〜気まぐれにもちゃんと理由があるもので〜
今日も図書棟には誰もいない。
それもそう、私がそうさせてしまったのだから。
けど、そのおかげで静かになった。
マナーの悪い生徒もここに来なくなったから。
けど…やっぱり胸の奥が引っかかる。
小さい頃からこの図書棟には通ってた。
山ほどある書物に感動した。生涯をかけても全て読み切れるか分からない。
私はここが好きになった。紙の匂いも、歴史を感じさせる造形も、天井のシミでさえ古き良き伝統を感じられて図書棟が醸し出す独特な雰囲気に浸っていた。
けど、少し経って貴族達とお兄様が、それを変えてしまった。
お父様もお姉様も好きだったこの場所を、留守を見計らって貴金属による彩飾を全面に押し出す、悪趣味なものにしてしまった。
お兄様はお父様に褒められたかったと言っていた。
お父様はただただ呆れていた。
それでも私はあの場所が好きだった。
紙の香りは残されていたし、改装したから人が集まって、心地よいペンの音が聞こえてくるようになった。
これはこれで良かったと、そう思っていた矢先だった。
静かに本を読む生徒の隣で、騒ぎ立てるマナーの悪い生徒達も増えていった。
終いには本を本として扱わず、散らかし、投げて、破いて、好き放題やる生徒達まで出てきた。
そういう生徒ほど、位が高く誰も注意なんて出来なかった。
それは私もそうだった。
皇族とはいえ、攻撃的になってしまえば対立を産んでしまう。
些細な亀裂でも産む訳にはいかない。
何が原因で内乱が起きるか分からないから。
図書棟は変わってしまった。
好きだった古風も、眩しく落ち着かない彩飾に。
好きだった静寂も、鳴り止まない喧騒に。
好きだった書物の香りさえ、少しづつ失われつつあった。
内に押し込めていた不満が少し漏れ出た。
「あの人達はなんで、ここに来ているのかしら」
ほんの少しだけ漏れ出た本音。
それを近くで座っていた取り巻きに聞かれた。
皇族は貴族が図書棟に来ているのを怪訝に思っている。
それが一人歩きして、貴族は図書棟来るのは恥だという風習ができた。
私は喜んだ。
誰も図書棟には近づかなくなったし、皇族の名前もでていない。理想の結果だった。
けど、少し経ってなんとなく私は空虚感を感じ始めた。
私以外、誰も来ていない静かな図書棟。
最初は、静かな中にも僅かな紙のめくれる音が響いていた。
それも今は聞こえない。
図書棟が泣いているように思えた。
静寂と虚無の僅かな差が、私にはとてつもなく大きく思えた。
お兄様が図書棟を陥れたと、私は思っていた。
しかし、ふと思ってしまった。
私がトドメを刺してしまったのだろうか…と
お父様は伝統を重んじる方だし、ここが無くなる事はない。
頭では分かっている。けど、どうしようもない不安が私の胸の内に少しづつ積もって行った。
そんな時、誰もいなかった図書棟に見かけない生徒が来ていた。
とても嬉しかった。救われたような気がした。
しかし、私を見るとすぐにその場を離れようとした。
理由は分かってる。私が皇族でその生徒が妾子だから。
その生徒といてはいけない。頭では分かっていても引き止めてしまった。
そして、胸の内に秘めていた後悔を話してしまった。
この時の私は、誰にも言えない後悔を話して楽になりたかったのだと思う。
その生徒は、私の話をただ聞いていた。
その目には何の感情も抱いてはいなかった。
社交辞令として、一言「大変ですね」それだけだった。
別に笑ってほしくも寄り添ってほしくもなかった。
ただ聞いてほしかった。
彼の対応は、私にとって満点に近い。
話した後に気づいた。
この話を広げられれば、少なからず皇族は傷を負う。
お父様やお姉様に迷惑がかかることは死んでもしたくはなかった。
要は脅しの材料を自ら、あったばかりの生徒に話してしまった。
少し身構えた。少し怖かった。
けど、彼は宣言した。「胸の内にしまっておく」と…
そのたった一言が、私の心を安心させた。
彼は気づいていた。これを口外されればこちらは困ると、だからこそ宣言したのだ。
私を安心させるために。
なんとなく感じた。この人はとても頭がよくて、とても優しい人だ。
私の周りは皆、打算的な人ばかりだ。
自分の家を少しでも有利に、相手の家を少しでも陥れるために行動する人ばかり。
だからなのか、自分の損得より私を優先させ行動した彼に少しだけ興味が湧いた。
彼が再び、この場から離れようとする。
分かっている。私といるこの状況は彼にとっては困るのだ。
私は再び引き止めた。
ここで引き止めないともう関わる事は無くなってしまうように感じたから。
困らせたいわけじゃないけど、なんとなく彼をもっと知りたかった。
話してみたかった。親しくなってみたかった。
突き詰めると結局は気まぐれという事になる。
ただこの気まぐれに従って行動すると、ほんの少しだけ楽しかった。
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