別に、たまに気分を変えたい時に使ってるだけよ」
当然、皇女の周りには学生達が寄ってきた。
当たり前だ。クラスが違えば皇女と話す機会など無に等しい貴族の跡取り達にとって、皇女が図書棟で勉強しているという事は、皇族に取り入る絶好のチャンスなのだ。
皇女の周りが騒がしくなる。
それを意に介する事無く、皇女は淡々と筆を進める。
その前の席に1人の学生が座る。
「あっ… その席は…」
「アイシャ様、自分は勉学が苦手でして、よろしければ教えて貰えないでしょうか?」
「…私も自分の勉強があるの。悪いけど他の人に教えてもらいなさい」
「そこをなんとか、このとおりです」
学生はしつこく懇願する。
それに共鳴するかの如く、他の学生達も騒ぎ出す。
皇女は俯き、沈んだ顔をしているが誰も気づかない。
「なんで来ないのよ…」
零れた弱々しく儚げな呟きは、周囲の声に呑まれ届くことなく消えた。
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