第一章『ルーアドランティス帝国偏』

01.貴族の学園へ

 微かに残った冬の中で、照らされた頬は柔らかい温もりに心地よく撫でられる。

 窓から差し込む光に、大気は輝き、木製の教壇が黄金に染められている。

 学校ならではの美しい光景を、その上に立つの男が… 正確には男の頭が輝きを反射し、台無しにする。


 教師だから仕方ないが、まぁなんとも締まらないスタートだ。


 教師の合図と共に、その教壇の上に立ち、座っている同年代の、これからはクラスメイトとなる人間の少年少女たちに、爽やかな笑顔を作り、自己紹介をする。


「今年からこの学園に編入することになりました。ルーク・ディーゼルと申します。未熟な点は多々ありますが、誠心誠意、精進しますので何卒宜しくお願い致します。」


 生徒たちが軽くざわつく。


「ねえ、超かっこよくない…?」


「すごいきれい…」


「チッ、女みたいな顔しやがって…」


 黒髪黒目から、空色の髪を耳が隠れるくらいまでに切り、その髪の色を少し濃くした天色の瞳を能力で変えている。

 顔も変えることを考えてはいたが、整形などは"超回復"を使った際に元に戻ってしまうため、変装はこれが限界だった。


 俺は名をルークと偽り、14歳のとして、人間の国であるルーアドランティス帝国、その貴族の子供達が通う貴族学園、1学年のクラスに忍び込む。

 半魔がバレれば、即処刑ということもあり、緊張やら不安を多少は感じるかと思っていたが、自分でも驚くほど、心は落ち着いていた。

 多くの人間を前にして怒りすら感じず、あるのはただ、うじゃうじゃとわいてる害虫と対峙したときのような、嫌悪感だけだった。



__________




「今日は確か、編入してきた子がいたね。なら、今日の魔術講義は基礎からやっていくとしよう」


「えぇー! 基礎からですかー!?」


「編入生なんか放っておいて、普通に授業して欲しいんですけどー!」


 魔術講義担当の教師が、俺に気を遣い、今日だけ魔術の基礎の講義を行ってくれるようだ。

 だが、他の生徒達はそれに猛反発する。


「あの、わたくしのことなど気にせず講義を進めてくれても構いませんよ」


「ルーク君…だったよね、そういう訳にはいかない。何事も基礎を疎かにしては、その者の成長をも阻んでしまう。君のは聞いている。もしかしたらどこかに穴があるかもしれない。それを確認するためにも今日の講義で基礎を学ぶのはとても重要な事だよ」


「…分かりました。わたくしなどのために貴重な講義の時間を割いて下さりありがとうございます」


「みんなも所々忘れているかもしれないし、良い機会だ。ここでしっかり復習しなさい」


 教師の言葉に、受講生もしぶしぶ了承する。

 他の教師は俺など眼中になく、一部は編入生が来たことすら知らなかった。

 この魔術を教える教師は中々に人格者だ。


「では、始めるとしよう。まず魔術を発動するためには、魔力、術式、そして適性系統、この3つが必要だ。魔力は誰でも持っているし、術式も他人から教わるのも自分で作り出すのも良い。重要なのは適性系統だ。適性系統は人それぞれ違っていて、自分の系統あった魔術しか使えない。要は使える魔術は生まれた時から決まっているんだ。どんな系統があるのか少し書き出そう」


 教師は黒板に基本的な魔術の系統を書き出し、一つずつ説明していった。



__________




「さて、一通りは説明出来たね。じゃあ次はルーク君の適性系統を見ていこうか」


「えぇー! そんなの俺たちからしたら完全に無意味な時間じゃないですかー!」


「そうですよ! その編入生が杖振るうのをただ傍観してなきゃいけないんですかー!」


 またもやクラス中からブーイングが起こる。

 杖を振るうとは…? 適性系統を調べるのに必要な事なのだろうか?


「まぁまぁ、みんなも最初の講義で自己紹介がてらやっただろう? ルーク君にもやってあげなきゃ不公平じゃないか」


 教師が生徒達を宥める。


「ルーク君、前へ」


「はい、分かりました」


 俺は、教師の指示通りに、席を立ち、教壇に立った。

 すると、教師から一本の杖を渡された。


「ルーク君、その杖に魔力を込めて降ってみなさい。その杖には既に火系統魔術の術式が組み込まれている。君が火の系統を持っていたら、火の魔術が発動するはずだよ」


 言われるがまま、俺は杖に魔力を込めて軽く振るう。

 だが、結果は…


「ふむ… ルーク君は火の系統は持ってないみたいだね。なら次は水の系統を」


 教師は次々と術式の込められた杖を渡してきたが、俺はどの杖を振るっても魔術を発動することは出来なかった。


「…ふむ、ここまで試して、魔術がでないとは… 教師に勤めてそれなりに長いが、こんなことは初めてだ」


 教師は、持ってきた全ての杖を俺に渡したが、一度も魔術が発動することはなく、困り果てていた。


「ルークくーん! 才能ないんじゃないのー!」


「こらこら、そういうのはやめなさい」


 待ちくたびれた生徒達の内の一人が野次を飛ばした。

 他の生徒達もクスクスと笑っている。

 教師はやれやれと首を振り、申し訳なさそうに俺に謝罪の言葉を口にした。


「すまないな、ルーク君。こんなことになってしまって…」


「いえ、それより頼みがあるのですが…」


「治癒系統の術式を組み込まれた杖はありませんか?」


「治癒系統か、言いにくいんだが治癒系統を持っているものは稀でな。この300人あまりいるこの学園でも使えるものは10人にも満たない。それに期待しても無駄だと思うが…」


「試してみたいのです。あるのなら持ってきては貰えないでしょうか?」


「…分かった、いいだろう。少し待っておれ」


 教師は俺の頼みを受け入れ、治癒魔術の杖を取りに教室から出ていった。


「はぁー、ったく。素直に自分に才能がないことを認めろよ。無駄に足掻きやがって」


 生徒達は教師がいなくなった途端に、待たされた鬱憤を愚痴として吐き出していく。


「周りに迷惑かけてるって事を自覚しろよな」


「ねぇあの編入生、妾子なんだって」


「マジで? 道理で才能無いわけだよ。血統がゴミなんだからよ」


「学園も何考えてんだか、汚らわしい血を学園に入れるなよ」


 俺に聞こえる声で、生徒達は陰口を叩く。

 俺は何かしらの反応をする訳でもなく、ただ静かに教師を待った。


 しばらくして教師が教室へ戻ってきた。


「待たせたね、ルーク君。治癒魔術の杖を持ってきた。他にもあるだけ持ってきたから、色々降ってみようではないか。大丈夫、心配するな! ルーク君にも必ず使える魔術はあるだろう!」


 そう言って、治癒魔術の杖を渡された。

 生徒達がニヤニヤと、俺が杖を振るうのを待っている。

 きっと教師に頼み持ってきてもらった杖すら使えない様を想像し、貶す準備をしているのだろう。

 だが、そんな未来は来ない。


 俺が治癒魔術の杖を一振ひとふりすると、その杖から淡い光の粒子が溢れ、雪のように瞬く間に教室中に降り注いだ。


「おお…! なんと…!!」


「は… なんだよこれ」


「きれい…」


 教師どころか先程までバカにしていた生徒達も、驚き感嘆の声を上げていた。


「素晴らしい… 素晴らしいよ! ルーク君! これ程の治癒魔術を発動させられるとは!! しかも、簡易的な術式を組み込まれただけの杖でなんて!!」


 教師は治癒魔術に魅せられ、興奮していた。

 鼻息を荒くして、俺に詰め寄る。


「卒業後の進路は考えているかね? もし良かったら学園に残り、研究者にならないか? 君の治癒魔術はこの世界に革命をもたらすだろう!」


「光栄な話ですが、申し訳ありません。私の進路は既に決まっております。大変恐縮ですがお断りさせてください」


 そう、俺の進路は決まっている事になっている。それが家と交わしただ。

 どれ程の名誉ある進路を用意されようと、俺の進むべき道は決められている。そういう事になっているのだ。


「ッ! 妾子の分際で…」


「見てろよ… 下級貴族の妾子なんか簡単に潰せるんだよ…」


 生徒達が、 また影でコソコソと話している。

 まぁそれも仕方の無いことだ。これほどの治癒魔術を披露したのだから。

 正体を隠しながら潜伏するなら、自ら目立つ事をするなど愚の骨頂だ。

 だがしかし、これはどうしても必要なことなのだ。

 編入初日かそれ以降、できる限り早く俺がと、学園に周知させる事。

 これは学園で生活していく為には、必要不可欠だった。


 生徒達は圧倒的な治癒魔術を放った俺を様々な目を向けていた。

 尊敬、畏怖、嫉妬、どれも感情のこもった目だ。

 だが、一人だけはつまらなそうに外を見ていた。

 降り注ぐ治癒魔術の光にも、それを放った異端な俺にも目をくれずにただ外を見ていた。

 不意にその生徒と目が合う。

 されど、生徒の目はなんの感情も抱く事無く、再び外へと向けられた。

 俺はその生徒が誰なのか知っていた。警戒していたのだ。関わるべき存在ではないと。

 だからこそありがたかった。が俺に無関心だった事は。

 

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