04.暖かな光の先へ

 山奥に木造の少し大きめな家が建っていた。

 その家のリビングで筋骨隆々の大男がいかつい顔に全く似合わぬ不安げな顔で、テーブルの周りをグルグル、ウロウロ、落ち着きのない様子で歩き回っている。

 少年は隅で座り、それをボーッと眺めていた。

 

 ブツブツ、ブツブツ…


 カイルは歩きながら聞き取れない声量でずっと独り言を言っている。

 そんな父親を、ソラは物珍しそうに見ていた。

 するとガチャッ、とドアから母親が出てきた。

 カイルはすぐにそちらを向き詰め寄った。


「どうだった!?」


「…えっと、その… できたみたい」


「ほ、ほんとか!」


 カイルは驚いた後、プルプルと震えだした。

 そして…


「――――ッ! でかしたぁ!!」


 喜びの感情を、一気に爆発させた。


「俺に…こんな俺に… 二人目が…!」


「もうっ! あなたったら… 俺たちに、でしょ?」


「ああ… ああそうだな! 俺たちにだ! 俺たちに家族が増えるんだ!」


 カイルは目に腕を当て、泣いて喜んでいる。

 イルミナも目頭に涙をため、溢れ落ちた雫を手で拭う。


 ソラは喜びを分かち合っている二人のもとに、自分も行こうとした。

 しかし、首の周りが妙に重く、うまく立ち上がれずにいた。


「そうだ! 名前! 名前を決めないと!」


「もうっ! 気が早いわよ。まだ男の子か女の子かもわかっていないのに」


 喜びに打ち震えている両親が、ソラには自分とは別の世界にいるように感じられた。

 その奇妙な感覚が、酷く孤独を感じさせた。


「…ボク、もういらない?」


 孤独感が不安に変わり、ソラは2人目がいれば僕は捨てられるかも、と

 しかし、それは杞憂に終わった。


「……ぷっ あはははは!」


 二人を顔を見合わせた後、吹き出し大きな声で笑い出した。


「そんなわけないだろ、ソラ」


「そうよまったく… フフッ、ああもう、おなか痛い。フフフッ」


 2人はソラが不安そうな顔で真剣にばかげたことを聞いてきたのが面白く、そして愛おしく思い、腹を抱えて笑った。

 そしてひとしきり笑った後、ソラにやさしく微笑み、問いかけた。


「ソラは父さんたちと一緒に居たくないか?」


「ずっと一緒にいたい!!」


「俺たちも同じ思いだよ」


「そうよ、私たちもソラとずっと一緒にいたい」


 ソラは気づけば、涙があふれ出ていた。


「お母さん… お父さん…」


「ソラ、おいで」


 2人がソラに手を差し伸べる。

 ソラは体を起こして、2人のもとに行き、その手を掴もうとした。

 ふらふらとおぼつかない足でゆっくりと二人に向かって歩いてゆく。

 一歩一歩、踏み締めてゆく度に、体が冷たくなっていくのを感じる。

 それでもソラは歩みを止めず、自分の両親のもとへと進み続ける。


 (あと少し… もう少し…)


 あとわずかな距離で手を触れられそうになったその時、ソラをやさしく温もりのある光が包み込む。


「えっ… なんで、これって… お母さん! お父さん!」


 少年の必死に伸ばした小さな手は届かず、暖かな光に呑まれていった。


________________________



「ううっ… お母さん… お父さん…」


「ハァ… ハァ… このクソガキィ!!!」


「うぐっ!! …がはっ うぐぅ…」


 息を吹き返した少年の腹をを、お頭と呼ばれる太った男は思いっきりける。


「くそがっ! ったく、どいつもこいつもよぉ!!」


「お頭! せっかくお頭自らが治したのにそんな乱暴に扱ったら」


「うるせぇ!!」


 宥めようとする部下にすら、男は腕を横に振り力任せに顔を殴る。


「ったくよぉ! ゴミどもは見つからねぇし! ガキは死にかけてるし! そもそも隷属の首輪はなんで作用してねえんだよ!」


 男は沸点がとうに越えているようで、目についたものすべてに当たり散らす。


「こいつの見張りをしてたやつは誰だぁ!」


「す、すいやせん! 自分ですお頭! けど俺がいるときは何ともなかったんで、きっと集合したときに…」


「言い訳してんじゃねぇ!」


「グアッ! やめっ…お頭… ウグッ!」


 見張りを任されていた部下を蹴る。

 頭と呼ばれる男は気を失っても蹴り続けるのをやめなかった。


 ゴキッ


 部下の首が折れ、息絶えるまで蹴り続けた。

 他の部下たちは目をそらし、震えながら男が落ち着くのを待っている。


「ハァ… ハァ… くそ! こうなったら!」


 男は少年の頭をつかみ、邪悪な笑みを作り言う。


「なあ坊主、話があるんだ」


「……」


 少年は無表情のまま、無機質な目を男に向ける。


「お前が母親の分まで稼いだら、母親は逃がしてやるよ」


 少年の無機質な目が、ほんの少し見開かれる。


「お前はサキュバスの半魔だ。サキュバス固有の能力"催淫"も半魔なら強化されているはずだ。それで客を魅了して売値を吊り上げろ。そうすれば母親は自由にしてやる」


 男は少年がなぜ自殺したかなど露知らず、残酷な交渉を淡々と続ける。

 少年は、ただ黙ってそれを聞いた。


「おい! 次の競売までにこいつに"魅惑"を使えるようにしろ。死ななきゃ何しても構わん。傷は俺の"超回復"があればどうとでもなる。」


 男は部下に命じ、部屋を出て行った。

 部下たちは男が出ていったを確認し、愚痴をこぼし始める。


「はぁ… まったく勘弁してほしいぜ。殺されるかと思った」


「こんなガキ一人死にかけたくらいで俺たちまで殺されたらたまったもんじゃねえ。なあ? おい!」


 部下の一人が力なく伏している少年に近づき、小さな顔を踏む。


「おい、奴隷の首輪がなんで作動しなかったのか分からねえからな。首輪を取り換えるが念のため、自殺できねえように歯を折って指を切り落とせ」


 部下の一人は少年の頭を踏みながら仲間に道具を取りに行くよう指示を出す。

 そして、足をどけ屈み、少年に告げる


「わりぃな坊主。俺たちもよ、こんなひでえことしたくねえんだよ。けどよ、お頭の命令で仕方なくやってんだ。けどよ、坊主が催淫を使えるようになってくれれば俺たちもこんなことしなくて済むんだよ。だから頼むよ。"魅惑"を使えるよう頑張ってくれよ。…な?」


 少年は虚ろな瞳で男を見据えている。


「…ちっ! 薄気味悪いガキだなぁ。おい! こいつが作った刃物があるだろ! 貸せ!」


 少年は視界の半分を奪われた。


「…がっ! あああああああああああ!!」


 少年の悲鳴が、密室の牢屋を反響する。

 石の床に少年の一部が転がる。

 男は、終わると邪悪な笑顔で満足げに囁いた。


「いいか? これから毎日お前をいたぶり続ける。やめてほしかったら"催淫"を使ってみせろ。早く使えるようになんねえとこの地獄が永遠に続くぜ?」


 男は言葉とは裏腹に顔は狂気に満ちていた。

 その日から静寂に満ちていた牢屋に鈍い音が絶え間なくなるようになった。



________________________

 


 ―—なんでだ… なんでこんなことが平気でできるんだ…

 なんでそんなウソがつけるんだ… なんでそんな簡単に殺すことができるんだ…

 こいつらは…なんだ…? ――

 

 

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