第4章「HR(人質救出作戦)」第7話 二人の刑事

 駐車場から海岸へ続く道は、雑木林ぞうきばやしを通り抜けるルートになっていた。

 舗装されていないくだり道は、足元に石を敷き詰めて補強し、鉄パイプ製のすりがあったので、安全への配慮がなされている。


 総一郎は海岸への道をゆっくり歩いていた。ふと、道の脇へ目を向ければ、風雨にさらされた木製看板。『足元注意』の文字が微かに読み取れる。

 「きついな・・・」

 辺りを見回しながら言う総一郎。急なおともを命じられたので、革靴のまま渥美半島まで来た。ハッキリ言って、この道を革靴で歩くには無理がある。

 しかも、今の総一郎は、片手に拳銃を握りしめていた。回転式拳銃・M29の4インチモデルである。かの44マグナム弾を使用する拳銃だ。


 総一郎は足場の悪さよりも、空間魔法に酔いそうだった。元々、空間魔法を発していた雷光と、それに対抗する形でさらに空間魔法を発動する雷鳴。双方から発せられる魔力が、彼にとって苦痛であった。

 「この感覚は、一般人にはわからないんだろうな・・・」

 総一郎がそう呟いた瞬間だ。彼は反射的に雑木林へ銃口を向けた。


 総一郎は魔法使いのカテゴリーで言えば、『錬金術師』。空間魔法は専門外。しかし、警官としての勘で、何か気配があれば、自然と体が動くものだ。

 道の外をジッと見つめる総一郎。草木が生い茂る雑木林。今、感じたのは動物の気配ではない。人間、いや、魔法使いの気配だ。

 「気のせいじゃないはずなんだけどな・・・」

 構えたM29をゆっくりとおろす総一郎。

 「その通り。気のせいじゃない」

 総一郎の背中に当たる固い感触。それはまるで銃口を突きつけられているような感覚だった。

 「お兄ちゃん、ゆっくり振り返りな。そいつをこっちに」

 背後から男性の声がする。

 「不覚だな・・・」

 両手をあげるようなポーズで、ゆっくりと背後を振り返る総一郎。彼のうしろには、拳銃を構えた大柄の男がいた。南波だ。


 南波はH417を背負い、代わりにP229を総一郎に向けていた。サイドアームとして持っていたのだろう。

 南波を見て総一郎は静かに言う。

 「殺し屋って感じではないね。そういう鋭さは感じない。むしろ、同業他社の人かな?」

 「当たりだよ。お前だってそうだろう?」

 南波はニヤッと微笑みつつも、銃口を下さない。

 「まあね。でも、この空間魔法、キツくないです―」

 「余計なお喋りは結構。銃をよこせ。まだ、駆け引きが上手くないな。ルーキー」

 南波は1ミリも隙を見せずに話す。悔しいが、この点は警官として見習う必要がありそうだ。そう思わざるをえない総一郎。


 「やれやれ。これだから空間魔法って苦手」

 溜息を吐く総一郎。対して、涼しい顔の南波。

 「慣れれば平気さ」

 「そうかな、でも―」

 「でも、銃はゆっくり地面に置け。早く」

 ダメだ。この人に小手先の誤魔化しは効かない。そう思った総一郎は、をする。


 「OK。じゃあ、そうするよ」

 そう言って総一郎は、地面と真逆のちゅうに向かってM29を放り投げた。

 「!」

 総一郎の思わぬ動きにめんらった南波。

 その一瞬のチャンスを逃さず、総一郎は道の脇、草木の生い茂る雑木林に身を投げる。が、南波も素早く彼の動きに反応する。

 ダイナミックな宙返りした総一郎。体操オリンピック・メダリストの様に、素早く、しなやかな大ジャンプだった。


 総一郎にP229の銃口が向いたときだ。宙に舞ったM29が、花火のような閃光せんこうと大音量ではじけ飛んだ。

 とっさに身を屈める南波。彼が再び体をあげたとき、既に総一郎の姿はなかった。

「クソっ!」

 持っていた銃をP229からHK417に切り替える南波。

「どこだ!クソガキが!出てこい」

 腹の奥から大きな声を出す南波。しかし、既に時遅し。総一郎の気配はなかった。

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