第3話 第1ゲーム:逝裂三十流(いけざきさとる)
俺は麻雀が好きだ。たぶん、麻雀も俺のことを好きだ。麻雀を愛し麻雀に愛された男、それがこの俺、逝裂三十流(いけざきさとる)だ。大学に入ってから覚えた麻雀に頭の天辺から足の爪の先まで完全にのめり込み、大学にもロクに行かず、週8ペースで麻雀ばかり打ってきた(7を超えているのは、朝から夕方まで打った後に夜から朝まで打つ日が週1はあったからだ)。もともと勉強はあまり好きではなかった。卓上で牌を交わし、捨牌から他家の手牌を読み、牌の流れを掴むことこそが人生の勉強になると確信している。
麻雀の醍醐味である役満だって何度も何度も和了ってきた。大三元は3回、四暗刻は4回、国士無双は5回、九蓮宝燈だって1回和了ったことがある。もっとも、九蓮宝燈を和了ったのはつい昨日のことで、その帰り道に意識を失って気付いたらここに居たのだが。
「それじゃあ、先着で1回10人の参加者を募集するニャ! 我こそはという子はスマートウォッチの参加ボタンを押すニャ!」
左手首に付けられていたスマートウォッチに表示された『参加』のボタンを、俺は真っ先に押していた。表示はすぐに『参加決定』へと変わった。
Mahjong Handle だと? 爆破の衝撃でルール説明は正直いまいち頭に入っていなかったが、とりあえず麻雀の手牌を当てるゲームだということはなんとなく分かった。しかし、捨牌のようなヒントが無ければピタリ当てることなんて出来るわけがない。捨牌があっても、手出しツモ切りや点棒状況やその局までの和了の経緯が無いと手牌を読み切ることなんてそう簡単ではないのだ。そもそも、デスゲームに巻き込まれるだなんて現実の出来事の訳がない。つまり、これはよくできた夢に決まっている。だったら、真っ先に参加してしまう方が良いに決まっている。一流の雀士ならば決断は2秒以内にするものだ。
「はーい、『参加決定』が出た子はとっととこっちのボックスに入るニャ~。入ったら中のタッチパネルを操作するニャ。」
司会の猫耳美少女に促されて電話ボックスと同じ形状の箱に入る。俺は麻雀が好きだが猫も好きだし、猫耳美少女もまた大好きだ。あんな俺の理想を具現化したような猫耳が似合うとびっきりの美少女が、デスゲームとかいう非現実的なイベントの司会をするわけがない。つまり、これは絶対に夢だ。
中が見えなかったら棺桶のように感じるサイズかもしれないが、それこそ電話ボックスのように透明になっているため圧迫感はそこまで無い。マジックミラーのようになっているわけではなく、こちらから外も見える。もっとも、隣のボックスまではやや距離があるため、カンニングのような行為はできないようだが。外から中の様子も見えるようだが、手元で何をしているかまではよく見えないだろう。
そして、まさに公衆電話が置かれていそうな位置に台があり、タッチパネルが設置してある。これを操作しろということか。タッチパネルには真っ白な麻雀牌が13枚+1枚が6段ほど表示されている。
【□□□□□□□□□□□□□ □】
【□□□□□□□□□□□□□ □】
【□□□□□□□□□□□□□ □】
【□□□□□□□□□□□□□ □】
【□□□□□□□□□□□□□ □】
【□□□□□□□□□□□□□ □】
そして、その下の4段には34種の麻雀牌が少し小さく表示されている。
【一二三四五六七八九】
【①②③④⑤⑥⑦⑧⑨】
【123456789】
【〼東南西北白發中〼】
おそらく麻雀牌を押すとその牌が上段の空白部分に入力されていくのだろう。そして、東の左の場所には「Enter」と、中の右の場所には「Delete」と書かれている。これは「Enter」が回答入力後の決定ボタンで、「Delete」は入力した牌を一旦消すことが出来るのだろう。
「全員入ったかニャ? じゃあ第1ゲーム、開始ニャ!!! 時間制限は1手1分なので気を付けるニャ!」
タッチパネルに少しだけ表示が増える。
【場風:東 自風:東 ロン 1:00】
情報はこれだけか……。捨牌などの手牌についてのヒントもやはり無さそうだ。じゃあそんなの分かるわけがない。ならば、俺が選ぶのは、俺が一番大好きで昨日初めて和了ることができたあの役満だ。きっとこれで一発正解だ! 手土産に1億円を持って帰るんだ! 右上の数字は1秒ごとに1ずつ減っていくが、俺は自信を持って萬子の純正九蓮宝燈の和了形を入力していく。まだ20秒を残して回答を1段目に入力することができた。
【一一一二三四五六七八九九九 五】
昨日実際に和了ったのは純正ではなく【五】と【九】のシャボで、たまたま【九】の方をツモれたのだが、まぁ純正九蓮宝燈の方がカッコイイからこっちでいいだろう。
「第1ゲーム、1手目の制限時間終了ニャ! では答え合わせだニャ!」
【一一一二三四五[六七八]九九九 五】
3枚だけ……だと……? そんなわけがない。【六七八】を使っただけの普通の手牌なんて当てようが無いじゃないか。そうだ、じゃあ次は筒子だ! 筒子の九蓮宝燈だ! 秒読みに追われながら筒子をタップしていく。
「第1ゲーム、2手目の制限時間終了ニャ! では答え合わせだニャ!」
【①①①②③④⑤[⑥⑦⑧]⑨⑨⑨ ⑤】
筒子も3枚だけ……。まさか678の三色か!? いや、そんな普通の手牌のわけがないが、とにかく調べてみるしかない。ええい、次は索子だ!
「第1ゲーム、3手目の制限時間終了ニャ! では答え合わせだニャ!」
【111[234]5678999 5】
索子も3枚だけか……。しかも678ではなく234だとは。そうか、字牌もあった。国士無双にするか。いや、19牌が無いのはもう分かっている、とにかく字牌を調べるんだ。大三元か小四喜か、いや、字一色だ。字一色七対子だ! もし字牌を2種類使っているのなら次で答えが分かるはずだ。タブレットをタップする手が震える。白が入力されているかどうかパッと見では分かりづらいこともあり3連続でタップしてしまっていたようで、慌てて入力し直した。そんなことをしているうちに残り3秒だ。60秒というのは考える時間も合わせると意外と短い。
「第1ゲーム、4手目の制限時間終了ニャ! では答え合わせだニャ!」
【東東南南西西[北北]白白發發中 中】
字牌も【北】だけ……だと……? 【北】は場風でも自風でもないから雀頭なのだろう。しかし、これじゃ面子が足りないじゃないか。どこかが重なっているということなのか……? そうか、一盃口だ! 萬子か筒子か索子のどれかが一盃口になっているんだ! さあ、どの色の一盃口だ……? じっくり考えている時間は無い、とりあえず萬子で入力してみるしかない。
【六六七七八八⑥⑦⑧234北 北】
これでどうだ! ん、そう言えば今は何手目だ? 各色と字牌で4回入力したからこれが5手目か。入力画面ももう1段しか残されていない。あれ、6手目だと賞金ではなくマイナスとか言っていたような……?
「第1ゲーム、5手目の制限時間終了ニャ! では答え合わせだニャ!」
【{六}六[七]七[八]八[⑥⑦⑧234]{北} [北]】
萬子の一盃口ではなかったみたいだな……。左端の【六】と手牌右端の【北】が{}で囲まれているということは場所も合ってて、[]で囲まれてるのは場所が違うってことだよな、たしか。筒子か索子かなのかはどうにか分からないのか?
「第1ゲーム、最後の6手目だニャ! これで失敗したらおしまいだから気を引き締めるニャ!」
え、これで終わり……? たしかに6手目って言ってたが、まだ一盃口が筒子なのか索子なのか分かってないぞ。そうだ、あと和了牌もだ。えっ、まだ答えが分かっていないのに終わり? そんなのおかしい。一盃口は筒子、索子、どっちだ? 次は筒子か。待ちはどこだ? じゃあ索子か? 秒読みに追われながらタブレットをタップていき、なんとか時間いっぱいで最後にEnterを押し込む。
【六七八⑥⑥⑦⑦⑧⑧34北北 2】
よし、これで当てる。当たる。絶対当たる。
「はーーーい!!! 第1ゲーム、最後の6手目の制限時間終了ニャ!」
当たる、当たるに決まっている。俺は昨日、伝説の役満・九蓮宝燈を和了ったんだ。麻雀に愛された男なんだ。
「まだけっこう残ってるニャ~。さっき説明した通り、この6手目が外れたら死ぬことになるニャ。覚悟するニャ。」
死ぬ……………? 何を言ってるんだあいつは。こんなことで死ぬなんて許されるわけがない。
「結果発表だニャ!!!!!」
【{六七八⑥}⑥[⑦]⑦[⑧]⑧{34北北} [2]】
?????????
全てが{}に囲まれていれば正解みたいなことを言っていたよな。ということは、これは外れ……? 不正解? 一盃口は索子だった?
「第1ゲームだからサービスで答えを見せてあげるニャ。」
答え【六七八⑥⑦⑧22334北北 4】
「まぁ6手以内に当てられなかったみんニャは答え合わせをしても意味無いけどニャ! 残念だったニャ~。」
不正解……。麻雀に愛されたこの俺が、麻雀を始めてから役満を14回も和了ったこの俺が、失格……? そんなわけが……。
「ボックスの中に入ってないみんニャはそもそも問題が見えてなかったはずだけど、こんな感じの牌姿を当ててもらうことになるニャ! さて、正解した人のボックスは鍵が空いているはずニャ、とっとと出てくるニャ!」
えっ、鍵? あ、鍵が掛かっていたのか。いつの間に? え、開かない? 俺のボックスは開かない?
バンバンと内側からボックスの扉を叩くが全く開く素振りを見せない。ガラスもどうやら強化ガラスのようなかなり丈夫な素材でできているようだ。ゲーム中にはそんな周りを見回す余裕がなくて気付かなかったが、参加者のうち何人かはボックスから出ている。そして、何人かが俺と同じようにボックスに閉じ込められている。え、このあとどうなるんだ? このまま監禁されて酷い目に遭うのか? いや、まさか。
「ボックスに残ってるのは6手掛けても正解できなかった愚か者たちニャ! お前らには死んでもらうニャ!」
え? 死? 今? ここで? すぐに? そんな馬鹿な!
「ちょっと!!!」
思わず声が出ていた。俺は雀荘でも友人たちにも家族にも「お前は声が大きい」「うるさい」「やかましい」とよく言われてきた。自分の声がボックスの中に反響して響き鼓膜に突き刺さるが、そんな事を気にしている場合じゃない。
「なんだニャ? 声がデカイ奴が居るニャ~。」
「え、あの、死んでもらうって、何かの冗談ですよね?」
「んニャ、本気ニャ。」
「ドッキリとか、リアルな夢とか、そういうのですよね?」
「ところがどっこい、現実ですニャ!」
そんな……。
「そもそも、さっき1人爆破させたのを忘れたんかニャ?」
そうだ、ついさっきルール説明の時にこいつはチンピラを1人爆死させていた……。ボックスの中で両膝から崩れ落ちる。
「じゃあ罰ゲームの執行ニャ! 特別にさっきのうるさい奴に決めさせてあげるニャ! 一萬から中の34種で好きな牌を選ぶニャ! あ、お前は声がデカイから口頭でもいいニャ。」
え、選ぶ? 何を? 罰ゲームの内容か?
「ほら、ニャんでもいいから早く選ぶニャ。もしかしたらこの中にはラッキー牌もあるかもしれんニャ?」
そうか、ここだったのか、俺が輝ける場所は! 昨日九蓮宝燈をツモ和了った九萬、それがラッキー牌だ! 即断即決!
「九萬だ!! 九萬にしてくれ!!!」
そう叫びつつ、手元のタブレットでも何度もタップする。
「ほんとうるさい奴だニャ~。でも決断の早さはいいことニャ。九萬、オープンだニャ!!」
【一二三四五六七八[九]】
【①②③④⑤⑥⑦⑧⑨】
【123456789】
【〼東南西北白發中〼】
巨大モニターにいつの間にか表示されていた34種の麻雀牌パネルの中から九萬がめくられる。そこに書いてあったのは……。
『光』
「おー、いきなり珍しい『光』が出たニャ。これはラッキーだニャ~。」
え、ラッキー? 何がどうラッキーなんだ!?
「じゃあ行くニャ、ポチっとな♪」
猫耳司会者が何かボタンを押すような動きをすると、ボックス内で何か機械音が作動した。それが何の音なのかを確かめる間もなく、
パシャッ!!!!!!!!!
強大なフラッシュ音が響いたその刹那、視界が消えた。え、何が起こった? 目が見えなくなったのか……? 目に痛みがあるのかどうかすらも分からない。ただただ「消えた」。
「『光』は、ボックス内に強烈な発光が起こるパネルだニャ。ボックス内の四方八方から発した強烈な光は中で反射しまくって、中に居る奴の視界を完全に消し去るニャ。いわゆる『目が潰れる』ってやつだニャ。物理的な目潰しと違って痛みも無いし、ほんとラッキーだニャ~。」
何が『光』だ、何も見えなくなったらむしろ『闇』じゃないか。
何がラッキーなんだ、目を潰されていいことなんてあるか。
「ほんとラッキーだニャ。自分が死ぬところを見なくて済むんだからニャ~。」
え、死? 嘘だろ? ふざけるな、死にたくない。死ぬわけない。そうだ、俺こそは逝裂三十流(いけざきさとる)、大学を出たら麻雀プロになって輝ける未来を歩む男だ。麻雀界の光、麻雀界に舞い降りた超新星!
「サンシャイーーーーン!! 逝(いけ)!!」
「うるさいニャ~。」
ボン!!!!!!!!!
「ザキ!」
爆発音がした瞬間に逝裂三十流(いけざきさとる)の首は胴体から離れていた。そのはずなのに、切り離された頭部は「ザキ」と、自分の名字の後半であり、ドラゴンクエストシリーズでお馴染みの死の魔法と同じ言葉を発していた。
何人か残されていたボックス内が一斉に血に染まる。第1ゲームに参加しなかった・できなかった他のデスゲーム参加者の反応は様々だった。ほとんどの者はその凄惨な光景に目を閉じたり俯いて視界に入らないようにしていたが、中には目を逸らさずしっかりと見据えて1つでも情報を逃さまいとする者や、自分もいずれ参加することになる死のゲームに目を輝かせている者も居た。
To Be Continued……
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