第4章「HR(人質救出作戦)」第2話 目的地に到着しました

 成行、沙織、資織を乗せたシエンタは、国道42号線沿いの海岸の駐車場で停車した。連休の渋滞も影響し、最終的に豊橋駅からここまで五十分近くかかった。

 タクシー代は沙織がタクシー券で全額払った。

 「おじちゃん、あんがとな!」

 豊橋方面へ引き返して行くシエンタに向かって手を振る沙織。タクシー運転手のおじさんも嬉しそうに会釈えしゃくし、シエンタは駐車場を離れていった。


 「沙織。タクシー代、ごめんな。今度―」

 「気にすんな、お兄ちゃん。タクシーチケットは経費やし、お兄ちゃんが気にすることやないで」

 どや顔で答える沙織。

 そのときだ。不意に成行は何かが気になった。

 「経費・・・?」

 どこかで聞き覚えがある言葉。という単語自体は珍しくも何ともない。だが、何か引っかかる。

 首を傾げる成行を見て、資織がこう言う。

 「お兄ちゃん、早く海に行こう。もう目の前やし・・・」

 成行の手を引く資織。

 「二人とも、海岸はこの駐車場をくだって五分くらいや。ちゃんと沙織ちゃんが調べてますよ!」

 「歩いて5分なら、そんな遠くないのか・・・」

 確かに波音は、かなり間近まじかに聞こえる。潮の匂いもする。

 駐車場の南側には雑木林があり、そこから小さな道が海岸に続いているらしい。道の入口には、看板が設置され、『この先、海岸』と書かれている。


 「さっ!海や、海や!」

 海水浴に来たかのようなハイテンションで、沙織は海岸へと続く小道を走り出す。

 「ちょっと!そんな走らなくても」

 沙織を引き留めようとする成行。

 すると、足を止めてかえる沙織。

 「みんなで競争や。ビリの人には、うな丼奢ってもらうで!」

 沙織はそう言い残して、駐車場から走り去る。

 「全く。しょうがないなぁ、沙織は―」

 呆れる成行のかたわらから、無言で走り去る資織。

 「ウソでしょう!」

 資織の動きに動揺する成行。彼女がそんな反応をするのは想定外だ。

 沙織の言ったルールにのっとれば、最終的にうな丼を奢るのは成行となる。

 「ちょっと!うな丼はヤバいって!そんな予算はないから!」

 慌てて双子姉妹を追いかけ始める成行だが、早くも資織すら見失う状況だった。


                                    

                 ※※※※



 成行たち三人が駐車場から海岸へ向かったことを確認し、ベンツGLEが駐車場に入って来る。

 この海岸の駐車場は、おおよそ30台前後の車が止めることが可能な様子。車内から駐車場を確認する南波。彼はママに話しかける。

 「こんな上手い具合に誰もいないものなの?これはママのなせるわざ?」

 連休れんきゅうっただ中の海辺の駐車場。しかも、今日は土曜日。にも拘わらず、駐車場には車もバイクも全くいない。これが不自然に感じた南波。

 「せやで。だから、誰も、何もおらんのじゃ」

 不敵な笑みを浮かべるママ。

 「ほんなら、あそこのそばに車を止めてや」

 ママは海岸への小道を指さす。

 「OK」

 南波はGLEを海へ続く小道の目の前に止めた。

 駐車場のアスファルトは、多少の劣化がみられる。駐車スペースの白線が消えかかった個所かしょは目立つが、車を停車させることには差し支えない。


 GLEを停車させ、エンジンを切る南波。

 「もう気づいとるかもしれんが、空間魔法を使っとる。誰もきてへんのも、そのせいや。海岸へはワシが行く。お前は雑木林の中で待機な」

 「あのは、どうするの?」

 「話が聞き出せたら、豊橋駅で解放する。海岸にほったらかしにはできんし」

 「わかった。ママ、気をつけてね」

 後部席を振り返る南波。

 「まかしとき」と言い、南波のほっぺたを軽く引っ張るママ。


 「ただ、誰か来たら連絡はせえよ。相手にもよるが、一般人はここには来れん。なら、ここへ来るのは―」

 「魔法使いだけ?」

 「せや。対処できんと判断したらすぐに連絡。ええな?」

 「了解」

 ママはGLEを降りる。彼女は淡い水色のワンピース姿。今日は少々暑いくらいの天気なので、その半袖ワンピースでちょうどよかった。

 「そんなら、任せたで」

 ママは南波へそう言い残し、海岸への小道に向かう。小道は舗装も、何もされていない獣道けものみちのようだが、ママはそれを見越してか、スニーカーに履き替えていた。


 ママを見送った南波。彼もGLEから下車する。そして、GLEのラゲッジスペースへ向かう。そこには黒の長いバッグが置かれていた。

 「さてと・・・」

 南波はバッグを開けて、中身を取り出す。

 そこから現れたのは一丁のライフル。HK417。狙撃に用いる照準眼鏡と二脚が装備された状態。所謂いわゆる選抜射手マークスマン仕様しようになっている。

 時折、周囲に注意を払いながら銃の用意をする南波。

 無論、これはモデルガンなどではなく、岐阜県警の装備品。正真正銘の本物の銃だ。半透明の弾倉には7.62ミリ弾が20発詰まっている。

 迷彩柄をした長袖の上着うわぎる南波。弾倉を装填し、HK417を背負うと、彼はGLEの施錠をした。


 南波も海へと続く小道に向かう。小道に入る前、もう一度周囲を眺める。車もバイクも無し。人影もない。

「流石だな。本当に誰も来ない・・・」

 南波はHK417をおともに小道をゆっくりと下り始めた。


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