最終章「タクシーの車窓から」 第1話 タクシードライバー

 駐車場まで戻った成行と見事。

 そこにはBMW・840dカブリオレが一台のみ止まっていた。雷鳴の空間魔法が効いているのだろう。他に車も、人も、何もない。

 駐車場を見渡す成行が言う。

「あれ?肝心のタクシーは?」

「こちらですよ?」

 カブリオレを指差す新居さん。

「何と!」

 まさかこんな高級車がタクシーと思っていなかった成行。彼は面喰らった様子だった。

「私どもの会社が所有するVIP用観光タクシーです」

 新居さんは少し自慢げにBMWを紹介する。


「さあ、乗りましょう。成行君」

 見事は彼の手を引く。

 新居さんはござをきれいに畳んで、トランクに積んだ。

「お二人とも、少しお待ちを」

 新居さんはカブリオレのほろをオープンさせる。


「凄い。何かマジで格好いいオープンカーだ・・・」

 素直に感動している様子の成行。

「それではお乗りください」

 新居さんは二人を後部席へ案内する。成行は助手席の後ろに、見事は運転席の後ろにすわった。


 後部席に乗ると、益々ますますテンションの上がる成行。

「うわぁ、何これ!めちゃくちゃ格好いい!」

 幼い子供のように成行。

「成行君ってば、はしゃぎすぎよ」

 ちょっぴり呆れ気味の見事だが、嬉しそうな成行を見ていると、こちらにも嬉しい気持ちが伝わってくる。

「お客様、シートベルトの装着をお願いします」

 新居さんの要請で、二人はすぐにシートベルトをした。


「それでは、これより静岡市に戻ります。このまま、幌はオープンにさせた状態でも構いませんか?」

 新居さんは後部席を振り返る。

「大丈夫です」

「私も構いません」

 成行と見事は了承する。

「では、おちの荷物にはご注意ください。走行中に風で飛ばされないように、お願い致します」

「「はーい」」

 新居さんは二人に注意事項を伝えて、カブリオレを発車させる。


 出発後、新居さんは二人に話しかけてくる。

「お二人は、この辺の地理に詳しくないと思いますので、帰路の説明をしますね」

 新居さんは今、タクシーが国道42号線を走っていること。そして、この42号線をに進んで、静岡県内へと向かうことを教えてくれた。

「静岡県内に入った直後は渋滞が予想されます。それはご理解ください。その後は、国道1号線『浜名バイパス』を通ります。本当に海の目の前を通るルートになります。景色は最高ですよ。お楽しみに」


 新居さんからの説明に顔を見合わせた見事と成行。

「楽しみだね」

「うん。僕も初めて通る道だから、ワクワクする。ようやくゴールデンウィークって感じになってきた」

 見事も、成行も気兼ねなくドライブが楽しめる状況に安堵していた。


 三人の乗ったカブリオレは、国道42号線を東に進んだ。

 42号線をタクシーが進んでいるとき、ふと見事はここへ来るときのことを思い出した。

「そういえば、成行君を助けに行くとき、偶然タクシーに乗ったのよね」

「えっ?タクシーに?でも、静岡市からはヘリコプターで来たんでしょう?」

 成行は見事に言う。

「確かにそれはさっきも説明した通りなんだけど、ヘリコプターでダイレクトに、あの海岸へ降り立ったわけじゃないのよ?そこは詳しく説明していなかったわね」

 見事は今日の出来事を成行に説明はしていた。しかし、ことこまかくは話していない部分もあった。

 それを補足するように見事は話し始める。


「成行君がいる海岸には雷光伯母さまや、棗姉妹がいることが予想されたし、反撃されると危険だってことになったの。だから、私、ママ、あと刑事さんだけを別の海岸の駐車場で降下して、そこから歩きで成行君のいる海岸を目指したの」

「えっ?徒歩で?」

「そうよ。でも、それだと時間がかかるってことになってね・・・」

苦笑する見事。

「それはそうだ・・・」

「だから、ママの空間魔法を使おうかって話になったとき、偶然地元のタクシーが通りかかったのよ」

「それはまたナイスタイミング」

「でしょう?確か、トヨタのシエンタのタクシーだったわ。偶然、お客さんを渥美半島まで送った帰りらしくて、豊橋市のタクシー運転手さんだって言っていたわ」

 すると、見事と成行の会話に突如、新居さんが入り込んでくる。


「すいません、見事様。その運転手さんは、60代くらいのおじさんで『生まれは田原市で、豊橋市でタクシー運転手をしている』って自己紹介をしませんでしたか?」

 新居さんの言葉に驚く見事。

「そうです。そうです。新居さんのお知り合いなんですか?」

「いやあ、彼もですよ」と、短く答えた新居さん。

「えっ?あのおじさんが?」

 見事は驚きを隠せない。シエンタのタクシー運転手を使とは全く見抜けなかったからだ。

「えっ?運転手さんの親戚の人なんですか?」

 片や、に言葉を受け取っている成行。


「見事様もおわかりでしょうが、魔法使いたる者、にも正体を見抜かれないのも技量ですよ」と、新居さんは上品に笑いながら言った。

 成行は今一いまいちわかっていない様子。しかし、見事にはシエンタのタクシー運転手さんの技量が理解できたので、舌を巻くほかなかった。

「よく言うじゃないですか?『一流の詐欺師もスパイも、詐欺師やスパイに見えないから一流だ』って」

 新居さんはそう言って笑うのだった。

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