第4章「HR(人質救出作戦)」第5話 上陸開始

 成行と資織をよそに、ゆっくり波打ち際に向かって歩く沙織。二人から十分な距離を取ったことを確認し、足を止める。そして、海を眺めるような向きでスマホを取り出した。

 今の状況だと、成行と沙織に対して背を向けるような形になっている。彼女は誰かに電話をかける。


『もしもし?ママ。ウチらが見えてる?』

『見えてるで』

 沙織の電話相手は女性。その声の主は、南波警部補からと呼ばれていた人物と合致する。

『南波のおっちゃんもおるんやね?』

『おる。ワシとは別の場所から見とるはずや』

『わかったわ』


 成行と資織の方を一瞥した沙織。彼女はママへ話し続ける。

『あのお兄ちゃん、様子が変や。魔法の話をしたら、何か具合が悪そうな雰囲気になってる。何かあるんとちゃうか?』

『どんな風や?』

『何かボケっとした雰囲気になってる。何かの魔法かな?』

 沙織は自身の見解を述べる。

 すると、それを聞いたママからの返事がない。沙織の意見に対し、何か考えているのだろう。

 『その可能性はあるな。例えば、条件魔法』

 『条件魔法?』

 『せや、聞いたことぐらいあるやろ?』

 『そんなもん、知っとるよ。けど、誰が?』

 『そんなもん、決まっとるわ―』

 ママが何か言おうとしたときだ。不意に彼女の言葉が途切れた。


 『んっ?どうしたん、ママ?』

 『沙織、かけ直すわ。取り敢えず、坊やと資織の所へ戻り』

 『えっ?何かあったん?』

 ママの声色こわいろの変化を見逃さない沙織。明らかに何かがあったのだと気づく。

 『ええから、言う通りにしいや』

 『わかった』

 ママの強い口調に押されて電話を切った沙織。


 「んっ?」

 沙織は不意に東の空に目を向ける。何かが聞こえた。かなり遠くだが、一瞬聞こえた。

 耳を澄ませる沙織。波音と海風に交じって聞こえるエンジン音。その音が徐々に大きくなってくる。それがヘリコプターのエンジン音だと気づくのには、然して時間がかからなかった。



 ※※※※※※



 沙織との通話を終えたママ。彼女は成行たち三人から然して離れてない場所にいた。そこは砂浜の窪地。三人のいる場所から東の方向に数百メートル。遠からず、近からずの位置だ。


 市街地のような遮蔽物の無い海岸だが、砂浜は海風に晒されて、差はあれど窪んだ箇所がある。ましてや、その環境下で空間魔法を応用すれば、気配や姿を隠すのは難しくない。


 ママはかなり強力な空間魔法を発動していた。少なくとも、ママのいる位置から半径3キロ以内は、完全に彼女の影響下と言って差し支えない。魔法の使えない一般人は近づけない、近づかないのはそのせいだ。

 この海岸用の駐車場、この海岸そのもの、海上には、人、車、船舶、航空機がいない。それはママの空間魔法のせいだ。


 だが、今の状況は違う。接近できないはずの航空機が、ピンポイントでこちらに接近している。空間魔法はレーダーやソナー代わりにもなる。

 せっかくお洒落なワンピースを着たママだが、さながらノルマンディー上陸作戦に参加している英米兵のように身を屈めていた。砂で服が汚れるのもお構いなしだ。


 ママはスマホを取り出す。

『もしもし、ワシや。聞こえてると思うが、所属不明機ボギー1機や』

 ママが電話したのは南波だった。

『聞こえてるよ。でも、このライフルじゃあ落とせない。俺の魔法だと対空戦は難しいし。どうする?』

『ヘリで来る以上、降下する気や。今、雑木林の中やな?』

『そうだよ』

『いつでも撃てるようにしときや。取り敢えず、今の位置で待機しとき!』

『了解』


 ママは電話を切った。彼女は近づくヘリの方角へ目を向ける。普通の人間ならば、まだ小さく遠くにしか見えないヘリコプターだが、空間魔法が使えるママは、その姿を肉眼で拡大し、目視できる。

「GSCやと?」

 ママは接近するヘリの機体にGSCのロゴマークを確認した。

 連中が何をしに来たんや?東日本執行部の差し金か?ママが相手の目的を考えているときだ。彼女のスマホが震える。


「んっ!」

 ママのスマホには見覚えのある電話番号が表示されていた。

「そういうことかいな・・・!」

 電話に出るママ。

『久しぶりだな、雷光。いや、昨日の夜ぶりか?』

『ホンマに久しぶりやな。何か用か?』

『泥棒魔女が私の娘の弟子をさらったみたいでな。泥棒さがしにガンシップで渥美半島まで来たんだ』

 ママはその声に聞き覚えがあった。忘れるわけがない。それは実の妹・静所雷鳴の声だった。


『流石、ウチの妹や。こんなにも簡単に見つけられるとはな』

 苦笑する雷光。その一言には、雷鳴への賞賛と、雷光自身の焦りが込められていた。

『不甲斐ない姉を持つ身にもなってほしいな』

『何やと!ほざきや!アホなことを言うと、ヘリコプターごと伊勢海老の餌にしたる!』

 思わず声が荒くなる雷光。彼女は接近し続けるヘリを睨んだ。


『今の位置なら十分射程内やで?』

『そう。だから、こっちも射程内だ』

 スマホの向こうで雷鳴の声がした瞬間だ。

 雷光は不意に砂を浴びせられた。海岸が弾けたように砂が宙を舞う。攻撃を予期できず、雷光は砂が舞った瞬間、その場を離れるので精一杯だった。


「誰や!」

 透かさず舞い上がった砂粒を空間魔法で排除する雷光。と、彼女の目の前には、一人の魔法使いがいた。

「どんな手を使ったんや・・・」

 雷光の目の前には、妹の雷鳴がいた。

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