第4章「HR(人質救出作戦)」第4話 お兄ちゃんの話
「うはーっ!気持ちええわ!」
砂浜に到着した三人。これでもかと背伸びする沙織。
「確かに。相模湾や内房の海沿いもいいけど、この太平洋にはかなわないな・・・」
海も空も境目が判別できないくらいに青く美しかった。今日の晴天も、よい意味で作用しているだろう。成行も思わず背伸びする。
「海ってこんな広いんやね・・・」
資織も眼前に広がる太平洋に見とれている。
沙織と資織は、波打ち際ではしゃぐ。成行が注意しても、そんなのお構い無しだった。
天気が良くて日差しは少しきついが、海風がそれを中和している。夏休みに来ても悪くないだろう。だが、体感的に、この時期が一番快適なのかもしれない。
「都会の喧騒を忘れて海を眺める。いいゴールデンウィークだなあ・・・」
すると、沙織が駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん、わかってるよね?うなぎ丼のこと」
「えーと、出世払いでなんとかならないですか?」
反射的に沙織から顔を逸らした成行。
先程、開催された駆けっこ大会。結論から言えば、成行がビリ。沙織と資織の二人にうなぎ丼を奢ることが決定した。
「なんやねん!ウチ、今日のうなぎ丼をどんなに楽しみにしていたか・・・!」
頭を抱えるようなリアクションをする沙織。如何にもオーバーな反応で、成行も困惑する。そもそも、降って湧いたようなウナギ丼競争。しかも、資織までそれに乗ってしまったせいで、断りづらいことになっている。
「お兄ちゃん、ウチもうなぎ丼食べたいわ・・・」
沙織と異なり、しおらしくおねだりする資織。
「う~ん・・・」
サッと二人に背を向けて、自分の財布を確認する成行。
「無理だ・・・」
自分が食べないとしても、双子姉妹にうなぎ丼を食べさせるには一万円前後が必要だろう。厳しい。それは男子高校生には厳しい。無理。無茶苦茶だ。
「お兄ちゃんの嘘つき!」
沙織から非難の声が上がる。
「うなぎ、食べたかったな・・・」
シュッとした様子の資織。
「う~ん!」
どうにもこうにもならず、唸るしかない成行。
「もう!そんなら、ええわ」
そう言いだしたのは沙織。
「うなぎ丼は今度にしよう。資織ちゃん」
「うん。うなぎはまた今度やね。沙織ちゃん」
内心、助かったと思った成行。助かった嬉しさでにやけそうになるが、それを堪える。
「でもな、お兄ちゃん―」
沙織は海の方を見たまま話しかけてくる。
「聞きたいことがあるんや」
そう言ってクルリと向きを変える沙織。彼女の顔見て、すぐに気づいた。今までの沙織とは雰囲気が異なることに。
元気が有り余っている美少女から一転。静かでミステリアスな雰囲気の沙織。
「聞きたいこと?」
「こっちに来てや。資織ちゃんも」
沙織は波打ち際から離れた陸地へ向かって歩き出す。
そこには岩が三つあった。まるで、三人のために用意されていたかのようだ。長年の海風、雨風に曝されて、岩は丸みを帯びていた。椅子代わりには、ちょうどよい。
「ここに座ろう」
沙織は岩を指さす。
「わかった」
「うん」
成行が真ん中の岩。その両サイドの岩に沙織と資織が腰掛けた。
すると、わざとらしく咳払いし、沙織が成行に話しける。
「ほんなら、お兄ちゃんに聞きたいことがあるんやけど?」
「何だよ?そんなに改まって」
「お兄ちゃん自身のことに関してや」
「えっ?」
何を今更、知ろうと言うのか?そのときだった。沙織に話し掛けられたとき、一瞬、立ち眩みがした。本当に一瞬の出来事だ。時間にすれば僅か数秒。
なので、少しだけ目を閉じて、そのことを誤魔化した成行。どうやら、沙織も、資織も気づいていない様子。二人には無駄に心配をさせたくない。
「お兄ちゃんが魔法使いになった理由や」
「魔法使いになった理由?」と、尋ねられて一瞬、思考が止まる成行。
「魔法使いになった理由・・・?」
頭の中が白くなり、気が遠くなる成行。が、すぐに思い出したあの日の夜。
「あの日、お巡りさんが来たんだよ」
「お巡りさん?何で?」と、首を傾げるのは資織。
「何でかな?急に来たんだ・・・」
夕飯を食べようとしていたときだ。あの時間帯に来客があること自体、おかしかったのかもしれない。今更だが、ぼんやりそう思った成行。
「そんで、何があったん?」
静かに尋ねる沙織。が、すぐには答えない成行。波音に気を取られたからだ。どういうワケだろうか、会話に集中できていない気がする。
沙織の質問に上手く答えられない。自分でも少し困惑していることに気づく成行。
「お兄ちゃん。具合が悪いなら無理しなくてもええよ。ゆっくりお兄ちゃんのペースで話してや」
成行を案じる資織が、心配そうな表情で話し掛けてくる。
「ああ、大丈夫。心配しないで」と、答える成行。
無理して微笑んで見せるが、自分の異変を自分自身には誤魔化せない。これは単なる体調不良ではない。そう、魔法のせいかもしれない。
「そんなら、ちょっと休憩にしよ」
そう言って岩から立ち上がる沙織。
「お兄ちゃん、資織ちゃんと、ここでお留守番しててや」
ニコッと微笑むと、沙織は一人波打ち際に向かって歩き出す。
「わかった。ここでゆっくり海風に癒してもらうよ」
岩に座りながら背伸びした成行。
「うなぎ丼は難しいけど、うなぎパイなら買えるよ?」
背伸びしながら資織に話し掛けた成行。すると、資織の表情が曇る。何か気に障ることでも言ったのかな?心配になる成行。
「お兄ちゃん。それ、ピーターラビットのお父さんやで・・・」
「いや、僕が言ったのはウナギね?ウサギじゃないよ」
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