最終章「タクシーの車窓から」 第5話 願いを込めて

 見事が成行の手を握りしめたことは、純粋じゅんすいに彼への想い以外の目的があった。本当に久能山東照宮・境内の傾斜があるのだ。

 社務所を通過して、まず緩やかな上り坂がスタートする。その先には朱色が美しい『楼門ろうもん』が見えている。


「凄い、あの門は、『楼門ろうもん』って言うんだね」

「スゲー、立派。こんな立派な門を作るのは、当時でも大変だよね」

 見事と成行は、拝観料を払った際にパンフレットをもらっていた。それを見つつの参拝開始だった。


 この楼門を通過する前にも、階段を上らなくてはならない。

 階段を上がり、楼門の目の前まで来た二人。楼門ろうもん威厳いげんと、静かなはなやかさに圧倒されて、思わずジッと門を見上げてしまう。

「写真撮りたいね」と、言う見事。

「うん。けど、この位置だと門に接近しすぎかな・・・」

 楼門を見上げながら成行は言う。

 二人は楼門の目の前に来て、そこが写真を撮るには不向きな位置だと気づいた。楼門が大きいことと、二人が位置的に近づきすぎているのだ。


 二人がどうしようかと考えているときだ。成行はに気づいた。

写真を撮ってもらおう」

 成行が自分のスマホを持って、近くにいた人へ駆け寄る。

「!」

 見事は、『まさか!』と思った。成行が近づいたのは、先程、手を繋ぐとき、こちらを見ていた年配夫婦だった。


「あの、突然申し訳ありません―」

 見事が引き止める前に、既に成行は撮影交渉を始めていた。止めたくても、成行と話す年配夫婦は嬉しそうに、彼の依頼を聞いている様子だ。


「見事さん、OKですって!」と、手を振る成行。

「わっ、わかったから、境内ではお静かに!」

 見事は恥ずかしかったが、内心、嬉しくもあった。無論、成行には秘密だが。


 結局、見事と成行は楼門の前で写真を撮ってもらった。成行のスマホで、年配夫婦の旦那さんが写真を撮ってくれた。

「ありがとうございました!」

「ありがとうございます・・・」

 写真を撮ってもらった後、ちゃんとお礼をした二人。年配夫婦の方も、全く嫌がる様子なく協力してくれた。このことには、本当に感謝しなくてはならない。


「撮った写真は後で見事さんにも送りますからね」

「うん・・・。ありがとう」

 呑気に話す成行とは対照的に、見事は頬が熱いままだった。


 楼門を過ぎた後、御社殿へ向かう二人。久能山東照宮・境内は、たてながな造りになっている。そもそも、この久能山東照宮は、急峻な山の上に造られていた。

 東照宮の造営ぞうえい以前、戦国時代に甲斐・武田家が駿河を支配する際、ここへお城を築いていたという。当時は、『久能くのうじょう』と呼ばれていた。そのため、平地へいちに寺社仏閣を築くのとは事情が異なる。


「でも、昔に造られたはずなのに、建物は綺麗に保たれてるね」

 成行は境内の建造物を見ながら言う。

「改修工事をして、今の綺麗な状態になっているのよ」

 見事はパンフレットの情報を話す。

 久能山東照宮の建物は、全体的に朱色が多く使われており、それがまた参拝客の目を引く。ゆっくりと見ていたいが、時間的なリミットが迫っていた。拝観時間は十七時まで。もう時間がなかった。


「成行君、御社殿へ行こう。時間的に厳しいかも」

「17時までだったね。じゃあ、少し急ごう」

 既に日も傾きつつあった。見事と成行は御社殿へ向かう。

 が、その御社殿への道のりが、最後の難所とも思える階段の連続だった。一つ一つの階段の距離は短い。だが、階段の石は大きくカットされているような気がした。

「階段の石は、何か大きめなのかな?」

 成行もそう思ったのか、見事に言う。

「これが、その当時の標準スタンダードなんじゃない?」と、答えるしかない見事。


 二人が階段を上り終えた場所には、一段いちだんと朱色が美しい御社殿が静かにたたずんでいた。御社殿の装飾そうしょくも改修されているので、その華やかさが際立つ。

 それを見た二人は、その威厳いげんしばらく御社殿から目が離せなかった。


 他の参拝客の後ろに並んで、二人は参拝のタイミングを待った。拝観終了時刻が近いので、こころなしか人も少ない気がした。

 いよいよ二人の参拝の番。お賽銭を入れて、静かに祈りを捧げる見事と成行。



 参拝後、二人は一旦、御社殿の前から離れる。

「成行君は、何のお願いをしたの?」

 見事は少しドキドキしながら聞いてみた。すると、成行の回答は意外なものだった。

「こういうときは、お願い事は言わないものですよ。まさに『神のみぞ知る』ってね。だから、僕も見事さんのお願い事は聞かないでおきます」

 成行はそう言ってニコッと笑った。

 それを聞いて少しの見事。成行にしては、気障きざなことを言うと思ったのだ。

「もう!成行君の意地悪」と、言う見事。

 しかし、いざ自分が聞かれたら回答を誤魔化したかもしれないので、それはそれで助かったと思った。


「この後、どうする?見事さん」

 成行が見事にそう尋ねたのには、理由ワケがある。

 久能山東照宮には、御社殿よりもさらに奥へ進める。そこにあるのが、『神廟しんびょう』。つまり、徳川家康公の眠るお墓である。

「うーん。時間もないし・・・」と迷う見事だが、成行の反応は対照的だ。


「時間はないけど、行きましょうよ。せっかく、ここまで来たんだし」

「うーん。わかった」

 成行の一言ひとこと神廟しんびょうへ行くことが決まった。


 久能山東照宮・御社殿の西側。そこには神廟への入口となる『唐門』があった。ここを通過し、いよいよ神廟への参道を行く。唐門を通過し、真っ直ぐ進むと、そこには鳥居があった。

 その鳥居を通り、再び短い階段を上ると、そこには開けた場所があった。その中心と言うべき場所に、石の柵に守られた大きな廟があった。ここが江戸幕府を開いた徳川家康公の眠る『神廟』だった。

 流石、天下泰平をもたらした英雄えいゆう人傑じんけつのお墓。スケールが違う。それに『神廟』というだけあって、やはりそこだけは境内の中でも、最もおごそかな雰囲気がした。


「なんていうか、僕のじいちゃんののお墓とはスケールが違うね」

「当たり前じゃない。江戸幕府を作った人のお墓なんだから、一般人と比べるのが間違いよ」

 いざ、神廟の前に来たものの、歴史上の人物のお墓参りをしたことのない二人。どうしたらいいか、よくわからない。取り敢えず、神廟にお賽銭を収めて、ここでもお参りをした。

 実際の所、他の参拝客も神廟を眺めて、お参りをする以外のことがないのだ。そんな中、神廟ではない所に少し人が集まる場所があった。


 顔を見合わせる見事と成行。二人もそこへ向かうことにする。

 そこには大きくて立派な木が、まるで神廟に寄り添うように生えていた。見上げるような高さで、神廟を守っているようにも思えた。

 木の前には、解説の看板があった。

「見てよ、見事さん。『金の|ルビを入力…《な》る木』だって!」

 看板を見て若干じゃっかんはしゃぎ気味ぎみの成行。

「成行君。お行儀が悪い!」

 見事はバシッと注意する。


 二人は解説の看板を読んだ。

「ほら、良いことが書いてあるじゃない。ネーミングだけで反応するなんて、みっともないわ」

「はい。ごもっともで・・・」と、神妙な態度の成行。

「でも、一応・・・」と、成行は『金の成る木』の賽銭箱へ小銭を入れると、お参りをした。それをジトっと見ている見事。


「そんな顔しないでくださいよ、見事さん」

 バツが悪そうな成行。

「だって、本当に家康公の教訓が生かされているのか疑問じゃない?成行君の行動は」

「違うんですって。戦勝祈願ですよ。戦勝祈願。『雷鳴さんや、アリサさんが日本選手権競輪ダービーで勝てますように』って」

「全く、もう!」と言いつつも、見事もお賽銭を入れて木を拝んだ。

「私は、『みんなが豊かで幸せに暮らせますように』って祈ったわ」

「素晴らしい。流石、師匠!」

 調子の良いことを言う成行。


「さっ、行きましょう。もう拝観時間は終わりよ」

 そう言って見事は歩き出す。

「待ってくださいって、見事さん」

 成行は神廟に再度、一礼いちれいし見事に駆け寄る。それを目にした見事も神廟へ一礼いちれいする。二人は揃って、その場をあとにした。

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