02.火の粉

「お前生意気なんだよ」


本日の全講義が終了し、寮に帰るところで呼び止められ、人気がなく日の当たらない裏通りに連れていかれた。


「入学初日から随分と調子に乗ってるよな」


「ちやほやされていい気になってんじゃねぇよ」


壁を背に同級生3人に囲まれ、体格のいい上級生1人が少し離れたところでこちらを静かに睨んでいる。


''洗脳''を使えば、すぐに切り抜けられるがこの学園…というよりこの国では長時間使えない。


以前、偶然にも隣国の勇者と遭遇し、洗脳状態の商人を見抜かれた。

俺の存在に気づかれなかったのが不幸中の幸いだった。

そう、トップクラスの実力を持つ奴らには見抜かれてしまうのだ

この国では、王族直属近衛騎士''十傑''辺りがそれに該当するだろう。

今後俺に関わらないように長時間''洗脳''や''隷属''で縛ってしまっては、もし縛ったものがどこかで十傑の目に止まってしまっては、学園に魔族がいると悟られ、俺の正体半魔を探り当てられてしまう。

 つまり、操って帰すという事は出来ないのだ。

 いつどこで見つかるか分からない以上、能力を使う際は、効果時間を最小限に抑える必要がある。

 出来ればこんな状況は、能力が制限されている以上、話し合いで解決したいのだが…


「こんな事をして家に告げ口をされたらどうするのですか?」


「はっ! 言ってみろよ! いじめられましたので助けてくださいってなぁ? 世間体が1番大事な貴族の大人が相手にしてくれるわけねぇがなぁ?」


 こいつの言っていることは正しい。

貴族というのは欲と見栄が全ての醜い生き物だ。全てではないだろうが、領民を思う本物の貴族などゴミに埋もれ押し潰されているのが現状だろう。

子供にまで理解されてるのは多少呆れてしまう…


「…そうですね、言っても相手にしないでしょう。それどころか名前に泥を塗る気か、と叱責するかもしれません」


「そうだ、うす汚い妾子でもその程度は理解できるようだなぁ?」


「ええまぁ…少し下調べした程度でそれが露見したのですから、嘆かわしいことですね」


「下調べ? ならよ、こういう時どうすればいいのかも調べてきたのかよぉ!?」


同級生の1人が殴りかかってくる。体術の講義はあるのだが本当に受けているのか疑うほどに大振りで無駄が多い。


このままリンチされ、今後目立たず大人しく過ごすのが理想だろう…上手く立ち回れば、こういったウザったい絡みは限りなく少なくできる。

だがそれはできない。今、周囲からの評判を落とす訳にはいかない。


「うぐっ!!」


飛んできた拳を交わし、腹に一撃重たいのを入れる。


「なっ!? てめぇ…!」


「絡まれた時の対処方法なんてどうとでもなりそうなのはともかく、必要な事は抜かりなく」


「やりやがったな? 大人しくボコられてればいいものを」


待機してた上級生もゆっくりこちらに近づいてくる。


さて、軽い体操の時間だ



________________________



一応、サキュバスという近接向きではないが魔族の血が俺には流れている。

だからこそ人間とは多少、身体能力に差がある。

人間の、更には学園で裕福に過ごしている子供なんかに負けるわけが無い。


「ッ…! うう…」


上級生1人、同級生3人は青アザだらけの顔になり、内2人は地に伏している。

立っているのは残ってるのは最初に話しかけた奴だけだ。


「てめぇ… 潰してやる!」


「まだかかってくるおつもりですか?」


「へっ、んな事しなくても学生4人の顔をここまで殴ったんだ! 明日てめぇは退学だよバカが!」


そう、この貴族の子供間の暗黙のルールとして顔を殴りすぎてはいけない…暴力が露見してしまうからだ。


喧嘩やいじめ、どのような理由でも暴力を振るった振るわれた、どちらもマイナスのイメージを持たれてしまう。

 彼の言う通り、これが露見したら退学は確実だ。


そして、ここまで顔がアザだらけなら隠すのはもう無理だろう… 他の学生だったなら。


「ひーる」


「なっ!?」


4人全員のアザを治す。

治したところで、倒れていた3人はすぐに目を覚ました。


「殴った…? なんのことでしょう? 全く身に覚えにありません」


「くそっ! 舐めやがって…!」


 まだ反抗的な目を向けてくるか…

 少し手荒な真似をするしかないか。


 どれだけ殴っても治せばいい。

 服がどれだけ血や泥で汚れようが体が無傷なら、俺を咎めるのは難しいだろう。


 まだ反抗的な目を向けてくる


「くそっ! くそっ! 妾子の分際でイキリやがって…! 女どもにちやほやされていい気になってんじゃねぇよ!」


「バーン! もう行こうぜ! 勝てねぇよこんなやつ!」


「ふざけんな! ふざけんなよ!! こんなやつに尻尾巻いて逃げるとかありえねぇだろ!」


 目の前で言い争いが始まる。

 うざいし、醜いし、うっとおしい…

 冷めた目で様子見してると、バーンと呼ばれた同級生の様子がおかしくなる。


「あ゛あ゛っ!! くそがっ! ならよぉ! これならどうだ!!」


 両手を前に突き出し、掌をこちらに向ける。

 すると、掌が光を放ち始めた。


「火傷も治せるってことだよなぁ? じゃあこっちも魔術使ってやるよ!」


「お、おい待て! バーン! 流石に火属性魔術は!」


上級生が止めようとするが…


「焼けたところで問題ねぇだろ!? 治せるならよぉ!」


狭い裏通りで、目と鼻の先に火球が浮かび上がる。

この距離で火球なんて放てば、自分も他の3人も巻き添えを食らう。それどころか壁や建物まで壊れる。

 建物が崩れたら、生き埋めになり下手すれば死ぬぞこいつら…

 魔術を放とうとする同級生の目は完全に正気ではなかった。



火炎弾ファイアーボール!!!」


 この距離で対象することは困難だ。

 ここにいるのが、俺じゃなく他の学生だったらの話だが。


「死ねぇ!」


水流砲ウォーターブラスト!!!」


火球が放たれる刹那、横から水属性の魔術が放たれた。

勢いよく発射された水が火球を打ち消す。


「んなっ! 何しやがるルーシー!」


「…え? いや…なんでおれ…?」


「おい! 今ので人が集まってくるぞ!」


「ちっ! 行くぞお前ら! 早く立て!」


直径約1mの火球を水が消化したのだ。

水が蒸気に変わり、辺りに勢いよく噴射される。

裏通りとはいえ流石に近くにいた人が集まってきている。

俺もここにいては面倒なことになるだろう。

学園の壁を乗り越え、蒸気で湿った服を乾かすためにゆっくり歩きながらとある場所へ向かった。

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