第1章「ゴールデンウィークのお誘い」第7話 魔女の家とジャージー牛とビスケット

 成行と見事は、アリサの運転するシビックで静所家に着いた。駐車スペースには白のランクルが停車している。どうやら、雷鳴さんも在宅の様子だ。


 邸宅の前でシビックを一旦停車させるアリサ。

「車を止めるから二人は先に家に入って」と、アリサに言われたので、成行と見事はシビックを降りる。

 少々、ご機嫌が表情の見事。他方、まるで申し訳なさそうな柴犬のように、神妙にしている成行。それを見てか、見事は何も言ってこなかった。


 見事に続いて門扉をくぐる成行。玄関の鍵を彼女が開けて、二人は邸宅内に入る。

 しかし、人の気配がしない。首を傾げる成行。

「ママはいないわよ」

 玄関で成行を振り返る見事。

お出かけ中?」

「違うわ。もう静岡にいるのよ」

「静岡にいるの?」

「そうよ。前も言ったでしょう?ただ単に競輪を観に行くだけじゃないって。現地の魔法使いと一緒にホストの役目があるんだから」

「なるほど・・・」

 単なる競輪ファン魔法使いの集まりではないということだな。そのことを、改めて理解する成行。


「リビングに行って。何かおやつを用意するわ」

 そう言い残してダイニングの方へと向かった見事。成行は言われた通り、リビングへ向かう。

 すると、そこには誰もいない。いつもなら、このリビングの大画面TVで競輪中継を観ているであろう雷鳴の姿がなかった。

「まあ、座りますか・・・」

 リビングのソファーに腰掛ける成行。


「ああ、贅沢な座り心地・・・」

 まるで我が家のようにくつろぐ成行。

 そこへアリサが姿を現す。

「そのソファーは高いのよ?」

「おっと!」

 すぐに姿勢をただす成行。


「今更、遅い」とあきれ顔のアリサ。彼女はテーブルを挟んで反対側のソファーに座った。

 そこへ見事が現れる。バタービスケットの箱と、牛乳パックを盆に載せていた。

 バタービスケットと牛乳。悪くない組み合わせだ。むしろ、好きだ。お茶やコーヒーではなく、牛乳を用意するところに見事のセンスを感じた。

「おっと!コップを忘れてる」

 見事は一旦、盆をテーブルに置くとリビングを離れた。


「ビスケットとミルクは人類を幸せにするわね」

 アリサは子供っぽく笑った。そして、ビスケットの箱を開封する。

「その意見には賛同しますよ」

 成行も微笑んだ。


 見事は三人分のコップを持って再度、登場する。彼女は姉の隣に座った。

「あっ!成行君、牛乳は平気?」

 今更ながら、確認する見事。

「心配なく。バタービスケットと牛乳は最高のタッグだから」

「そう。ユッキ―と見事ちゃんみたいにね」

 アリサから変化球に、成行は目を丸くし、見事は頬を赤くした。


「おっ、お姉ちゃん!」

「見事ちゃん。そんなに怒っても、いいことないぞ?スマイル、スマイル!」

 動揺する見事をよそに、アリサは呑気にもビスケットを頬張り、コップへ牛乳を注ぐ。

「ユッキーにも牛乳をあげよう」と言って、コップを手にするアリサ。

「あっ、すいません・・・」

 大人になれば、こんな光景が居酒屋で繰り広げられるのだろうか。そんなことをふと思った成行。

「ユッキー、これは正真正銘の『牛乳』だ。『加工乳』じゃないからな」と、少し得意げなアリサ。


 そう言われて牛乳パックに注目する成行。しかし、不覚にも漢字が読めない。いや、見覚えのあるような漢字。牛乳パックを凝視していると、透かさず見事がこう言った。

蒜山ひるぜんよ」

「ああ、蒜山ひるぜんね」

 はて?どこだったかな。成行が思い出そうとしていると、さらにもう一言。

「岡山県よ。岡山は桃だけじゃないのよ」

「そうそう。蒜山ひるぜん高原と言えば、ジャージー牛だな」

 アリサが言った。


 蒜山ひるぜんはすぐわからなかったが、ジャージー牛だけはすぐに想像できた成行。

 幼い頃、家族旅行で出かけた先で、そのジャージー牛を見た覚えがあった。あのつぶらな瞳が、今でも忘れられない。

「それはさておき、連休中の話をしましょう」

 今日の本題を切り出す見事。

「そうだね。それが今日来た目的だから」

「私と成行君は明日、静岡へ向かうわ」

「となると、連休中はずっと向こうにいるってこと?」


 成行はリビングのカレンダーに目を向ける。

 日本選手権競輪は既に6日間の熱戦が始まっている。決勝戦は来週の月曜日だ。

「明日からはずっと競輪場?」

「それはないわね。だって、私たちは未成年だから観戦はできても、車券は買えないし」

「まあ、確かに・・・」

 レース観戦自体は構わないのだが、やはりずっと観ているだけでは飽きてしまう。車券が買えればいいのだが、高校生の成行と見事が車券購入はご法度はっとだ。

「だから、二人は最初、静岡県の観光でもしなよ」

 そう言ったのはアリサだ。

「アリサさんも明日、行くんですよね?」

「おいおい、ユッキー。私をただの競輪好き魔法使いだと思っているだろう?」

「ええ」と、即答する成行。


 「いや、少しは何か面白い返しをしろよな。笑いだよ。わ・ら・い」

 お笑い芸人じゃないんだから、そんな無茶ぶりを高校1年生にさせないでほしい。

 「私は日本選手権競輪ダービーの最終日の朝、静岡へ向かう。それまでは仕事なんだ」

 「へえ~。凄い!」

 思わず感嘆の声をあげる成行。

 「いや、ゴールデンウィークに、みんながみんな休めると思うなよ?高校生の二人にはわからないだろうが」

 「それは、それは。誠にご苦労様でございます」

 恭しく頭を下げる成行。

 「何かリスペクトを感じないな・・・」

 ジトっと成行を見るアリサ。彼女にはわざとらしく見えたようだ。


 「そんなことないですよ。もっと適当な人生を送っていると思ったんで、連休中も働いているなんて凄いなあって思いましたよ」

 成行の笑顔は芝居じみていた。

 「いや、そこにリスペクトがないんだよ。だろ、見事ちゃんもそう思うよな?」

 妹に賛同を求めたアリサ。

 「う~ん・・・。お姉ちゃんは美人さんだけど、何となく勤勉さを感じさせないオーラがあるんだよね・・・」

 苦笑しながら言う見事。


 「ガーン‼」と、思わず口走るアリサ。ショックを隠す気がないのか、項垂うなだれて、とてもわかりやすく落ち込んでいる。

 「ふん。二人にはわからないんだ。大人の苦労が。あと10年後には、二人にもわかることだけど。私だって知らなかったんだ。大人の大変さが高校生のときには・・・」


 ブツブツと言うアリサをよそに見事は話す。

 「というわけで、私たちは最初、静岡県内の観光ってことになるわね」

 「アリサさんは放置?」

 「そっとしておいてあげましょう」

 微笑む見事。

 「いや、フォローしないんかい!少しは構ってよ!」

 不意に顔をあげるアリサ。

 「もう!日頃の行いが良くないのよ?時々、変なことも言うし」

 たしなめるように言う見事。

 「変なことって何だよ?私が何か奇天烈きてれつなことを言った?」

 「とにかく、今は連休中の話!お姉ちゃんの話は次回ね」

 「むう。見事ちゃんの意地悪・・・」

 ふくれっ面でそっぽを向いたアリサ。


 「ええ、では本題に戻ります」

 咳払いをして、再度話し始める見事。

 「観光って言っても、単なるバカンスとかとは違うからね。一応、全国から魔法使いが集結するから気を抜かないこと」

 「あっ!そこで質問が」

 成行は一旦、話を止める。

 「何?」

 「静岡滞在中の安全は大丈夫なの?」


 成行は忘れていなかった。先日の一件で、自分自身が再度狙われる可能性を。もしも、何者かが襲撃してきたら。

 その質問に対して、見事は真剣な表情で答える。

 「それに関しては心配しないで。静岡には全国から魔法使いが集まる。その警備のために御庭番や執行部も来るわ。まあ、表立って彼らは現れないけど。それに各地から来る魔法使いも腕の立つ人が多いし、それぞれが用心棒みたいな魔法使いを連れてくるから」

 「ユッキー、静岡に行った方が東京にいるより安全かもしれないぞ。ユッキーのことや、キミに起きた事態は、各地の魔法使いにも噂みたいな形で話が広まっている。ユッキーに興味を抱いている魔法使いもいるし、君自身と同じく、再度ユッキー襲撃を警戒する魔法使いもいるだろう。不測の事態を警戒して、武闘派の魔法使いが集まるだろう。ユッキーを襲った連中だってバカじゃないだろう。静岡でキミを襲おうなんて考えないさ」

 アリサはそう言ってグビグビと威勢よく牛乳を飲んだ。

 「じゃあ、安心してゴールデンウィークを過ごせるってことでいいのかな?」

 「そうね」

 「そうそう。心配のし過ぎは体に毒さ」

 頷く姉妹をよそに、そんなものなのだろうかと思う成行だった。


 「観光しつつも、最初の2日間で現地の魔法使いに会うわ。一応、私たち静所家の一族になる人達よ。その人たちが、私や成行君の世話をしてくれる」

 見事は小さめの一口でビスケットを齧る。

 「静所家の一族?というと、親戚ってこと?」

 「うん。まあ、そんなところだね」と、成行の問いにアリサが答えた。

 「えっと?ママの息子さんだったかしら?」

 見事はビスケットを齧るのをやめて考える。


 「それで合っているはずだ。静岡県には静所おとなしけいが三家あるから」

 考える見事に向かってアリサが言った。

 二人のやり取りを見て、「ふ~ん」としか言えない成行。魔法使い業界のことは、まだサッパリわからないので、その辺の事情には強く反応しない。


 「あっ!でもさ、伯母さんは来るのかな?来るよね?あの人も競輪好きだし」

 見事は思い出したかのようにアリサに問いかける。

 「来る。絶対来る。ダービーだし、あの人は競艇もするから。ほら、あの辺は浜名湖も、蒲郡もあるから、きっとウキウキしながら来るよ」


 姉妹の会話黙って聞いている成行。『伯母さん』とは、誰のことだろうか?深く考えなくても、何となくわかる気がする。この静所家の一族だろう。


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