05.火の粉再び

 日が沈みかけた頃に、図書棟の勉強が終わった。


「明日からもここで教えてあげるから放課後は必ず来るように」


 と、最後に釘付けされ解散となった。

 関わらないようにしようと思っていた皇女に何故ここまで関わってしまっているのか…

 どこで間違えたのか、そう考えながら寮に向かっていた。


 寮の門の前に1人の生徒が立っていた。

 昼間に絡まれたバーンという生徒だ。

 こちらに気がつくと、とてつもない険相でこちらに詰め寄ってきた。


「これはこれは…バーン様、如何しましたか?」


「てめぇ何しやがった…?」


「…? 話が見えないのですが?」


「とぼけんじゃねぇ!!」


 陰湿な目付きで胸ぐらを掴まれた。

 その目にはほんの僅かな畏怖が混じっている。


「…ここまで詰め寄られる心当たりがないのですが、何かお気に召さないことでも?」


「…家に頼んで、お前を学園から追い出すように掛け合った」


 やっと話が見えてきた。

 この男児は、俺に返り討ちにされた後、すぐに家に掛け合ったのだ。

 一日で距離の離れた実家に掛け合い、学園に訴える。

 その速度と行動力は評価しよう。だが徒労だ。


「何故だ… 何故お前が! 妾子なんかが学園に守られている!?」


 結果はこの状況とセリフで明らかだ。

 学園は取り合わなかったのだろう。


「俺の家はな! 伯爵家なんだよ! 学園は俺の家の言いなりだ! 子爵家の妾子なんか簡単に潰せる! そのはずなんだよ!!


「………はぁ」


 何度も何度も耳障りな声を荒らげる人間に、少しだけため息が出た。


「答え合わせをしましょうか」


 興奮気味のバーンを落ち着かせるように、トーンを落とし宥めるように話していく。


「あなたも知っているでしょう? 隣国に誕生したという勇者とやらを」


「は…? 勇者…? 勇者がなんだ… この学園には関係ないだろ」


「いえいえ、そんなことはないですよ」


 言葉を否定する。

 否定された男児は戸惑いと共に、後退りした。


「伝承では勇者には仲間がいた。[戦士] [魔術師] そして[治癒術師]。だがそれは今、1人も集まっていない」


「それがどういう…」


「分かりますか? 要は人間の国、全てが勇者の仲間を探しているんですよ 来たるべく災厄に備えて…ね」


 門前を照らす街灯が光始める。

 日が沈み、明るくも暗くもない空間が広がり始める。


「学園は勇者の仲間になり得る私を手放すことは出来ない。過去に類を見ないほどの屈指の治癒魔術の使い手である私を」


 先程までのバーンの戸惑いが戦慄に変わる。

 そう、今はどの国も勇者の仲間探しを最優先にしている。

 それに比べれば伯爵家の訴えなんて意味をなさないのだ。


「あなたがここまで俺を目の敵にしてきたのも分かっています。その気はないので安心してください」


「……は?」


「俺の回復魔術をお披露目した時、称賛してた連中の中にいましたから…ですよね? あなたの婚約者が」


「なっ!? なんでそれを…」


「言ったでしょう? 下調べをしてきたと」


 バーンは気味の悪いものを見るような目で俺を見る。


「炎魔術のみクラスで抜き出ている伯爵家次男''バーン・スブンクル''もその婚約者伯爵家三女''ラテナ・マミナイシ''もあなたのお友達で水魔術と土魔術を扱える男爵家長男''ルーシー・アレンジェラ''も」


「お前まさか…学園の全生徒を…!?」


「当たり前でしょう?」


「ひっ…!」


 バーンは圧倒され、その場で腰を抜かした。

 その目にはもう反抗する意思は残っていなかった。


「ではまた、明日あすの学園で」


 へたり込んでいるバーンを放って、俺は寮に帰った。

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