第3章「西の魔法使い」第7話 西へ進路を取れ

 「んっ!」

 ヘリから降りてきた男性を見て驚いた雷鳴。彼女は思わずその男性に駆け寄る。

 「何でお前がいるんだ?お前はGSCに関係ないだろう?」

 「あの人からの命令でね。ママの動きを見てこいってさ。それに伝言も」

 ニコッと愛嬌のある笑顔を見せた男性。ホストでもやっているのだろうか?そんな疑念が湧く見事。

 だが、ホストが警備会社のヘリコプターに乗って来ることなど有り得ない。普通ならば。だが、自分たちは魔法使い。普通じゃない人々だ。


 「早く乗ってよ、ママ。急いでるんでしょう?」

 男性が手招きした。

 「わかってるわい。見事も、こっちへ」

 「うん・・・」

 あの人は誰なのだろうという疑念を抱えたままNH90に乗り込んだ見事。

 雷鳴と見事。そして、ホストマン(?)が乗り込んだ所で、ヘリは離陸する。

 三人はキャビンに設置された椅子に座った。

 見事は雷鳴の隣に座る。二人と対面するような位置で、謎の男性が座っている。

 「ママ。あの人、誰?」

 単刀直入に聞く見事。

 すると、母親よりも先に男性の方が喋った。

 「こんにちは、見事さん。僕は須野原すのはら総一郎そういちろう。ヨロシクね」と、ウインクされた見事。そのチャラい挨拶に戦慄が走る。


 「そんなあからさまに拒絶しないでよ。お兄さん、ショックだよ」

 見事の表情を目にしても、呑気にそんなことを口にする総一郎。彼の言動に目を丸くする見事だが、すぐにこう言い返す。

 「すいません。私、まだ高校生なので、ごめんなさい」

 「あれれ?何か不審人物扱い?僕はこれでも立派な公務員なんだけどなぁ」

 「公務員だと・・・?」

 総一郎の発言に耳を疑う見事。こんな奴が公務員なのか?誰だ、コイツを公務員に採用したのは!

 「こいつはな、これでも刑事でな」

 「刑事だと・・・?」

 今度は母親の言葉に愕然とする見事。誰だ、コイツを刑事にしたのは!

 「見事。そんな顔をするな。こんなろくでもない奴に見えても、警官としては使える男だ。なっ?総一郎」

 「うん。ママ」

 またも愛嬌あいきょうのある笑顔を見せた総一郎。


 「見事。お前はコイツと会うのは初めてのはずだ。コイツは警視庁・組織犯罪対策部所属でな―」

 「僕が所属しているのは薬物銃器対策課だよ」と、再びウインクする総一郎。

 「いちいちウインクしなくて結構です」

 総一郎に対し、濃度のうどの高い塩対応する見事。

 「ねえ、ママ。見事ちゃんが厳しいよぉ」

 甘えるような口調で雷鳴に話し掛ける総一郎。

『吐き気をもよおす邪悪』とまではいかないが、刑事ではなかったらヘリコプターから落としてやりたいイケメン第一位に推薦してもいいだろう。見事は強張った表情で総一郎と、自らの母のやり取りを見ていた。


「そんな顔をするな見事」

 見事の表情に気づいた雷鳴。

「コイツはな、だ」

「えっ?」

 母の言葉に驚きを隠せない見事だが、今までの会話の違和感に気づく。

 総一郎が雷鳴のことをと呼んでいたことだ。単なる警察官の知り合いなら、雷鳴に対してなんて呼ばないだろう。ましてや、雷鳴の子供でもない。少なくとも、今の自分が知っているのは、姉のアリサだけ。それ以外、雷鳴の子供とは面識がない見事。


 「んっ!待った。須野原さんって、あの須野原さん?」

 見事は、『須野原すのはら』という苗字を聞いてピンときた。

 立川市に本社を構える須野原すのはら重化学工業株式会社。世間では、この須野原重化学工業㈱は『日本を代表する大企業』という認識でしかない。だが、魔法使いの間では、有名な家柄。彼ら須野原一族は錬金術師なのだ。

 「あっ!やっと気づいてくれたね?お兄さん、嬉しい」と微笑む総一郎。

 その反応に拒絶反応をする見事。彼女は引きった顔でそっぽを向いた。


 「やれやれ。女子高生相手にそんな態度だから嫌われるんだぞ?」

 少しあきれ顔で話す雷鳴。

 「まあ、いいわ。で、アイツの差し金である以上、何かあるな?」

 雷鳴の表情が変わった。それは明らかに総一郎を警戒しているように見えた。母の変化を見逃さない見事。

 「いなくなった少年って、この前の爆発事故に関わっているんでしょう?なら、この顛末てんまつを見て来いってさ。それに必要なら手を貸すよ」

 「手を貸す?それはありがたい。だがな、そうは言ってもくだんの少年は渡さんぞ」

 「ご心配なく。そのつもりなら、PCT(警察コマンドチーム)を派遣してるよ」

 二人の会話を聞く傍らで、見事は思案していた。

 錬金術師の家系では、『製造業ものづくりの須野原』、『金融業の渓町たにまち』とうたわれるほど、須野原家は有名だ。

 自分は魔法使いとはいえ、個々の魔法使いの家族構成までは把握していない。だが、今更ながら思い出す。須野原家には双子の錬金術師がいると。若い成人男性の双子だと聞いたことがある。総一郎がその一人なのだろうか?


 見事の視線に気づいた総一郎がまたニコッと微笑みかける。

「そんなに警戒しないでよ。これでもキミのママとは懇意にしているからね」

「ふん!まあ、ママはみんなのママでもあるから、そうかもしれませんけど・・・」

 警察官という身分は信じてもいいだろう。この期に及んで母が嘘を吐く可能性はない。だが、この男、裏がある。単なる色男でもないはず。雷鳴が『使える』というのは、誉め言葉なのだ。

 それに普段から警察を警戒する雷鳴が、この場に彼がいることを許す以上、やはり何かあると言わざるを得ない。


 総一郎は視線を雷鳴に変える。

「ねえ、ママ。取り敢えず渥美半島へ向かうんでしょう?」

「ああ、田原方面だ」

「そう。だから、あの人がまた連絡して来いって。また、詳しい位置を教えるって」

 総一郎の言葉に顔色が曇る雷鳴。

「あれ?何か余計なことを言ったかな?」

 首を傾げる総一郎。すると、雷鳴が席を立ち、彼に耳打ちした。


 「ああ、そういうこと。これは失礼」

 「気をつけろ」

 母が総一郎に何を言ったのか気になるが、ヘリのローター音でそれも全く聞こえなかった。

「国交省へは手を回しておくから、ヘリの飛行には支障はないはずだって言っていたよ。だから、ご心配なく。それと―」

 総一郎はスーツの中を見せる。そこにはショルダーホルスターに収められた回転式拳銃があった。それには思わず息を呑む見事。

 「不測の事態があれば、ドンパチするからね」

 総一郎は先程と変わらない笑顔を見せた。

 「そうならんことを祈るしかないな」と、言ったきり雷鳴はそれ以上何も口にしない。

 拳銃を見せられてギョッとした見事。今のは生きた心地がしなかったが、ふとヘリコプターの外へ目を向ける。

 すると、NH90は既に静岡の街を離れて、海沿いに西へ向かって飛行していた。

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