第42話
さて、もちろん全員が警察からしこたま怒られた。南条家の御家騒動は大々的に報道され、義時と時頼のスキャンダルは週刊誌の恰好のネタになった。
海斗は全部警察に話し、運んでいた物はあくまでも知らなかったということで、罪には問われないことになった。南条家の企業は報道関係のスポンサーだ。『今野海斗は死んだ』という報道はきっちりされた。札幌と東京、それぞれのヤクザは警察にかなり突っつかれ、海斗を追っていた武田とやらは、脅迫だか何だかで逮捕された。まぁ、ヤクザが寄ってたかって、カタギの青年が事故を起こすまで追い詰めたわけだし?
海斗はとりあえず五反田のマンションで、時宗と同じ部屋で暮らすことになった。時宗としてはいずれ成城の実家に戻るつもりなのだが、まだ時頼の妻志緒里と、2歳の娘優香里がいる。時宗の指示で、志緒里の両親の会社は南条グループの企業と資本提携をすることになったので、志緒里は晴れて時頼と離婚できることになった。
海斗は手っ取り早く名字を変えるため、弥二郎と養子縁組をした。母の旧姓に戻す手続きは、ちょっと時間と手間がかかりそうだったからだ。晴れて南条海斗となったおかげで、時宗は一日中ニヤニヤしていた。弥二郎が呆れて言う。
「気持ち悪いぞお前」
「そりゃ……まぁ……。同じ名字って、いいよな……」
「そうか? わからん」
弥二郎はやれやれという顔で、ダイニングテーブルに座っていた。事件が終わってから1週間。事後処理が一段落つき、やっと4人が揃って夕食を食べられるという日だった。キッチンでは敬樹が夕食を作り、海斗が手伝っている。仲がいい2人の様子は、ほのぼのしていた。
「そういや、弥二郎はどうするんだ?」
「俺?」
「あぁ。敬樹の奴、あんたがいない間、めちゃくちゃ心配してたぞ? 挙句、じいさんに他人だから出ていけみたいなことを怒鳴られて、縮み上がってた。海斗と養子縁組して、子持ちになったんだ、もうひとり増えてもいいんじゃないか?」
「ん~」
迷っている顔で、弥二郎は敬樹を見た。敬樹は手を止め、じっと聞いている。視線が合うと、弥二郎は穏やかな目になった。
「敬樹も、もうすぐ大人になる。そしたら……自分の意志で俺と一緒にいてくれるのかどうかを聞きたいんだ。今はまだ未成年だからな。あと少し、俺に待たせてくれ」
敬樹の口の端が上がった。
「……なるほどね」
ま、頑張ってくれ。
「それにしても、ほんと、海斗の腕はすごいよな。俺も車の運転を練習しようか……」
「当主なんだから、後ろでふんぞり返っててくれ。警備がめんどくさい」
サラダを持ってきた海斗が、会話に加わる。
「時宗も車の運転すんのか?」
「まず練習しないとな」
弥二郎が溜息をつく。
「血は争えないよな……政子姉さんの息子なだけあるよ、まったく」
「母さんって運転うまかったんか?」
聞いてくる海斗に、弥二郎は手をひらひら振った。
「そりゃ……南条家の政子伝説は有名なんだぞ? 20歳の時に碓氷峠で昔のWRX廃車にしたってやつ」
「へぇぇぇ」
「足を折って病院に担ぎ込まれたってんで焦って駆け付けたら、あの人、ベッドの上で紙にコースレイアウト描いて、ひとり反省会やってやがった。邪魔だから帰れって言われて、呆れて病室出てきた」
「母さんも車好きだったんだな」
「あぁ。整備士と結婚するっていうんで親父が激怒したんだが、姉さんは親父に『今時、職業で差別するなんてアホらしい』って言って、さっさと自分のやりたいようにやった。海斗……お前の目元は本当に政子姉さんに似てる。車、自分で買えるまで頑張れ」
「それなんだけども」
海斗は時宗の横に座った。少しためらい、弥二郎と時宗を見ながら言う。
「オレ来年、大学受けようと思ってんだ」
「大学?」
「うん。車のことを専門的に勉強して、車の仕事したい。ここで……勉強してていいか?」
時宗は胸いっぱいに空気を吸い込んだ。それって、毎日仕事から帰ってきたら、海斗がいるってことか?
「そりゃ大歓迎だ。すごいなぁ」
時宗が微笑むと、海斗ははにかんだように笑った。ご飯をカウンターに置き、敬樹が加わる。
「え~? 来年の受験なら、ぼくと一緒ですね。一緒に勉強できるんだ! やった」
「ほんとか? 一緒にがんばんべ。お前が受かってオレが落ちたらみっともないからな」
あぁ……海斗。お前は人生を手に入れた。望むもののために、迷いなく手を伸ばす場所を手に入れて、穏やかに笑うようになった。きっと、海斗は夢を手に入れる。心から湧きあがる嬉しさに、時宗は海斗の肩をぽんと叩いた。
「応援してる。英語と国語なら、教えられるぞ? 理系科目は自分でやってくれ」
「マジか?! オレ英語も国語もさっぱりだ。参考書とか選びに、今度本屋一緒に行くべ」
「ぼくも行きたいです。いいですか?」
「3人で行こう」
のんびりと夕食を食べる間、4人はそうして将来のことを話し合った。お家騒動で、1週間、時宗はろくに寝ていない。これからも休みはほとんどないだろう。それでも、時宗は楽しかった。誰にも排除されず、家に帰れば海斗がいる。
あとは……海斗の気持ちが知りたいだけだ。うやむやになってしまった言葉の続きを。
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