06.ブルクス・ボルシング
学園生活が始まって数日が経った。
皇女との勉強会は未だに続いている。
初日限りかと思っていたが、初日の終わりに釘付けをされてしまった。
「明日からもここで教えてあげるから放課後は必ず来るように」
ただやはり見られたら面倒なのと、あとなんか色々ムカつくので翌日は図書棟には行かなかった。
翌々日、皇女と食堂ですれ違った。
彼女の後ろには取り巻き達と思われる生徒と、周りからの目もあるので何もしてこないだろうと思っていた…のだが
席について昼食を食べようとした時、上着のポケットから小さな紙が落ちた。
紙を拾い中を見てみると一言だけ書かれていた。
''来い''
怖っ…
これを無視すると、強硬手段とは言わずども多少荒い手段を取ってきそうだ。
皇女に目をつけられては、ろくな事がない。
ここは素直に従っておくことにした。
ただその判断を今は後悔している。
図書棟にて、目の前の勉強を教わっている皇女から怒声が響いた。
「ちっがうわよ! そうじゃなくて!」
彼女の教え方はスパルタで、更には意味不明な言語で話してくる。
「もう…なんでこんな簡単に教えてあげてるのに分からないのかしら?」
「いやいや簡単って、ここをこうしてこうすればできるでしょ? なんて説明で誰が分かりますか! そもそもアイシャ様は誰かに勉強を教えたことがあるのですか?」
「うぐっ…!」
痛いところを疲れたらしく、少しの間押し黙った。
アイシャ様という呼び方とこの口調は、互いが妥協し合った結果だ。
最初は、敬称も敬語もいらない。と言われていたが流石にそういう訳にはいかないので、もう少し話し方を崩すからと言い、了承してもらった。
皇女とタメ口で話す所を見られたら、いよいよ収集がつかなくなる。
「なるほどね… 私が天才過ぎるのよね」
「はい…?」
「天才は物を教えちゃいけないって言うでしょ? はぁ…才能の壁って残酷ね」
なんというか…こういうウザイのも何度も聞いてると慣れてくるものだ。
「むっ…ちょっと、何よその目は」
今ではこうして、呆れてジト目で眺める程度で済んでいる。
ただ皇女様はこの態度がお気に召さないらしく頬を膨らませているが…
「その目をやめなさい!!」
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学園では男児には剣術と体術の講義が設けられている。
今はその体術の講義の最中だ。
教えられた基本の
この時間、女児は芸術やマナーなど複数ある講義の中から好きなものを選んで受けられる。
2年ほど前までは、剣術のみだったがある教師が武器を持たずとも己の身を守る術が必要である、と学園側に抗議し、剣術を削り体術を組み込んだのである。
その男とは…
「貴様ァ! 真面目に取り組む気がないのかぁ!」
立て続けに怒鳴り声を上げてるのは、俺のクラスの担任で引き締まった体にハゲた頭が特徴の教師''ブルクス・ボルシング''だ。
剣術と体術の講義を担当している。
体術の講義は、剣術の講義に比べ、非常に人気がない。だからなのか、まともに取り組んでいる生徒はほとんどいなかった。
剣術の方がかっこいいからと、この時間を無意義に過ごすのは全くもって理解できない。
剣を失った時、こいつらはどうするのだろうか…?
そんな事を考えていると、ブルクスに唐突に名を呼ばれた。
「ディーゼル、前に出なさい」
他の生徒とは違って、熱心に取り組んでいた。
前に立たされる心当たりがないのだが…?
「お前らがやる気になるように、これから実戦を踏まえた組手を行う!」
なるほど…組手の相手役に指名されたわけか。
意外と考えているなこの教師。
この学園にいる生徒全員はどこかしらの貴族の子供だ。
他の生徒を指名しようものなら、この場合見せしめと思われる可能性が高い。
もし訴えられたら自分の教師生活が危うくなる。
その点、
家に告げ口などしても無意味な事をこの教師は知っているのだ。
「ディーゼル、構えろ。そして本気でかかってこい」
「本気で…ですか?」
「そうだ、お前は入ってきて間も無い。だから武術のことなど考えなくていい。自分の得意な型で来い」
…どうやらもうひとつ、目的があるようだ。
俺は学園に来るまでは外で生活していた。
だからこそ武術なんて嗜んでいない。そう思われているのだろう。
だからこそ、野蛮に殴りかかってくる俺を、技で圧倒し、生徒達に武術がいかに素晴らしいか見せつけるのが目的らしい。
少し舐められているようで腹が立った。
そして、学園の教師がどれ程の実力なのか興味が湧いた。
確かに武術なんて触れたことはないが、それでも人間よりかは多少身体能力が高い。
相手は武術専門の教師だ。勝てなくても無理はない。だが、舐められているのは癪に障る。
相打ちで構わない。目の前の舐めた態度を取る教師の肝を冷やさせてやる。
「では先生…行きます!」
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「ハァ… ハァ…」
組手は3分程度で終わった。
勝者は言うまでもなく、ブルクス先生だ。
俺は仰向けに倒れ、呼吸を整えている。
「これから2人1組になって今やったように組手を行ってもらう! ルールを守り教わった事を使いながら怪我なくやりなさい!」
まじか… 2人1組とか今の俺にはきつい所業だ。
余りがいなくて組めなくても悲惨だし、余った奴と組めてもやる気のない生徒なんてすぐに講義を抜け出す。どちらにしろ悲惨な結果になる。
俺も授業を抜け出そうかと考えているとブルクス先生が近くまで来た。
「ディーゼル、おまえは俺と組手だ。他の生徒では相手にならんだろう」
打算的な教師だと思っていたが、生徒思いな一面もあるのか。
入学当初から孤立している生徒に手を差し伸べるとは… しかもご丁寧に言い訳まで添えてくれている。
教師と組むのも少し悲しいが他の生徒と実力差があるのでは仕方がない。そう、仕方ないのだ。
「よろしくお願いします。ブルクス先生」
「それともう一つルールを設ける」
「…は? ルール?」
「今から組手で1発貰う事に課題を出す。課題がいやなら死ぬ気で避けろ」
前言撤回、クソ教師だ。
「行くぞ! ディーゼル!」
________________________
最悪の講義もようやく終わった。
かなり課題は増えたがまぁ終わらない量じゃない。
イライラしている自分を宥めながら、教室に戻ろうとすると、ブルクス先生にまた呼び止められた。
「ディーゼル、放課後またここに来い。追試を行う」
「…は? 何故他の不真面目な生徒は良くて、真面目に取り組んでいる私が追試なのでしょうか?
「お前は真面目に取り組んでいた。だが
意味が全く分からない…
適当な事を言って、講義で溜まった鬱憤を晴らしたいのだろうか?
「こんな横暴、許されるとでも思っているのですか?」
「許されるさ、お前ならな」
こいつ…最悪の教師だな。
「ちなみにそこでもルールを実施する。課題を少しでも抑えたいなら引き続き死ぬ気で避ける事だ」
その日、尋常ではない量の課題を渡された。
この時の俺はこのハゲ教師に殺意を抱いていたが、後にほんの少しだけ、感謝の年を抱く事になった。
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