第5章「渥美半島の戦い」 第5話 後始末

 陣幕でえた見事。一期いちごが見事に用意したのは、白いワンピースのドレスだ。

 このサマードレスを着るには、時期的に少し早い気もする。しかし、今日の快晴と気温上昇を加味かみして用意したならば、彼には感謝しなくてはならない。

 結果的に、今の天気と気温を考えるとちょうど良かった。快晴でしは強いが、海風が心地よい。


 見事が着替え終えたタイミングで、雷鳴が陣幕内を訪れる。そして、彼女を見るなり、雷鳴は微笑みながら言った。

「似合っている。綺麗だ」

 その褒め言葉は、未だ気を失っている成行に言って欲しかったと思う見事。


「何だ?ユッキーに『綺麗だ』と言って欲しかったか?」

 雷鳴の指摘に頬が紅くなる見事。

「べっ、別にそんなことないわよ!」

「図星だな?」

 見事の表情を見た雷鳴はニヤニヤしながら言った。


 見事が着替え終えたタイミングを見計らい、先ほどの女性武者が来る。

「それでは陣幕は引き上げ、我らも引き上げます」

 そう言って頭を下げる女性武者。

「はい、ありがとうございました」

 見事も彼女へお辞儀した。


 女性武者は次に雷鳴へ近づく。

「雷鳴様」

「申せ」と、雷鳴までしゃべかたが武士っぽくなっていた。

 女性武者は雷鳴の前へ進み出て片膝かたひざちをする。

「我が主よりの言伝ことづてです。『我らは西国の守りがある故、本拠地の大垣にて日本選手権競輪ダービー終了まで待つ。開催中は静岡滞在の魔法使いや、くだん少年成行のことをまかせる』と」

「承知したと伝えよ」

「はっ!」

 女性武者は雷鳴の答えを聞き、引き上げる軍勢に合流した。あれだけいた鎧武者たちは、まるで潮が引くように海岸からいなくなった。


 海岸に残されたのは、雷鳴と見事の親子。縄を解いてもらった総一郎。雷鳴の空間魔法の結界けっかいに押し込められた棗姉妹。そして、成行だ。


 成行は砂浜に敷かれたござの上で横になっていた。見事は成行に近づく。

「今は気を失っているだけ。じきに目を覚ますさ」

 雷鳴は見事に語りかける。

「うん・・・。本当に無事で良かった・・・」

 見事の目には光るものがあった。彼女は思わず目を擦る。

 それを見た雷鳴は、見事の耳元で囁く。

「見事に相談がある」

「えっ?何?」

 キョトンとしながら見事は雷鳴の顔を見る。



                 ※※※※※


 一期いちご率いる軍勢がいなくなった後、海岸にNH90が着陸した。キャビンに、雷鳴と彼女に拘束されている棗姉妹。それに総一郎が乗り込む。しかし、そこには見事と成行の姿はない。

 四人を乗せた時点で、NH90は海岸から離陸する。ヘリは静岡市を目指して、東に進路をとっていた。


「沙織ちゃん、ウチらはどうなってしまうん・・・?」

「安心しいや、ウチがおるから心配ないで!資織ちゃん」

 不安げな資織を励ます沙織。それを横目に、雷鳴は二人に言う。

三文さんもん芝居しばいはそれくらいでいいから、見事とユッキーの動きをどう掴んだのかを聞こう」

 雷鳴の視線に怯える双子姉妹。雷鳴の視線は決して友好的な雰囲気ではなかった。


「ウチらをどうする気や!」と、このに及んでも威勢がいい沙織。

「心配するな。煮て焼くようなことはしない。でも、素直に答えないと太平洋に落としちゃうからな」

 キャビンの外を指差して言う雷鳴。

「「ひいいいっ!」」

 双子姉妹は震え上がる。


「お兄さんはお巡りさんなんやろ?雷鳴コイツを何とかしてや!」

 沙織は総一郎に助けを求める。

「僕はお巡りさんでも、全能でも万能でもないので、大人おとなしくスローライフを楽しみます」

 素知らぬ顔で答える総一郎。

「こらっ!WEB小説のタイトルみたいなことを言って誤魔化すな!」

 総一郎の態度に怒りを顕わにする沙織。そんな彼女に総一郎は短く答える。


「でも、ここは素直に質問に答えた方がいいよ?この雷鳴さんは冗談で海に落とすなんて言わないから。二人とも、水泳は得意?」

「ウチは50メートルが限界や・・・」

 資織は震えながら答えた。

「無念や・・・」

 沙織はガクッと項垂れた。総一郎も味方になりそうもないことに気づき、沙織も諦めたようだ。


「まあ、素直に話せばいいだけの話だ」

 棗姉妹にそう言いつつ、雷鳴はヘリの外に目を向ける。渥美半島は西の方角に、小さくなっていく。

 それを眺めながら、雷鳴は渥美半島に置いてきた二人のことを考えた。見事と成行のことだ。二人をあの海岸に置き去りにしたのは、雷鳴なりに配慮した結果なのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る