第11話
そのサービスエリアで給油まで終わらせると、今野は再び本線に戻った。運転はやはり慎重で、危なっかしいところは微塵もない。スポーツカーに入れあげる人間にはイキっているイメージが時宗にはあったが、そうした浮ついたものと今野とは結び付かなかった。
なんというか、プロっぽい。
そう。今野の場合、こうして正確に運転することが仕事なのだと思わせる、静かな迫力がある。
横目で今野の運転を見る。ハンドルを握る手はリラックスしているが、車の挙動は完全にコントロールされている。男っぽい指先が、愛し気にハンドルを時折撫でる。
視線はまっすぐ前、でもこまめにバックミラーやサイドミラーにも目が配られる。左手がシフトレバーに伸ばされ、また戻る。
そういえば、あまりにも滑らかで意識に上らなかったけど、この車……。
「マニュアル?」
「え、今まで気づかんかったんか?」
呆れた声で今野が答える。
「いやその、運転が自然すぎて」
「6速。楽しい」
「楽しいのか?」
「うん。走行モード切り替えて自分でシフトチェンジすんの、好きなんだ。VSC切ったりする」
何を言っているのかはわからんが、今野の切れ長の目に微笑みの甘さが加わったのはわかる。う~ん、なかなかの我慢が要求されてないか?
「……車、ほんとに好きなんだな」
「お前は車運転しないんか?」
「免許だけは持ってる」
「ふ~ん。東京って電車いっぱいあるから車なくてもいいって聞いた」
「そうだな……。駐車場もバカみたいに高いし。基本は電車移動だな」
今野は頷いた。車に詳しくない時宗を馬鹿にする意図はないらしい。
「駐車場高いのはわかる。オレ電車はよくわかんねぇけど、お前はよく知ってんでないか?」
「まぁ……地下鉄含めて、使い慣れてる方だとは思う」
「オレ多分東京には住めねぇ。電車いっぱいあって全然わかんね」
そっちに意識が向くのか?
「慣れれば乗りこなせるだろ? 住んでいれば、なんとかなる」
今野は黙った。時宗は頭の中で会話を続ける。東京に来ないか? 弥二郎の3LDKなら、明日からひとり増えてもなんてことない。まぁ……ベッドの予備はないから、俺のベッドに寝ることになるけど。あ~、その、俺は床で寝るから。いいとこだよ。コンビニも近いし。
俺は、アホか?
密かに溜息をつく時宗に気付かず、今野はちらりとバックミラーを確認した。まっすぐ前に視線を戻し、再びバックミラーを見る。
時宗は振り返ってみた。さすが北海道の高速道路、苫小牧を抜けたあたりから、車は本当にまばらだ。前も後ろも地平線まで道は続いていて、わずかなカーブがあるだけ。基本的に、遠くまで他の車は全て見える。こんなんで採算合うのか? 心配になるほど閑散とした印象だ。
尾行難しくねぇかこれ?
対象の行き先がわかってるなら、先行で待ったほうがマシな気がする。ついてきているのかどうか、東京と勝手が違って逆にわからない。
今野がもう一度バックミラーを見て、タブレットのライブカメラ映像を確認した。
「高速の規制状況どうなってる?」
今野に指で示され、時宗はタブレットをいじって表示を変えた。幸いにも寒気は回復していて、あと少し行ったところから80キロ規制は外れている。今野はそれを聞くと、ほっとした顔でシフトに手を伸ばした。
「これからちょっと確かめたいことあるから、お前後ろ見んなよ」
時宗が頷くと、今野はスピードを落とした。高速の最低スピードは50キロだったと時宗は記憶している。今野はそのギリギリ、52キロ程度までアクセルを緩めシフトダウンし、バックミラーを見た。
「……つけられてるのか?」
「あぁ。来てる」
しばらくそのスピードで走ってから答えると、今野はスピードを元に戻した。
「この後、一車線になる。その前に多分、あいつらこっちを追い越して先に行くんでないか?」
なるほど。
「高速から降りて、まいたりしないのか?」
「どこ行ったってお互い丸見えだ。そんな面倒なことしないし、多分あいつらなんもしてこね」
「ふ~ん」
見張ってるだけ? 警察じゃないだろうな? ちらりと思ったが、口には出さないでおいた。今野の仕事に関する連中か、じいさんの遺産騒動がらみか。いずれにしても、高速を走っている間はお互いに何もできない。
やがて後ろから白いセダンが猛スピードで近づき、2人の乗る車の横を追い越した。セダンはあっという間に地平線の向こうへ走り去り、2人は無言で見送った。
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