最終章「タクシーの車窓から」 第3話 浜松から静岡へ

 浜名大橋を通過して、三人の乗るカブリオレは、浜名バイパス・坪井つぼいインターに差し掛かる。

「このインターでります。一般道で浜松市内を北上ほくじょうして、東名・浜松西インターを目指します。そこからは東名で一気いっきに静岡市に向かいます。途中、多少の混雑があるかもしれませんが、ご了承ください」

 新居さんは後部席の二人に言う。


「あの、新居さんー」

 見事は少し身を乗り出して、新居さんに話しかける。

「静岡市には、何時頃に着きそうですか?」

「そうですね・・・」

 カブリオレが赤信号で足止めになったタイミングで、新居さんはナビで静岡市への到着時刻を確認する。

「連休の渋滞を加味すれば、一時間半とみてほしいですね」

 新居さんは見事に答え、さらに続ける。

「もしや、何かご予定でも?」


 すると、見事は遠慮がちに答える。

「行ってみたい所があって・・・」

「それは何処でしょう?」

 嫌な顔せず、ニッコリと笑顔で尋ねてくる新居さん。

「じゃあ、遠慮なく・・・」

 見事は行ってみたい場所を伝えた。


 それを聞いた成行は見事に言う。

「へえ、何かしぶいチョイスだね」

「別にいいでしょう?」

 見事は何が不満なのかと言いたげな顔をする。

「別に悪くないですって。僕も行ったことがないから、行くには良い機会かも」

 成行も決して不満があるわけではない様子。


「少々、お待ちくださいね」と言い、リクエスト先の到着時刻を確認する新居さん。

「どうにか間に合うと思います。行きますか?」

 その問いに、「はい、ぜひ!」と笑顔で答える見事。

 これで次の目的地が決まった。

「では、安全運転ので向かいますね」

 新居さんはカブリオレを浜松西インターに向かって走らせた。



                 ※※※※※



 浜名バイパス・坪井インターを下りた後、東名・浜松西インターへのルートは難しくない。

 坪井インターを下りてすぐ、県道65号線を道なりに北上するだけなのだ。途中、浜名湖ガーデンパークへ向かう車の渋滞はあったが、無事に浜松西インターへ着いたカブリオレ。

 そこから東名をひたすら東に進めばいい。


「ひゃあああっ!風が凄い!」

「でも、何か気持ちいい!」

 東名を走るカブリオレは、先ほどの浜名バイパス以上の風圧があった。しかし、それを楽しむのがオープンカーなのだ。

 見事も成行も、ジェットコースターを楽しむ感覚で東名高速道路のドライブを楽しんだ。


「おっと!」

 東名・浜松インターの2キロほど手前で、新居さんはカブリオレを追い越し車線から、走行車線へと車線変更した。

 カブリオレが減速する感覚は、後部席に乗る見事と成行にも伝わる。

「どうかしたんですか?」

 成行が新居さんに尋ねる。

「今、覆面パトカーがいたもので」

 それを聞いた後部席の二人。顔を見合わせて、ぐさま覆面パトカー探しを始めた。


 すると、見事がいち早く何かを見つけた。

「今、追い越し車線にいたシルバーのクラウンですか?」

「どれ?」

「あれよ、成行君」

 見事は覆面パトカーと思しきクラウンを指す。


「違いますねえ」と、新居さんはニコニコしながら言った。

「正解は、今この車の前方を走っている赤いレンジローバー・スポーツです」


「えっ!あれなんですか?」と、驚いた反応をする見事。

「どこ?」と、レンジローバーの行方ゆくえを探す成行。

「あれよ、成行君。あの赤いSUV」

 見事は前方を指差す。そこには真紅の車体が美しく輝くレンジローバー・スポーツがいた。


「でも、あんな高級SUVが覆面パトカーなんですか?」

 レンジローバーといえば、高級外車SUVの代名詞。それを覆面パトカーに使用するとは、誰も想像もつかないだろう。


「意外性と話題性を狙って、愛知・静岡の両県警の高速道路交通警察隊に2台ずつ、合計で4台配備されたんです。二年程前です。今は忘れている人が多いですが、それでも当時は話題でしたから」

 新居さんが二人に解説していたときだ。

 、それを知らない白のレクサス・LXが凄い勢いで追い越し車線を駆け抜けた。


「あれま。あれは、ダメでしょうね」

 苦笑した新居さん。

 LXの姿はまたたく間に見えなくなったが、案の定、レンジローバーはすぐにレクサスの追尾を開始。真紅の車体も瞬く間に見えなくなった。


「本当に覆面パトカーだったんだ・・・」

「でも、あの覆面パト、ハリウッド映画みたいで少し格好いいかも・・・」

 見事と成行の視界から2台が消えた後。カブリオレが東名・天竜川橋を越えて、遠州豊田PAに差し掛かる直前だった。

 PAの手前、高速バス停でレクサス・LXがレンジローバーに付き添われているのを三人は目撃した。


「やっぱり安全運転が第一ですね?」

 それを見た成行が新居さんに言う。

「その通りですとも」と、新居さんは優しくも、真剣な顔で答えた。お客さんを乗せるタクシー運転手の責務をしっかりと感じさせてくれる、頼もしい表情だった。


「でも、新居さんは、どうしてあのレンジローバーが覆面パトカーだってわかったんですか?赤いレンジローバーなら、他にも走っていると思うんですけど」

 見事は新居さんに尋ねる。

 確かにクラウンだろうと、レンジローバーだろうと、世間にはのクラウンやレンジローバーも沢山走っているはず。何か覆面パトカーを見破るテクニックがあるのだろうかと、見事も成行も不思議に思っていた。


「まさか、覆面パトカーを見破る魔法があるとか?」

 成行は言う。

「そんな魔法はないわよ・・・」

 その傍らで、呆れ気味な見事。


 すると、新居さんは笑いながら答える。

「はははっ!確かに、そんな魔法はありませんよ」

 魔法疑惑を否定した新居さん。そして、をしてくれた。


「そんな魔法を使うまでもありません。すればいいんです。覆面パトのナンバーをね。あと、車種とかも。円周率を暗記するよりも楽でしょう?」

 何事もないかの如く答えた新居さん。

 これには、見事も成行も目を丸くするしかなかった。

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