09.ディーゼル家

 学園が連休に入り、生徒たちが自分の家に帰省する。

 俺も、寮を出て我が家へ帰った。

 ディーゼル家の邸宅は、男爵家貴族の中では1、2を争うほどの豪邸だ。

 父上が一代で成り上がった商人故に、家が惨めだと交渉などで舐められるために、より金をかけ作られた。

 手入れの行き届いた庭を抜け、邸宅のホールに着くと、執事が出迎える。


「お帰りなさいませ、ルーク様」


「出迎えありがとうございます。セルドア執事長」


「つかぬ事をお聞きしますが、クライエ様はどちらに? ご一緒ではないのですか?」


「兄様なら王都を回ると言っていましたよ。まぁどうせ娼館だと思いますけど」


「……何故そう決めつけるのですか? クライエ様は根はとても真面目な方です。そういう決めつけはよろしくないかと」


「あれだけやんちゃしてるのに、真面目と評価しているのは凄いですね。私のが決めつけならクライエ執事長のは盲信…いや現実逃避でしょうか?」


「口を慎みなさい! 薄汚い血が、当主になるに相応しい真っ当な血を持ったお方を愚弄するとは! そもそも兄上に対しての尊敬が足りないのです! 恥を知りなさい!!」


「口を慎むのも恥を知るのもそちらの方では? 薄汚かろうが私を迎え入れたのは父です。父が認めた以上、継承権は私にもあります。次期当主になり得る私にその口の利き方は執事長として如何なものかと」


「っ…! ガキが…!」


「では、父上と母上に挨拶してくるので失礼します」


 悪態をつく執事をスルーして、食堂へ向かう。

 食堂は凝った所は無く、赤い絨毯に長いテーブルと、基本的な内装をしている。


「ただいま帰りました。父様、母様」


「ああ… 座れ、ルーク」


「……ふんっ…」


 テーブルの最奥にいるのが''クルムグ・ディーゼル''。

 整えられた茶髪と髭に、身長が低く小太りな体を派手な正装が包んでいる。

 その隣で紅茶を優雅に飲んでいるのが''イエルダ''ディーゼル''。

 朱色の長髪と細く鋭い目付きと、赤いドレスが特徴的な女性だ。

 この2人が俺の両親だ。


「クライエは… いやいい。あいつが長期休暇で真っ直ぐ帰ってくるはずもないか」


「まあまあ、別にいいでしょう? あの子もそういう年頃なのです。少しくらい羽目を外してもいいでしょう」


「お前はクライエに甘すぎる… ほぼ毎日羽目を外しているではないか…」


 母親の親バカっぷりに、父親が嘆いている。

 お腹を痛めて産んだ一人息子とは言え、家に帰らず娼館に入り浸っている事を、少し羽目を外すで済ませている時点で、その異常さが見て取れる。

 まぁそのおかげで、俺はここに居れるわけだが…


「ルーク、学園はどうだ?」


「問題ありません、順調に成績を伸ばせています」


「そうか、良い事だ。いずれお前が家を継ぐかもしれないのだ。それを忘れずに引き続き、励みなさい」


 クルムグが言った直後、イエルダが強く机を叩いた。


「ふざけないで! 何度も言ってるでしょう! クライエを差し置いて、こんな子を領主になんて認められるわけないでしょう!?」


「私こそ何度も言っているはずだ! 毎日毎日遊び呆けているクライエを当主にするぐらいなら、妾の子だろうが、ルークを当主にするのがこの家のためになると! そもそもお前が甘やかしすぎたんだ!」


「私は愛情をもって厳しく育てたわよ! あなたがクライエを放っていたからでしょう!?」


 食堂に止まない怒声が響き渡る。

 俺は夫婦喧嘩に巻き込まれないよう、静かに席を立ち自分の部屋に戻った。



________________________




 能力を使わずに潜り込める貴族を探していた時、ディーゼル家を知った。

 元々借金を背負っていたディーゼル家に、一代で成り上がった商人クルムグが目をつけ、金銭的な援助を約束に婚約され出来た家だ。


 そして生まれた息子が''クライエ・ディーゼル''。

 クライエはかなり甘やかされて育ったらしく、成長し、学園に通い始めてからも、抜け出し遊び呆けているようだ。


 その事にクルムグは困っていた。

 自分の力だけでのし上がってきたクルムグにとって、何不自由なく、なんの努力もしない息子は認めがたい存在だろう。


 何よりその息子がそのまま当主になるなど許容できない。

 そこに俺はつけ込んだ。

 クルムグが過去に関係を持った女を探し、''洗脳''で手紙を書かせた。


 [あなたの子です。ここまで育てましたが、生活が苦しくなってきたので引き取ってください]


 もちろん、クルムグも自分の子とは思っていないだろう。

 だが、そんな些細な事はクルムグにとってはどうでもよかった。

 馬鹿な息子に頭を悩ませていたところに、優秀な跡継ぎがやってきたのだ。使わない手はない。


 だが、クルムグも自分の子かも分からない俺を本気で当主にするつもりは無い。

 当主にするかもしれないと、クライエに脅しをかけているのだ。

 改心しないのなら俺を当主にするぞ、と。


 今まで周りの評価を気にしてきたのも、生まれ以外で評価を落とした場合、もしクライエに少しでも舐められてしまったら、俺の存在意義は無くなる。

 勇者の仲間として学園に囲われてる事をクルムグにはまだ

 つまり、息子のカンフル剤としてしか、俺を見ていないのだ。

 それが機能しなくなった時点で、俺は用済みだ。容赦なく捨てるだろう。


 だが、このクルムグの狙いすらも、俺にとっては都合が良かった。

 元々、この国に居座る気は無い。

 クルムグも俺が当主になる気なんてさらさらないことに気づいているだろう。

 互いに最大限利用し、用済みになったら捨てる。

 俺とこの家の関係は、そういうものだ。



________________________




 部屋で過ごしていると、下が騒がしくなる。

 気になって、食堂に行くとクライエが帰ってきていた。

 母親譲りの朱色の髪に細長い目と、父親譲りの身長の低い小太りな体を持つ。

 歳は2つ上なのだが、身長は俺とさして変わらない。


「おい! クソ妾子ぃ! 出てこい!!」


「ここにいますよ、兄さん」


「あはははは!! 残念だったなぁ!! 俺がいない間に母上と父上に取り入れるつもりだったんだろ! そうはさせないんだよォ!」


 どうやら娼館には行かず、そのまま真っ直ぐ帰って来たようだ。

 ありがたい事だ。これでクルムグは益々、俺に有用性を感じることだろう。

 後ろの執事のドヤ顔は少々腹立つが…


「学園でも色々やってるみたいだがなぁ? 全部全部無駄なんだよ! お前は当主にはなれない! 僕がなるんだからなぁ!!」


「それは分かりませんよ? もしかしたら…ということも」


「ッ…! フンッ!!」


 大振りな右フックが飛んでくる。

 俺は少し身を引き、それを避けた。


「危ないですよ? 兄さん、貴族なら慎みを覚えないと」


「うるさい! 生意気だぞ妾子のくせに!」


 短期で暴力的で、話を聞かない。

 継承する時までにこれを直そうと言うのだから、クルムグが頭を悩ませるのも頷ける。


 そう考えていると、さっきまで怒りをあらわにしていた顔に、汚い笑みが浮かぶ。


「だが、お前も馬鹿だなぁ? 必死に誰かに取り入れたいのは理解できなくもないが、それにしても相手を選ぶべきだったなぁ!?」


 ……急にニヤつき始めたと思ったら訳の分からないことを言い始めた。

 もう部屋に戻るかと考えていた時、衝撃的な言葉を言われた。


「分かってんだよ! お前が皇女様に取り入れようとしてんのはなぁ!!」


「……は?」


 それは予想だにしていなかった最悪の言葉だった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る