第5章「渥美半島の戦い」 第7話 二人きりの時間②

 互いの声が重なり合い、思わず顔が赤くなる成行と見事。

「えっと・・・」

「なっ、成行君から話して」

 見事が成行へ発言権を譲る。

 すると、成行はござの上で、見事と対面するような形で正座する。

「うん、では。その見事さんに提案というか、相談が・・・」

 成行が改まった態度で話すので、緊張した面持ちになってしまう見事。

「何ですか?」と、言葉まで敬語になっている見事。


「二人で散歩しない?」

 すると、成行のを聞いた見事が笑い出す。

 何か空気の読めない事を言ったのかと不安になった成行。だが、それも杞憂きゆうだとすぐにわかる。

「ごめん、成行君ー」

 見事はひとしきり笑うと、成行にこう言う。

「私も同じことを考えてたわ」

 見事はニコッと微笑んだ。それを見て成行も安心する。

「ビックリさせないでよ、見事さん」

「うふふふっ。だって、こんな風に意見が合致するなんて思ってもいなかったから」

 見事は嬉しそうにござから立ち上がる。


「なら、決まり!思い立ったら吉日よ。行きましょう!」

 見事に手を引かれる成行。

「うん!」

 成行も立ち上がる。そのまま、二人は手をつないで波打ち際に向かった。


「気持ちいいね。海風が」

「うん。というか、穴を塞ぐんじゃなかったの?」

「そっか。それを忘れたらヤバい」

 成行と見事は、砂浜にできた穴や、砂が所を確認しながら歩いた。見事の空間魔法は優秀で、一瞬にして砂浜の穴や変形した箇所を修復してしまう。

 彼女が修復作業をする傍らで、それを感心しながら眺める成行。自分の炸裂魔法ではできないことなので、素直に凄いと思ってしまう。


「僕の魔法もこういうのがよかったのかも・・・」

 見事の海岸修復作業を見ながら成行は言う。

「えっ?」と、見事は手を止めた。

「僕の炸裂魔法は普段の使い勝手が悪いというか、今の時代には必要とされていない能力魔法なのかなって思ってさ」

 それを聞いた見事は少し考えて成行にこう言う。


「そんな風に考えない方がいいわよ」

 見事は微笑む。

「えっ?」

「私はね、どんな能力魔法でも、何かしら、良い使い方があるって思うの」

 見事は歩くのを止めて成行に語りかける。

「確かに成行君みたいな攻撃系の魔法だと、普段の使い道がないと思うけどね。でも、それで自分の能力魔法は役に立たないなんて考えない方がいいわ。人それぞれって言ったりするでしょう?それと同じ。悪いことに使わなければ、それで良いんじゃない?うーん、だから、そんな風に落ち込まない」

 見事はそう言って成行の手を握りしめる。

「大丈夫!成行君は私の弟子になったんだから、私が師匠としてしっかり面倒みるから」

 成行はフッと空を仰ぐ。恥ずかしながら、見事の言葉に心動かされるものがあった。少しだけ涙がにじんでしまったのを誤魔化そうとした。


「うん。ありがとう、見事さん。何か元気出たかも」

 成行は内心、気にしていた。直近で二回も誰かにさらわれて、見事や雷鳴に迷惑をかけてしまったことを。だが、今の見事の言葉で決心した。

「見事さん、僕、頑張って一人前の魔法使いになるよ」

「えっ?どうしたの?何か決意表明?」

「そう!だから、沢山たくさん魔法のことを教えてよね」


 成行の言葉に一瞬戸惑った様子の見事。たが、すぐに彼女も成行の顔を真っ直ぐ見て言う。

「わかったわ。じゃあ、ゴールデンウィーク明けからは猛特訓するからね!覚悟しなさい!」

「えっ?でも、少しは手加減してね」

「どうしようかしら?一人前になるまでの道のりは長いんだから、ビシバシいかないとね」

 見事は悪戯っぽく微笑んだ。

 それを見て苦笑するしかなかった成行。だが、こうして平穏に見事と過ごせる時間が、かけがえのないものだと感じずにはいられなかった。



                  ※※※※※



「あの、失礼します」

「「はい!?」」

 背後から急に声をかけられて、変な声が出た成行と見事。二人が振り返ると、そこには一人の中年男性がいた。

「あっ」と、声を上げたのは見事だ。彼には見覚えがあったからだ。

「お二人をお迎えに参りました」

 成行と見事に声をかけてきた中年男性。それは静岡市内で見事と雷鳴を送迎してくれたタクシー運転手さんだった。


「あのときの運転手さん?」

「はい、左様さようです」

 恭しく頭を下げる運転手さん。成行は初めて会うので、彼が何処どこの誰なのか全くわかっていない様子。

「雷鳴様の指示でお二人をお迎えに」

「そっか・・・」

 雷鳴とわかぎわに言われたタクシーとは、この運転手さんのことだったのか。だが、そうすると本当に静岡市内から、渥美半島ここまで来たことになる。それはそれで大変だっただろうと思う見事。

「わざわざお迎え、ありがとうございます」

 見事が頭を下げると、成行もつられて頭を下げた。

「いえいえ、これがタクシー運転手の仕事ですから」

 運転手さんは嫌な顔ひとつせず、笑顔で答えた。


「どうされますか?まだ、こちらの海岸を散策されますか?」

 運転手さんからの問いかけに顔を見合わせる成行と見事。

「海岸の修復はできたし、そうしながら散歩もできたから。成行君はどう?」

「僕も海辺を散策出来たから、もう充分かな?」

 散策しつつ、海岸の修復も完了していた。それに渥美半島からの景色も堪能できた。トラブルはあったが、もう充分だろう。それは成行と見事の共通認識だった。


「もう綺麗な景色は堪能したので、静岡市に向かいたいです。成行君もいいでしょう?」

「僕もそれでOK」

 見事と成行の回答を聞いてタクシー運転手さんは二人に言う。

「では、この海岸用の駐車場に車を止めています。そこまでご案内しますので、ついて来てください」

 すると、運転手さんは思い出したかのように言う。

「申し遅れました。わたくし新居あらいいわうと申します。静岡県でタクシー会社の経営者・けん・運転手をしております」


「そう言えば、運転手さんの名前って聞いていなかったわね」

 見事も今更いまさらながら、そのことに気づく。

「あれ、見事さんは運転手さんと面識があるの?」

 成行は見事に尋ねる。

「ここへ来る直前、静岡市内でお世話になったのよ」

「静岡市?それじゃあ、遠くからここまで来てくれたんだ。何か、すいません」

 頭を下げる成行。

「いえいえ。とんでもありません。それでは、ご案内しますので、行きましょう」

 運転手の新居あらいさんは、海岸に敷きっぱなしのござを手際よく巻き上げると、二人を伴って駐車場に向かって歩き出す。見事と成行も新居さんに続く。


 海岸から駐車場へ続く遊歩道へ向かう三人。そんなとき、見事はふと海岸へ目を向けた。

 今度は何もない平穏無事な形で来たいな。見事はそんな風に考えながら、渥美半島からの太平洋を名残惜しそうに見るのだった。

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