07.課題と友達

 放課後、ブルクスの居残り授業を終え、遅れて勉強会を開始する。

 ただ隣には剣術兼体術の担任からだされたとは思えないほどの多種多様な課題が山ほどある。

 目の前には腹を押さえて笑っている皇女様がいる。


「アハハハハッ 災難だったわね。よりにもよってブルクス先生に目をつけられるなんて」


「笑い事じゃないですよ。見てくださいよこの量……徹夜でなんとかなるかどうか…」


「しょうがないわね。特別に私も手伝ってあげるわ。だから元気出しなさい」


「そう言ってくれると思ってました。流石アイシャ様、才色兼備でありながら更には慈悲深くあるとは。まさに皇女の鏡だと思います。」


「煽てても何も出ないわよ。けどルークに褒められるのも珍しいし、もっと褒めてくれてもいいのよ?」


「では早速始めましょう。寮の門限までになんとか終わらしたいものです」


「………」


 スルーされた皇女様は口を尖らせてお拗ねになる。

 拗ねながらもペンは止めずに動かしている。

 こういう所は素直に関心している。他の生徒では機嫌を損ねた時点で投げ出すだろう。

 そもそもここの貴族達は他人を手伝うという観念を持っているのだろうか?

 

「あ、そうそう。ルーク凄い噂になってたわよ」


「噂ですか?」


「そう、最近入ってきた奴がブルクスと戦って凄い押してたって」


 いつもより少しだけ表情が柔らかい。

 ご機嫌な様子だった。


「押してましたっけ…? 手合わせした感じ、まだまだ本気じゃなさそうでしたけど」


「そりゃあ全力じゃないとは思うけど、ブルクスがあそこまで生徒相手に実力を出すのは初めてだってみんな話してたわよ!」


 見せしめで呼び出されて少し焦ったが、評価されてるのなら何よりだ。

 もし悪評だったのなら


「私も友達が褒められて鼻が高いわ」


「友達…ですか?」


「そうよ、私たちは友達。毎日放課後、同じ場所に集まって雑談して勉強して笑いあってる。これが友達じゃないならなんだって言うのよ」


「…………」


 堂々とした宣言に驚き、思わず沈黙で返してしまった。


 図書棟が静寂に包まれる。

 数秒後、アイシャのペンが次第に遅くなり止まった。

 その顔は時間に比例して赤く染っていく。

 

「えっと… その…」


 モジモジしだした。

 そして、両手の人差し指をくねくね弄り始める。


「な… なんか反応しなさいよ…」


 いつもの声音とは比べ程にならないほど、小声で覇気がない。

 気高き皇女様が、羞恥に悶え、顔を赤く染め俯いている姿は実に滑稽… いや愛くるしく、もう少しだけ観察していたい。


 だが、流石にこれ以上喋らなかったら怒られそうだ…


「そうですね… 俺たちは友達と呼べる関係だと思いますよ」


「そ、そうよね! もう、もっと早く返してよ」


 アイシャのペンが再び動き出す。

 少し拗ねて、唇を尖らせているがそれでも課題は手伝ってくれるらしい。


 アイシャの言っていることは正しいが間違っている。 

 こちらは男爵で相手は皇族だ。

 この差がある限り、「友達」だなんて誰も認めないだろう。

 まぁ今ここで反論しても仕方ないので肯定しておく。


「ちなみになんで目をつけられたの?」


「それなのですが…俺自身も何故ここまで虐げられているのか分かりません」


 憂さ晴らしにしては表情が硬すぎる。

 好き好んで生徒を甚振るのであれば、少なからず恍惚とした表情を浮かばせるだろう。しかし、ブルクスにはそれがなかった。

 つまりは楽しんでいる訳では無いのだ。ならば憂さ晴らしという線は薄い。もっと何か別の理由なのだろう。

 まぁどんな理由でも許す気は無いが…


「先生は何か言ってなかったの?」


「攻撃を喰らう毎に課題を出す。少しでも減らしたければ死ぬ気で避けろ…と。後は真面目に取り組んでいるが真剣じゃない、とも言われました」


「え? 何それ? 意味わかんない… ブルクス先生はそんな酷い人じゃないんだけどな」


「…ん? 何故アイシャ様がブルクス先生の人柄なんて知ってるんです? 講義もクラスも違うのに」


「お姉様が言ってたのよ。ブルクス先生はとても生徒思いな人だって」


「生徒思い…?」


「ねぇ、なんかブルクス先生を怒らすことをしちゃったんじゃないの?」


「ふむ…」


 アイシャに指摘され、本気で頭を悩ませる。

 が、やはり心当たりは一つも浮かばない。


「真剣じゃない… 組手で手を抜いたってこと?」


「いえ、そのような事は…」


「そう、うーん…その場を見てない私にはさっぱり分からないわね。喰らう毎にって所が何かしら関係してると思うのだけど」


「そもそも攻撃を食らっても治せば良いんですから、多少食らっても相手を攻めるべきでしょうに何故、避けさせるのかが理解出来ません」


「…………」


 唐突にアイシャが黙る。

 難しい顔をして、何かを考えていた。

 そして、答えが出たのか小声でポツリと呟く。


「なるほどね… 回復魔術を使える人ってみんなそうなのかしら」


「…? どうかしましたか?」


「悪いけど、私はここで帰るわ。は私が手伝ってはいけないもののようだし、後はあなた1人でやりなさい」


 彼女らしくない発言に驚き、数秒ほど唖然としてしまった。


「…分かりました。ただ理由は教えて貰えませんか?」


 過ごした時間は短けれど、アイシャの性格はそれなりに把握している。

 アイシャは皇女として育てられてきたからか、とても責任感が強い。

 自ら言い出した事を途中で投げ出すことなど、絶対にしないタイプだ。

 そんな彼女が途中で放棄した。それなりの理由があるはずだ。


「さぁね? 自分で考えなさい」


 理由を話す気は無いらしい。

 そもそも理由を話さないとなると単なる気まぐれなのだろうか?

 俺がアイシャの性格を勘違いしていたのだろうか?

「それに懲りたら、次からは課題を減らすために


 そう言い残し、アイシャはその場を去る。

 どうやらアイシャは課題を出された理由が分かったみたいだ。

 会話の内容を思い返してみたが、やはり見当もつかない。

 期待はしていたが、まぁ断られた物は仕方ない。

 図書棟で1人になった俺は、横に積まれてる課題の山を見て軽くため息を吐き、ペンを進めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る