2.論文
「
観音山は私がいるS大学の裏山だ。S大学の裏に、山というより丘と言った方がいいような小さな突起がある。それが観音山だ。丘ではない。国土地理院の地図にもちゃんと観音山という名称で記載されている。雑木林がこんもりと茂っていて、ちょっとしたハイキング気分が味わえる山だった。雨さえ降っていなければ、私は毎日講義の合間に観音山を散歩するのが日課だ。私が暇さえあれば観音山に行って思索にふけっていることは大学関係者なら誰でも知っていた。
観音山の古墳形状? 観音山が古墳だって? ばかばかしい。
この娘は一体全体、私を誰だと思っているんだ。結城直人といったら、新進気鋭の若手考古学者として考古学会で売り出し中だ。去年、
私はそんな立場なので、よく町の素人考古学者から自説を聞いてくれという申し出を受ける。彼らの珍説は聞くに堪えないものばかりだったが、私は申し出があれば必ず彼らと会うようにしていた。人気商売ゆえの辛いところだ。
鏑城由紀もそんな一人だった。私とはコネも何もないのに、研究室に論文を見てくれといきなり申し込んできたのだ。そして、私は今日教授室で由紀と会った。由紀はこのS大学に通っている。私の考古学科ではなくて国文科の3年生だった。国文科の学生が考古学にも興味を持つとは珍しい。
しかし、私は由紀を睨みつけた。もし観音山が古墳なんてことがあったら、私の立場はどうなるんだ。私は毎日観音山に登っていながら、そこが自分の商売道具である古墳だったってことに気がつかなかったことになるじゃないか! 「とんだ無能な教授がいたもんだ」と世間の笑いものになること必定だ。
そう思いながらも、私は由紀の書いた論文を読み進めていった。
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