第4章「HR(人質救出作戦)」第1話 追う者、追われる者

 成行、沙織、資織を乗せたタクシー。豊橋市内を南下するコースで、隣接する田原市内へ入った。

 三人の乗ったタクシーはトヨタ・シエンタ型。三人で乗るには十分な余裕がある。

 沙織は助手席に座り、資織と成行が後部席に座る。タクシーの運転手は、60代くらいのおじさんだった。

 タクシー乗車直後、沙織が運転手のおじさんに目的地を伝える。どこかの海岸らしいが、この辺りの地理に関してサッパリ知識のない成行。

 だが、そこはタクシーの運転手さんだ。海岸の名前を聞いただけで、「わかりました」と答え、すぐにシエンタを発車させた。


 タクシーは連休で混雑する豊橋市内を通過し、海沿いを目指していた。

 成行は運転手に、目的地の海岸がどの辺りかを尋ねた。すると、運転手のおじさんは愛想よく、どの辺りかを教えてくれた。

 渥美半島の大部分を占める愛知県田原市。その田原市の太平洋沿いの海岸だという。

 「田原市イコール渥美半島って考えればいいよ」

 運転手は嬉しそうに地元の話をする。

 田原市は南側が太平洋、北側は三河湾に面している。

「只の田舎だなんて思わないでね。海もあれば、山もある。農業も盛んだし、工業も盛んだからね」

「はーい!ウチ、知ってる。地理の授業で習ったわ。全国でも有数の経済力がある街や」

 沙織が元気良く答える。

 田原市は農業やマリンスポーツが有名だが、この街にはトヨタ自動車の工場があることを忘れてはならない。

「おっ!それは嬉しいな。田原はそんなにも有名なのか。今は豊橋でタクシー運転手だけど、実家は田原なんだよ。俺」

 聞いてもいない個人情報を教えてくれる運転手。だが、気さくで人懐っこい人柄には親近感を覚えた成行。


 窓の外に目を向けると、タクシーは自然が豊かな山間の道に差し掛かっていた。

 「ここから42号線方面へ向かうよ。そうすれば、目的地の海岸まであっという間だから」

 運転手は解説しながら、国道42号線方面へ向かっていることを告げた。

 詳しい地理は相変わらずよくわからない成行だが、何となく渥美半島の位置は頭の中で理解できる。なので、きっと渥美半島の南側に向かっている。その程度の認識でいた。




 三人の乗ったタクシーを三十分近く追尾するSUV。シルバーのベンツ・GLE。

 運転しているのは岐阜県警の警部補・南波なんば宣晟のぶてる。岐阜県警察本部・刑事部に所属する刑事だが、鍛錬の末、筋肉に覆われた大きな体は、警察官というよりも格闘家を連想させる。

 そのGLEの後部席で、のんびりと外の景色を楽しむ女性が一人。快晴の青空から降り注ぐ日差しが、その長く美しい金髪をより優美に輝かせる。まだ、年齢は20代後半くらいだろう。今はサングラス越しにベンツの外を眺めるが、もし彼女を見たら、皆が釘付けになるだろう。


 「流石やな。上手く尾行しとるわ」

 後部席の女性は不意に喋る。

 「でしょう?公安課や外事課の連中にも負けないよ」

 後部席・女性からのお褒めの言葉が素直に嬉しい様子の南波。

 「そんなデカい体で尾行ができるんかい?」

 「なあに、ガメラに比べれば、俺なんてヤクルトみたいなもんさ」

 南波は運転しながら微笑む。彼は後部席のルームミラー越しに女性を一瞥する。

 「ママこそ、タクシー見失わないでよ?」

 冗談めかしに喋る南波。

 「当たり前や。ワシを誰やと思ってる?上方かみがた最強の魔法使いさんやぞ」

 南波に『ママ』と呼ばれた女性も冗談っぽく答える。その顔には思わず笑顔が浮かんだ。

 「どや?この前の、東京の一件。警視庁むこうの連中はどう見てる?」

 窓の景色に目を向けたまま質問するママ。すると、南波の顔からスッと笑顔が消えて、刑事らしい鋭い目つきに変わる。

 「一応、事故扱いだね。だけど、向こうの公安部はG事案ゲリラ事件じゃないかって疑ってるよ。まあ、いくらなんでも廃工場が、あんな派手に吹き飛べば、そうも思いたくなるさ」

 「せやけど、くだんの坊やの話は出とらんのやな?」

 「その辺は、向こうの執行部や御庭番がしっかり小細工してるよ。警視庁が来る前に目ぼしい証拠は押さえたし、坊やの顔も割れてない。俺たち以外にはね」

 「坊やの後ろには雷鳴もおるし、それにあの男もおるしな」

 「まあ、そういう意味では、魔法使いにるいは及ばないさ。それに、大阪にはママがいるし。頼りにしているよ?」

 思わず後部席を振り返る南波。彼はいかにも嬉しそうに言った。

 「何や?そんなに甘えても何も出んからな」

 ママと呼ばれた女性も微笑む。


 「でも、変な噂は正さないとね。坊やが何で魔法使いになったのか、気になるところだけど」

「それを調べるのが目的やからな。東日本の執行部は調査中としか答えんし、青鬼あおきも何か知っとるはずやけど、アイツの口はタングステンより硬いからな。絶対、教えてくれへん」

 「ママ、そろそろ目的地に近いよ。準備を」

 南波は前方をジッと見つめながら言った。彼の視界には小さいながらも、しっかりと三人の乗ったシエンタが補足されている。

 「まかしときや」

 ママと呼ばれた女性は自信満々に答えた。

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