第14話
今野の言ったことは当たった。
退屈を持て余し、腹を空かせていた時宗は、フェリーに乗り込むまでの間にすべて平らげてしまったのだ。
さすがに、今野が車検証を持って乗船手続きに行くのにはついていった。自分の運賃を支払うだけでなく、あわよくば車検証の名義を見てやろうと思ったのだ。だが今野が露骨に嫌な顔をしたので、結局のぞくのは諦めた。
手続きを終えてから乗船が始まるまでの間は30分以上あって、時宗はその間、駐車場の車の中で仮眠用だという毛布にくるまり、ほとんどしゃべらずに買ったものをひたすら食べていた。
人気ナンバーワンとかいうチャイニーズチキンバーガーは思っていたより大きく、めちゃくちゃにうまかった。甘辛の唐揚げとマヨネーズなんて、誰が発明したんだ? しかも唐揚げは3個も入ってる。マジか。醤油もきいてて最高。
ホワイトソースとミートソースがかかったポテトも一瞬でなくなり、オリジナルの炭酸飲料を飲みながら、時宗はオムライスを最後にもこもこ食べていた。もう腹がいっぱいだったが、それでも、泣きたくなるほどそれはうまかった。ふわふわで分厚い卵のボリュームが半端じゃない。
「んまいべ?」
「んまい」
先に自分の買ったものを食べ終えた今野は、ハンドルに頬杖をつき、時宗の食べっぷりを面白そうな顔で見ている。
「店によってもメニューちょっと違うんだ。カツ丼あったりする」
「なんでハンバーガー屋にカツ丼?」
「わかんねぇけど、面白いし、うまいならいんでねぇか?」
確かに。
缶に残った炭酸をちびちび飲みながら、時宗は満足して息を吐いた。フェリーが4時間? 次に俺は何をすりゃいいんだろう。
でも、おいしかった。それでいいじゃないか。
雪の中で煌めくフェリーターミナルの灯りを見ながら、時宗はリラックスした気分だった。
「……うまかった。それに……楽しかった」
ぽつりと言う。正直、誰かとこうやってはしゃいだ記憶は時宗にはあまりない。自分はいつもひとりだった。子どもの頃から、自分に近づいてくる人間はみんな自分の『家』が目当てだったし、やんちゃな子どもは教育上よろしくないとかで、時宗の周囲から排除された。
あぁ、いや……それは思い出す価値はない。孤独について文句を言うべきじゃない。
それは自分の『家』のことを考えれば仕方のないことだった。家庭教師は何人もいたが、父親の要求を満たすことは決してなく、時宗がなつく暇は一度もなかった。母親が出ていったのは小学5年生の時だ。
両親の離婚の後、時宗がまともに食事できるようになったのは、弥二郎と住むようになってからだった。
ごく普通に味を感じられるようになって、今年で何年目だろう?
今この車の中で、時宗は胃袋がはちきれそうになるまで夢中で物を食べた。今野と一緒にあれこれ話しながら食べ物を選ぶことが楽しかった。昼飯のラーメンも、考えてみれば普通に残さず食べられたのだ。
今野がふと言う。
「お前が高速で退屈そうだったから、びっくりさせてやろうと思ったんだけども……。ほんとにびっくりして楽しそうにしてくれるのって、いいもんだな。……考えたら、この仕事始めてから誰かと一緒に飯食ったの、お前が初めてな気がする」
時宗は今野の目を見た。
優しくて哀しい。吸い込まれるほど綺麗な目だ、と時宗は思った。真夜中の街灯の下で舞ってる雪みたいだ。
フェリーの乗船が始まり、前の車のブレーキランプが2人を赤く照らした。今野は室内灯を消し、自分の毛布を後部に放り出してエンジンをかけた。
なぁ今野。お前を縛っているものも俺を縛っているものも、みんな断ち切って、どこかでのんびり一緒に飯を食わないか?
外の灯りに浮かび上がる今野の横顔を眺めながら、時宗はそんなことを想った。2人を乗せたスバルは、冬の津軽海峡を渡る船の中へと入っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます