第3章「西の魔法使い」 第3話 観光タクシー

 不安げな表情で自分のスマホを見つめる見事。成行を見失って早くも一時間は経過しようとしている。今、彼女は車に乗っていた。BMW・840dカブリオレ。ほろを閉じた状態で走行している。

 運転席にすわるのは、この高級車にはり合いにも見える40代くらいの中年男性。何が不釣り合いなのかと言えば、その

 どうみても、一般的なタクシー運転手うんてんしゅふうのスーツに身を包み、いかにも『タクシー運転手です』と言わんばかりの帽子をかぶる。それがとてもアンバランスなのだ。しかし、このBMWこそが、雷鳴の用意した『観光タクシー』だった。


 見事は、この観光タクシーの後部席・左側に座っていた。その右隣には彼女の母・雷鳴が座っていた。

「参ったな。このおよんでユッキーがいなくなるとは・・・」

 頭を抱えるのは雷鳴。その隣で意気いき消沈しょうちんなのが見事だった。

 見事は責任を感じていた。警戒心が足りなかった。そんなつもりはなかったのに、成行の失踪を防げなかった。

 相変わらず、成行のスマホは電源を切られている。この状態がずっと続いていた。落ち込んでいても仕方ない。だが、成行に万が一のことがあれば。そう思うと不安でたまらなかった。


 カブリオレは、雷鳴の指示で静岡駅周辺を適当に走っていた。

 連休初日、静岡市街地の道は混雑している。地方都市とはいえ、そこは政令指定都市。しかも、静岡県は全国でも有数の『車の県』だ。この街に住む人々にとって、移動手段たる車は欠かせない存在だった。

「見事。しつこいようだが、妙な連中はいなかったのだな?」

 雷鳴に問いかけられる見事。

「うん。乗る前と、乗った後、車内には警戒をしていたけど・・・」

「まあ、怪しい連中が、わかりやすく怪しい姿すがたかたちをしているとはかぎらないしな」


 雷鳴はスマホを耳に当てながら話す。どこかに電話している様子だ。その姿を見て、見事はもう一度、電話してみよう。そう思ったときだ。

「あっ・・・!」

 落ち込んでいた見事は、ハッとする。大事なことを忘れていた。そして、その大事なことを思い出したのだ。

「ママっ!」

 雷鳴に掴みかかるような勢いでせまる見事。

「なっ、何だ!どうした?」

 いきなりのことに驚く雷鳴。

「大事なことを思い出したわ!」

「なっ、何だ?落ち着け見事。何を思い出した?」

 母になだめられて、一旦いったん落ち着きを取り戻す見事。


「ママ、電話番号よ!電話番号!」

「電話番号?それがどうした?」

「実は―」

 見事はその思い出した内容を話し始める。

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