04.皇女の気まぐれ

「なによ、珍しく人がいるじゃない」


 振り返るとそこには美しい少女、第3皇女アイシャ・アレイス・ルーアドラがこちらを見ていた。


 あまり関わりたくない皇女に意外なところで出くわしてしまった。

 話しかれられたのだから、応対はしないといけないが、出来る限り早くここから抜け出るべきだろう。

 普通の貴族ならともかく、妾子という分際で皇族と関わるのは、かなりマイナスなイメージを持たれてしまう。

 今この場面を誰かにみられるのすら非常にまずいのだ。


「これは皇女殿下、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はルーク・ディーゼルと申します。今日転入してきたものです。」


「転入…? ああ、そういえばみんなが騒いでたわね。イケメンで回復魔術が使える妾子…の……」


 少し空気が重くなる。

 だがしかし、向こうも俺が妾子と知っているのであれば話は早い。

 皇族も妾子なんかと関わればろくなことがないと分かっているはずだ。


「図書棟という場所が気になって、少し立ち寄ってみただけですので… 用も済んだので会って早々に去ると言うのも悪い話ですがここで失礼させていただきます。」


「そう、図書棟が気になってたの。来てみてどうだった? 寂しい場所でしょ?」


 皇女は少し、対話を望んでいるようだ。

 今この瞬間を見られるだけでも色々と面倒なことになりかねないのにどういうつもりだ…?


「…そうですね、こんなに立派な施設を誰も利用していないのは不思議でもあり、少し寂しい気もしますね。」


「前まではこんなんじゃなかったのよ」


 皇女はイスに腰掛ける。

 これは逃げられない雰囲気だな…

 ここは大人しく話を聞くか。


「そうなのですか? こんなに静かになったのは最近のことなのですか?」


「えぇそうよ、私が図書棟でついつい放った一言がきっかけでね」


「一言?」


「えぇ、この学園の生徒ってどうしようもない人が多くてね。図書棟という場所でパーティ会場と勘違いしてるのかと思うくらいうるさく喋ってたのよ」


 …容易に想像がつく。

 授業中でもこそこそと永遠に喋ってたなそういえば。


「だからね、私が『あの人達はなんでここに来てるのかしら?』と呟いちゃったの」


「それだけですか?」


「それだけ、それを取り巻き達に聞かれて、その取り巻き達が広めちゃったのよ。それが一人歩きして次第に大きくなっちゃっただけ。皇族は貴族が図書棟に来るのを嫌がるって話がね」


 なるほど… 僅かな呟きでも発した人、学園という密集された環境という条件が揃えばここまでの威力を発揮するのか。


 皇族が貴族が図書棟に来るのを嫌がった。

 ↓

 貴族が図書棟に行くのはよろしくない。

 ↓

 貴族が図書棟に行ってはいけない。

 ↓

 貴族が図書棟に行くのは恥だ。


 こんな具合に変化して言ったのだろう。

 書物など買えばいい、書物すら買う金がないのか、なんてのは後々、生徒達が適当に付け加えて言ったのだろう。


「そんな事で、こんな立派な図書棟が寂しくなるとは… 皇族も大変なのですね」


「私もこんなことになるとは思わなかったわ。まぁ私個人としては棟に溢れるほどの書物に静かな空間と、最高の勉強に適した環境となったのだけれど…ね」


 最後だけ、少し含みのある言い方だな…

 まぁ面白い話も聞けたし、ここらが潮時だ。


「とても有意義な話をありがとうございました。この話は私の胸の内に貴重なお話としてしまっておきます。ではそろそろこれで」

 

 一応、図書棟に貴族が行かなくなった原因は皇族にあると、そう言い広められるのは困るだろう。

 だからこそ、これで話してしまったであろう皇女も心残りなく引けるはずだ。

 親しくなるのもまずいし、これで皇女とはもう関わらないだろう…と、思っていたのだが。


「ルーク…って言ったわよね? 折角だし、ここで勉強していきなさいよ」


 唐突に、皇女として絶対にありえないセリフが飛んできた。


「最近、静かになりすぎて逆に落ち着かなくなってきたのよね。それに見た感じ、調べ物の途中だったんでしょ? こっちに気を遣わなくていいからもう少しゆっくりしていきなさい」


 この皇女は… 折角お互いの為に、『図書棟が気になったから』という嘘を、平気で壊してきやがった。

 調べ物の途中でして… なんて言ったら直ぐに離れられなくなるからこそ、気になったからという事にしておいたのに。

 そもそも、俺と関わらない方がいいと気づいてないのか?


「…あまり私と関わらない方がよろしいかと、お互いの為に」


「別に誰もいないんだから大丈夫よ」

 

 普通に気づいてた…


「それに教授が偶然話してたのを聞いてしまったのだけれど… あなた基本問題は完璧だったらしいけど、最後の問題、応用問題はてんでダメダメだったらしいじゃない。いい機会だし教えてあげるわよ」


 確かに応用問題ではあまり点数を取れなかった。

 それもそうだ、他の学生とはスタートが違う。

 他の学生が基礎的な知識を身につけてたであろう頃に、こちらは学も金もない状態で村を出たのがスタート地点だ。

 ''超回復''で脳を回復させれば、寝る必要が無くなる。削った睡眠時間で、学を頭に詰め込めるだけ詰め込んだのだ。

 そして、学園の外では積める学にも限りがある。

 時間も例題も少なかったのだから仕方がなかったのだ。

 決して、応用問題を解くセンスがなかったという訳では無い。


 なのでそこを教えて貰えるのは…それはありがたいが不味いだろう。

 教師ならともかく皇女が教えるというのは色々と。

 正直、ありがた迷惑の極みだな…


「殿下に教えて貰えるというのは、この上ないことではありますが、やはり色々と厄介な問題がでてく…」


「あっ、その殿下っていう仰々しいのやめて。次からはアイシャって呼んで。取り巻き達にもそう呼ばれてるし」


 こちらの話を遮られた。

 この程度で別にイラッとくるお子ちゃまでは無い。

 そう、相手は皇女と言っても子供だ。これくらいで…


「あっあと、そのお堅い話し方もやめてね。もう少し柔らかい口調で話してね。疲れるから」


 …この程度でイラつくほど、お子ちゃm


「ほら早く座りなさいルーク、折角この皇女様が勉強見てあげるんだからもたもたしないで。時間がもったいないでしょ?」


 あーまずいな…この皇女ぶん殴りたい。

 皇女ってもっと慎ましいイメージを抱いていたんだが…


 この時、自分の笑顔が引きつっていたであろうことに後々気づいたが、幸い皇女には気付かれずにビミョーにご機嫌な状態で皇女と妾子による珍妙な組み合わせの勉強会が始まった。

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