08.ジルバフ・アンクライ

「今、帰りかね? ディーゼル」


  寮に戻る途中、魔術講師に偶然出会した。

 初日で、回復魔術を披露した時に絶賛してきた教師だ。

 銀髪オールバックで身長が高く、紺色の正装が長い手足を強調している。

 鋭い眼光と整った髭が特徴の教師、名を''ジルバフ・アンクライ''と言う。


 学園の地下に立派な研究室を与えられている程の優秀な教師だ。家も侯爵家で、教師陣の中で最も権力を持っている。

 その上、温厚な性格と分かりやすく面白い授業に、生徒に分け隔てなく接する。まさに理想の教師と言っても過言ではないだろう。


 初日に誘いを断った俺にも、変わらず平等に接してくれている。


「はい、少し寄り道してました。ジルバフ先生もお帰りになる途中ですか?」


「ああ、研究に少し熱中してしまってね。気がついたらこんな時間になってしまったよ。ちなみにその荷物はなんだい?」


「ああ、これは… ブルクス先生に出された課題です」


「ブルクス先生に? それ全てがかい?」


「ええ、何故か私が気に食わないようでして」


「はぁ… ブルクスの横暴にも困ったものだ」


 ジルバフは頭を掻き、項垂れる。

 生徒達がジルバフとブルクスはかなり仲が悪いと噂していたが、あれは本当だったようだ。

 まぁここまで性格が真逆なのなら合わないのは当然だろう。


「ディーゼル、悪かったな。ブルクスには私から言っておく」

 

「それはありがたいですが、ジルバフ先生が謝ることでは…」


「同じ教師として謝っているのだ。全く…恥ずかしい限りだよ」


 侯爵家の教師が妾子の俺に頭を下げる。

 各所を転々としてきたが、ここまでの人格者にはあったことがなかった。


「あぁそうだった。ディーゼル、話がある。今日は課題の寮を見るに時間がないだろう。後日、私の所まで来て欲しい」


「別にこの場でも構いませんよ? このくらい何とかなります」


「むっ… そうか? 凄いなディーゼルは。ではその言葉に甘えよう」


 俺とジルバフは噴水の近くにあるベンチに腰掛ける。

 沈みかけの夕日が、噴水を煌々と輝かせていた。


「ディーゼル、率直に言おう。お前は卒業後、勇者の仲間となるだろう」


「勇者の仲間…ですか?」


「ああそうだ、隣国に勇者が誕生した。勇者が誕生したという事は、遠からず人類に災厄が訪れる」


 ジルバフは声色を落とし、真剣な表情で俺に語りかける。


「お前の回復魔術は群を抜いて優れている。国はお前をいずれ勇者の元に向かわすだろう。それはとても名誉な事ではあるが、それと同時にとても危険な事なんだ」


「危険…ですか?」


「ああ、そうだ。勇者と対峙するのが知性なき魔物だけでは無い。知世ある敵と対峙した時、回復役は真っ先に狙われる。そして、知性ある敵ほど難敵なものだ」


 ブルクスは俺の方を向き俺の目を、射抜くように力強く見つめる。

 その目には、揺るぎない意志が宿っていた。


「ディーゼル! 私の助手に志願しなさい! そうすれば私が君を守れる!」


 俺は目を見開き、口を半開きにしてしまった。

 心底驚いたからだ。

 村を出てからというもの、行く先々で様々な人と接してきた。が、やはり誰も見ず知らずの子などまともに相手をする気などなかった。

 誰かにここまで優しくされたのは初めてだった。

 少しだけ胸に熱いものが込み上げてくるのを感じた。

 

「ありがとうございます。でも私は… 俺は家に恩を返したい… 自分の子かも分からない俺を拾ってくれた。育ててくれた。勇者の仲間ともなれば、家は必ず優遇される。だから……」


「…そうか、分かった」


 ジルバフは立ち、背を向け立ち去ろうとする。

 刹那に見えたその顔は、ほんの少し寂しそうだった。


 少し歩いたところで止まり、背を向けたまま俺に言った。


「自分の運命から逃げたくなったら私の所へ来なさい。ただ、いつまでも待てる訳ではない。学園が決定づける前に…だ。いいな…?」


 そう言い残し、この場から去った。

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