最終章「タクシーの車窓から」 第2話 浜名バイパス

 新居あらいさんが運転するカブリオレは、いよいよ静岡県内に入った。

 彼の言うとおり、愛知・静岡の県境けんざかいを越えたあたりから道が混雑し始める。静岡県内に入って間もなく、国道42号線は国道1号線・浜名バイパスに合流する。

 本来、渋滞は気分の良いものではないが、今回に限ってはそうとも言えない。

 42号線と1号線が合流する付近からは、どこまでもかぎりなくひろがる遠州灘が見渡せる。

 遠州灘のあおさと、空のあおさが同時に広がる姿が見える。今日のような快晴のには、この上ない絶景だ。


「凄い、本当に海の目の前なんですね?」

「海の蒼さが眩しい」

 見事も、成行も、目の前の絶景に心奪われる。

「渋滞がなければ一瞬で通り過ぎてしまいますが、渋滞時には、これはこれで綺麗な景色が見られるんです」

 新居さんは後部席の二人に話しかける。


「もうすぐ国道1号線と合流します。見事様、可能であれば髪の毛をお縛りください。風圧で髪の毛が乱れる可能性がありますので」

「えっ?わかりました」

 急なことだったが、見事はみずからのロングヘアをまとめる。


 国道42号線が、国道1号線と合流する形で、片側1車線の浜名バイパスとなる。

 だが、合流直後はまだ車の速度ペースは上がらない。上り線も、反対側の下り線も、車の流れは鈍い。それぞれ、西に、東に行楽地へ向かう車が多いのだ。


「次のインターを通過した時点じてんで、上り線は片側2車線になります。そこから速度が上がっていくので、荷物を飛ばされないように注意してください」

 新居さんは後部席の二人に注意をうながす。彼の言葉に、見事と成行は再度、周囲を確認した。


 新居さんが言っていた次のインター。つまり、浜名バイパス・大倉戸インターを通過した時点で、上り線は片側2車線になる。ここから徐々にカブリオレの速度が上がっていく。と同時に、それは風圧が強くなることを意味していた。

「うわっ!風、つよっ!」

「でも、風が気持ちいいね!」

 見事はカブリオレが加速する前に、髪の毛をまとめ終えていた。新居さんの忠告は役に立ったようだ。

 見事も、成行も、人生でオープンカーに乗るのは今日が初めて。しかも、そのオープンカーで通るのが浜名バイパスなので、ドライブのシチュエーションとしては最高だろう。


 ゴールデンウィーク中ということもあり、浜名バイパスの交通量は多い。

 三人の乗るカブリオレと同じく静岡市方面上り線も、反対側の愛知県方面下り線も多数の乗用車が走っている。

 しばしカブリオレからの景色に見とれる見事と成行。と、次のインターを通過した辺りから、前方に大きな橋が見えてきた。この浜名バイパス最大の見所みどころでもある浜名大橋だ。


「あれが浜名大橋です。左手、浜名湖はまなこがわには赤い鳥居も見えますからね」

 新居さんは大きめのボリュームで二人に説明する。

「その鳥居って、アニメに登場した所じゃない?」

 鳥居の話を聞いて、見事は浜名湖方面に目を向ける。

 カブリオレがちょうど浜名大橋に差し掛かる。そのタイミングで、成行も見事と同じ方向に目を向けた。浜名大橋からだと、小さくだが、湖面こめんじょうに赤い鳥居がたたずむのが見える。


「あれってアニメの『ドタキャン』で登場した鳥居のこと?」

 成行は見事に尋ねる。

「そう。ヒロインのレンちゃんがいきなりクロダイを釣り上げた場所だよ」

 見事は遠く小さく見える鳥居を見つめながら答える。

 見事と成行の会話に登場するアニメ『ドタキャン』。正式名は、『ドタバタキャンプ漫遊記まんゆうき』。元々はキャンプをテーマにした漫画で、これがアニメ化。昨今のキャンプブームの火付け役にもなった作品である。


「東京の方も、『ドタキャン』であの鳥居はご存じなのですね?やっぱり、聖地せいち巡礼じゅんれいというので、ドタキャン聖地せいちめぐりを希望されるお客さんも多いです」

 新居さんは後部席の二人に言った。

「日本中で有名なアニメだと思いますよ?同級生のあいだでも、知名度は高いですし」

「確か、レンちゃんの釣ったクロダイを従兄おにいちゃんが勝手に売って、その金で浜名湖競艇に行くんだよね?SGの優勝戦の日だったから」

 成行は見事に言う。

「そうよ。でも、その優勝戦で5艇がフライングして、お金はレンちゃんに還ってくるのよね」

「はははっ!そんなお話があるんですね」

 二人の会話を聞いて笑う新居さん。

「勿論、アニメの話ですからね。実際にそんなことになったら騒擾そうじょうものですよ」

 見事も笑いながら答える。


「どうしますか?鳥居のそばまで行かれますか?近くの駐車場からもっと大きく見れますよ?」

 新居さんは気を利かして、見事と成行に尋ねる。

「いえ、今日はこのまま静岡市へ向かってください。ドタキャンの聖地巡礼は、またの機会に」

「そうだね。本来の目的地は静岡競輪場だから、浜名湖競艇に行ったら、競輪の神様に怒られる」

 そう言って微笑んだ成行。彼を見た見事も微笑んだ。

「わかりました。聖地巡礼したくなったら、わたくしどもの会社へご用命ください。では、このまま静岡へ」

 三人を乗せたカブリオレは颯爽と浜名バイパスを通り抜けていった。

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