第3章「西の魔法使い」 第2話 豊橋駅にて②

 豊橋駅・西口。そこはタクシー以外にも、送迎そうげいの車で混雑していた。路上駐車で誰かを待つ車が多かったが、その車たちが逃げるように立ち去る。

 赤色灯せきしょくとうきながら一台のパトカーがやって来た。いくら連休中でも迷惑路駐は取り締まる。愛知県警の意思表示だ。


 それにも関わらず、一台のSUVはその場を立ち去らない。シルバーのベンツGLE。その大きな車体で路駐すると、周囲の交通にどんな影響を与えるのか。難しく考えなくても、だれしもが想像できるだろう。


 パトカーがGLEの前方に停車いた。すると、パトカーから一人の男性自動車警ら隊員が、GLEの運転席に駆け寄る。

 GLEの運転席にはサングラスをした四十代くらいの男性がいた。背は180センチを超えるであろう長身。グレーのTシャツを着て、藍色のジーンズを穿いている。Tシャツの下には、岩のような筋肉が詰まっているのをすぐに目視もくしできる。その風貌ふうぼうを見れば、警察官でなくとも警戒されてしまうだろう。


 自動車警ら隊員がGLEの運転手に呼びかける。

「すいません。運転手さん、少しよろしいですか?」

 運転席の窓が開く。自動車警ら隊員の男性は、まだ30代前半だろう。だが、強面こわもての運転手にもおくさず話し掛ける。

「運転手さん、ここは路駐禁止なんですよ?すぐに移動してもらえませんか?」

 すると、運転手が自動車警ら隊員にだけ見えるよう、何かを提示ていじした。それを見た警ら隊員の表情が変わる。提示物ていじぶつを見て、何か動じた様子だ。


 運転手の男が見せたのは、何と警察手帳だった。

『警部補・南波なんば宣晟のぶてる

 顔写真と共に明記された階級と名前。『岐阜県警察』と刻印されている。

「お兄さん。俺は同業他社岐阜県警。でも、仕事中なんだ」

 いきなり話し始める運転手・南波警部補。

「もし信じてくれないなら、俺の上司に問い合わせてよ。岐阜県警本部・刑事部にね。でも、捜査がパーになったら、キミの上司にも迷惑がかかるよ?一応、愛知県警キミたちとの合同捜査だから」

 南波警部補の強気つよきで、余裕すら感じる言動げんどうに圧倒されてしまった自動車警ら隊員。畳みかけるように、南波は話し続ける。


「早く確認してくれない?おまわりさんに見える、おまわりさんがいると、警戒されちゃうからさ。結構、困るんだけど?」

「失礼しました。ですが、周囲の交通状況にはご配慮ください」

「勿論。キミらの上司に伝えとくよ。部下はちゃんと仕事していて感心したってさ」

「はい、恐縮です」

 自動車警ら隊員が会釈しようとしたときだ。南波の語気が強くなる。

「頭を下げるな。今の俺は、ことになっている。余計なことをするな」

「失礼しました。では」

 自動車警ら隊員は、パトカーに戻る。そして、パトカーはゆっくりとその場から立ち去った。


 GLEの後部席から威勢の良い笑い声がした。

「何や、面白いものを見たわ」

 それは女性だった。南波はルームミラーで後部席の女性を見る。

 そこには、金髪ロングヘアの女性がいた。歳は20代後半。南波と同様に長身。気品ある美人で、ファッション雑誌のモデルなら特集号を発刊できるだろう。


 南波は、その女性にこう言った。

「からかわないでよ、ママ」

 強面の南波の表情が緩む。

「やっぱ日本は階級社会やな。権力には、より大きな権力や」

『ママ』と呼ばれた女性は、カラカラと笑う。


「腕の立つ警官は芝居もできないとね」

「まあ、安心したわ。お前なら警官が務まると思ったが、ワシの見込みに間違いはなかった」

「ママに見込まれたなら栄誉だね」

 南波は素直に嬉しそうな表情をした。

「それはそうと、三人は?」

 ママはタクシー乗り場の方に視線を変える。

「そろそろ乗るね。あの三人」

 南波もタクシー乗り場に目を向ける。


 二人の視線の先には成行、沙織、資織の三人がいた。

「あの坊やが凄い奴なの?」

 南波はママに尋ねる。彼の目には、双子姉妹と会話する成行の姿が映っていた。

「そうやで。東京の一件は聞いとるやろ?あの坊やの仕業らしい」

「そうは見えんね。でも、『人は見かけによらない』って言うし」

「せやな。そんなら、あの三人を追うで」

「了解」

 南波はGLEのエンジンをかけた。それは成行たち三人がタクシーに乗り込むタイミングと重なった。

 成行たち三人は、トヨタ・シエンタのタクシーに乗り込んだ。

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