【1】後篇

、言うと魔王は魔力を解放してきたのだった。


そして、それからの戦いは……まさに一進一退といった状況になったのである。だが、徐々にではあるが、僕の方は押せてきているような気がしていたのだ。なぜなら魔王が放つ『黒魔球』を簡単に打ち消せたりできるようになってきたからであった。僕は、この魔王の動きが読めてきて、その動きについていくことができるようになっていたのだ。そのせいか……魔王の方に少しづつダメージを与えていたのである。このままならいけるかと思ったが……その時だった。突然、身体が動かなくなったのである。その事に僕は驚きながらも、魔王の顔を睨みつけた。すると魔王の顔は笑っていたのである。どうやら僕は罠に落ちてしまったようであった。


(しまった……。この状態はまずいな……。この状態から脱出する方法を考えないと……。まずは、動けるようになるのが先だな……。この方法はどうだろうか?『スキル・コピー&ペースト』で……。『麻痺解除薬』を手に入れて……。これを飲めば……きっとこの状態からは脱出することが出来ると思うんだ……。後は……どうすればこの状態から抜け出すことが出来るだろうか……。う~ん……あぁそうだ……。あれがあったじゃないか……。)


僕はそう思いだすと早速行動に移す。『ステータス・フルオープン』で『アイテム一覧』を開くと『万能薬』『上級解毒剤』『最上級癒しの霊水』『回復の宝珠』『完全蘇生薬』『復活薬』『賢者の石』『エリクサー』を見つける事が出来た。僕は直ぐにそれらを全て自分の手元に集めると……『鑑定の水晶』にそれを入れるように念じる。


【『光聖魔石』『聖聖魔石』『聖光魔石』『神聖魔石』『聖浄魔石』『光龍魔石』『白虎魔石』】


「ふはははは!!残念だったな!!まさかこの魔王の術にハマるとは思うまいよ!!お前はここで終わりなのだ!!はーっはははは!!!」


(なるほどね……。これが魔王が使っていた呪いの力って事かな……。つまり、これが本当の姿ではないということだね……。恐らく……この魔王を召喚したのは、勇者じゃない……。この国で暗躍している誰かの仕業だということが分かった……。それにしても……。あの女神さまの話していた事は本当だったみたいだよ……。ユウマ君や、ユーミイちゃん、ユウナさんやリスタちゃん……みんなを助ける事ができなかった事が心残りだけど……。仕方ないね……。まぁいいさ。僕はもう決めたからね……。)そう考え僕は……。自分の胸に手を置いて……決意を新たにする。


僕は『光魔融合』を使って、『女神の祝福』を手に入れた。そして……『勇者』としての記憶と経験を引き継いだのだ。そして……僕の中に眠る力を解放させる。そして……僕の中で眠っていた力を解放する。その瞬間、辺りの時間が止まったのだった。それは……僕の周りの時間の流れが極端に遅くなったのであった。


だがそれはほんの一瞬だけの出来事だったので……次の刹那には再び時が動き出す。だがその僅かな時間に……僕の意識は途切れることなく続いていたのだ。それは何故かというと答えは簡単だった。『光聖の加護』のおかげなのである。この加護の力のおかげで、意識を保ち続けることが出来たのである。僕はすぐに準備を済ませる。僕は魔王に攻撃を仕掛けることにするのだが……やはり僕の動きに反応する魔王。……だが……僕は負けるつもりはなかったのだ。


(くっ!!なんて速さなんだ!?これが本来の魔王なのか……。でも、まだ完全に僕を捉えられていないのが救いかもね……。僕の動きを見切って反撃しようとしてくる……。これだと……こちらから攻撃をして倒すことは難しいかもしれないね……。なら、攻撃される前に勝負をつけるしかないよね……。僕は魔王に向けて『光矢雨』を放ち牽制を掛ける。……これで少しの間、僕に攻撃を当ててくることは無いだろう。その間に僕はある魔法を唱える。これは女神さまから授けられたものの一つ『光神結界陣』である。


僕の周りを覆うように光の障壁が展開されていく。そして僕は魔王に向かい突撃をしたのであった。そして僕が放った『光刃斬』は……『闇玉』を打ち消すことに成功する。その事に魔王も驚いている様子であったが、僕は構わずに次々と攻撃を重ねていく。そしてついに……僕の『光剣一閃』が炸裂したのである!僕の持つ最強の一撃である『聖神滅刀』を放つ。……しかし……。


(……!?どうして!?)と……僕は驚いた。なぜなら魔王は倒れなかったのだ……。


僕は……今起こったことが信じられなくて……。呆然としてしまった。すると、そんな僕に……魔王は語り掛けて来たのだ。


「なかなかやるようだな……。だが、お前に勝つことは今の私では無理のようだ……。だが、いずれ……貴様を殺す者が現れる。……それが私の願いであり、使命だ……。それまで、その力の片鱗を残しておくが良い。そうでなければ貴様が危険になるかもしれぬからな……。覚えておくがいい……。私は必ず戻ってくる。その時が楽しみだ……。そして、お前の大切なものを、全てを……奪うのだからな……。」そう言うと魔王の体は黒い霧となり……そして消え去ったのである。僕はその場に膝をつくと、荒くなった息を整えた。そして、暫くして立ち上がると、急いでユウマ君と、ユーミンと、ユーコを探しに行くことにした。すると丁度そこに……僕の見知った人物が三人現れたのである。


名前:シン(元勇者)


性別:男性


年齢:18歳


種族:


ヒューマン 職業:剣豪


Lv:100/100


HP:10500


MP:6600


攻撃力:14300


防御力:9900


敏捷力:8200


知力:4800


運:100


ギフト:『オールステータスUUP LV99』


(これは!?まさか……魔王は死んだはずなのに……。)そう考えた僕はユウキに『光聖魔弾』をぶつけたのだった。その衝撃によってユウガ達は飛ばされる。ユウト君はギリギリで避けることに成功したので助かったようであった。すると……。魔王はゆっくりとした足取りで僕の方に歩いて来たのだ。


「お主か?余計なことをしよってからに……。だが……まぁ良い……。貴様も、他の奴らも我が糧となってもらおう……。」と言うと魔王の姿は変貌していくのだった。その体には無数の瞳と牙が現れて行き魔王の口が大きく開き始めたのである。魔王は僕に向かって大きな口を開け襲い掛かってきたのだった。


(やばい!!避けないと!?……うそ……体が動かない?)とっさに僕は防御姿勢をとるも間に合わない。……やられると思ったその時だった!突如目の前に現れた少女が両手を広げて僕のことを守ったくれたのである。それは、先ほど出会ったばかりのアリサと名乗った少女であった。僕は彼女を見て安心したが……次の瞬間、背中を刺されて吹き飛んだのである。


(うぐっ……。こ……この力は!?あの女神さまと、ユウキの力に似ている?どういう事だ?彼女は一体???)と混乱しつつも考えるが答えが見つからない。


すると……再び僕の視界が切り替わり、僕は地面に叩きつけられたようだった。その事に驚くと同時に僕は……痛みを感じる事に気が付いたのである。どうやら僕は意識を失いかけていたようだった。だが、それをさせじと僕は立ち上がろうとする。……が……その身体がいう事をきかなかったのである。それでも僕は立ち上がり、構えを取りながら相手を威嚇するように睨みつけたのであった。すると相手は……笑い出したのである。


(何を笑ってるんだ……。この化け物が!!早く……ユウマ君たちを助けに行かないと……。ユウナさんだって心配だ……。あの人はユウト君にとって一番大事な人なんだからな!!……くっ!!力が出ないぞ……。なんでこうなるんだ!!……ちくしょう!!この僕がこんな雑魚に苦戦させられるなんて!!……悔しすぎる!!許さない……。この世界の人たちを苦しめてる奴らなんか絶対に!!……あれ?ちょっと待って?僕って……勇者じゃないよね??なら……この程度の強さでも良いって事なんじゃないか?ならさっきみたいに手を抜いて戦うことも出来るんだ……。でも、それじゃ……駄目なんだ……。この世界に平和をもたらす為には……。)そう思った僕は『勇者』の記憶と経験を引き継ぎ……そして『魔王』としての力を手に入れると決めたのだった。


【称号】『魔を極めし者』を取得しました。


『闇の支配者』


『邪神の使徒』を取得しました。


《特殊クエストが開始されます》 〈『闇魔王城』への到達〉 クリア条件 闇の大迷宮をクリアする事 失敗条件 1時間以内に『聖神王結界陣』を完成させること 成功報酬……全能力値2倍 スキル『完全耐性』『物理攻撃無効』『超回復』『再生』『吸収』『崩壊』『即死』


(ふふふ……僕って勇者だよねぇ……。魔王がこの世界で暴れるのは良くない事だと思うんだよ……。だから、ここはやっぱり僕が勇者になって、この世界を魔王の手から救わないとね!!それに……。勇者の力って凄いね!!本当になんでも出来ちゃうみたいだし……。)僕は自分の新しい力を試すためにある魔法を唱え始めるのだった。


僕はある呪文を唱えた。それは、この世界で得た僕の称号の中にあったものだ……。『魔王』の力を覚醒させるために……。そしてそれは……発動したのだった。


『魔王の降臨』


それは僕の中に眠っている力を呼び覚ます為のキーワードのようなものである。僕は自分の中から溢れ出す力を自覚しつつ……。魔王に対して攻撃を開始した。まず僕は、魔法を使うために詠唱を始める。そして、それと同時に攻撃魔法を放ったのだった。僕の放った魔法の名は……そう……それは……『魔滅覇雷』


これは僕の使える魔法の中でも、かなり高威力のものなので……流石の魔王もこの攻撃に耐えきれず、その体に風穴を開けることになったのだった。


(よし!これでいけそうだ!後は任せたよ……。ユーミン……。ユーミイちゃん……。僕も……すぐに追い付くからね……。)僕は心の中でユーミン達に声をかけると意識を失ったのだった。すると……そんな僕の前に……一人の少女が現れたのである。その少女を見た僕は思わず言葉を失くしてしまったのであった。名前:アリス(女神様の娘)


性別:女性(女神の力を引き継ぐ)


年齢:15歳(外見年齢は12歳前後)


種族:ヒューマン


職業:女神


Lv:50/50


HP:320000


MP:100000


攻撃力:18000


防御力:66000


敏捷力:95000


知力:59000


運:25500


(え??ちょっ……。ちょっと……。これ……。何が起こってんの!?な、なにこれ?僕ってまだ夢でも見てるのかな?)僕は自分の目と耳を疑ったのだった。そこには確かに……幼くなった『女神』の姿があったのだ。僕は慌てて駆け寄り、彼女の容態を確認しようとするのだが……何故か体が言うことを聞かずに……動けないのである。そうしているうちに『魔王』が再び姿を現したのである。そして……魔王はその巨大な手を振り下ろす。


「うぉりゃああぁ!!」という声とともに、『闇勇者』ユウガが魔王の拳を止めてくれたのである。僕はその光景を見つめつつ、なんとか動こうとするも……やはり体は動いてくれないのであった。そんな中……僕と魔王の間に立ち塞がってくれた人物がいた。……そう……僕が一番守りたいと思っていた存在であり、また……誰よりも信頼を寄せているユーミンであった。


「シン!?大丈夫ですか?」彼女は僕の事を案じてくれると……『魔王』に向かい突撃していったのである。そんな彼女を援護するために僕は全力の『光聖剣波斬』を発動する。しかし、魔王はそれを受ける前に姿を消した。その事に驚いていると、いつの間にか目の前に移動して来ていた魔王はユーミに攻撃をしようとしたようだった。しかし……それを阻むものが現れる。


――聖石により使用が可能です。ただし使用者の生命力及び魔力を消費して状態異常の解除を行うことが可能です。使用回数は10回のみとなります。……この世界ではもう何度も見ている表示が現れる。僕がそれを確認して唖然としていると、ユーミンが僕の代わりに唱えてくれて……そして魔王を吹き飛ばすことに成功してくれたようだ。だが……それでもなお起き上がってきた魔王は再び姿を消すことになる……。しかも先ほどとは違って今度は完全に僕の目の前に現れたのだ。だが、僕が動くより早くユーミンの剣撃が魔王の右腕を切断した。


僕は、ようやく体が自由になる事を確認すると急いで立ち上がるも、魔王は既に僕の方を見てはいなかったのである。そして……再び僕の前に現れると攻撃を仕掛けてきたのであった。


※ シンは焦っていた。目の前で『闇勇者』と『勇者』である少女と『闇魔王』が戦っているからだ。『勇者の光聖剣波動』が魔王の腕を切り落とした事で勝負はついたかに見えた。しかし……腕を切られた魔王が笑みを浮かべた事に違和感を感じた。すると魔王の身体から何かの触手のようなものが伸びてきてそれが勇者たちの身体を捉え、魔王の元へと引き寄せられてしまったのだった。勇者は必死にもがくが逃れる事はできないようで徐々に近づいて行くのが見える……。


それに気付いた僕も助けに向かおうとするも……。そこで僕は、この世界に召喚される前の事を思い出したのである。そう……。それは、僕の幼馴染の少女……アリサの事だった。彼女と僕はお互いに好きな事や興味のある事をシェアしていた仲なのだ。例えば、僕の好物といえば、唐揚げだが、実は僕はカレーが大の苦手だったりする。理由は辛すぎるから……。だけどアリサは甘いものが大好きだったので……。僕はいつものように、彼女の前で『激甘フルーツパフェ・チョコシロップたっぷり乗せ』などという狂気の沙汰と言ってもおかしくないものを食べさせられたりしたのだ。僕は涙ぐみながら完食したものの……。その後しばらくの間……口の中が甘くなって何も食べることが出来なかったのを思い出す。僕は……あの悪夢のような時間を再び思い出し……。目の前の状況を打破するための作戦を練ることにした。


(アリサちゃんなら、この状況でも打開できるだろう。彼女なら絶対に諦めたりしないはずだ!!……なら僕にだって……。)僕は、自分に言い聞かせるようにすると……ある呪文を唱え始めたのだった。すると、魔王は一瞬にして消え失せる。どうやら『魔王』を『完全封印』することに成功したようである。※


(よし!これで、この世界の人たちを苦しめてる奴らは倒したぞ!後はあの子を救い出すだけだ!!)そう思った僕は『闇魔王城』の上空に移動するとそこから地上へ降り立ったのだった。するとそこには……魔王の触手で縛られた二人の少女と……その少女を守ろうとしている小さな女の子が居た。


(あれは!!……ユウト君の大切な人じゃないか!?早く助け出さないと!!それにしてもこの子の魔法って一体なんなんだ?さっきの攻撃といい……明らかに普通じゃなさそうだな。もしかすると……僕が知らないだけでユウト君が話してくれるような異世界に転生してきた子なのかもしれない……。)


「おい、君!!僕が相手になってやるから……その子たちを放すんだ!!」


僕は、出来るだけ強そうな口調で言う。……だが……。魔王の触覚はまるで蛇のように伸びてくると、勇者と『勇者の光聖剣波動』を使ったと思われる『魔王』の姿になった。


「くっ……。くそぅ……。お前たちは何者なんだ!?なぜこんな事を繰り返すんだ!?」僕が魔王に向かって叫ぶ。そして僕は気付いてしまう……。魔王の手には見慣れない杖がある。恐らくこれが魔王の言っていた『聖神王結界陣』の魔法に必要な物なのだろうと。


(……あれさえ壊せばいいんだよねぇ……。)そう思って『闇魔王城』の上空から『魔聖槍・滅覇王』を放ち『聖神王結界陣』の魔法を破壊することに成功した。


(やった!破壊できた!)と思った矢先……。魔王が笑い始める。それはどこか嬉しそうで……楽しんでるような表情に見えるのである。僕は、その様子に疑問を抱く。なぜなら……僕にはその理由がわからなかったから。魔王が何を望んでいるのか理解できなかったからである。僕は警戒心を高めると次の行動を起こそうとした瞬間……。『聖女』ユーミル様の声が響き渡る。それと同時に魔王の動きも止まる……。それは……まるで魔王の意志が乗り移ってしまったかのように思えたのだ。そして……僕はその光景を見て絶句した。


『聖女』様の魔法を受けた『魔王』……いや、『魔王のなり損ない』の姿が変わったのである。


「な、何が起こったんだ?」と僕は困惑しながら『闇勇者』様に聞く。彼は、険しい顔をしながらこう言ったのだった。「あいつの本当の姿って……。あの姿なのか?俺の予想通りなら……かなりまずいな……。シン……、覚悟を決めろよ。俺は……お前を守りきれない可能性がある……。だから、自分の命を守ることだけを考えて行動してくれ……。わかったな……。……それと、俺がもしも死んだ場合は……『闇勇者』としての力をお前に譲渡するようにしておきたかったが、その必要もなくなったみたいだ……。この場を任せる……。」それだけ言うと、『闇勇者』は倒れてしまうのだった。僕はそんな彼を心配しながらも魔王との戦いを始めることにする。そして、すぐに異変を感じるのだった。魔王は何故か僕が攻撃するタイミングに合わせて防御をして来るのだ。しかもその攻撃の威力自体は、僕よりも遥かに下回っているはずなのに……。


(こいつ……。まさか……僕と戦ってるつもりか?)僕はそう考えると……魔王の言葉が本当だったのではないかと思い始めていた。魔王の目的は……僕と戦うことだったのではないかと。僕も全力の一撃を叩き込むことにした。すると……今度は僕の剣技に合わせるように、攻撃を繰り出す魔王……。


(……こいつは!?僕を本気で殺しに来てるのか?だとしたら……。僕と同じ『スキル』を使えて尚且つ……『ユニークジョブ』を持つ『魔王』ってことになる。でも……『魔王』の気配は感じるのに……。『魔王』の姿が見えてない……。一体何が起きて……。……いや、今は目の前の戦いに集中しないと!!)僕はそう思い直すと戦いに集中する。しかし、僕の力は完全に上回られており、いつまでたっても決着がつきそうにないのである。


※ 僕たちの前に現れたのは一人の青年であった。その人は『聖王勇者団』に所属しているらしいのだが、どうも様子がおかしい。その事に僕が首を傾げていると、彼が何かを言っている。だが何を喋っているのか全くわからないのである。


(あれれぇ〜?聞こえないか……。それじゃぁもう一度……。えっと、ここは何処でしょうか?)


どうやら何かを話しているようだが僕たちの言葉が全く届いてないようだ。


『聖騎士団長』は「ここは闇城ですよ」と言ったのが……その人に通じたようだ。その反応を見て驚いた顔をしている『聖騎士長』は彼に話しかける。


「もしかしたらあなたは『異界勇者』ではないですか?」


「はい……一応……。でもどうしてですか?」と『異界勇者』である男性は質問する。


「実は、私たちが探しているのは『異界勇者』と呼ばれる特別な存在です。あなたの事ではないかと思うのですが……。少し質問させてくださいね。ここに『勇者の光聖剣波動』を使って転移してきたりしてませんよね?」その質問に対して彼は答える。


(うーん。ここに転移?したのかな?よく分からないけど、確か……変な場所にいた気がする……。あれって……どこだったんだろう……。そもそも……どうしてここに居るんだ?俺は、あの時……。……そうだ。『闇魔王』と戦わされて……。それで……。……あれ?それからどうなったんだっけ……。)


その男性の様子を見た僕は嫌な予感を感じ取ると、急いで止めに入った。彼の身に起きている事は恐らく……僕の想像している通りなら大変な事になるからだ。僕は必死に呼びかけると……やっと気付いてくれたようである。そして、改めて状況を確認することになった。(ふむ……。ここは、あの『闇勇者』とかいう男の『固有能力』によって創られた世界で間違いなさそうですね……。まぁ……大体のところはわかりましたが……。……どうやらここは異世界のようです。そして僕たちの敵となるはずの魔王がいる。ただ僕たちにも味方になるはずだった仲間が居たという……。そして僕は死んでしまった……。これはもう詰み状態といっても過言ではありませんね……。……仕方ありません。僕はこのまま『魔王』としてこの世界の人々を殺す事にします……。……そういえば……この人ってさっきまで会話していた人では……。……ははは、やっぱり僕は死んでいたんですねぇ……。……あれ?この人って……なんか……ユウトさんに似てるような……。もしかすると……。この人ならもしかすると……。)そう思った僕は試しに聞いてみる。「……もしよかったらなんですが、ここが異世界だってことは理解できてますか?そして、あなたの名前を教えていただけませんか?」


「は、はい……。」と彼は戸惑いながらも答えてくれた。


「ぼ、僕は……佐藤祐斗といいます……。あっ、ちなみに歳は17歳です……。」と彼が言うと僕は驚いた顔で聞き返す。「え!?じゃあ、もしかして『異能勇者』ですか?」僕は驚いて聞いたのだった。


(そうですか……。やはりそうなのでしょうね……。なんとなくそんな気はしていましたが……。この人も僕と同じように……。いえ、僕よりも強い可能性がありそうです。ならばこの人があの『闇の魔王』を倒した方が確実かもしれません……。僕は今のままでも十分勝てると思いますが……万が一を考えれば……。この『聖王勇者』の人が『聖勇者』になれば、ほぼ負ける事はないのでは無いのではないのでしょうか……。)僕は、そう思うとその男性に協力を求めた。


(僕がこの人を鍛え上げましょう。この人が本当に『異界の勇者』であるかどうかは別問題としても、今の僕にはそれくらいしかできる事がなさそうだから……。それに……この人が『異界の勇者』だとすれば……僕にとっても好都合なのです。何故ならば……『異界勇者』が二人いるということは、僕にとって有利な条件でしかないので……。)


そして僕は彼に戦い方を教える。……正直言って彼は弱かった。だけど……彼は決して諦めなかった。何より……楽しかったのだ。彼は何時間もかけて少しずつ強くなっていく……。それは、まるで自分が努力している姿を僕に見せているようで……僕はそれが嬉しく感じていたのだ。


(この人と……ずっと一緒に過ごしていけたのであれば良かったのですが……。そうはいかないみたいですねぇ……。僕は『聖魔王勇者』の役目を果たしてみせると決めたのだから……。)僕は『聖勇者』である『勇者』様を見ると微笑むのであった。


そして私は彼……いや、彼女に語りかける。……どうか無事に戻ってきて下さいと。私には祈る事しかできないけれど……。それでも祈らずには居られなかった。彼女は私の言葉を聞くなり泣き出しながら走り去ってしまう。


その後……暫くの間、彼女は部屋に閉じこもってしまい出て来なかった。そして……彼女が部屋から出て来た時には別人のような表情をしていたのである。その姿を見た私は……胸の奥から込み上げて来るものがあった。……そして、それは彼女も同じ気持ちだったのか、涙を流しながら私の胸に飛び込み抱きしめてくる。私たちはそのまましばらくの間、無言で互いの身体を抱き締め続けるのだった……。


――「リスタさん、大丈夫ですか?すみません……。こんな時に側に居なくて……。僕は、どうしても外せない用があって……、それで……僕の代わりに彼女のお世話をしてください……。それと……何かあった時の連絡は……」と言って彼は、私の手に通信石を手渡すと……消えてしまうのだった。「ちょ!?シン!!どこに行くっていうのよ!……行っちゃった……。……とりあえず、今は彼女の面倒をみないとダメか……。それにしても……凄く綺麗な女性だったわね……。」


僕はリスタちゃんに別れを告げて先へと進む。『闇魔王城』の地下二階にある魔法陣の先に進んでみるとそこには広い空間が存在したのだ。


(……これって……。あの場所だ!……『闇の神殿』に飛ばされた時のやつと同じ感覚だ……。となると、ここから先が……次の階層に行けるってことなのだろうか?)


僕がそんな事を考えていると、僕の前に魔法陣が現れる。そして、すぐに僕は『転移魔法』を使うと魔法陣に乗りその場から離れるのだった。


(うん……。予想はしてたけど、やっぱり何も起きないか……。って事は……。ここは『魔族の大陸』のダンジョンという事なのか……。まぁ……そうじゃなければここには入れないもんね……。でも……あの場所に転移したはずなのにどうしてまたここに?『魔王城』の近くにある地下迷宮の中に転移するなんて思っても見なかったけど……。でもまぁ……。ここはあの『魔王』が作った偽物の世界の可能性が高いのかもしれない……。そうじゃないとしたら、わざわざあんな場所に作った理由がわからないもの……。だとしたら……どうしてこの場所に来たのだろう?……いやまぁ……。そんなことは置いておいて、ここはどういう仕組みになっているのか確認しないと……。確かこの辺のどこかに……。……あぁ、やっぱりあるね……。これは……。でもどうしてこんなところに?『勇者の試練』を終わらせた後にしか出てこないはずなのに……。どうしてここに……。)


僕はその場所に近づくとあるモノを見つける。僕はそれを拾うと調べるのであった。


(えっと……。これが鍵になるんだよね?確か……これに『魔王の力』を込めればいいって言われたんだっけ?……ん〜。どうやって使うんだろ……。まぁいいや……。やってみよう……。……うぉ〜!!何か吸い取られる〜!!!……よしっ。終わったかな?えっと……あれれ?何か出た?え?うーん……。なんだ?なんか変なものが出てきてる気がするんだけど……。まぁ……いっか……。多分、大丈夫だろうし……。)


僕は手に持つそのアイテムを見ながらそう思った後に『収納空間』に入れる。すると、その瞬間だった。僕の頭の中でアナウンスが流れ始めるのだった。


<条件を満たしました。【魔王の祝福】を使用します。……成功です。


魔王への転職が可能になりました>……魔王って転職できたのね。知らなかった。それにしても……この魔王は……なんで僕を選んだんだろう?僕が知っているのは……闇勇者って呼ばれている人のはずだし……。ん?ちょっと待って……もしかして……。まさかあの人が闇勇者ってわけ?……いや、違うか。確かに闇勇者はあの人が元になって創られたんだろうけど……。魔王として創られた存在とは全然違う。むしろ、あの人から『闇の魔王』が生まれる可能性の方が圧倒的に高いのでは……。いや、そもそもあの人は『魔王』な訳だから、そもそもそういう事が出来るんじゃないかな……。


「あの、あなたがユウトさんですか?」僕はいきなり話しかけられて驚いてしまう。その女性は『勇者の聖剣』を手にしていた。どうやら彼女が『聖勇者』らしい……。見た目は……普通の女の子である。そして何故か僕の事を知っているようだ。どうやら僕たちは同じ境遇のようである。


「は、はい……。」と僕が言うと「あなたは一体……。あっ……すみません……。失礼なことを聞いてしまって……。あの、あなたの本当の名前を聞かせていただけませんか?」と尋ねられた。「僕は佐藤祐斗といいます……。歳は17歳です……。よろしくお願いします……。」


「……あぁ……やっぱりあなたがユウトさんなんですね。実は、私は以前『聖勇者』だったんです。その時の仲間から聞いた情報だと……『闇勇者』を倒した後、行方不明になったそうで……。それで、私も死んだと噂されていましたが、本当は生きていたんですね……。そして『闇魔王』を倒してくれていた……。」彼女は少し俯き加減でそう呟いた。


「そ、そうなんですか……。僕も少し前までは『異界勇者』として召喚されたんです。でも『魔王』を倒す旅の途中で死んでしまい……。気が付いたらここで『異能勇者』として復活していました。」と僕がそう言うと、「……え!?もしかして、『闇の勇者』ですか!?あ、あの、今どこに!?あの戦いが終わった後、突然行方がわからなくなってしまって……。無事なんですか!?もしかして……『異界の勇者』に倒されたんじゃ!?」「……すみません……。それは、わかりません……。でも、おそらく……あの方は『魔王』です。少なくとも、僕はそう思います。あの方と戦う時が来たならば……覚悟が必要でしょう。あの方の実力は計り知れません。もしかすると、本当にこの世界を滅ぼしかねない程に強いかもしれません。僕だって、勝てる自信はないんですよ。」僕はそう言ったのだが、正直なところあまり実感はなかった。あの『異界の勇者』と戦った時の事を思えば……恐らく負ける事はないだろうと思っているからだ。でも、もしもの場合を考えるならば油断はできないと思うのだ。だからといって最初から本気で戦えるほど余裕があるわけではないけれど……。


(僕があの『異界の勇者』と戦って勝ったのは全て……『神獣王レギンレイブ』がいたからだと思う。だけど、あの『闇魔王』に関してはまだ何もわからない事が多いんだよね……。だからこそ……不安もあるんだけどさ。とりあえず……今の段階では戦うべきじゃないかもなぁ……。)「そんな事が……。でも……それなら……安心しました……。」と言って『勇者の聖剣』を持つ少女は僕に向かって笑みを浮かべた。


そして、僕とリスタちゃんは二人で歩き出す。暫く歩いているうちにモンスターに遭遇するが、僕は簡単に倒しながら先に進んで行くのだった。そして、僕たちはボス部屋に辿り着く。僕たちの前には大きな門が立っていた。


「やっと、ここまで来れたわね……。」と、リスタちゃんが言うのだった。


僕らは大きな扉を開く。その先は今までとは違う光景が広がっていた。天井の高さは30m以上はあるだろう。広さとしては体育館より広い感じだ。部屋の中は真っ暗だったが、僕は『勇者の眼力』と『魔力視』を使って辺りを確認すると、すぐに『闇魔法無効』、『物理耐性』、『魔法吸収』というスキルと『魔封結晶』を発見する。そして同時に僕たちの背後に『影魔法』によって作り出された無数の『闇魔法・黒球』が襲い掛かってくる。


(ふむ……。この感じからして……。闇勇者の『闇魔法』だな……。という事は……。ここは間違いなく『闇迷宮』の中の階層みたいだな……。それにしても……『闇魔法』が使えるのは予想通りだったけど……。このタイミングで攻撃されると、流石に焦るなぁ……。)僕は背後から迫る闇魔法を回避して、さらに飛んでくる『闇の槍』を避けていく。僕には当たらないけれど……リスタちゃんに当たる可能性もある。だからと言って全て防ぐ事は難しい。


(それにしても……。これくらいはどうにかしないとダメだよなぁ……。この子には傷一つ付けたくない。)僕はそう思うのだった。


僕はとりあえず、リスタちゃんを守るようにしながら前に進む事にする。そして、僕は剣に『勇者の光』を込めていく。


そして『闇魔法』の数が少なくなり……『闇魔王』の姿が見えるようになるのだった。そこには『闇魔法』を纏いながら宙に浮かぶ『魔王(本物?)』が浮いていた。


(うん……。なんか普通に人型の悪魔みたいな姿をしているな……。まぁ、別におかしくもないんだけど……。でも……本物の闇魔王だったら……。きっともっと凶悪だろうから……。多分これは、闇勇者が生み出した紛い物だろうね……。……ん?待って……。確か、偽物の『魔王』がいる場合は魔王城の中に転移するはずじゃなかったけ?という事は……。偽物の『魔王』を倒した場合……魔王城の中へ飛ばされるってことかな?まぁ……その前に倒せばいい話か……。それにしても、よく考えたら……偽物の『魔王』を倒した後で、偽物の『魔王』が出てくるとかどういうことなんだ?しかも、こっちは本物っぽい雰囲気がするし……。でもまぁ……。どちらにしろ、倒すしかないか……。)と、僕はそう考えながらも……偽物とはいえ闇魔王に攻撃を仕掛ける事にした。僕は一気に加速すると闇魔王を斬り裂くのであった。


(あ〜あ。これはまずいなぁ……。まさか一撃で殺されそうになるとは……。)僕は心の中でそう思った。僕の目論見としては……相手を殺すのではなく、気絶させればそれで良かったのだ。だけど……実際は……。一瞬の隙すら見せることが出来なかった。


(う〜ん……。困ったな……。『勇者の力』を使いまくってるせいなのか……?どうも、調子が出ないような雰囲気がある……。まぁいいや。このままでは……ヤバいかもしれないけど、やることは変わらないからな……。仕方ない。ちょっと強めにやろうか……。……といっても、『聖剣術奥義』はまだ使えそうにないしなぁ……。あれって威力がありすぎるから使えないんだよねぇ……。『光剣術奥義』『風術奥義』は……。そもそもこの闇相手に効果があるか分からないし……。となると……。やはり『勇者の奥の手』を使わないといけないのか……。あんまり、こういうところで使うべきではないんだろうけど……。)


僕は自分の体を見て溜息をつく。


(ん?なんでこんなにもダメージを受けてるんだ?僕はただ『斬撃』を放っただけだぞ?それが、あんなにもダメージを与えられるとは思えないけど……。一体何があったんだろう?まさか……。『魔王化』の影響でステータス値が大幅に上昇してるから?……いや、それはないか……。そもそもあの力はそんな単純なものじゃない。もっとこう複雑なものだし……。単純にステータスが上がるだけではないだろう。……いや、でも……待てよ……。そう言えば、前にも似たようなことがあったな……。確か……アレハが……魔王化してたっけなぁ……。あの時は……そういえば、僕の『勇者の能力』のレベルが上昇したんだったな……。だから、そのおかげで強くなったわけだし……。ということは……。レベルの上昇によって何か特殊な能力が備わる可能性があるということなんだろうか……。でもなぁ……。そもそも僕は、この世界に来てからレベルを上げてはいないしな……。まぁ……そういうのはおいおい調べていこう……。今、考える事でもないしね。)と、僕が色々と考えていると、『魔王』の『暗黒球体』と、リスタちゃんが『聖剣』と『神聖盾結界』を駆使して戦っていた。しかし、相手の数が多いうえに手数が圧倒的だったので少しずつ押されている様子だ。


僕は援護するためにリスタちゃんの元へ駆け付けると、リスタちゃんを守りつつ戦う。そしてしばらくすると、『闇の槍』による攻撃が来るのだが僕がリスタちゃんの前に立ってそれを『光の障壁』で弾いていると突然『聖勇者』であるリルさんが現れた。


そして、「私も戦います!ユウトさんだけに、良い格好させられません!」と言いながら参戦してくるのだった。


そして三人になった僕らは『闇魔王』の放つ攻撃を弾き飛ばしている。すると、リルさんの身体から淡い光が漏れ出していくのが見えたので僕は驚いてしまう。なぜなら……その光景に見覚えがあるからだ。そう、かつて出会ったもう一人の『勇者』と全く同じ状況だったのだ。そして……僕は再び嫌な予感を感じるのだった。


(……いや……さすがにそれはありえない……。あの人は、既に死んだ人間なんだ。……でも……この状況……。あの時と同じことが起きているような……。だとしたら……この『勇者』もまた……死んでしまった可能性が高いんじゃ……。)


僕はそう思うと目の前の『闇勇者』と、死んだ『勇者』が重なって見えたのだった。そして……僕は少しだけ混乱してしまったのだった。


「ふぅ……。これで終わりましたね。でも……本当に驚きました。リスタとユウトさんの二人で『闇の魔王』を倒してしまえるだなんて……。やっぱり、二人共凄いんですね。私は正直あまりお役に立てませんでしたが……。」と、申し訳なさそうに言うリルだったが僕はそれに対して言う。「いえ、リスタを守ってくれていただけでも助かります。それに、『闇の槍』の攻撃は本当に厄介ですからね……。本当にありがとうございました。」僕が笑顔で言うとリルは「えぇ……。それくらいなら任せてください。それに、まだまだ力になれそうなので頑張りたいと思っておりますので、これからもよろしくお願いしますね。」と言ってくれたので僕が感謝の気持ちを伝えると嬉しそうな顔をするのだった。そしてその後僕たちはボス部屋の出口へと向かって歩いて行く。途中途中で僕たちは魔物と戦いながら進むが、その度に僕たちはどんどん先へ進みとうとうボス部屋の出口の前まで辿り着くことが出来た。僕たちはついにこの迷宮の外に出られると思い、僕たちは歓喜したのだった。


僕は迷宮の外の世界を見た。迷宮の中とは違い眩しく感じるが、僕はすぐにその違いに気付いた。


(あ……。これ……迷宮の中の空気に似てるような……。でも……なんだろ……。違和感があるな……。)


僕たちはその迷宮の入り口のような所を通って外に出たが外の風景にどこか違和感を感じた。だが、今はとりあえず先に進めないといけなかった僕は、リスタちゃんと二人で森の方へ向かって歩き出すのだった。暫く森の中を突き進んでいくとようやく森の切れ間のようなものを見つけそこから出た。そして、そのまま歩いていると小さな村を発見するのだった。そこで僕は休憩がてら食事を取り、今後の事を考えてみることにする。そして……とりあえずは情報を集めようと決めてから村の人に会うために行動するのだった。それから数分程歩くとお店の並ぶ道に出たため……そこを進んで行き……僕は一軒の小さな店に入る事にする。すると中には店主がいて僕たちを見ると慌てて話しかけてくる。


そして僕はここが何のお店で、どうしてこの村に辿り着いたかを簡単に説明する。すると、どうやらこの村は近くの町まで物資を買いに行く際に寄る事の出来る唯一の場所でかなり栄えているという事が分かったのだ。(なるほど……。この世界ではこういう場所が必要なんだな……。……それにしても、ここまで大きな町にこの距離しか歩けないというのは厳しいな……。)


と、僕は思いながらも、一応は必要な道具などを購入してお金を払うと、リスタちゃんと共にその場を離れてまた移動する。


移動中……僕は改めて周りを見渡してみると、今までの経験から……おそらく僕のいた世界には存在しないであろう生物がいた。そう、僕は今、異世界に来てしまっているという実感を強く感じている。しかもここは日本ではない別の国なのかもしれないと思った。


まず一番気になるのが言葉が通じるという点だろう。僕は最初こそリスタちゃんの話を聞いていただけで、話せなかった。しかし、何故か今ではこうして話すことが出来ていてしかも、相手が言っていることも理解できているのだ。この不思議な点は恐らくこの世界で生きていく上で、僕が凄く助けになってくれる点の一つだろうと思うのだった。


次に目に入ったものといえば……それは食べ物だろう。見た目は完全に日本で食べたことのあるような物ばかりで非常に馴染みやすい物ばかりなのだ。さらに驚いた事は……見たことがないはずの物が普通に売っているということなのだ。そのことに不思議に思った僕は質問をしようとした時にちょうどその店の主人が僕たちの方を見ていたのか声をかけてくる。


その主人の話によると、どうやらこの町では普通に流通し始めているらしく、しかもこの辺りではありふれたもので……特に珍しいものではないようだ。


僕は色々と聞き込みをしているうちに色々な情報が手に入ってきて、ある程度の現状把握は出来たように思えた。


まずは……この世界の通貨は硬貨であり、鉄貨一枚=100円、銅貨1枚=1000円、銀貨1枚=10万単位、金貨が百万円単位となっており、庶民には手が出せない値段だということが分かった。他にも冒険者などの一部の職業に就く者にはギルドカードと呼ばれる特殊な証明書を持っており、それを持っているものは誰でも無料で依頼を受ける事が可能だそうだ。そして僕が欲しいと思っていた地図を手に入れることができた。どうやらこの近くには比較的安全なダンジョンがいくつか存在するそうでその情報を入手したのだ。その他にも、僕にとっては嬉しい事実があった。なんと僕のステータス画面にレベルという概念があったのだ。これにより僕の能力を確認することが出来るのだが、この世界に来たばかりの時とは比べられないほどの能力に上がっていたのだ。それを確認した僕はこの能力のおかげで僕自身の力が上昇したのかもしれないと考えた。なぜなら、この世界に来る前はレベルが一つ上がるたびにステータスが数%上昇していたが、この世界ではレベルが上がると、その上がった分が能力に上乗せされていくような気がしているからだった。


(ふむ……。レベルが一つずつ上昇するごとに能力の上昇が倍になっているって事か……。もしかしたらステータス画面の数字も上昇に合わせて変わっているんじゃないだろうな?……んー。よくわからないけど……まぁ、いいや。それよりも、もっと大事な事がある。……そう……僕は遂にレベルを上げることができるようになったんだ!これは素直に喜ぶべきだよね。だって、僕の目標がついに現実味を帯びて来たのだから。)


僕は内心では喜びつつも表面上では冷静さを装い、その後、リスタちゃんに案内されて僕たちは目的の場所である町を目指すのであった。


僕たちは今、町から大分離れた草原にいる。理由はいくつかあり、その一つが……食料を確保するためだ。実はさっきからずっと魔物が襲ってきているのだが、僕はそれらの対処に追われている最中だったのだ。僕がリスタちゃんを守るようにして魔物と戦おうとするがリスタちゃんは何かの加護があるのか、凄く強いのであまり出番がなかったのだ。そして……しばらく戦い続けていると、ようやく最後の魔物を倒し終えることが出来た。


それから僕は戦闘後の後処理をするべくリスタちゃんに言う。「……はぁ……はぁ……。リスタちゃん……。とりあえず、終わったよ……。でも……本当に助かったよ……。本当にありがとう……。」僕が息を整えながら言うとリスタちゃんが微笑みながら「お疲れ様でした。私は何も出来ませんでしたし……むしろ、私の方が感謝すべきですよね。本当にお礼の言葉しか出てきません。ユウトさん、これからもこの調子でよろしくお願いしますね!」と言ってくれたので僕が「もちろんだよ!こちらこそ、色々迷惑かけるかも知れないけれど、頼りにしてますね!」と言うと彼女は嬉しそうに「ふふふ……。そうですか……。じゃあ……もう少し頑張りましょうか!」と言ったのだった。そしてそれから少し休憩した後で再び歩き出すことにした。


そして……しばらく歩いているとようやく町に辿り着くことに成功するのだった。そして僕はこの世界をより知るためには色々情報収集をしなければいけなかったため町を見て回ることにしたのだった。それから数時間後……町中を一通り回った僕は最後に教会に向かうことにした。何故ならば……そこに女神がいる可能性が高いと思ったからだ。僕はそう考えたため向かう事にしたが……。……おかしいな。教会は何処にもなかったぞ……。僕は疑問に思いながらもとりあえず町の人に聞くことにすると、何となく予想していたとおりに、教会の場所は分からなかったがその場所の情報を入手することは出来たのだった。ただ、その情報はかなり曖昧なものだった。というのもその場所の正確な位置は分からないのだが、どうやら町の外から離れた場所に存在するらしくて、そこまでの道がかなり険しくて危険だということだった。僕はその話を聞いた瞬間に、すぐにでもそこへ行ってみたくなったため……すぐに出発の準備をしてリスタちゃんと相談する。リスタちゃんはすぐに賛成してくれたので僕たちは早速出発することにするのだった。


目的地へ向かう道中に何度も戦闘を繰り返してきたが何とか無事に到着することが出来たのだった。


到着した僕は少しだけ安心してほっとするが、やはり……まだ不安が残ったままだ。


(……はぁ……。……とりあえず無事に到着できたけど……。本当にここが安全なのか……。……うん。ここで考えててもしょうがないからとりあえず入ってみるしかないよね……。)


そう思った僕は意を決して建物の中に足を踏み入れるのだった。……そして……建物の中に入り少し歩いた所で……目の前に大きな魔物が現れる。僕たちは魔物が現れたのを確認するとそれぞれ臨戦態勢をとる。そして僕たちは魔物に対して攻撃を開始することにした。すると魔物は雄叫びをあげながら僕たちに向けて突っ込んでくる。僕はその攻撃をギリギリで回避しながら反撃をすると魔物は怯んだ様子を見せるが、それでも構わず向かってくるので今度は僕が攻撃を回避しようとすると、リスタちゃんが魔法を使って援護してくれる。その結果魔物の突進が途中で止まってしまい魔物がその場でジタバタとしているのを目にすると……その隙を狙って一気に距離を詰めると僕は拳を魔物に叩きつける。すると僕の拳は見事に魔物の頭部を捉えて粉砕したのだった。僕は倒した事を確認すると、すぐに振り返るが、その時にはすでに遅かったようでリスタちゃんが襲われていた。僕は咄嵯に剣を抜くと……そのまま切りかかる。そして、そのまま剣を振り下ろしていると、相手の魔物に剣が命中し切断に成功するのだった。僕はそれを確認したのと同時に素早く距離を取るとリスタの方を向くと……彼女もまた相手を倒していてホッとした。だが、その安堵は一瞬だけだった。


何故かはわからないが……嫌な予感を感じた僕は、すぐに周囲を警戒するように視線を動かそうとするが……そこで異変が起きたのだ。なんとその気配を察知した場所には巨大な腕が生えてきたのである。僕はそれを確認して……驚きと絶望に包まれそうになるも、何とか気力だけで踏みとどまり、再びリスタちゃんの方へ駆け寄るのだった。だが、既にそこには魔物が存在しており……その鋭い爪によって僕は腹部を引き裂かれてしまうのであった。


「ぐはっ!?……ッ!!!?」


僕はあまりの痛みに耐え切れずその場に膝をつく。僕は必死に痛みを抑えようと試みるが上手くいかない。僕は自分の傷口を確認してみると……それはもう見ていられない程の状態だったのだ。


僕が腹から出血していて動けず倒れそうになっていた時……リスタが駆けつけてくる。そして僕の様子を見るなり顔を青ざめさせると慌てて回復術式を発動させるのだった。


(……これはまずい。早く治さないと僕たちが死ぬ!!それだけじゃない……。僕のせいで……。絶対に助けなきゃ……。でも……どうすれば……。くそ……どうすりゃ良いんだよ……。どうしようもないのかよ……。)


僕はそんなことを考えていたが、その時……ふと思い浮かんだ考えがあり……それを試すために僕は最後の力で立ち上がる。それに驚いたリスタは急いで近寄ってくると、僕の体を心配そうに抱きしめながら叫ぶ。僕はリスタちゃんの声を聞いて少し嬉しくなりつつ、ある事を確認するべくステータス画面を開こうとするが……意識が飛びかけていてうまく開けることができない。その為……僕は仕方なく、リスタに話しかけることを選択する。


「ねぇ……。……はぁ……はぁ……。ちょっといいかな……。……あのさ……ステータスを開いてほしいんだ。」


そう言いながらステータス画面を開くようにお願いする。すると……彼女は戸惑いつつも……僕の言うことを聞き届けてくれようとするが……その前に敵が襲いかかってきたので彼女は僕を守ろうと抱きつき庇ってくれるのだった。そして僕が……なんとかステータス画面に目を通していると、そこに表示されていたものに衝撃を受けることになる。なぜなら、そこには『レベルアップ』の文字が表示されており、それと同時に能力がどんどん上昇していることがわかったからだ。そのことに驚愕している僕は、今まさに殺されそうなところなのに……それどころではなく、その能力の上がり具合のすごさに……ただ驚くしかなかったのだ。…………そして……。しばらくして僕の怪我が回復したのを確認する。リスタは驚いていたが……それよりも僕の能力がとんでもないことになっていることに気づき……そして僕が無事であることを理解すると……安心から泣き始めてしまったので……僕は優しく彼女の頭を撫でるのだった。


「えっと……それで……何の話だっけ?」


僕は彼女が泣いてしまった理由がよくわからなかったのだが、とりあえず落ち着いてきたような気がしたので声をかけると、どうやら先ほどのことを思い出したのかハッとすると、「は、はい!あ、ありがとうございます。その……。助かりました。それと、申し訳ありません……。ユウトさんが瀕死の状態だと知っても私は怖くて動こうと思えなかったのです……。ごめんなさい……。本当にすみませんでした……。」と謝った後で、自分が何をやっているのかを理解したようで慌て始めるので僕は苦笑いをしながら気にしていないと伝える。


するとリスタちゃんも落ち着いたようで真剣に話し始めたので僕も改めて彼女に向き合うことにした。彼女は深呼吸をして落ち着くと……。僕に言うのだった。


僕はこの世界で生き残るためなら何でもする覚悟があるのだが、どうしてもリスタにだけは死んでほしくないと心の底から思っていることを伝えると……。僕の言葉が信じられなかったのかリスタは呆然とした後で「私の為にそこまで……。嬉しいです……。」と言いつつ涙を流し始めたのだった。……僕は彼女を宥める為にリスタちゃんの背中をさすってあげるのだったが、そこで僕が思っていたことが間違いだったのに気づく……。


だって、そうだろう?僕が「はぁ……。やっぱり、こういう展開は……。まぁ、しょうがないけど……。本当に……僕なんかのために……。本当にありがたいんだけど……ね……。うん、そうだね……。」と呟いているとリスタちゃんがキョトンとした表情をしていることに気づいた僕は思わず言ってしまったのだ。……そう、僕がつい本音を口に出してしまった事をだ。そして、それが意味する事を僕はすぐに理解してしまうのだった。そう……僕たちはこれから魔王と戦う事になるはずなので、これから戦い続けていくためには仲間を増やすべきなのだが……。その最初の1人目として選んだ女の子に、この世界のゲームの主人公を投影させてしまって……あろうことか僕自身を見失っていたという事実に気づいてしまう……。つまり、リスタの涙を見た途端……僕は僕自身を取り戻せてしまっていたのだ。


僕はこの世界に来て……いや……元の世界に居た頃からずっとこんな風にして生きていたなと思い返す。


何という事だろうか……。僕はいつも……他人の為を思って行動してきたつもりだったが……本当のところは違ったようだ。結局は自分の事だけを考えていて、常に他人がどうなっているかなど考えずに自分の気持ちを優先させてきただけなんだと気付かされる。そして……リスタを守れなかった場合どうなっていたかを想像する。


多分、僕は彼女の優しさにつけ込んで依存していたことだろう。そして……彼女が困っていたら僕自身がどうするかを考えた結果……彼女と一緒に行動することになっていたと思う。それこそ命をかけてまで……。


でも……。僕には出来なかったはずだ……。いや……出来ていたとしても、それは本当に一瞬のことですぐに元の行動原理に戻っていたと思うのだ。そう思うと今までの人生が無駄ではなかったと思い少しだけ救われた気分になることができた。僕はこの世界に来たばかりの頃を思い出すと……。この世界を生き抜くと決めてからは……必死で生きて……生き延びて……。それしか考えてなかったからね……。そしてリスタの方を向くと彼女は僕を真っ直ぐに見つめながら何かを言いたげにしているのが見える。……僕としてはそんな彼女の言葉がわかるわけがなく困惑していたが、何故かリスタがこちらを見て微笑んでいることに気づく。……なんで?……なんでこの状況でリスタちゃんが僕に向かって笑みをこぼしてるの?僕は混乱しつつも考える。


――……もしかしてだけど……リスタは僕のことを信頼してくれてるのかもしれないな…… そう思いながらも「えっと……リスタは僕と行動を一緒にしたいんだよね?そのつもりで良いのかな?」と尋ねるとリスタは「は、はいっ!!」と元気に答えてくれる。その瞬間、僕は……リスタとパーティを組むことになったのだった。


そしてリスタとの話をひと段落させた後にリル達の方を見る……。するとそこには……あの男性がリル達に対して土下座をしていたのだ。僕はその光景に唖然となり、どうして良いのか分からなくなるも……僕が固まっている間に話が進んでいたらしく、リル達は男性の申し出を受け入れ、彼の案内のもと脱出するのだった。僕はその様子を見守っていたのだが、リル達が去っていくのを確認したところでようやく動けるようになる。


すると今度はリスタが話しかけてきてくれて僕の事を心配してくれたのだった。だが、僕は特に怪我もなく無事だったことを伝えると、彼女は「良かった……。私のせいでまた、ユウトさんが危険な目に遭うなんて考えたくなかったので……その事に気づかれてしまえば私はきっと立ち直れません。」と言ってくれたのだ。


「えっ!?そ、そんな事はないよ。だから安心して?」


僕は慌ててリスタを励ますことにする。だが、僕は気付いていなかったがリスタが言った内容こそがまさに僕の気持ちだったのである。


そして僕が先ほど思った事が間違っていたことにここで気付く。僕は僕の気持ちを優先していただけだ。リスタの事だけを思って行動していたわけではないのだ。僕が助けたかったのは自分自身の為であってリスタの為ではない。リスタを助けるというのは僕が自分の都合でやったことに過ぎず、リスタにとってはむしろ邪魔な行為だったに違いない。僕はそれに気付き愕然とする……。僕は一体……何をやっていたのだろう。いや、わかっているつもりになっているだけじゃないのか……?と。そんなことを考えていた時だった。


僕の元に一人の男性が訪れる。……それは……さっき僕を殺そうとしたあの人なのであった……。


(……うわぁ。マジで来ちゃったよ……。これって……完全に詰んでないですか?)僕は心の中で叫ぶ……。だがそんな風に動揺していても事態は何も変わらない事は明白であり……どうしようもない。僕は諦めることにする……。すると……男性は「勇者殿、私の勘違いであれば大変申し訳ないのですが、どうもお怪我をされているようですので手当をさせていただいてもよろしいでしょうか?」と言うので「お願いします」と告げる。そうすると傷口を治療してくれた。そのおかげでかなり楽になったのだが……僕は疑問に思うことがあり彼に聞くことにした。


彼はどうやらここへ来た理由は……僕を拘束した理由を説明しにきたらしい。そして彼が言うには……ここに僕が来たときにすでに魔王軍側のスパイと判明しており……僕を殺す予定でいたというのだ。ただ……さっきも説明したが、リスタに一目惚れをしたらしく、なんとか引き止められないものかと考えていたところだとか……。その辺のことを詳しく聞いた上で僕は納得することにした。そもそも、あの時は死ぬ直前だったし……。それに僕は最初から殺される予定だったのだろうから……それならリスタを助けられてラッキーだと思うことする。すると……。


僕はこの人が嘘をつくような人物には見えないと思ったので素直に聞いてみる。すると、どうやら……この人は元々はこの国の王様の近衞兵で、リルが女王になってからは彼女に仕えており……。今回のことも事前にリルが教えてくれていたということだった……。僕はその話を聞き終えると、「わかりました。ありがとうございます。あなたのおかげで助かりました。」とお礼を言う。……これで本当に僕たちはこの国とは縁が切れたと僕は思ってしまうのだった。


それから僕は改めてリル達の方に視線を向けるのだが……。そこではリル達がなぜか睨み合っているのが見える。


「ねぇ、リスタちゃん。どうしたの?もしかして……。」


僕は小声でリスタちゃんに声をかけてみる。すると……どうやら僕たちが揉めていると思って心配したリルが話を聞きに行ったら……いつの間にかいなくなっており、どこに行っていたのかを質問されたようでリスタが困っているのだった。……僕はその様子を見た時に……リル達がこの世界で生き残るために、この男を仲間に引き入れたかったんじゃないかと思い当たる節が色々あったことに気がつく……。そう、彼らは……この世界のゲームの主人公のように自分達を導いてくれる存在を欲しているのではないかと……。


僕はそれに気付いた時点で何も言えなかった。……なぜなら僕が口を出す事で余計なフラグを立てて……面倒くさい事になる可能性があったからだ。僕はとりあえず成り行きを見守ることにしたのだった。


「ねぇ、リルちゃん。私からもお願い。私達はリルちゃんの仲間になりたいんだよ。だから……私も連れて行って!」そう言ってリルに頭を下げる。


「リスタちゃん!私もね、ずっと考えてたんだ。リルちゃんが困ってるのに私が力になれなくて悔しくてね。……だってそうでしょう?リスタちゃんだけじゃなく、魔王軍の奴らも敵なのに、今の私たちには倒せないって……。そう思うとね……もう黙っていることが出来なくなってたの……。でも……それでも私は……。ごめんなさい、やっぱり……まだ怖いです。だから……リルちゃんと一緒に行かせてください。絶対に足手まといにならないから……一緒に戦わせてほしいです。……だめ……ですか?」


「ダメじゃないけど……。でも……いいの?その……私なんかの為にそこまで考えて貰えて……。嬉しいんだけどね。私としては凄くありがたいんだけど……。リスタがそこまで言ってくれるのはすごく嬉しいの……。」


そんな二人のやり取りを見ていて僕は感動してしまう……。僕は二人とも凄いなと思いつつ……。僕は今更ながら自分が情けなくなる。なんで僕だけがこの場にいるのだろうと考えてしまうのだ。僕がもしこの世界の主人公のようになっていたならば、もっと上手くこの場面を切り抜けていたのかもしれない……。だが……。僕は自分の事を考えずに他人のために行動することしかできない……。それは僕の強みではあるかもしれないが同時に弱点でもある。だからこそ今までは他人の為の行動をする事だけに集中していれば良かったのだけど……リスタを助けた事によってそれが崩れてしまったんだ。その結果……こんな状況になってる……。そしてそれはこれからも同じ事が言えるはずだ。


――僕は今までずっとリスタの事だけを考えていた……。それはつまり僕の中では一番優先すべき事項だったからだ。それが揺らいでしまったことで、僕は自分の事を考えるようになったのだ。その結果……リルやあの人のことを優先できず、そして結果としてこの状況になっている。リスタを助ける事ができたとしても、リスタと一緒にこの世界を生きる事を選べれば問題はないと思う……。だが……。


僕の本音としては……。このままリスタ達と共に行動して、魔王軍と敵対して、いずれ……この世界を滅ぼそうとする悪の組織と戦うことになるという可能性があるので、そうなれば、いつかは必ず後悔することになる気がして仕方がない。僕にとっては大切な人達が死ぬ可能性が高いからこそ……リスタ達を助ける事に抵抗があったのだから……。だからと言ってリスタと一緒にこの世界に残るというのも違う気もする。……これは僕の考えだが……。多分だが……『勇者』の加護を僕が所持しているということは、世界を救う役割を課せられる可能性があると思っているのだ。


僕の場合はその可能性は高いとしか言いようが無いが、他の人たちの場合だとどうなるかはわからない。だけど、そんな運命を背負って生きていくのは難しいので僕はそれを嫌だと思っていた。僕に出来ることは限られているが……出来る限りその与えられた役割を果たすようにしようとは思っていたのだが……結局、僕にその力が有ろうと無かろうと同じようになっていたんじゃないだろうか……。と僕はそう考えるとなんだかおかしくなってきてしまうのだ……。


「あの~ユウトさん?どうかしましたか?」


「あぁうん。ごめんちょっとね。リスタの方も気にしないでね?」と答えるもリスタはまだ少し不安げな表情だった。


「あのねユウトさん?」今度はリルが声をかけてくるので「なにかな?どうしたの?」と答えてあげるも彼女は答えずじっと見つめてくるだけだったので、リルの瞳を見返すことにするのだが、やはり恥ずかしくなってしまい目をそらしてしまうのであった。


そんなやりとりの後に再び皆で相談をしてみたところ、結局はリルの言うとおり全員で動くことにした。


だが、さすがに全員を連れていくのも危険があると考えた僕はリルに相談することにする。すると……、どうやらリルは一人で行くつもりらしい。そしてリスタも連れて行くと言うのだ。僕は慌てて止めたのだけど、二人は頑として聞き入れてくれなかった。それで僕も折れることにして……二人で旅に出てもらおうかと思ったのだが……よく考えたら僕も一人である。そしてこの人はどう見ても戦力になるとは思えないので……僕は諦めることにしたのだった。


(僕が二人について行くより、ここで待っていて貰った方が結果的には安全だよな?それなら……ここで待機していてもらう方がいいだろうし……)そう判断した僕は二人に提案するのであった。


それからリスタは僕に別れの言葉を告げるとリルの後を追って行ってしまったので僕はここでお見送りすることにする。……すると……。さっきの男が現れた。どうやら彼はリル達には同行せずにここに残るつもりだったようだ。そこで僕は、彼がリスタを気に入ったと言っていたので、「えっと、お名前は?」と聞くと……どうやら名乗ってすらいなかったようである。僕は彼の方から自己紹介してくるのを待っていたのであるが、いつまでも名乗り出さないので……仕方なくこちらから名前を告げた。


彼の名前はアックスという名前なのだそうだ。彼は「私はあなた様をお守りするため、お供させていただきます」と言った。その言葉に僕はどう反応したら良いのか分からなくなり戸惑ってしまうのだった。


それからしばらくの間……特に何も起こらないまま時間が過ぎていく……。僕はこの世界に来てから色々なことが起きすぎて、あまりにも退屈な時間というのが逆に新鮮に感じられてしまい……ついついボーッとしてしまっていたのだけど、しばらく経つと段々と暇になってきたので僕は何かないかと考えてみることにする……。僕はふと思い出す……。そういえば……この世界に飛ばされる前、リルに言われていたことがあるのだ。確か……。僕には『鑑定魔法』とか言うものが使えるはずなので試して欲しいと……。その事を思い出した僕は早速実行することにした。そして僕はステータスウインドウを確認する。そして僕は自分のスキル欄をスクロールしながら探すのだが……見当たらない。……あれ?どういうことだ?と不思議になりながらも僕は、次にアイテムボックスの確認をしようとしたら突然視界が切り替わり……。そこには……見慣れない景色が広がっていたのだった。


「ここはどこだろう?まさか……。転移に成功したのだろうか?」


目の前に広がる風景を見ながら思わず呟く僕。周りには見たこともない草花や木々が生えているように見えるが……なんせこの世界にきて日が浅いのではっきりと断言はできない。しかし、僕の直感がこの辺りの植生は明らかに地球のものではないだろうと囁いているのである。そして僕は自分のステータスを確認した。


すると……。なんと驚くことにレベルも職業も称号までが初期化されてしまっているのに気づいたのだ。だが、なぜか装備はそのまま残っていたので……僕はその事に安心しながらもすぐに自分の持っている装備品の中身を確認していったのだった。そして確認を終えた後でもう一度ステータスを確認するが……。やはり先ほどよりも大幅に弱体化しているようなのがわかる……。


――そして……ここからどうやって元の世界に帰るのかを考えることに。


取り敢えずは僕はこの周辺を歩いてみて回ることに決めた。そしてしばらく歩いているうちに僕はようやく人が居る場所を発見する。そこに居たのは金髪碧眼で耳が長く尖った少女であり、まるで絵本の中のエルフみたいに見える。僕は話しかけるべきかどうか迷っていたのだったが、他に誰もいなかったので勇気を出して話し掛けることにする。「あの……すいません。もしかしてあるかもしれないのですが……。この国の名前はなんと言いますか?」と尋ねる。するとその人物は「この国はシルビア王国ですが……それがどうかされましたか?」と返してくれる。僕はその答えに喜びを覚えてしまう。「よかった!やっぱりここがゲームで言うところの始まりの国って奴なんですね!」そう口にした途端、彼女が驚いた顔をしたので……もしかするとゲームって言葉を発してしまったせいで変に思われたかもしれない……。「あっいや……。すみません。何でもないので気にしないでください」と誤魔化しておく。


その後……彼女と話し合ってみたところ……この近くに街は無いらしい。だが……代わりに馬車で数日の距離の場所に大きな町があるとのこと。僕はそこで一度彼女と別れたのだが、別れ際に、名前を聞いてみた。すると彼女は自分の名前を「セシリア」と名乗るのであった。


そして僕がその場を離れて再び歩き出した時に……再び誰かが襲ってくる。今度は二人だ……。僕は即座に戦闘準備をするのだが、二人の男を見て僕は違和感を覚える。何故ならこの二人の顔に見覚えがあったからだ。それは……リルの仲間の二人であったのだ……。ただ……なぜ僕がこの二人がここにいるのかという事に驚いていると……。どうやら僕が勇者であることを知っていたようで僕に対して攻撃を仕掛けてきたようであった。その攻撃を避けた後で僕も二人に向けて反撃を行う。そして僕と男たちはお互いに剣と拳を交えることになったのだった。……だが、残念ながら……僕の方が二人を相手にして明らかに劣勢であるのがわかってしまう……。それでも何とか攻撃をかわすことは出来たので……僕は隙を狙って逃げる事に成功する。そして森の中で身を潜める。


僕は今……自分のステータス画面を開いて見てみる……。どうやら今の僕は、武器を持ってはいないらしく……。しかも体力と魔力が1になっている……。だが……。その代わりというべきか……、スキルのレベルが大幅に上昇していたのが分かったのだ。恐らくこの世界の人間が僕に使った『呪法:肉体強化(極)』の効果であろう。それに加え……。僕の称号がいつの間にやら【覚醒】になっていたのだ。


【覚醒状態


効果 :全能力が飛躍的に上昇する。さらに……この状態の時の身体能力は……神と同等になると言われている】


僕が今まで知らなかったがどうやら僕が【超回復(小)】を既に習得していたことに関係があるようであった。


――それから数分程が経過した頃。僕はこの世界に来る直前に、僕たちが出会った女性の姿を見つけてしまった。向こうも僕の存在に気付いたようだ。すると……。僕たちは互いに近づいていくことになるのだが、その時の彼女の行動に僕は驚かされた。彼女はいきなり土下座してきたのだから……。僕はその行動が何を意味するのか分からないので戸惑いを隠しきれないのであった。……それからしばらくの間は沈黙が続いたのだけど、しばらくして僕は気になることを聞くことにする。その女性はどう見ても人間ではなかったのだ。それに気付いて僕は質問を投げかけたのだ。……どうも、彼女はリル達と同じように異世界人らしい。……そしてこの世界でもトップクラスの強さを持っているそうだ。その証拠に彼女は……リル達に負けるまでは最強と言われていたそうだ。僕はそれを耳にした時、心の底から嬉しく思ってしまった。なぜならば僕がこの世界に飛ばされてからまだ一度もリル以外の人に勝てたことが無かったからである。


僕が彼女にそのことを話すと、彼女はどうやら僕の事を気に入ったらしく……。僕とリルとで戦えばどちらが強いか教えてくれることになった。それで僕は彼女と手合わせをしてみることにする。まず最初に僕から仕掛けてみたのだが……あっさり避けられてしまう。僕は何度も繰り返し攻撃を仕掛けるのだが……彼女は全く動じる様子を見せないのであった。それどころか、彼女は笑みを浮かべながら余裕の様子を見せている。そして結局は決着がつくことはなかったのである。


それから暫くした後で、僕はリルにこのことを報告するのだけど……どうやら……リルは何か思うことがあるようで「そう……。わかったわ……」とだけ呟くように言う。その声は……どこか不安げな様子にも見えるのだが、リルはそれからもいつも通りの態度を見せるので……。結局は何事も無かったかのように日常は過ぎていく……。そして、そんな毎日を過ごしながらも遂にリル達は出発の時を迎える。そして……。その日がやってきた。


いよいよ旅立つ朝になった……。僕は昨日の晩から色々と考える。リスタの件についてだ。


僕がリスタに聞いた話では、どうやらリスタとあのアックスとかいう男の仲が悪いようだが……、僕は正直言ってあの二人は似合いそうな気がしたのだ。それなのに……リスタはこの屋敷を出てアックスと一緒に行くと言ってくれたのが僕はとても嬉しかった。それで僕としては彼女を見送りに来たつもりなのだけど……。僕とリルの姿を見て……アックスに泣きついてくるものだから僕は困惑するしかなかったのである。そして僕は……リルがアックスの事を気に入ったから連れて行くことにしたと聞いて、何だか少し悔しかったのだが、まぁいいだろうと思っておく事にしたのであった。それから……アックさんが別れを惜しんで涙目になり、なかなか離れようとしなかったため、最終的に僕は彼の頬を引っ張ることで無理やり引き剥がすことに成功する。その後、リル達の旅立ちを見送る。


僕は彼女たちを見送った後に再び一人で部屋に閉じこもることにする。だが……その前に一つやりたいことが出来たのだ。実は僕には以前から考え続けていたことがある。それは……僕もそろそろこの世界で生き抜くための手段を手に入れる必要があると感じたのだ。


そして僕はリルにもらった『聖銀刀』をアイテムボックスに入れておき、僕は自分のステータス画面に表示されていた称号『聖女』を消す。その代わりに、新しい称号を獲得するのだった。そして僕はその称号の能力を発動させた。その結果、ステータスが急激に上昇していくのが確認できたのだ。その効果は驚くべきもので……、レベル10程度まで上がったはずの僕のレベルは20近くまで上昇したのであった。これなら多分この辺りの敵なら楽に倒せるはずだと思うので……僕は試しに外に出てみることにする。すると……すぐに魔物に遭遇する。僕が目の前のゴブリンに狙いを定めようとした時、何故か突然体が重くなり動けなくなってしまう。そして……僕に向かって数体のオークが迫ってくる……。これはやばいと焦りながらも、僕は必死になって足掻いてみせる。だが……それでも駄目だったのだ。このままでは殺されてしまうと悟った僕は……死を受け入れたのだったが……。その時だった。僕は何者かによって救われたのだ。


――そして……この世界に飛ばされてきて、もうすぐで一週間が経過しようとしていた……。あれからも何度かこの世界に召喚されそうになっていたのだが……今のところは全て回避する事に成功している。そのたびに……僕が手に入れた能力の一つ、『魔道通信機』を使って連絡を取ることにより……僕はリル達が無事に過ごしているのを知る事が出来た。


そんなある日の事だった。その日は朝から妙な雰囲気に包まれていて……僕は嫌な予感がしていたのだ。なので……僕はリルに連絡を取るために急いで家を出る。リルとの待ち合わせ場所にたどり着くと……。リルがそこに居て……なぜか僕を見て微笑んでいるのだ。僕と目が合うと、急に真剣な表情へと変わり、僕に対して話し掛けてきたのだった。


「ごめんね、ちょっと時間を取らせてもらうわ。私とこれから一緒に冒険に出かけない?あなたと私の二人で」……そう言った後でリルは真剣に僕に視線を向けるのだった。


僕はリルに連れられて森の奥の方へと向かう事になった。だが……森の中で、ふとした瞬間にリルは「ねえ、もしかしたら私たちって、凄い人たちと出会うことになるかもしれない。もしかすると、勇者様の加護を持っているかもしれない」と言い出すのである。勇者って言葉を僕は初めて聞く言葉であり、意味がよく分からなかったのだが……僕にもよく分からないので……とりあえず話を合わせておいた。


「へぇ……。それって……僕でも分かるの?」僕はそんなことを尋ねてみると……。リルは苦笑いして「そういえばユウキってそういう人だったよね……。勇者っていう言葉の意味くらいは知っておかないと……。一応説明しておくと……勇者って呼ばれる人の中には、普通の人の常識が通じないものも含まれてるんだって。ほら、ユウトだって、私がどうして『魔道具作成師』の称号を持ってるのか気になるでしょう?」


僕はそこでハッとする。そうだ、僕は今まで、ずっと気になっていても聞かなかった事があった。そもそも僕が知っているリルという少女は『剣士』であって……確かに称号は持っているが『魔道具職人』などという職業は聞いたことがないのである。そして、僕はこの機会を利用して彼女にそのことを質問してみることにしたのであった。


「うん……。そうだね……。ところでさ……、リルはなんで……この世界にきてから、魔法を使おうとしてないの?僕も最初は気付かなかったんだけど……リル、いつの間にか魔法を覚えていたみたいだしさ……。だから、リルが覚えているのは、『剣士』としてのスキルだけだと思ったんだよ……。もしかして他にも使えるようになったスキルがあるんじゃ無いのかな?」


僕が疑問をぶつけるとリルが驚いた顔を見せたあとに少し困ったような顔を見せてくるのが分かった。リルはその事に答えるべきかどうか迷っている様子でもあったが、リルがしばらく悩んだ末に口を開く。


「えっと……。その事はいずれ話すよ。それに……まだ言えない事があるの。だから、今は秘密にしておいてくれないかな……。今度、落ち着いた時に教えるから……」


僕とリルが会話を交わしていると、どうやら目的地についたらしく、その場所を指差してくる。そこには洞窟があって……入り口付近に二人の男が倒れている姿が視界に入るのであった。僕はリルの顔を見るとリルは黙って首を縦に振ってくる。僕はリルに促されて男たちの元へと歩いていくと、僕は意識の無い男二人に『ヒール』をかけるのであった。どうやらこの人たちは、命に関わる状態ではなくて本当に眠っているだけの様子だったので一安心である。だが、そのおかげで、僕は、この場所が何処であるのかわからず……僕はリルに助けを求めることにする。


「ここ……どこなのか分からないんだけど……。僕たちさ、どこにいるのさ……教えてよリル……」するとリルが「仕方がない人ね……。まあ……教えてあげても問題はないけど……。その前にこの場を離れましょう。少し……この人達に用が有るの……」


僕はリルが何を考えているのか理解できなかったのだが、リルの後を追うように歩き始める。それからしばらくして、たどり着いた場所は……見慣れた場所で……。僕たちは思わず驚きの声を上げてしまう。そこは僕の家の近所にある公園であったのだ。僕が何故リルたちがこんな場所に連れて来たのか尋ねるとリルから信じられない返答が返ってきた。リルは僕の手を取り、「いいから、こっちに来なさい」と言ったのである。


それから僕たちは人気の少ない所へと移動する。それからリルに促されるまま歩いていると……やがて僕は、あの不思議な現象に遭遇して、気が付けば見知らぬ空間に立っているのだった。それから暫くすると……僕はリルの姿を見つける。そして……彼女は、いきなり僕に対して攻撃を始めたのだ。僕はリルの攻撃を何とか避ける。だが、次のリルの攻撃で吹き飛ばされてしまう。僕はその勢いで地面に転んでしまい……。そんな僕に追い打ちをかけてくるリルに対し、僕はどうにか反撃しようと思い、剣を構える。


――その刹那だった。突然、僕に向かってきたリルの斬撃が途中で軌道を変えたのが見えたのだ。僕に直撃するはずだった斬撃は空を斬り、その先に立っていた男性へと飛んでいく。僕は慌てて男性の方を見たが、彼は既に自分の目の前まで迫っていた斬撃を避けようがなく、それをもろに食らうと、まるで壁にぶつかったかのように、そのまま後ろに弾かれていった。僕とリルの目の前には……白髪で……かなり老けた感じの男性が立っていて……。彼が僕たちの方に視線を向ける。僕がその姿に違和感を覚えたのは何故か老人とは思えない程の強さを感じてしまったからだ。


(なんだこの爺さん……。見た目から判断すると60過ぎてそうなのに、全く弱っているように見えない……。いや、むしろ……。僕よりも強いぞ……この男は……。)


僕が心の中でそう思った途端に僕は背後から強烈な痛みを感じる。振り向くとリルの斬撃がこちらに向かってくる様子が目に入った。僕がなんとかそれを回避すると……先ほど弾き飛ばされた老人の拳が僕の腹部を捕らえていたのだった。


僕は衝撃に耐えきれず後方へ飛ばされる。その時にはもうすでに、僕が受け身を取る体勢を整える暇すらなく、僕はそのまま地面を転がり、木の幹に激突してしまう。そんな無様な僕の姿を目にした老人が再び僕を睨みつけてくるのが分かり、その迫力に圧倒された僕は思わず後退りをしてしまいそうになったのだが……すぐにその老人は笑ったのである。


その事に気づいた僕は……一瞬戸惑う。僕の目の前に居るこの老人の瞳に宿る意思は本物だと感じさせられたのだ。それはつまり、彼から放たれるのは殺気であり、僕を殺す覚悟を決めていることに間違いはなかったのである。


僕はリルに対して何かを伝えようとするが声が出せず……僕は仕方なく視線だけでリルに対して助けてほしいと訴えるが……彼女が何かをするそぶりは見られなかった。そうしているうちに、再び僕の体に激しい衝撃が加えられていく。僕はまたもや後方に吹き飛び……地面に叩きつけられるのと同時に僕は血反吐を吹き出すのだった。


(痛いな……。体が……。だけど……。リル……お前の事を絶対に許さない。必ず後悔させてやる……っ!!)


そんなことを考えながらも僕は立ち上がる事に成功する。すると老人の方から「ほう……。あれを食らって立ち上がれるのか……。ならば……。これで終わりにするぞ!!」と、言い放つのが聞こえたので僕はリルを庇うような格好を取ると、その刹那……老人の拳が僕に迫ってきたのだ。僕がその攻撃を受けきった瞬間、僕は自分の体が異常な速度で動き、相手と互角以上に戦えているという感覚を実感することになる。


(これが……勇者の能力の一つ……なのかな?)


それからも僕は戦いを続けていき、僕は相手の動きを読み、徐々にだがダメージを蓄積させていくことに成功した。そして僕は……とうとう相手を追い詰めることに成功し、老人の胸に刃を突き立てることに成功する。しかし……老人は……まだ倒れる様子を見せなかったのである。


「お主の力を認め……私の全力を持って、お主に引導を渡してやろう」そう言った後に、突如として、僕の背後に巨大な壁が出現する。そして僕は後ろを振り向いてしまい……そこに現れたものを見て驚愕することになってしまう。なぜなら……そこに存在していたものは『女神像』だったからである。だが……僕にはその『女神像』に見覚えがあったのだ。それもつい最近の出来事である為だ……。僕が唖然としていたその時に老人の声が届く。


「我が『魔闘気』の前に、貴様程度の者が勝てるわけもないわ!」その言葉と共に僕が放ったはずの攻撃は老人によって簡単に受け止められてしまうのが見えたのであった。


(どういうことだ……。僕の技が通用しないだと……。それじゃあ……。一体どうやって、あの老人を倒したらいいんだ……!?


『聖光砲』を使えばあるいは……いや駄目だ……。アレを使うには『マナポーション』を飲み込んで、魔力を回復させないといけないし、そもそも僕はまだ、この力をコントロールできていない……。もし、仮に今の状態で使用しても制御できず……下手したら暴走する可能性すらある……。それならまだ……。他の方法で倒すしか方法は無い! でも……。僕に残された時間は……あまり無いみたいだし……。それに……。この力は恐らく制限時間つきのようだ……。急がなくては……っ!!)


僕が焦燥感に駆られている時、ふとあることに気付く。老人の後ろにあった『神像』の足元から白い煙のような物が噴出しているように見えたのだ。その事に僕が気づいたのもつかの間、突然、僕の体を光が包み込んだかと思うとその光が一気に拡散していき……僕から力が奪われるのが分かったのである。それと同時に僕は体を動かす事ができなくなる……。僕は……『力』を奪われた事で……その場に倒れてしまう……。僕は意識を失う直前に、どうにかして立ち上がろうとしたのだが……その願い叶わず、僕の視界に老人が映りこむ……。


(……くそ。ここまで来て負けるなんて……悔し過ぎる……。それに……リルがあんなにも頑張ってくれたというのに……ごめん……。)


僕の意識は完全に暗闇の中へと消えていく。それから暫くして僕は何者かの声を聞く事になるのだが……。それが誰かの言葉なのか分からない。だけど、どこかで聞いたことのある懐かしいような声であった。


「どうせこのまま何もせずに死ぬつもりなんじゃろ? ならば最後にワシの実験台になってもらうとしよう……」


そして僕は意識を取り戻し……目の前に広がる光景を見て愕然となってしまう……。そこには見たことの無い景色が広がり、そして……そこには一人の女性が立っているのが見えたのである。女性は黒髪の女性であり……。何故か彼女は……黒いドレスに身を包んでいたのだ。その事から考えると僕は夢を見ているのだろうか?と思えてくる。何故ならば、僕は……その女性の事をよく知っているはずなのに、どうしても思い出すことが出来なかったからだ。だが……。僕が女性を見つめている間に……突然……頭の中に映像が流れ込み、彼女の正体を理解することが出来た。……そうだ……。彼女はこの世界で最強の魔法使いの一人だった『リリス・リーゼル』だ。


どうしてこんなことになったのか僕が疑問に思っていた時、リリアさんが話しかけてくる。


「久しいのう。この姿で会っておるのは……。いつ以来であったかな?」


僕は彼女からの質問に対し答えることは出来なかった。何しろ……。僕が彼女に言葉を返すと目の前に広がっているのは真っ白の世界へと変化したからだ。……ここは何処なんだろう……と思いつつも……何故か僕はこの場所が心地よいと感じたのであった。そんな僕に対し、リリスさんが問いかけてきた。


「さてと……。まず最初に尋ねたいことがある……。そなたは何者で何をする為にここに居る?」


僕の目の前に現れた美しい黒髪の少女にそう尋ねられた僕が思った事はただ一つだけなのだが……。僕が答えようと口に出した途端、彼女は僕に向かってこう告げたのだ。


「なるほど……。まぁ……大方予想通りの反応だが……。それではつまらん。では……別の質問にするか……。では……。もう一度尋ねるが……。そなたがここで成したいことは何で……。そなたの目的の為に協力できる人物はいるのかね?」……そんなのは簡単である。なぜならば僕の目的は最初から決まっているのだから。僕には目的があるのだ。僕が成し遂げたいことが、この世界の全てを変える程の偉大な行いだとしても僕はそれを躊躇う事無く行うと決めている。僕はその為に全てを捧げるつもりで今まで生きて来たのだから……。だからこそ……。僕がやることは既に決定事項であり……それ以外の選択肢は存在しない。


「はっはっは! これは面白い。本当に面白くなったのう。だが……本当にそれでいいのかい?」


そう言って僕の前に現れたのは……リリスだった。そして僕はそんな彼女を前にすると不思議と胸の高鳴りを感じたのだった。


「そっか……。私はやっぱり死んだのね……。そしてあなたがこの世界に来る前の……前世での記憶を全て取り除いた存在になってしまった。そうよね……私にこの世界での記憶が一切ない時点で、そんな気がしてたけど……。うん。大丈夫……。私はきっと……乗り越えられる。」


僕はリルの言葉を聞いて驚いてしまう。彼女が言っていたのは僕の事だったのかもしれない。リルはこの世界を救いたかったと言っていたし……。それに僕のことを知っていたからこそ……彼女は、僕の事を気遣って嘘をついていたのかとも考えてしまっていたのだ。


(でも……。もしかしたら……リルもこの世界の住人達も本当は知らないだけで……。本当の僕は既に死んでいる可能性もあったりするのかな?)


僕はそんな事を考えてしまうが、その事を考えるよりも先に……やらなければいけない事があるのだ。僕はそんな事を思ってから目の前にいる二人の美女に声を掛けることにする。僕は彼女たちが何かを話し合う時間を稼ぐために、少し会話をしてみる事にした。


(……ん? なんか僕に対して二人共凄く優しかったような?)


僕がそんな風に考えている最中、突然……先程僕を襲った少女の視線がこちらに向けられる。僕はそんな事に気がつくと同時に体が動かせなくなったのだ。僕の体に何かが起きている。そう感じた僕は、必死に自分の状態を確認するが……。特に何かに体を縛られているとかそういう感覚は無い。……だけど体が動かないというのは事実である為、その事をリル達に説明する事にしたのだ。そして僕の説明を受けた二人は、僕の言葉が真実だと判断するとリルは真剣な表情になり、老人の方に視線を向ける。一方のリスタも険しい顔になると同時に僕に「もう少し耐えられそうか?」と言いつつ……僕が何とか動く事が出来るようにしようと色々と試しているようだったが……上手く行かないようである。


僕はそんな様子を見て申し訳なく思うが……今は少しでも早くこの状況を打開する方法を考えないと……と、考えたところで僕の思考を遮るかのように……突然、僕達の周囲に結界のようなものが出現してしまい、僕達はその中に閉じこめられてしまったのである。それを見てリルが叫ぶ。


「ユウキ君!! 大丈夫!?」


僕は自分の体の異変を感じながらも……自分の状態を正直に伝える。そして……。その状況を見たリル達が驚くことになるが……それでも僕は、自分の中にある僅かな希望に賭ける事にしたのだ。……僕は『女神像』を操っているであろう老人が近づいて来ている事を確認した上で……僕は老人を倒す事に決めたのであった。


僕はそう決断を下すと行動を開始する。『解析』の能力を使用し……自分の体を『魔闘気』に変換させながら僕は一気に加速する。そして『魔拳技』を使用した状態で、相手の攻撃を回避しつつ……相手にダメージを与えていった。


だが老人は僕の攻撃を受けても、まるで怯む様子が無かったのである。そこで僕の心には諦めの気持ちが生じ始めていたのだ。……だが僕は、そこでふと考える。何故老人の攻撃が効いていないんだろうと……だが僕はその答えを見つける事が出来ずにいた。その時だった……。突如として僕の視界に変化が生じる……。


(なんだこれ……。まさかこれが……。『聖光砲』の効果なのか……)


僕の視界は……相手の攻撃の威力や速度、その動きなどをスローモーションで見ることが出来るようになったのである。それはまさに……『聖光砲』がもたらしてくれた新たなる恩恵の一つと言っても過言ではなかった。


(よし。今ならやれる! 今なら勝てる!)


僕は改めて相手を観察することで、どうしたら相手が倒せるのかを理解したのである。僕は『神力弾』を発動させて『魔力弾』を高速連射する事により、『聖光砲』の弱点を見つけ出すことに成功するのだが……。結局……『聖光砲』を破壊するには至らなかったのであった。僕は攻撃をしながら、少しずつ後退していくと『聖光砲』の効果が切れてしまう。だがその時には既に僕は老人のすぐ側まで到達しており……次の一撃で決着を付けるべく行動を開始した。だが、そんな僕にリルが叫んだのである。


「だめ! 逃げて!!」


リルの声が僕の耳に届いた時は既に手遅れだった。僕の背後から強烈な殺気と共に衝撃が発生したのだ。その結果、僕は意識を失いかけるほどの大ダメージを受けてしまう。しかも僕の背中に激痛が走り、その痛みから考えると……。僕は吹き飛ばされる形で壁に衝突してしまっているのが分かった。だが僕の目からは意識が失われる直前に、僕の視界の端にリリスさんの後ろ姿が見えたので、僕はそのまま倒れ込むような形で意識を失ったのであった。


「……くぅ……。ここは……? 僕はどうなってるんだ?」


「良かった……意識を取り戻したみたいですね。ユウトさん。」


僕の意識が戻ったのを確認すると、目の前にリルの顔が急接近する。そんな彼女に対し僕は戸惑いを覚えてしまう。何しろ彼女は僕を抱き抱えてくれていたのである。つまり……。彼女の胸に僕が顔を突っ込んでいるような状態だったのだから。僕は急いで起き上がろうとするのだが……リルの力が意外と強く、中々起きる事が出来なかったのであった。


そして僕が起き上がろうとしているのに気が付いた彼女は……僕が目を覚ましたのを確認出来た事で安堵していた。その後、リルが僕を助け起こしてくれると彼女は心配そうな顔で尋ねてきたのだ。


「……あの……体は大丈夫ですか?……あの変な力はもう消え去ったんですよね?」


そんな質問をした彼女に僕が苦笑いを見せると彼女は安心してくれ、僕は立ち上がる。


そんな僕の様子をみてから彼女は……ある提案を口に出したのだ。


「それでユウトさん。私と……リリスが一緒に居た女性について話をしたいのですが……少しお時間を貰えますでしょうか?」


「……えっ? ああ……。はい……。」


リルの提案は断ることが出来ないものだった。なぜなら僕は、これから彼女達に会っておかなければならない理由があったからである。何故ならば、リルの兄であり……この国の王様である人物が僕に用事があると言う話なのだ。それにリリスという女性の事もあるし……。


そして……リルは「少し待っていて下さい。すぐに準備をしてきます」と言い残してから何処かに行ってしまったのであった。


しばらくすると僕の部屋に数人のメイドが現れる。彼女達は「失礼します」「お着替えを致しましょう」等と言いながら僕に迫って来たのだ。だが僕は、こんな所で着替えなど出来ないと思い、その人達の行為を止めようとしたのだ。……だが……そんな時に現れた人物がいた。リルと同じような格好をしているが髪は短髪である。だがリルとは違って少し幼い印象を受けるその人物は「何を騒いでいるんですか!」と僕に詰め寄ってくる。


その人の名はリルが口に出した名前を聞いて知っているのだが、何故かその名前が思い浮かんで来ない。だが僕はその少女と会ったことがある気がして仕方がなかった。その事を不思議に思ったが僕は少女に事情を話すと「……はぁ……。そうなんですね。……それでは私の手伝いをしてください。この部屋は少し汚れていますからね。私があなたに着付けをしてあげます。それと、あなたの身なりは一応綺麗にしておきますね。この国では女性が男性の世話をする風習があるんですよ」そう言って彼女は僕に服を着替えるように告げると……僕の服を脱がし始めたのだ。そしてその作業が終わった後……僕の体を触って来たのである。


その時に僕の頭の中ではリルとのやり取りを思い出す。僕は、どうして今……リルの名前が出て来るのか分からなかったのだ。……だが今の僕の記憶には違和感しかない。僕は、今の自分が誰なのかを認識出来なくなっていたのだ。だがその事を考えるのを後回しにした。というのも僕の背後に先程の二人の女性がやって来たのだ。僕は振り返り二人の姿を見ようとしたが……。その時、二人の女性はリルと同じ服装をしていたが……。一人だけ髪型や背丈、顔立ちが全く違う事に気が付いてしまう。そしてリルが「お姉ちゃん! どうしたの? そっちの準備は終わったの?」と言っているのを聞いて……ようやく思い出す。リルのお兄さんの事を……。


「あっ! すみません……。リル様から少し聞きまして……貴方に会ってみたくなったんです」


「私は、この人を見てからどうしても我慢が出来なくて……。ごめんなさい。ユウト殿……」


僕の後ろに立っているのはそれぞれリルの姉達だった。そして、リルの方は僕の姿を見て驚いた後に悲しげな表情になるのだが……。僕の方はそれどころじゃ無かったのである。僕は二人の女性の言葉に……混乱して戸惑っていたのだ。そんな僕の事を見た二人が……それぞれ僕の体に触れると、何かを確かめるように調べ始めたのである。


(えっと……なんでだろう。僕はこの人に凄く見覚えがあるんだけど……。それに凄く気を許しても良い気分になってしまう……。……でも、僕は一体何を忘れてるんだろう……。もしかして僕はこの人と会うのが初めてじゃない?)


そんな風に考えている僕の前で二人は真剣な表情で僕の体を色々と調べた後、リルの事をチラリと見る。それから何かを話し合ったかと思うと、その片方が僕の方を向くと口を開いた。


「とりあえず……。貴女には悪いけれど少しの間眠ってもらうわよ。」


そう言われた瞬間、僕に向かって何かが発射されたようで……次の瞬間……僕が立っていた場所は大きな穴が出来ており……その衝撃で僕が倒れ込む。そしてその事に驚いている間に僕の頭に強烈な痛みが発生した。


(痛い!! 痛いっ!!)


そんな声にならない叫びをあげながらも……僕は意識を失う。


僕は気が付くと……何処かの建物の中と思われる場所に寝転がされている事に気付く。そんな僕の視界には……僕の体を揺すりながら「ユウトさん。しっかりして!……私の声が聞こえる!? お願い! 目を開けて!!」と必死に叫ぶリルの姿が映る。……そこでようやく僕の意識が戻り始めていく……。だが、僕の体はまるで石化したかのように動かず……僕はただ自分の体が動かないのに困惑していた。そんな中……僕はある事に気づく……。僕の体は……まるで重病人であるかのような扱いをされていたのである。しかも僕の手を握る彼女の手はとても冷たく……。僕の体温が徐々に奪われていっているのが分かる程だった。……だけど僕が目覚めてもなお……彼女は泣きながら僕の体に話しかけているようだった。


そんな時……僕とリルが居る部屋のドアが開く。するとそこにリルと似た容姿の少女が姿を見せたのである。僕は彼女に対して……何か言葉を掛けたいと思っていると、突然彼女が叫んだのである。


「リル!! 何をやっているの? 早くユウト君から離れないと……彼、このまま死んでしまうわ!……ほら! 私の魔法で彼の体力を奪ってるけど……あまり長くは持たないんだから! 急いで!」


彼女はそう言うと、僕とリルを引き離そうとしてきたのである。だが、リルがそんな事を受け入れるわけもなく……「放してください! これは私がやったことで……ユウトさんは何も悪くありません! だから……邪魔しないでください!」と言い返し、僕の側から離れようとしなかった。


そんな僕達の言い争いは更に続き、とうとう僕は力尽きてしまう。そんな僕の様子を確認した少女が、リルの頭を優しく撫でてから語りかけたのだ。


「いいから、落ち着いて? 彼は死んでいないし、大丈夫だから。……それよりも、リル? 今ならまだ許せるかもしれない。……これ以上やるなら私にも考えがあるから覚悟しておくことね。……分かった?」


そんな言葉を口にする少女の顔がとても恐ろしい物に見えてしまった。それは普段から厳しい顔をしているリルが、その表情のまま黙り込んだ事からもよくわかるほどに……。その迫力に負けてしまいリルはすぐに謝ったのである。


その後、僕の治療が終わった事で僕の体の感覚が戻って来ると、リルが僕の手を握りしめてきたのだ。そして彼女の目を見ると……。リルは涙を浮かべていて僕に謝罪の言葉を呟いた。


そんな彼女の様子を見て……先程のリルの行動を注意するつもりだった僕は、何も言えなくなってしまった。そしてリルは……ゆっくりと僕から離れると部屋を出て行こうとした。……僕は、ここでリルと離れてしまうのは嫌だと思い、彼女に呼び止めて欲しいと念じようとしたのだが……その願いは届くことはなく……僕はまた意識を失ってしまったのである。


15歳の夏 僕が目を覚ますと……ベッドの上である。ここは、どう考えても僕達が泊まっている宿屋のベッドの上で、僕の隣で椅子に座ってこちらを見ているのも僕がいつも知っている女性だと言う事がすぐにわかった。なぜなら、その女性の顔には、はっきりと覚えのある仮面が装着されていたからである。


だが、その顔は、今までに何度も見たことがあるはずなのに何故か記憶に残っていない……。それに何故か僕は彼女と初めて出会った様な気分になり始めていた。だが、そんな疑問に思えた出来事などよりも先に僕は言わなくてはならないことがあったので……すぐに彼女に告げたのだ。


「ありがとうございました! 本当に、お世話になってばかりですみません……。僕は……今、目が覚めました。それで、その、助けてくれたんですよね?……リセル……さんですよね?……本当に感謝します……。」


そう言って僕は深々と頭を下げる。僕の言葉を聞いたリセルが……嬉しさからか笑顔を見せたのだ。その笑顔が、あまりにも綺麗だったので……僕の中でリリスの面影が被ってしまい……。何故か彼女を重ねてしまった。……そんな僕の事をじっと見つめてきたリセルが「ふふっ。ユウトさん。……そんなに感謝されると照れちゃいますよー」と言ってきたのだが僕は恥ずかしくて彼女と一緒に居られなくなると思い、「いえ!……本当に有難うございます」とお礼を言い続ける。


リセルは少し困った様子だったが、それでも笑みは崩さずにいてくれていたようだ。僕はそんな事がありながら部屋を眺めるのだが僕の部屋ではない事は一目瞭然だった。その理由は、窓の外に見える風景が違う事や、壁にかけられている装飾品などが僕の部屋には無いものばかりだからである。そして僕が目覚めた事をメイドの人達に伝えに来たのか、先程のリルの姉達が現れて「あっ!……起きられたんですね。よかった……。その……。お身体は大丈夫ですか?」と尋ねて来た。僕はそれに対して、大丈夫ですと答えようとしたが……その前に「あっ……。そうだ。僕……あの後倒れたんですよね。……お姉ちゃんが迷惑をかけたみたいで……。その、すみませんでした。それとお礼も言えてなかったのに……」そう言って彼女は深く頭を下げてくるのである。


僕が戸惑って居るとメイドの人達が僕の側に寄ってきて、何かしらの準備を始め始めた。そして準備が終わると僕をどこかに連れて行き始めるのであった。それから僕と、姉二人はある場所に到着する。そこには、僕が良く知った人が既に待っていたのだ。その人は僕を見つけると駆け足で僕の方にやって来て、いきなり僕の事を強く抱きしめる。そして僕の事を見上げてきて口を開いた。


「もう、遅いよ!!……私がどんな気持ちで……貴方の事を待っていたのか分からないの? どれだけ心配したと思ってるのよ? 私は、ユウトが居なくなってからの時間を一人で過ごしていたのよ? それが、こんな事になるなんて思いもしなかったの……。でも、良かった。……生きて帰って来れたのね」


そう言った彼女は、涙を流しながら僕の事をぎゅっと抱き寄せてくれる。そんな僕の視界の端に……リルのお姉さんである、アリスティアさんの後ろ姿が見えたのだ。そんな彼女が目に涙を浮かべてこちらを振り向くと……優しい表情で僕に微笑んでくれる。そんな姿を見ながら僕は「ごめんなさい。そして、有難うございました……」と伝えて……改めて皆の無事を確認する。


だがその時、僕はリルのお兄さんである……リオンさんの姿が見当たらないことに気が付いた。なので、僕は周りを見渡すのだがやはり見当たらなく……そのことを尋ねるのだが……。リリアナが代わりに教えてくれることになる。「……あの男なら……自分の家で療養しているぞ。……リセル様から聞いたが、あの戦いでリリアナ殿にかなりのダメージを与えたらしい。それが原因なのかどうかは分からんが、暫くは自分の屋敷で静養するそうだ。」その言葉を聞いて僕の心の中に複雑な感情が生まれた。


(僕は確かに戦ったけど、それはリオンさんの作戦通りであり……むしろ僕のせいで彼を危険な目にあわせてしまっている。そのことは反省しないとな。でもやっぱり、リオンさんがあんなことをしなければ……もっと楽だったと思うんだけどな)


そんな事を考えつつも……リオンさんが自分の家に帰れる状態だと聞いて僕は安堵したのである。


そんな時だった。……僕達のところに……リリスがやって来たのである。僕達はその姿を見た時、彼女が生きている事に驚いたが、何より彼女は生きていただけではなく、前よりも強くなっていたからだ。僕やリルは当然として……アリスティアですら、彼女の力の底が見えていないと悟っていたのである。そんな彼女が僕に「ユウ君!……よかったぁ……。目を覚ましてくれたのね!……安心しましたわ!」と嬉しそうな顔で話しかけてきていた。僕はそんな彼女を見ていると……ある疑問を抱いたのである。


(あれ? なんか……。いつもの彼女と違う気がする……。それに、なんだか雰囲気が大人っぽいような?)


僕は違和感を抱きながらも彼女に言葉を返していた。「ご、御心配をおかけしてすいません……。それに……助けていただいたようで、本当に有難うございます。」……僕は彼女にそれだけを言うのが精一杯だったのだ。そんな僕の姿を見て、僕の傍にいたアリスティアは、僕と彼女との間に何かあると感じ取って、僕を庇おうとしているのが分かった。


僕はこの場に居る人全員が僕を敵視してるわけではないと分かっていても緊張せずにはいられなかったのだ。何故なら、僕の知らない場所で何かがあったのではないかと、不安を感じてならなかったからである。そんな中、リルは僕が倒れてからのことを話し始めた。……僕を護るためにリリスやリヴァルと共に戦おうとした事、僕を助けるために必死だった事。だけど僕はリリスの話を遮るとリルに向かって告げたのだ。


「リル!……僕はリルが無茶をしようとしたことを知っているんだ! だけど僕はそんなことを望んではいないんだ。だから、お願いだから、無理はしないでほしい……。僕は君や皆が傷ついたりするのが嫌だから……本当に、嫌なんだ……。だから……。頼むから無茶だけはしないでくれ!」


僕の話を聞いたリルが黙り込む。そんな様子を確認した後に、僕は続けて言葉を発した。


「あと、これは僕が倒れた後の事で聞きたいことがあるんだけど……。もしかしてあの場所に居た勇者に酷い怪我とかさせられたのかな?……もしそのせいでリルが傷を負ったりしたらって思うと……。僕の方が申し訳なくて仕方ないよ。」


その言葉に対して、リルが慌てふためくと「いえ! その……。勇者様に攻撃されたのは私だけなんです。他の方々は無傷のはずですから……。」と答えるので僕は少し驚く。そしてそんな僕の表情を見てか、リルは慌てて補足を始めたのだ。その話は僕の知らない内容で……どう考えてもこの世界に関係しているはずの内容だった。僕はその内容をリルから聞かされたのだが、それは僕にとっても衝撃の内容で……どう対処すればいいのかがわからない。だが、一つ言える事は、僕の想像通り……僕達がこの世界に来た理由はリルの妹であるミリムという少女にあるようであった。


そんなことを考えていると、僕は自分が寝かされていた部屋に誰かが入って来たことに気付かなかった。その人物の声を聞いた時に僕は思わず振り返ってしまうが……そこにいた人物が誰なのかがわかると……先程考えていたことが一瞬にして吹き飛んでしまう。


僕に優しく声を掛けてくれたその女性は、紛れもなく……僕の知っている人であったからである。


その女性が部屋に入ってくるなり僕の名前を呼んできたのだ。その女性の姿を目にすると……僕は胸の中にあったわだかまりが無くなるような気分になり……僕は彼女に「リセル様!……その……。本当に、有難うございました!……本当に! 本当に! 感謝しています。貴女に助けていただかなかったら……。今頃……。僕は……。その、なんとお礼を言って良いのかわかりません……。ですが!……本当に、感謝の言葉しか思い浮かばないんです」と言って何度も何度も頭を下げる僕だったが、それに対してリセルさんは僕を止めると「いえ……。私は大したことは何もしていないのです。それよりも……。ユウトさんが目を覚ましたと聞いたのとユウトさんが意識を失っていた時のユウトさんの事を教えて欲しいと思ったのとで……。ユウトさんが目覚めるのを待っていましたの。そして……ユウトさんの顔を見れて本当に良かったです。ユウトさん、お久しぶりですね!……こうして再びユウトさんとお会いできた事……。本当に嬉しく思っています」と笑顔を見せて答えてくれるリセルさんは以前と変わらずに接してくれるのである。その態度が嬉しかった僕は更にリセルさんに感謝の気持ちを伝えるのだが……彼女は困ったように笑みを浮かべるだけだった。そんな僕の事を不思議そうに見つめていたリリスが、僕の隣に来て声をかけてきた。


そんなリリスに僕は「うん……。ありがとう」と一言お礼を伝えた後に、リリアナの方を振り向いたのである。


「ところで……さっきリリアナに質問をしたけど……『魔獣の群れ』が街まで襲ってくるかもしれないと言う事について……。詳しく教えてもらえますか?」


僕の真剣な雰囲気を感じたのかリリアナは表情を引き締めると僕に説明を始めるのだった。その内容はとても信じ難いものだったのだ。……なぜならリリアナの言う事が本当ならば……『魔物使いの魔女の呪い』は、既にこの街だけでなく国全体を飲み込んでいる可能性があるのだ。つまり……僕の知らないうちに、『癒やしの女神の聖女の使徒』の力を使えるのは僕だけではなく……僕以外の人間が、僕の代わりにその力を振るう事ができるということなのだ。


それを知った瞬間……今まで僕はこの力を使いこなせるようになるために努力してきたのが無意味だったのかと思ってしまったのだ。僕はこの国の民を救うためにも絶対に力を手に入れないといけないと思っていたのだが……この力はもう僕の力ではなく、僕の仲間達のものになってしまったことになる。


そう思っただけで僕は悔しく感じて、唇を強く噛んでしまう。そんな僕の様子を見たリリスが僕に近づいてきて手を握ると僕の事を見上げながら話しかけてくる。


「大丈夫ですよ? まだユウ君には私がいるじゃありませんか?……私は、どんな時でもユウ君の味方なんですよ? それに……。私はまだ自分の力がどんなものなのかよく理解できてないのですが……私が使う魔法の威力はとても凄いみたいで……。もしかしたら私の力を使えばユウ君と一緒に、その問題を解決できるかもしれませんよ!」と明るい口調で語りかけてきて励ましてくれたのである。僕は彼女の優しい言葉を聞くと、「有難う。ちょっと元気出たよ。僕も……もっと強くなる為にも頑張らないとな……」と答えると……彼女の手を握って微笑んでいた。


リリアナから街の現状を聞かされると、僕は考え込むような表情になってしまう。……正直に言えば、今の僕がどれだけ強くなったとしてもリリアナやリヴァルが苦戦するような敵が現れた場合……勝てるとは思えなかったのである。そして何より……自分の仲間が危険な目に遭うようなことはなるべくなら避けたいと考えていたのだ。そんな僕のことを気遣ってくれたリルが僕の肩に手を置くと「安心してください。例え何が来ようとも、皆で一緒に居ればきっと乗り越えられると信じていますわ」といって僕のことを見つめる。……そんな彼女を見ていると僕の心の中に生まれた焦燥感のようなものが薄らいでいったのだ。そして僕は改めて自分の為すべき事を確認することが出来たのである。そんな風に皆で話していたのだが、そこでリヴァルは思い出したかのようにあることを告げる。……それは……リルが倒したという……勇者リオンのことだったのだ。


僕達がリリスから話を聞こうとしていると突然扉を開け放って誰かが入ってきて……そして部屋の中の光景を見るなり怒鳴りつけていたのである。「リル! 何故ここにいる!? お前には勇者としての仕事をしてもらうぞ!」と言って、そのままリリスの腕を掴もうとする。……それをリルは止めると「お待ちなさい! 勇者であるあなたに……一体どういうつもりですか! それに……。私はもう貴方の力なんて要らないのです! 私は勇者の役目を放棄するつもりですのよ? それで文句はないでしょう? そもそも私の仕事は他の者がやっているはずですのよ? それに……貴方だって本当はわかっていたはずです。私に何を言われても、この勇者様は止まらなかったのではありませんか。なら貴方も大人しく帰りなさい」とリリスに詰め寄ろうとした男を冷たく突き放して追い出そうとする。……僕は、リリスの話を聞いていたからこの男がリルに対して酷い事をしていると分かっていたので止めようとしたのだが……その時には既に遅く……男はリリスを突き飛ばすと僕に向かって剣を向けて来たのである。僕は反射的にその攻撃を防ごうとしたが……僕はリルの言葉を思い出し、咄嵯の判断で魔法を使うことを取り止めると相手の動きをよく見て、回避に専念した。


僕に向かって振り下ろしてきた攻撃は確かに速かったが、僕は避けることに成功する。だが相手は避けられると直ぐに体制を整えると再び僕に向けて攻撃を仕掛けてきた。今度は僕に向かって連続で突きを放ち、攻撃してくるが僕は全てを避けきると、相手の様子を窺いながらどうすればいいかを考えるのである。だがそんなことを考えていた僕とは対照的に、リリスの傍にいたリルは怒りに震えていた。


「何故邪魔をするんだ? 俺はリルの事を思って言ってやってるんだ。いい加減目を覚ませ! リル!!」と叫ぶ男の言葉をリルは無言で聞くと……それから無表情のまま口を開く。


「いい加減にするのはそっちの方よ! これ以上は無駄な時間を割くわ。それにね……。今私に必要なのは勇者なんかじゃないのよ。勇者なんて……いらなくてよ! 」そう言うと彼女は右手で印を結び呪文を唱えると僕の方に顔を向けると「私は勇者よりも……貴方を選んだんです」と言い切ったのであった。そして次の瞬間に……僕の体は勝手に動き出すと、無意識にその攻撃を受け流したのである。「まさか……リルの加護が消えたのか?」と呟くと、リヴァルが僕に声をかけた。「ユウト殿……これは……まずい状況だ。」と言ってくるのだが……僕自身この状況を冷静に見極めようと考えながら会話に応じることにしたのである。


リルの言葉に対して男は苛立ちを募らせた様子で「俺のリルの力を奪おうって魂胆だろ? リルは騙されているだけだ。リル……目を覚ませよ。


そんな下衆野郎に付いて行くなんて……絶対に間違ってる!」と言った後「俺の力で目を覚ましてやる! さぁ俺の胸に飛び込んでこい! 」とか言って両手を広げると、そのままリリアナ達の所へ行こうとする。だが……リリアナはその行動を見て怯えてしまい、僕の後ろに隠れると隠れながらも相手を睨みつけて牽制するのだ。


それを見た僕は慌ててリリアナの頭を撫でると「怖がらせてゴメン。でも……。


今だけは……許してくれ」と言うと……リリアナは黙ったまま僕に抱きついて来た。僕は彼女に謝りながら優しく抱きしめると、「おい……。今すぐそこをどかないと……斬るぞ?」と低い声で男に話しかけたのである。それに対して僕は挑発をするように笑みを浮かべて答える。「あんたが何者か知らないが……。


その程度の実力で良くここまで来る事が出来たな……。それと、僕にはリセがついているから、その程度で僕を殺すことは出来ないはずだが……?」と言ってリヴァルとリリアナ、そして僕の背後に隠れていたリセルの前に立つとリヴァルとリリスを守るように前に出るのである。


「ユウト殿……気を付けてくれ……。あいつは……」と言ってリヴァルは何かを伝えようとするのだが、それよりも先に相手が動くと、先程と同じ構えを取ると……こちらに突っ込んできたのである。僕はそれを受けるために盾を構えたが……そこで予想外なことが起こったのだ。僕の前に居るリセルの姿を確認した瞬間に、男は動揺すると「リセル様……。どうしてここに……?……クソッ!」と言って舌打ちした後その場から消えてしまう。僕達は何が起こっているのか分からないままに警戒していたのだけれど……暫くしてから僕の身体の制御権を取り戻したのである。


そのことに僕達は安堵の表情になると……お互いに目配せをして意思確認を行い状況を判断しようとしたその時に、「お兄ちゃん達!! 大丈夫だったの!? 良かった〜心配したんだよ〜」と言って一人の女性が部屋に入ってきたので僕達全員は驚くことになる。なぜならその女性の声は、以前会ったことのある少女のものだったからだ。僕は思わず驚きのあまり大声を出しそうになるのだが、それを必死に抑え込むと彼女の名前を呼ぼうとするが……。それより前に女性は僕の方を見ると、「……えっと?……どちらさまですか?……どこかで会いましたっけ?ごめんなさい……」と言って首を傾げると困惑してしまう。そんな女性の反応を見た僕はリリスに「ねえリリスさんや、もしかしてこの子が『癒やしの女神の聖女の使徒』なのかな?」と質問するのだが……彼女も知らないようで困った顔をしていた。


そんな様子を見ていたリルは少しだけ考え込んだ後に、僕達にこの女性に『魔導通信』を使って連絡を取ることを提案され、その提案に乗ったのである。僕がリセルを呼び出してもらう様に頼むと彼女は直ぐに承諾して、『聖女の癒しの願い』を使うために僕から離れると魔法を唱えた。すると僕の手の中には『癒やしの女神の聖女の祈り』が出現したのを確認してから……僕は、リセルを呼び出す為に意識を集中する。そうしていると僕の目の前に現れた画面の中から、懐かしいリセルの姿が映し出されると僕は微笑んでしまう。リセスもまた嬉しそうにして僕の手を取ってきたのだ。


そして彼女が現れると……彼女は自分のことを覚えてくれていたことに喜ぶと、リルが「お久ぶりですね、リセル。


実は……折り入って相談があるのですが……」と言って事情を説明することにしたのである。最初はリヴァルが「待ってくれ! 君がリセなのであれば……ユウト君やリヴァルの事もわかるんじゃないのか? 何故そんな他人行儀に話すんだい?」と尋ねると、リセルは「わかりません。私の記憶では……皆さんと知り合った記憶はあるのですけど、それがいつのことなのかは覚えていないんです。ですから……」と言うとリルが更に続けて「だからあなたにお願いしたいのです。


あなたが本当に『癒やしの女神の聖女リセ』であるのならば……この世界の為に、あなたの能力である『聖神の祝福(セイクリッドギフト)』の力を貸して欲しいのです。この世界で起こっていることを救って欲しいのですよ。その為にもどうか私に協力してください」と言ったのであった。


そんな話をリリスから聞いてしまった僕は、自分が何をするべきなのかを考えると……やはりまずは自分の仲間のことを優先するべきだと考えたのである。


そしてリゼルがリリスを救いたいと思って、行動を起こした気持ちは痛いほどよく分かるだけに何とかしてやりたいと思う気持ちもあったのだった。


リリスの話を聞いていた僕はリゼルとリルに仲間がいるなら連れてくるので一緒に来て欲しいと告げると、すぐに二人共了承してくれた。そしてリザード族の長であるガナードも呼ぶ事にしたのである。


ガナードを呼ぶ為には一度リルが『癒やしの女神の聖女の守り』で僕の家に戻る必要があったので、とりあえずリザード族の里を出るまでは、リルが僕にリリスと二人で寄り添いながら歩いていたのだが……僕はどうしても聞きたかったことがあった。それは……あの男は何故リルの事を忘れているのかについてだった。なのでリルは歩きながら、何故男にリルのことを忘れられていたのかを教えてくれたのである。……そう……それは、リルが『神域の神の巫女姫』の加護を失っていることによる影響だと説明を受けたのであった。


僕がその理由を聞き返すと、この世界の仕組みをリルが教えてくれる。そもそもこの異世界で起こる様々な出来事は全て神々によって仕組まれていることなのだと言う。そして僕が巻き込まれた一連の騒動についても、その神様とやらの掌の上の出来事だと言うのだ。……だが僕としては、神様と言われても全くピンとこなかった。だってそうだろ? 今まで僕が見て来た限りにおいて、普通の女の子に見えたのだから……。ただリルの説明によると、この世界を管理しているのは女神であり、その力は凄まじく、この世界に転生させたのも全ては計画通りだと言っていた。それどころかこの世界を創造したのは他ならぬその女神本人なのである。……僕はその話を聞いて思わず苦笑いをしてしまった。まさか自分が居なくなった後の事まで考えてこの世界を作ったのだと思うと……呆れてしまったのだった。


ただ僕達がこの世界に召喚された理由については、リルが知る限りでは勇者を選定するために必要だったと言うことで間違いないとのことだった。


勇者をどうやって選出していたのかと言うのはリル自身も詳しく知らないようだった。勇者と言うのは特別な存在であるらしく、その魂が強靭なものでなくては駄目で……簡単に言うとその魂の強さが、ステータス値の高さに関係してくるらしい。そして勇者にはその勇者にしか扱えない武器が存在していて……リルの勇者であった時は剣で……僕の場合は盾だったというわけだ。


リルの話を聞いて僕は勇者とはなんだろうと考える。その昔……僕は確かに勇者に憧れてた。だけど今の僕にとっての本当の勇者というのは、誰かを救う為には自分を犠牲に出来るような人間なんだと考えている。その点に関して言えば……僕よりも勇者に相応しい人物が居る。そして僕は今の仲間を大切に思っている。そして……僕はこれからのことを考えると……皆を守りたいと思ったのだ。そんな事を考えている間に僕はリルの案内の元……リザード族の里に着く。僕は到着すると、そのままガナードと面会させて貰えるか聞くと、すぐに会わせてもらえるとのことだったので彼の所に行くと……僕達を見て驚いている様子の彼に事情を説明したのである。


僕がリゼルに「さあリゼルさん。どうぞ」と言って、彼女に合図を出すと……。


するとリリアナが一歩踏み出したのだが……そこで足を止めてしまうのだ。その表情を見ると少し怯えている感じで……。


「えーと……。私は……」と言って何かを躊躇うと……それを見たリリアナの顔がみるみると悲しげな表情に変化していくのを見た僕は「おい……。何やってるんだよ……。早く入れよ……」と言うと、リリアナは慌てて「え!? ええええぇ〜! な……なんか急に恥ずかしい……。こんなの私じゃないのに……」と言ってその場にしゃがみ込むと……両手で自分の顔を隠していた。


そんな様子を見て僕は慌てて彼女の側に近づくと……。


「おいリリス! なに勝手にリゼの体を借りてるんだよ。いい加減に返してくれ。


俺が許可していないうちはリリスはリゼの体に入らない約束だったじゃないか!」と言って注意をするのだが、それに対してリリスは「もうちょっとだけ……。あと一回だけですから。そうしたらすぐにお返ししますので。ほんとですって!」と言ってなかなか譲らないのである。……その様子に僕はため息をつくと……「わかったから。それでお前は何をしにここに来たんだ?」と尋ねると……「もちろんお兄ちゃんを助けに来たのですよ!」と言って笑顔になる。


そんなやりとりをしていると……僕が困った顔をしているのを察したのか……リルとリリアナが僕の方に近付いてくる。そしてリリスを無理やり引っ張って僕の後ろに連れて行くと、リゼルは僕の方に向かって深々と頭を下げたのだった。


「ユウト殿……ありがとうございます。


リゼルを救っていただいて。それに……私の大事な妹を……。感謝してもしきれません。本当に……ありがとうございました」と、涙を流しながらお礼を言うとリリアナの方も同じように頭を何度も下げたのであった。そんな姿を見ていたリリスが僕の耳元で囁くように呟いてきた。「ほ〜らやっぱり……この人達は、私達の味方になってくれますよ!お姉様!」と嬉しそうにしているリリスに対して、僕は何も言わずに彼女の頭に軽くチョップをした。リリスは叩かれた部分を手で抑えると「なっ! 痛い!!……酷いですよ。お兄さん!」と文句を言い始めたのである。


「ああ……そういえば言い忘れていましたが……あなたが助けたのは、その人の妹さんではなく、この世界の住人でした。なので……私の力で治せましたが……その人の怪我を治療したのは私じゃありませんからね。そこは勘違いしない様にお願い致します。まぁどちらにしろ助かったんですからよかったではないですか。それよりも……そろそろ時間が無くなってきたようです。あなた方が本来あるべき世界に戻りたいと望むなら……すぐに実行してあげますが?」とリリスは少し残念そうな口調で言った。僕は「リリスが言ってきたタイミング的にそれはつまり、まだリゼルさんの体は生きているんだよね? そして……それは今も無事だってことかな?」と質問をすると……リリスは静かに「ええ……そうですけど……」と答える。


「それならすぐに元に戻して欲しいんだが……」と頼むとリリスが「……分かりました。では早速戻りましょう。まずはそのリザード族の里に居るリゼルのお友達からですかね?」と言うと……リルが「ちょっと待ってくれないか?」と言い始める。


リルが「実は、君達にお願いがあるんだが聞いてくれないか? この世界の歪みを修正した後も……君達は、このまま私達と共に居てくれないか?」と言った。僕は「どうして僕達がここに残って君達に協力する理由があると思うのさ? 僕達は……元々、別の世界からやって来た異世界人だぜ? そんな得体の知れない連中が、どうして一緒に居たいなんて思うと思うのさ?……正直……信用できないでしょ普通。だってそうだろ?僕はこの世界に来てまだ一月程度だしさ。リルはどうだか知らないが、僕に関してはほとんど赤の他人だし……。それにリゼルとリリアナに至っては、つい先日知り合ったばかりの相手なんだしな」と言うと……リルが申し訳なさそうに謝りだしたのである。


「すまない。確かに君の言う通りだよな。だがな……それでも私は、ユウトと一緒に行きたいと思ってしまったのだ。だから君が嫌だと言っても私は、強引にでも連れて行くつもりなんだ。勿論リゼルとリリアナも連れていくつもりでいる。リリアナには悪いと思っているが、これは……私自身の我がままでもあるし、私が望んでいることなのだ。リリアナ……本当に済まない……」とリルは言うと、リリスがリリアナの手を握りしめながら「大丈夫。お姉さまを信じなさい。必ず幸せにして差し上げますよ」と、優しい声で話しかけたのである。その言葉を聞いた瞬間、何故か僕の胸が高鳴った。


そして……僕にはリルが何を求めているのかが分かった気がしたのであった。……それから僕は、リルが僕達を『教会施設』の外に案内すると……そこには『神獣の間』に召喚される前にいた場所に戻るための転移魔法陣が出現していて、そこに全員で乗り込むのだった。そして『聖都』に向かう為に転移しようとした所で……僕はどうしても気になっていた事を尋ねたのである。


僕は『勇者』である男に対して、「……一つ聞きたいんだけど、君は何で俺のことを覚えている? それにリルのことを忘れているようだし……。もしかして記憶喪失になったとか?」と尋ねると男は不思議そうな顔をした後で「そんなことはない……。俺とリルとは、以前までずっと旅を共にしていた仲なんだ。ただ俺達が一緒に居る所を何者かに襲われた時に……リルが連れ去られてしまったんだよ。そして俺はその時……一緒に捕まった奴らに、この魔導兵器の実験に利用されてしまった。その後は色々あって……結局リルを見失ってしまい、リルを探し続けていたが見つからず……。ようやくここで見つけたのに……。どうしてだ!思い出せない! なぜなんだ!」と叫びだした。


僕には……何が起きたのかはわからないが……おそらくリリスの仕業だろうと思った。僕は、そんな様子の勇者の側に近付くと、その頭をポンっと叩くと「君はどうやら……リルとの事を思い出しかけているのかもしれないな……。俺の名前を教えようか……。俺の名前はユウト。ユウト・エルフォードって名前で、『英雄級職業:戦士』『剣士』、『賢者見習い』→『賢者』・『錬金術師』、『商人』、『神官』って感じで転職したんだ」と告げる。


僕の言葉に……その男が驚いて「そんなまさか……あの時は『騎士職』、『騎士王候補の勇者』と表示されていたはずなのに。それが今では、全ての職に転職しているというのか……」と驚きの声をあげる。……そんな時であった。


いきなり背後に現れた女性の存在に気付いた僕が振り向くと……リルと目が合うのだが……彼女の瞳からは大粒の涙が溢れ出していて……彼女は僕に向かって抱きついてくるのだった。僕は慌てて受け止めようとするのだが……そのまま押し倒されてしまい……僕の上に乗っている状態のまま動かなくなってしまう。僕はそんな彼女に対してどう接したら良いのか悩んでしまう。……すると突然僕達の方に誰かが近寄ってきて声をかけてきた。「やっと戻って来たわね。まったく……。リルったら、一体何をしてるのかしらね。……リルがこんな風に甘える姿なんて見た事がないから驚いたけど……」と言って声の主はリリアナだった。僕は、そんなリリアナに対して事情を説明する事にする。


「あー。えーとですね。リリアナさん。僕はリルさんとこの世界に来る直前に知り合っていまして、それからはずっと行動を共にしていたんですよ。それで僕に好意を寄せていたリルさんに……『魔王』の幹部を倒したら、告白をしようと思っていて、そして僕達は今度こそ平和を取り戻した後に、二人でこの世界に暮らすことにしたんですが……。実は……この世界に来る直前の事ですが、リルさんが『魔王軍幹部の配下である男』によって拉致されてしまう事態が発生しまして……その件で……まぁその……あれですよ。『神』の加護の力でなんとか解決できたものの……それで僕が、自分のことを忘れるように暗示をかけたみたいで……リルさんはそれをすっかり忘れちゃったらしくて……でっ!今はその反動がきてるのか分からないですが……急に僕の事が好きだと思い始めてしまってるんだと思います。だから多分……今のこの状況を説明すれば納得してくれそうな気がします。ですから後はお任せしてもいいでしょうか?」と言うと……リリアナは笑顔になって「わかったわ。ユウトに任せたわよ!」と言って、リリスの方に行くとリリスと一緒に何かを話し始めたのだった。……しばらく時間が経つと二人は戻ってくると「とりあえず、今は私とリル姉さんの二人だけにさせておきますので……お話したい事がおありのようでしたら後でお話し下さいね」と笑顔で言うのであった。……僕はそんな二人の様子を確認したあとで、いまだに僕の上で固まってしまっているリルの方を見ると……未だに涙を流しながら「ユウト君……私……私……」と呟いている状態だった。僕はまだ彼女の気持ちに答えられるだけの自信が無いが……。このままでは可哀想なので、僕はリルに対して……「もういいですよ」と言うと、僕の顔を見て「うん!ありがとう」と答えるので僕は彼女を立ち上がらせる。


それからしばらくの間はお互いに無言だったが……僕は気になっていることを彼女に質問することにした。「えーと。さっきからずっと考えていたのですが、もしかするとあなたは『聖女』なんじゃありませんか?」と聞くと、リルの口から「正解です!よくわかりましたね?」と言うのである。僕は、この世界の仕組みを理解した時点で、この人が『勇者』の幼馴染である可能性が高いのではないかと思っていたのだった。なのでリルを鑑定すると予想通り聖女だと表示されるし……。それにリルと会話をした時から、彼女が『聖剣使い』の天職を持っていることには薄々と気づいていたので、そうなのだろうと確信をしていたのだった。そして、そんな事を思っていると……僕達が先程居た部屋から、複数の人達が現れるのだった。そして彼等は、何故か全員が気絶したままで……リリスとリリアナが「う〜ん……面倒臭いから放置しておいた方がいいですかね?」「そうですわね。どうせまた起きるでしょうし……」と話し始めると……それを見たリルさんが、「うぅ……。ごめんなさい! 本当にすみません!! 私達のせいで、この子達にも迷惑をかけてしまいました」と言って謝罪をする。それを聞いたアリサさんが「気にしないで下さいませ。私達は、むしろ楽しかったですもの!」と言い、それからリゼルに何か指示を出した後に、「そう言えば……。この部屋に来る前に少し聞こえてしまったのだけど、あなた達はリル姉様を元の世界に帰すためにこの世界にやってきたと言っていたけれど……もしかしたら帰る方法も見つけてくれていたのではないのかしら? だったとしたら……どうして今まで何もせずに、ただ待っているだけだったのか理由を聞きたいんだけど?」と言うと、リリアナも「そうですよね?……どうしてなのですか?」と聞いてきた。


そして、その問いにリルが「はい……。ユウト君には以前お話をしたと思うんだけど……。実は……この世界の歪みを修正した後も私達がこの世界で暮らせるようにしておきたかったからだよ」と答えると、リリアナが僕に対して小声で「……やっぱりそういうことでしたか。流石リルちゃん!ユウトのことわかってますねぇ。私はてっきり……あの男をリルに取られないようにしているだけなのかと思ってしまいました」と、リリスとリゼルに聞こえるように大きな声で言って……僕は苦笑いを浮かべてしまう。


それから僕とリルは、『聖都』に戻るまでの間の間にお互いのことを話し合い……。そして僕達二人は、元の世界に戻らないという選択をすることになる。それは僕にとっては、とても簡単な事であったが……僕以上に難しい選択をしなければならないはずのリルの事を僕は考えていて……僕は『神』の加護の力を使うことにしたのである。僕は『神』の加護を使い、この世界に来て最初に出会ったあの女性に会うと、彼女は驚いた顔をして「ユウト!? なんで私の所に来たの? もしかして私が呼んだのかしら?……まさか?……もしかして……。ふふ。まさかそんな事が起こるはずないんだけど……。……それでどうして貴方はここに来たの?まさかもう一度私に抱かれたいとかじゃないよね?」と言われ、それに対して僕はこう返事をするのだ。


そして、リルの方は僕にお願いされてリリアナ達に僕のことについて話すことになる。その後、僕とリルはこの世界で生きることを決めたと報告をして……。そして、そんな僕の行動に対してリリシスさんは「そうですか!なら、その決断に報いる為に……『勇者召喚システム改』を作りましょう!」と言ってくるのであった。


(リル視点)


私達がこの『勇者召喚システム』の暴走に巻き込まれてしまった時のことを思い出す。


あれはまだ私達が高校生になる前のことだったわ。当時の私はとても人見知りの激しい少女であり、人と話すことに慣れていなくて……なかなか上手く話すことが出来ないまま過ごしていたのである。でもある日、そんな状況を変える為には……友達が必要だと考えて勇気を振り絞って頑張ってみる事にした。そんな風に考えて、いつものように登校している途中……信号を無視して道路に飛び出そうとしている少年を見かけて慌てて止めに入った。


私はその少年が無事だったことを確認すると安心してしまい……そのまま立ち去ろうとする。そんな時であった。突然「あ……。えーっと……その、危なかったところを救ってくれて、その……ありが……」と男の子が言うので私は、自分の方を向いていない彼に「大丈夫でしたか?」と言いながら近づいていく。そして彼の顔を見て、その瞬間に心臓がドクンッと跳ね上がったのを感じた。その容姿はとても格好良く……一目見ただけで恋心を抱くような魅力を持った男性で、私はその人のことが忘れられなくなってしまったのだった。


それからしばらくその男の人に会えないかなと思いながら生活していた。そしてある日、学校の教室に向かう途中で偶然彼と出会う。私はその時のドキドキを抑えながら話しかけることが出来たのだが……いきなり抱きしめられてしまってからの記憶が曖昧なのである。気付いた時には家の中に居て……ベッドで横になっていたからだ。しかも隣には彼が寝ている状態で……恥ずかしくて死にそうな気持ちになり、思わず布団を被ってしまうのである。でもその日から……不思議な事が起こり始めるようになる。なぜか彼と毎日連絡を取り合うようになり、時々デートに行くようになってからしばらく経った後……。


私は、自分がいつのまにか『加護』というものを持っていたのだと知る。それが何かは分からなかったが、それでも『聖女』の天職を持っていることを、そして自分だけが他の人とは違う『特殊な加護』を持っているということだけはわかった。それからしばらくして、ようやく自分が『特別な加護』を持っているのだと気づくことが出来て……それからは積極的に行動することにする。それからしばらくして『特別加護』の持ち主として選ばれ、『神域の聖城』に連れてこられる事になった。


それからは大変だったが、なんとかこの『聖都』での生活に馴染む事が出来たが、それから数日後に彼は現れる。私と同じ日にここにやって来たらしいけど……何故か会う事は無く……それどころか、私は一度も彼と会ったことがない。……だが噂では私達のような存在を、神の御力によって選ばれた『勇者』なのだと言う。それを聞いた私以外の仲間は全員喜んでいたが……。ただ私一人だけは、その事実を受け入れることが出来なかった。私にとって一番重要なのは『勇者様と結ばれたいか?』という問題であるのだから。それにもし本当に勇者が私の前に現れてくれたとしても……こんなにも地味な女の子を好きになってくれるはずが無いと思っている。それくらいに私の顔や性格が不細工だとは思ってはいないが、やはり不安は拭いきれないのだ。


そんな事を考えている時に『勇者』である少年がこの城にやって来ることになった。そして『聖女』としての私の初仕事は、そんな『勇者様の接待役兼恋人役になることだったのである』


それからは色々な事が急に起こり始め、最初は私達も混乱してしまったけれど……結局最後にはみんな無事に元の世界に帰る事が出来るようになったのだった。だけど、帰る際にユウト君が言った言葉が私には衝撃的すぎて今でも忘れられない。それは……「リルさんは僕が初めてあった異世界の女性でとても大切な人だと思います」と言ってくれたのだ。そしてユウト君がこの『聖都』を去る前に告白してくれようとしていたが……ユウト君はリルさんの事が好きなんだろうと気づいて、リルさんとの仲を応援することに決めるのだった。


リルがこちらに来てから数日経過して……この世界がどんなところなのかが分かり始めると……リルの表情も次第に明るくなり始めたのである。そして僕がこの世界にいる間にやりたいと思っていた事は大体やりきる事が出来た。後は……『聖女』であるミリアナを連れて帰るだけだが……そんな僕達は、リルの希望により王城の人達から少し離れたところまで移動をして話をすることにした。


そしてまず僕達は、これから起こる出来事を予想しながら話し合いを行うことにしたのである。


「さて……。僕達が元の世界に戻る方法ですけれども……。僕はリルさんに聞きたいのですが、『勇者』の力を使って、この世界を創った『神』の力を借りるという方法はあるんですか?」と僕がリルに向かって聞くと彼女は「え!?ユウト君!あなた『神』の加護を持つ人だったのですか? それでしたら話は早いですね」と言ったので僕は、リルが僕と別れたくないと願っていた事もあって、『神』の加護の力が使えるかもしれないと考えていた。そこでリルの答えを待つ間僕はリリスに話しかけた。リリスが『魔核石』を持っていればこの世界のお金を手に入れることができるだろうし、何より彼女の持つ能力で僕達は元の世界に帰るための方法を探りやすいと思ったからである。


リリスは僕の考えを聞き終わると、何かを考え込むようにしてから「う〜ん……。そう言われても私にもわからないわよ……。そんなに便利な物ならとっくに使ってるもの……。でも、一つだけ言える事があるとすれば……『魔導通話』で通信が出来る相手がいるのは、貴方が持ってるその『小刀』とリリアナが持っている『魔水晶球(魔石で出来た映像記録装置)』だけで、その二つの道具は貴方しか持っていないしね……。だから……私としてはリリスの言う通り、『神の奇跡』を起こせるのは……リリスとユウトだけということになるんじゃないかと思うわ。まぁ、『魔結晶』を使えば似たような事ができるかもしれないんだけど……でもあれには大量の魔力が必要になるし……そう簡単には使えないものなの」と答えてくれたのである。すると、その話を聞いてリゼルが不思議そうな顔をしてリルの方に近づき質問を始めた。「『勇者』であるリルちゃんと、リリアナちゃんにユウトちゃんが『神の加護』の力を行使できるのなら、どうして今まで誰も『神』の力を使わなかったの?」と聞かれた。その疑問は当然で、もしかしたら『神』の力を行使することの出来る人間が存在するのではないか?と普通考えるはずである。だからこそ、僕は『神』の力を誰かが使っている可能性があるのではないかと考えたのだが……。そんな事を考えたところで仕方がないので……僕はリルの答えを静かに待つのであった。そしてそんな風に僕が考え込んでいるうちにリリアナは僕の方をちらりと見ると微笑みかけてきた。


(リル視点 私とリセルの二人は今の状況を整理し始めることにした。


私がリルになった経緯は説明したが……リセルと私は、リセルの方が先にリルになっているのに気付いていなかった為、お互いに勘違いしていた事を理解した。


それから、私とリリシスがリルをこの世界に呼び出してしまった事を二人に話すことにする。もちろん私達の都合の良い嘘を交えてだが。私とリセルはこの世界での出来事を話しながら、『勇者』の少年であるユウトの事を思い出して……思わず二人で笑い出してしまう。


その後私はこの世界に来た時に、どうしてリリシスと知り合ったのかを説明してあげる。リリシアは驚いた顔をしながら私を見ていたが、すぐに納得してくれたようで私の言葉に何度も相槌を打ってくれたのであった。私はこの数日間の間にリリアナから、彼女がこの『聖都』にやって来た理由を聞く事になる。そしてそんな話の中で、私の記憶にあるユウトの様子がおかしくなった時のことも話す事になったのだが……。その時に「そのユウトという方は……。リルさんの想い人である可能性が高いのでは……」と聞いてきたので私はつい反応してしまった。その反応を見たリリスとリゼが私達に何か言いかけた時、リリアナとリリスに突然通信が入る。どうやらその連絡の主は『魔王軍』に所属している幹部だったらしいが……その人物からの連絡の内容は驚くべきものであった。『聖女』であるミリアナ様と『勇者』様をこの場に連れてくるので、『勇者』であるユウト様にご同行頂きたいという事だった。


それを聞いた私を含めた全員が驚いてしまう。


なぜなら、『勇者』のユウトは、『神』の力を使う事が出来る唯一にして絶対の存在であり、そんな人物が自分達の元に現れてくれるとは全く思っていなかったからである。そんな訳なので、リリスと相談してから『勇者』であるリゼルの案内のもと、『勇者』であるリベル・エルニアとその一行に挨拶をしに行く事にするのであった。それからしばらくの間、私とリゼルは皆が寝ている間に話をする事にする。


だが……そんな中、私達は信じられない事が起こってしまうのである。『魔族四天王』の三人が現れたのだ。


しかも『勇者』であるリセルが狙われてしまい、彼女を助けようと『聖剣』を使ったリドルと、『賢者』であるリーラに『神装武器』を与えた私、それに『聖女』である私の力を得たリルと、三人とも『勇者』の力が宿っているので、私達四人が全力を出して戦ったのだが、敵わなかったのである。その結果私以外の二人の意識を失ってしまった。そして最後に、私の『聖盾』でリセルを守ったが、リドルは致命傷を負い、その場に倒れ込んでしまい、そのまま息を引き取ってしまった。


そして私は、私の『勇者』としての力を覚醒させてくれたこの世界にいる『神様』に感謝をしながらも必死に考えたのであるが、この状況では私一人で『魔人族』の三人組に勝つ方法は無いと判断して逃げる事を選択する。それからしばらくして『勇者』のユウトと『勇者』であるミリアナ様が現れると、リルは嬉しそうにしているように見えた。……私としてはユウトがここに来なければ良いのではと考えていたが、リルの気持ちを考えるとそんな事も言えない状況になってしまう。……ユウト君がこちらに向かっていると聞いたリルが……私に抱き着いて来たから……。リルにこんな事をされたら私は断れないじゃない……。


だが……そんな風に考えていた私に対して、リルはとんでもない事を私に伝えてきたのである。それは私達がこの世界に来る原因になった事件の真実であった。


リルはその真相を知っているようだ。


そしてそれを話した後、私と別れたくないからという理由で『勇者』の加護を使い『勇者』としてのユウト君とこの世界を創った存在の力を借りようとしているのである。私としてはその事実を聞いて複雑な心境であったが、このままだとユウト君はこの世界を去って行ってしまうだろう。……それだけは嫌だ! そう思い始めた時だった。リリシアの一言がきっかけになって私は気づかされることになる。……リリスは『聖女様』であるミリアナ様のことを尊敬しているのだから……もしかしたら、リリスが『聖女の祝福』を使えば……この世界を創造した女神様と同じようなことが出来るのではないかと考え始めたのである。私はそれを聞いてリリシアの方を見ると……私と同じ結論に達したようだったので私はリリスのところに向かった。


そして私達はお互いの考えていることを話し合い、その結果、この世界を創り上げた『聖女様』であるリリスに『聖女の祝福』をお願いすることになった。そんな私とリリスの行動をリゼはただ黙って見守っていてくれた。そして私達がリリスの元に近寄ったところで彼女はリリスに話しかけるのであった。


「お姉ちゃんは……何をしようとしてるの?」


すると……リリスがリリシスの顔を見ながら、何か言おうと口を開きかけていたのだが、その言葉を言い終わる前にリリスの口から大量の血が流れ始め……そしてその体が徐々に崩れ落ちていった。その様子を見たリゼルは、慌てて駆け寄り、その体を支えるが、その瞬間、何かを叫ぶ声と共にリリスの体は消えてしまった。そしてその直後、彼女の手に持っていた魔結晶だけが地面に落ちた。リゼルは泣き叫びながら魔水晶を拾い上げるが、魔水晶には何も映らない。


そこで……私は気がついたのであった。リリスは死んだのではなく殺されたのだという事に……。


おそらく『魔族四天王』が放った魔法のせいに違いない……。私にはそれが分かっていた。なぜなら私は『聖剣』の力でリリスの死を感じ取る事が出来たからだ。そしてその魔法が使われた場所はリリナス城の方向からである……。


そして、その時であった。私は突然頭に痛みを感じると、目の前の風景が変わった。その風景とは……。私が初めて『勇者』になった時に体験した出来事で……そこには一人の男の姿がある……。彼は私と『魔導通話機』で話をした人物であるが、その姿は今よりずっと若い……。


だが……その顔を見た事で思い出したのである。……この世界に転移した直後の記憶はうろ覚えなのだが……私は、この男が……自分の父親だという事に。


そんな彼の名はリリク・エルニア。……『勇者』の『神格者』である。私は彼に声をかけようとしたが、何故か声が出せないのである。私が困っていると、彼がいきなり「この魔結晶を使ってください」と言って、自分が身につけていたペンダントを渡してくれる。私は言われるままに魔結晶を手に持つが……。その魔結晶には映像の記録機能は付いていない。なので、私は仕方なく魔結晶に手をかざす事にしたのだが……。次の瞬間……私が気を失う寸前まで、魔結晶の中に残っていたリリスの記憶を見ることになったのであった。……そう……。つまり私はリリスの記憶を見る事になったのだ。


リリスの視点から見ると、彼女が『聖都』にやってきた時の様子から始まる。


『聖都』の大通りにある広場にやって来たリリスは、リセル達と一緒に歩いていくと、そこにはたくさんの人達が集まっており、リセル達と握手をしてもらうために並んでいるようだった。その群衆を見て……私達は圧倒されてしまう。それからすぐに、行列の先頭にいる人達に近づいて行ったリリセルとリリアナが笑顔で会話を始めたかと思うと……なぜか、そこに並んでいた人々から拍手が起こった。


リリアナはその光景に戸惑っているリセルの背中を押して列に並び直すと、「皆さんありがとうございます」と笑顔で言うのであった。その後しばらくすると私達の順番になり、リリアナが代表で、先程と同じように挨拶を始めるとまた皆から盛大な拍手が巻き起こり……リリシアと私、リゼルの順番に握手をした人々は何故か涙を流しているような表情をしていた。私とリリシア、それにリゼルの三人も、不思議に思ったのだが、とりあえずリリスから渡された魔結晶をリセルに渡すことにしたのである。……それからリリシアが「……あれ?この人は……」と言うので私もその男性の事を見てみると、私でも知っている人だった。その男性の名前は、この国の宰相を務めているリリク殿である。確か彼は、『聖都』で『魔人族』の事件が起きた際に『勇者教』の教会に出向いていたはずなのだが……。どうしてこのような場所に一人で立っているのだろうか……。そんな事を考えながらも、その疑問をすぐに頭の隅においやるとリリアナとリセルにリリク様を紹介してもらう事にしたのだった。……だが……私はまだ知らなかった。この後起こるであろう事と、『勇者教』がどのような動きをしていくのかということを…… 僕はこの日……『勇者』としての力が目覚めた。だがそれと同時に僕の中にはこの世界で生きる理由が出来たのである。


僕の心の中で……リルとリリシア、それにリーラやリゼ、リリスの事を守っていくんだという気持ちが強くなっていくのを感じていた。


だから僕はリル達を絶対に助けるために、すぐに行動することを決めたのである。まずは、リリスに魔水晶を渡そうとしたら、彼女は首を振って遠慮する素振りを見せた。だが僕はそんな彼女の手を掴むと、強引に魔水晶を手渡してあげた。


それからリリスが何か言っていた気がしたが、気にせずに僕はリルの元へ急ぐ事にする。だが……僕が走り出して数歩進んだ瞬間……突如、頭が割れるように痛み始めると……気を失ってしまった。


その直前に……リルの声を聞いたような気がしたが……何と言ったのか聞き取ることは出来なかったのである。


そして気がつくと見慣れない景色が広がっていた。……周りは真っ暗で何も見えないのだ。しかも手足を動かすことも出来なかった。そんな中、誰かが側に居てくれているのは分かる。そしてその人のおかげで少しずつではあるが、周りの状況が把握出来てくるのだった。


最初にわかった事は、ここは……あの時、初めてリルと会えた場所で間違いなかった。そして、次に理解出来たのは、この暗闇の先には……巨大な力の塊のようなものが存在するということである。……それがリルであるのはわかっている。


だからといってどうすればいいのかは分からなかったが、ここでじっとしているわけにもいかないと思い立ち上がろうとしたら……体中が動かない。仕方が無いので、必死に口だけを動かした。すると、リルが心配そうな顔をしながらも、必死に手を伸ばして僕の口元に食べ物を持ってきてくれた。そのおかげもあって、どうにか意識がはっきりしてくると、今度は口を開けることが出来るようになったのである。リルはそのタイミングを逃さず、口に食事を運んでくれると、僕はそのまま食べ続けた。


しばらくして……僕は完全に立ち上がることまでは出来ないが……なんとか体を起こしながら、自分の体を触るくらいなら出来るようになっていた。


「ユウト君!?」


そこで……僕はリルの驚いた声を聞くことになった。


「えっと……多分……大丈夫だよ?」


その言葉を聞いて……リルはほっとしたような表情を浮かべる。それからリルは「少し待っていてね?」と言って、どこかへ行ってしまったのだった。……まぁ……なんにせよこれでようやくリルに会うことが出来たし、後はこの世界がどうなっているかを調べようと思っていると、リリシア達がこちらに向かっているのが見えるのであった。……ちなみに、リゼルだけはここに来ることが出来なかったようで、後から追いかけてきているみたいだ。……そして、全員が揃うと、この場所についての情報を交換する。その結果、リゼルを除くとみんなが同じ夢を見たらしい事がわかるのだが、その夢というのはリリスの魔水晶を通してみた『記憶』だとわかり始めた。


そしてその夢の内容が全員違った内容になっていたらしく、「もしかしたら……これは『聖女』であるミリアナ様の能力ではないでしょうか?」と、ミリアナはそんな事を言ったのだ。それを聞きながら僕の中では……ある結論が出始めていて……それはきっと正解だと自分では思っていたりするのだが……。


ミリアナは、ミリアの妹でリリナス城の『巫女』の一人である。だが、そんなミリアナは……リリナス城にはいなかったのだ。いなくなってしまったという言い方が正しいのだろうが……。彼女は突然消えてしまい……。もうこの世には存在しない存在となっているはずだった。……だからこそ僕が見たのは『記憶』であって……この世界の過去の出来事なのではないかと考えた。


そして……その考えは当たっていると思う。なぜならその映像の中で、僕が『勇者』となった日に見たはずの光景が再現されていたからである。リリスの記憶を見る前に、何かあったなと思って記憶を整理していたが……やはり何か引っかかる出来事があり……それを思い出した瞬間に、映像の中に出てきたのが彼女であると、確信したのである。


その出来事とは……ミリアナが『勇者教』に連れ去られたことだった。そこで僕が見たのは……。彼女の首が切断されている場面であり……その瞬間からリリスの記憶を見ることになったのである。


僕は、自分が見ているこの『過去の記憶』が、リリスの記憶であるということに驚きはしなかったが……。同時になぜそんなものを見せるのか……という事に疑問を持った。そもそもリリスには、僕に対してそのような感情を持っていないはずであるからだ。そんな彼女がどうして、僕の事を助ける為に行動してくれたり……こうして助け出してくれようとしているのかがわからない……。そんなことを考えている間にも……僕は、次々と見せられていく。リリスとして生きてきたリリスの記憶を……。


そして……。最後に……この記憶を見た時の僕の気持ちまでもが再生される。……この光景を最後に……僕はリリスとして死ぬ運命を受け入れた。つまり……これがリリスの最後の『思い』だった。だが……なぜか、この『記憶』の中で僕は……泣いていたのである。その理由はわからなかったが……その光景を見たことで……なぜか胸が苦しくなった。……おそらく……この涙には、今までのリリスが僕にしてくれた事への感謝や恩義、それに悲しみや辛さなど様々な複雑なものが混じり合ったものだったに違いない……。


そのリリスの最期を見て……僕の中に不思議な想いが込み上げてくるのを感じ始めていた。それは……。この目の前に居るリル達を守りたいという気持ちが芽生え始めてたのである。


「……それで?これからどうしようか?」


そう言ってリルの方を見る。するとリル達は、「私達には何もできる事はないよ?……今は大人しくしていた方がいいんじゃないかしら?……でもどうしてこんな場所に来たの?リゼルさん達と一緒に来ていたはずだよね?リゼルさんの姿が見えないけれど……」


「……うん。実はその……途中で急に倒れて……気絶しちゃったんだよ」


本当はリルに会いたかったんだけどなんて言えるはずもなくて、嘘をついてごまかすことにする。……だけど……本当に僕は何をしたら良いのだろうか……そんな疑問が浮かんでくると、「じゃあ……ユウトは、とりあえず休んでおいたらどうかな……?まだ体が本調子じゃないと思うから……私はしばらくここを離れられないけど……また戻ってくるからそれまでゆっくりしていてくれたら嬉しいな!」と言いながらリルは、笑顔で僕の額に手を触れてくれるのだった。


「そっか。……でも……もしリゼル達が来たら……その時はこの魔水晶を渡して欲しいってお願いしておいても良いかな?……もしかしたらこの魔水晶があれば……あの魔王とかいう奴も倒す事が出来るかもしれないから……一応持っておきたいんだ……」


「うん!わかった。任せておいて。リゼルさん達がここに来るかどうかは分からないけれど……ちゃんと渡しておくから……」


そんな会話をしてると……。急に強い睡魔が襲ってくる。


その事に驚いて、慌てて眠気を追い払おうとしたのだが……。抵抗も虚しく眠りについてしまうことになるのであった。


そして……どれくらいの時間が経っただろうか……。僕は誰かの話し声で目を覚ますことになった。そして目を開けるとそこにはリルの姿が……。どうやら先程見ていた映像のようにリルが助けに来てくれて……そして僕は意識を失っていたらしい。そんな事を考えると同時に、リルの顔を見て安心したのか再び瞼が落ちていきそうになるのをなんとか堪える。


だが……今の状況を確認する為には……眠る訳にもいかないので僕はリルの服を軽く引っ張り意識を向けさせる。


「ユウト君。よかった目が覚めたんだね」


僕が起きていたことに気づいていなかったリルが嬉しそうな表情をするのをみて、僕も嬉しくなる。


だが……。リルは僕の様子が少しおかしいことに気づく。それから少しするとリルは何かを考え始めてしまったのである。それからすぐにリリスとリーラに指示を出してから、リーラに水の入ったコップを渡すと僕が寝ていた場所に近づいてくるのだった。それからリルは、「ユウト君は……魔王を倒すことは反対なの?」と尋ねてくるのだった。その質問を聞いて、どう答えるべきか悩んだ末に僕はこう答えたのだ。


「いや、倒せるものなら倒した方が良いと思っている。……ただ僕は……リルとリリシア達が無事で幸せで居てくれればいいと考えているだけで、世界を救うとか平和にするという事がどういう事なのかはわかっていないんだよ」と正直に告げる。


そして、リルの質問に対して、少し考えた後に……。僕はリルの事が心配になってしまっていたのだ。というのも、リリスの記憶の中では……『勇者』になった日は……『勇者』になる事を承諾した後は、リゼの街に戻ることはなかった。


だから、リリナスが『巫女』として……僕の代わりに世界を救おうとしているという事も知らないのである。


そしてリリスがリルの事が好きだという事はわかっている。だから心配で仕方がなかった。そんな気持ちが顔に出てしまっていたらしくて、リルは優しく微笑みかけてくれたのである。


そして僕の事をギュッと抱きしめて……頭を撫でながら……。


「心配しないで……きっと何とかするから……私もみんなも無事に帰ってくるからね?」と耳元で囁いてくれたのだ。……それだけで僕は不安が無くなるのだった。


「そうだよね。僕が余計な心配をする必要はなかったのかもしれないね。それに、リゼルだって協力してくれているし……リルなら絶対に上手くやってくれると信じてる」


僕は、リルにそう言いながらも……。ふと気になることを思い出す。


「……ところで……リゼルは大丈夫かな?結構酷い状態になっていたみたいだけれど……。あれから何があったの?」と尋ねると……。


「あっ……ユウト君が倒れている間にリゼルさんから話を聞いてきたのだけど……リゼルさんが言うには……リリナスは……その……リセルさんのお母さんの仇を取ってしまったみたいなの……。だから今は、怒りに我を忘れて暴走しているみたい……。それに『魔王』の力を取り込んでしまっているらしいの。……このままだとリゼルもリリナスも取り返しのつかない事になりそうで……どうにかできないか考えている所だよ……」とリルは悲痛な表情を浮かべながら、そんな事を言っていたのだ。……リゼルの話から、だいたいの事は何となく察することは出来ていたが……まさか、そんなことになっているとは思わず、驚いたが……。それよりもリゼルもリリスと同じく復讐の為に生きているという事を考えて複雑な気持ちになってしまうのである。僕は一体どうすれば良いのか迷っていると……。リリスの記憶が頭に過り始める。


それは……僕がまだ幼かった頃の記憶だが……僕は母を亡くしていて……。僕自身も死にかけていた。だがその時……一人の女の子に命を助けてもらった事がある。それが……リリスであり……。僕はリリスに助けられた。僕はその時からリリスに憧れていたのだが……その憧れの相手は『勇者』として魔王討伐の旅をしていたのである。その事実を知りショックだったが……それと同時に、リリスが僕にしてくれた事を思い出し、僕に力を与えてくれようとしたことに感謝したのだった。……だからこそ、僕はリルを守る為の力が欲しかったのである。そしてその思いが……リリスの願いに繋がっていた。その記憶を思い出せたことで、リゼルの事で迷うのをやめる事にした。そして、僕自身がリリスにしてしまった事と、僕に託された『使命』を果たすために行動を始める決意を固めたのである。


リリスの思いを引き継ぐように……。リゼルを止めようと心に決めたのだ。


僕はそう考え終わると同時に、僕自身の変化にも気づく。……どうやら僕の身体がリリスに変化しつつあるようで……そのせいか、僕は『聖剣』を呼び出すことが出来るようになっていた。そしてこの場にはもう一本だけ存在する『聖槍』を召喚すると、僕の手に吸い込まれるようにして現れた。


その後、リゼルと戦う為にどうするかを考える事にしたのである。まず考えなくてはならない事は、どうやってリーゼの元に行けばいいのかということだが……。それに関してはすでに解決策は見えていたので問題なかった。問題はもう一つあり、『勇者教会』本部にあるはずの転移石だが……その場所を知らないのが現状だったりする。その為に一度ここから脱出する必要が出てくるのだが……。この場所にいる人間を相手にするのは面倒なためどうしたものかという悩みもある。そんな中で一つの案が頭に浮かんだのだが……あまり実行にうつしたくない案だった。そのため他に手段がないのかを考えていた時に、僕の視界にリルが入ると……なぜか自然と笑顔が浮かんできてしまい……それを見ていたリゼルに怒られてしまったのである。その事から僕が、この世界の人間の事を完全に忘れていたことに気付き……。この世界の人間は僕が助けるべき存在だという事にようやく気付けたのだった。そして僕は、リル達の事を大切に思えていることが嬉しくて、リル達を守ると強く決心したのだった。そして、僕とリゼルが戦う事を決めると、リゼルはリゼルなりにリーゼに止めてもらいたかったのだろう……。


その事に気付いて、リゼルを止める事が出来ればリリスの『役目』を終わらせる事が出来ると思い……。リゼルと話すことを決めた。だが、僕はリゼルを倒さない選択を選んだのだ。そして……リル達を逃がした後は……一人でリゼルと戦い始めたのである。僕は自分の持っている全てを使い戦いを始めたのだが……僕は、リリスの記憶から得た『勇者』の称号の効果と……自分自身が持つスキルを全て駆使してリゼルに挑んでいったのだった。その結果は僕の負けであった。


僕は全力を出し尽くしていたのだが……リゼルに攻撃を当てることは出来なかった。だが、僕はそこでリゼルとの戦いを諦める訳にはいかなかった。何故なら……リゼルはまだ本気ではないように思えたからだ。


しかし……そんな時だった。僕の耳には……僕を追い詰めていたリゼルの声ではなく、僕の良く知る人の声が聞こえてきたのである。僕の目の前にいたリゼルは……突然動き出し僕から離れて行ってリリスの姿へと変わっていくと、リゼルは僕を見つめながら笑ったのだ。その笑い方はどこか不気味さを感じさせられたので警戒を強める。するとリリスは、「久しぶり……と言った方がいいかな?」と言ってきたので……僕はその言葉が気になったので……つい口走ってしまったのである。


「……なんのことでしょうか?」


僕はリリスが何を言っているのかが分からず困惑したが……リリスがリリスではないような違和感を感じると同時に僕は『魔眼』を発動させるのだった。


その瞬間……僕は自分が犯した過ちをすぐに理解する事になってしまったのだ。リリスと瓜二つの顔をしているリリスの姿をした者がリリスでないことはすぐに分かったのだが、では、誰なのかと考えてみると……リリスの双子の姉妹の誰かなのだと考えた。だが……リリスが僕の前に現れたということはつまり、僕を騙していたということだとも判断できる。


僕がそう考えると共に、僕は無意識に『魔王』の能力を使ってしまっていた。だが……僕は『勇者』の力で抑えることが出来ずに、意識を失ってしまいその場に倒れこんでしまうのであった。そしてリリスによく似た姿の者は、そんな僕を見ながら笑うだけだった。


僕は……その事が悔しくて仕方なく、何もできない自分を呪った。結局僕は弱いままで、リリスのように上手く立ち回れないのだ。


そんなことを考えているとリリスは僕に近づいてきて、「私に会えて嬉しかった?」と聞いてくる。


僕はそんな彼女の問いに対して、答えないわけにもいかずに「はい。……とても嬉しいです」と素直な気持ちを伝えた。


僕がそういうと彼女は微笑みかけてくれたのだ。……リリスによく似ているその女性の顔を見たときに感じたのは安心感だったので……おそらくリリスに似ていることが僕にとって大きな意味を持っていたという事になるのだろう。


それから僕はリリスの双子の妹に起こされ……そして、彼女と話をする。彼女も『勇者』であることや、この国には僕以外には一人しかいない勇者として……他の勇者と行動を共にして世界を救うように言われていることを教えてくれたのだ。ただその事を話すと僕の表情は険しくなっていたらしい……。


リリスの妹の話を聞く限りだと……リゼルと戦うためにはリリスの助けが必要になって来るということが分かった。僕は、どうすれば良いのかを悩んでいると……「そういえばあなたの名前って何だっけ?」と尋ねてくる。僕は彼女に名前を尋ねるのが先だと思い名前を告げると……「ユウトね……。覚えておくわ。私の事も忘れたら駄目よ?」と言い、僕をからかってきたのだ。僕が苦笑しながらもうなずくと……。「ところで、貴方は今のままの貴方でいいの?」と聞かれたので、僕はその意味を察することができたのだった。


それは僕が、リリスから託されたことは果たして達成するべきことなのかという疑問に気付いていたからこその言葉だと思う。


だが……今の僕が力不足だと言うことは間違いないので……「もっと強くなる必要がありますね……」と答えると、僕の返事を聞いた後、何かを考えていたようだったが……僕に手を伸ばすと……「これをあげる」といって、『聖弓』を渡してくれたのである。その『聖弓』を手に取ると、僕は手に取った瞬間に……なぜか懐かしくも思える感覚に襲われると……不思議な事に使い方が自然と分かるようになったのである。『魔導』の『魔力強化』と同じ効果が得られる能力が備わっていたようだ。僕はその事をありがたく受け取ることにした。『神剣』、『精霊槍』と合わせて3本の『聖武具』が揃ったことになるのだが……『聖槍』はリル達に渡しているので実質、使えるのはこの3つだけである。僕がそんなことを思いながら、『聖槍』を眺めているとその視線に気付いたリリスに似た女性は、不思議そうな顔をしながら僕の事を見ていて、そして僕に向かって話しかけてきた。「それあげるけど大事にしてよね?それは私がずっと昔に使ってた『武器』だから……」と言って来たのである。僕がその事に驚いたのだが……僕が何に驚いたのかを理解していないようで……僕の反応に不思議がっていたが……その後すぐに、リリスに似た女性は、僕に興味を失ったかのように、またどこかに行こうとするのだが……最後に僕の方を向くと、こう告げて来たのである。


『それ……使いこなしたければちゃんとした師匠に教わりなさい』という言葉だけ残し、リリスに似た女性は僕の前から消えてしまったのだった。僕がその場に残されたのだが……リリスに似た女性の残した言葉を反すうしていた。


だがその言葉を理解する前に僕はその場で意識を失うことになってしまう。僕は……その日、初めてこの世界の人間としてこの世界に生きる一人の人間と出会う事となる。その出会いが後にこの国の運命を変える事に繋がるのである。……その少女の名はアイナ・フローラ……。


僕は『聖女』の力を借りることは出来なくなり……。自力で『聖剣』を使い魔王リゼルを倒すために、まずは『天月零士』という人物の事を調べて見る事にした。


リリスはリゼルを止めると言っていたのだ。その言葉通り、リゼルは僕とリリスとの戦いを止めて、今はリリスの目の前で戦っている。僕はそれを見届ける事しかできなかった。だが……。僕はまだ諦めてはいない。まだ方法が残されていると信じてはいるのだが……それが成功するかどうかは、正直に言うと五分五分の確率だと思っていた。だからこそ僕はリゼルに勝てる可能性の高い方法を必死に考えていたのである。そんな時だった。


僕の頭の中には……僕が元いた世界での出来事が流れ始めたのだった。僕は自分の記憶が蘇っていく事に気付き、慌てていたが……。そこで僕はある事に気づくと、僕はリリス達には悪いとは思ったものの……その場を離れさせてもらったのだった。僕はその事に驚きながらも……僕はその場所に向かう事にしたのだった。その部屋は僕が住んでいたアパートで……そこには、僕の知っている人たちがいるはずなのだ。僕が急いで部屋の中に入っていくと、そこにはなぜか知らない女性がいて僕は少し驚いてしまったが、そんな事より気になるのはなぜ彼女が僕の部屋にいるかということだった。彼女は僕の姿を確認すると、「あぁ……おかえり……ゆうくん!」と言って抱き着いてきたのである。


僕は状況についていけず困惑していたのである。すると今度は「ふーん。そいつは?」と言いながら部屋に入ってきた人物が一人現れた。


僕はこの人を見た事がないと思ったが……どこか懐かしい感じがして、よく考えてみると……。僕は目の前の人物の正体が分かったのだった。


僕達はリビングで話を始めることになった。僕と女性二人に男性一人の計三名である。男性は30代前半の見た目をしたイケメンの優しそうに見える人だったが、雰囲気的には仕事ができるような感じのする人である。そして、もう一人は20歳くらいの女性であり、可愛らしい女の子といった容姿をしていた。ちなみに、この女性はさっき僕に急に飛びついてきて、「ゆうくん」と声をかけながら抱きしめてきた女性で……。さらに……目の前の男性と恋人のように手を繋いでいたため、おそらくカップルであろうと思われる人達であった。


とりあえず僕達が自己紹介を終えると……その女性は「私の名前は小鳥遊美波で、こっちの男の人の彼女は相沢絵梨香です」と言い始め、続いて男性が名乗るのかと思って見ていたらその女性は「じゃあさっそく質問!私達はどこで出会ったんだっけ?」と言ってきて……僕は困惑したのだ。そんな事を言われるとまるで、この世界がゲームの中のような世界だとでも言われている気がしたからである。だが、僕はその事をすぐに否定した。そして僕は……僕の事を待っていた女性……『橘美春』が死んでしまい、そのショックで、異世界に来てしまっていたことを説明した。そして……その説明を終えた直後……突然……目の前が光に包まれたのだった。僕達はそれに驚いて目を瞑ってしまったが……。しばらくしてから恐る恐る目を開けてみると……。そこは先ほどまでの僕の部屋ではなく……僕は……元の世界に戻ってきたのである。しかも僕は……何故か……僕の身体は、僕自身が作り出したオリジナルの『魔眼殺しのメガネ』をかけている状態に戻っっており……目の前には、僕のことを待ちわびたような顔をしているリリスがいたのだった。僕は……突然起こった出来事を理解できずにいたのだった。


リリスの表情を見る限りは、僕がここに来ることが分かっており……。僕はどうして自分がここに戻って来たのかも理解できていない状態だったが……。


そんなことを考えていた僕にリリスが「久しぶりね。……私のユウト……ようやく会えたわね」と言うので……「えぇ……。会いたかったですよ……リリスさん……。」と言い返したのだ。


僕がそういうとリリスは嬉しそうな表情を浮かべていたので、僕もその事がとても嬉しかったので笑顔でリリスのことを見ていると……僕達のことを見たリリスの仲間が話しかけてくる。


「へぇ~……リリスちゃんの言うとおりだね。……確かにこの子はユウ君にソックリだし……やっぱり……あのユウ君は本物のようね。それにしても驚いたね……。」とリリスの横に立っていた女性のうちの一人が呟くとリリスが「当たり前じゃない。私が……間違えるわけないでしょう。それより……」と言ってリリスが僕の手を握ってくるのだが……。


僕はそれを見ると……リリスの後ろに隠れるように移動してからリリスの手を握ることにした。


(なんか……怖いな……。)


それからリリスに仲間から事情の説明を受けるのだが……リリスとその女性は『勇者』として……僕以外の勇者を探しに行くことにしていて……。僕も連れていくように言ってくるので、リリスに理由を聞いてみると……。リリスはリゼルを止めるためには『勇者』の力が必要で、今の『勇者』では『魔人族』に勝てないため……『魔王』になった僕に助けを求めに来たということを説明する。僕はそんな話を信じられなかったのだが……リリスが嘘を言っているように思えなかったのである。リリスが嘘をついているとは思えないし、リリアは『勇者』として僕を助けに来てくれたので……。


僕がリゼルと戦うための力を手に入れられる可能性があるなら協力することにしたのだった。


僕とリリスが二人で話を続けていると、その話を聞いていたリリスのお姉さんのリリアが「え?なんで私がこんなちんちくりんと行かなきゃならないの?私はもっとかっこいい人とがいいよ」と嫌そうな顔をしながら言うと……。


リリアの横に座っているもう一人のお姉さんらしき女性が「そうだよね。リリスはかっこいいけど、その子と一緒にいたら私たちの方が負けちゃうもん」と言って笑い出してしまった。


するとリリアは「まあ仕方ないか……。……いいわよ。あんた達を連れていってあげる。……ほら行くわよ。早くしないとリゼルを止められないんだからね!」と言ってその場を去って行ったのだ。僕はそれを見ながら「僕達を連れて行く理由は何ですか?」という疑問を胸に抱えながらリリスの顔を見てしまう。リリスはそれに気づいて僕のことを見つめ返してくれる。その瞳には優しい光が灯っていて僕はとても安心した。


僕がしばらくリリスの瞳をみていると……リリスの視線は僕の目から離れてしまい……その後、リゼルの方を見てしまう。僕もつられてリゼルの方に視線を移すと……。


そこには……僕と同じ顔で、黒髪の男と、赤黒い髪の女がいて、リゼルと戦っている姿があった。


それを見た僕は思わず……「え?……あいつ誰だ?……」と言葉が出てしまったのだが……。


僕がその言葉を言った瞬間に、僕が元々いた世界の僕のアパートに居たはずなのに、僕の視界はまた変わっていたのだ。


そして……今度は僕がリリスとリリスの姉である『聖槍のリリス・アースガルズ』が僕に向かって剣を突き刺してきて、僕はその攻撃を避けようとはせずにそのまま剣を受け入れてしまった。すると、リリアが慌てて「ちょ!……やめてよ!もう……本当にありえない……。」と声を出し、その隣にいたリリスが「……大丈夫?」と心配してくれたので、「ありがとうございます。でも、僕が死ねば……リゼルの封印は完成します。なのでこのまま続けて下さい。」と言い放つ。


リリスは「ダメ!絶対に貴方に傷ついてほしくないし……私はまだ……ユウトと出会って一ヶ月程度しか一緒にいないんだよ……。でもリゼルが暴走したら……もう誰にも止められなくなってしまう。だから……お願い……私のために……生きて。リゼルはきっと倒してみせるから!」と涙声で叫び始めるのだった。


僕は自分の体に突き刺さっている剣を見てから、「それは……出来ないですね。僕はこの世界にきてリリスと過ごした時間が一番長かったんです。だから僕は最後まであなたを守りたいと思います。……それが僕が元いた世界でリリスに助けてもらって……今ここで生きている意味だと思うからです。それに……この世界で僕は自分の力でここまでこれました。その努力を簡単には投げ出したくないです。」と僕はリリスに対して本音をぶつける。僕は正直……死ぬことが怖かった。だけどリリスを守るためになら僕はこの恐怖にも立ち向かえるような気がしたのだ。それに……僕の体は徐々に光に包まれていっていた。


僕の身体からは光の粒子みたいなものが現れ始めていたのである。これは僕のスキルの効果の一つで『命燃焼』と呼ばれるもので、発動していると徐々にだが生命力が奪われていき、この世界に存在する全てのものに影響を及ぼしているのである。僕の場合は僕自信にその効果が現れているのである。


リリスは僕に近づこうとしていたが……そんな事を許すつもりのないリゼルが邪魔をしてきていたのでリリスはその事で少し困ったような表情を浮かべながらリリスの姉であるリリスに問いかけていた。僕は……この隙を逃す訳にはいかないと思い、僕はそのタイミングでリリスに近づいていき……リリスを抱き寄せることにしたのだった。そうすることで……僕の体がリリスに抱きつく格好になるわけなのだ。そうして僕は自分の身体に刺さる聖剣を抜き、その聖剣を投げ捨てた。そして、僕の体は少しずつではあるが消えかかっていたので、その前に僕は魔法を唱える。「……『我が肉体は時を超越す』」と言うと……僕は一瞬だけ意識を失った。


僕が再び気が付くとその時には既にリゼルとリゼルの従えていた悪魔たちはリリス達の攻撃を防いでいるところであった。


僕が起きたことにリゼルが気付くと……すぐに僕に攻撃を仕掛けてくるが……。リゼルは僕の顔を睨んで何かを察したように動きを止める。そして、リゼルが動かなくなると、すぐにリリスは僕が先ほどまで身に着けていたメガネが壊れていた事に気づいたらしく……。「ユウト……もしかしてその状態は……。ユウトが私の為にそこまでする必要はないのに……。そんなに私のために……。」と呟いている。僕はその声を聞くとすぐにリリスのことを見るが……僕の目はリリスの姿を確認することは出来なかった。


何故ならば……僕が作り出したオリジナルのアイテムである魔眼殺しの眼鏡がリゼルの攻撃で壊されていたからで、僕はそれを確認した瞬間……目の前の光景は暗闇に変わり始めたのだった。そして、僕は何もできないまま意識を失ってしまうのだった。


僕達は僕に話しかけている女性達を無視して急いで王城から出ていこうとするが……。


僕達は城の外へ出るのを阻止される。


なぜなら……城の入り口には、兵士達が集まっており……その中には当然の事だが『聖剣の勇者』である僕の事を待っていた『白銀の騎士 シル』とその仲間の女戦士二人に『大魔術師 リン・アルゲイン』『雷帝姫 アリシャナ 』もいたからである……。


(はぁ……。こんな所で捕まるなんて……。どうすれば……。)


僕はそんなことを思っていたが、『魔王』としての本能的な部分が、僕の心を支配しようとしていた。僕は何とか自我を保つことが出来たのだが……リリスは違ったようで、急に暴れ始めて兵士の人達を襲い始めるのだった。


リリスが兵士達を殺し始めようとするところを僕は必死に抑えるのだったが……『大魔王リリス 』として目覚めたリリスの強さは尋常ではなく僕は殺されてしまうのではないかとさえ思うほどだったのだ。僕はその強さに恐怖を感じた。そのリリスを止めるためにも……早くリリスの暴走をやめさせなければと思った。……だけど……。僕の頭の中には……ある考えが生まれていた。


それは、僕自身では『リリス』を止めることが出来ないのではないかと思っていたのだ。『勇者』と『魔族』は対極にある存在で『魔人』となった『僕』はリリスに勝つことはできない……。僕はそのことを改めて実感していた。


リリスは『魔王』である僕の力を取り込んだため、圧倒的な力を手に入れることが出来ており……『聖剣』の力を使わずに『魔王』の力を使う僕を止めることができるのは『聖剣の勇者』だけであると、頭のどこかで分かっているのだが……そのことを認めてしまうのがとても悔しかった。『魔王』の力を使っているのに勝てないということが……僕を追い詰めたのだった。


僕はどうにかこの状況を打破する方法を考えていたが……何も思い浮かばず、このままリリスのされるがままにされてしまうのだろうと思ってしまい絶望した瞬間だった。僕の中にあったリリスに対する恐怖が嘘のように消えたのだった。そして……。リリスのことを抱きしめたい衝動に襲われるのだった。そのことに僕は驚きながらも、今の気持ちに逆らうことは出来ないのだと感じるのだった。……僕の心の内にあった迷いは消え去り……。


僕の中にある『聖剣の魔王』としての本能が……『勇者』としての心を呼び覚ましていく。


僕は自分の感情に従うことを選んだ。


その瞬間から……僕の中の何かが変わるのを感じることができたのだ。


すると僕が今まで使えなかった『聖剣』と『神剣』の二つを扱うことが出来るようになっていた。しかも、それだけではなかったのだ。


僕は……その二つの力を同時並行で扱う事ができるようになっていて……。


さらに、リリスが使う魔法の使い方が分かるようになっており……僕に魔法を教えてくれた先生の顔が頭に浮かんできたのである。……それは僕を異世界から呼び出してくれた『天使 ルリア 』の優しい笑顔で僕が大好きだった人だった。……僕はその人から教えてもらったことを思い出して、リリスと戦うために使おうと決める。


僕は、今ならどんなことでも出来るような感覚に襲われていて……。リリスとの戦いが楽しかった。僕が戦うのが楽しいと思うのは初めてで僕は興奮を抑えきれずにいた。僕はリリスと戦えていることに喜びを感じていた。


リリスの身体能力は僕の知っている『魔王 リリス 』とは比べ物にならない程強くなっていたのだが……僕と戦えるほどまでにその身体能力を上げているわけではなく、リリスの身体能力を遥かに凌駕している僕の身体能力の前にはリリスは手も出せなかったようだ。


そのことに満足感を覚えていた僕であったが……ここでまた予想外のことがおこったのだ。……僕の攻撃を全て避けるか防ぐかをしていたリリスがその動きを変えて僕の攻撃をあえて避けることなく攻撃を受け止める選択をした。


僕の攻撃を受けたリリスの身体から血が流れるが、それでも全くダメージを受けていないようであり、僕は驚く。


僕の持っている武器や攻撃方法はリリスに対してあまり効果が無いと判断した僕はすぐに新しい技を使ってみることにしたのだ。そうすると、今度は『魔王剣 ダークスラッシュ』を放つが、やはり同じように避けられたり防御されたりでダメージを与えることは出来ずに、そのままリリスのカウンターを受けてしまう。


そのカウンター攻撃に対して……『神槍 トライデント 』『闇槍 ゲイボルグ』『風斬 シュバルツスライスト』といった三つのオリジナル魔法を同時に発動させることに成功する。そのオリジナルの魔法はリリスに当たる直前に分裂して……その分裂した複数の魔法の矢はそのままの勢いを保ったままリリスに向かって飛んでいきリリスの身体に命中させたのだった。そして……。その無数の魔法が当たったことによって、リリスにダメージを与えられるようになりリリスの身体は魔法によってボロボロになっていったので、リリスは一旦距離を取って魔法で傷を回復しようとする。僕はそれを見逃さずに『暗黒球 ブラックホール』を放って逃げようとしているリリスをその場に引き戻すと僕は追撃をしようとしたのだけれど……。僕はリリスから放たれた衝撃波のようなものに直撃してしまい……僕の体にはいくつもの大きな傷ができ


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