出会いと別れの午前2時

於田縫紀

出会いと別れの午前2時

 目が覚めた理由は簡単。

 お腹がすいたから、とっても。


 本日はお昼過ぎから調子がいまひとつ。

 頭痛がして、更に胸がむかむかして時々吐き気もといった感じ。

 だから帰ってシャワーを浴びた後、晴美が帰ってくるのも待たずにすぐベッドへ。

 勿論夕食なんて食べてない。


 でも今、横で晴美が寝ている。

 だからもう結構遅い時間なんだろう。


 晴美と反対側を向き、私の身体で光をガードするようにしてスマホで時間を確認。

 午前2時、朝はまだまだ先。


 寝たおかげで体調は復活したかなと思う。 

 頭痛も何かむかむかした感じも無いし。

 ただそのせいか異常におなかが空いている。

 脳が私に何か食えと命令している感じ。


 食べると言えば隣に寝ている晴美の胸の膨らみが美味しそう。

 今日はご無沙汰だったからむんずと掴んで思い切りむしゃぶりつきたい。

 しかし今、食べるべきはそっちじゃない。

 胃袋に入る物の方。

 

 仕方ない。

 晴海を起こさないようゆっくり音を立てないよう身を起こす。

 抜き足差し足忍び足でキッチンへ。


 最初の目標は冷蔵庫。

 晴美、何か買ってきていないかな、そう期待して冷蔵庫をオープン!


 ソース、ドレッシング、マヨネーズ、酢……

 調味料には用がない。

 私が欲しているのは空腹を満たすもの。

 しかし調味料以外は缶ビール、缶ビール、缶ビール……


 ビールは私、苦手だ。

 苦くて美味しくないから。

 何故晴美はあんな物を好んで飲むのだろうか。

 

 いや今考えるべきはそっちじゃない。

 空腹を満たすサムシングを探す事。

 でも冷凍庫まで漁っても食べられるものは氷くらい。


 米とかカップラーメンとか乾麺とかはこの部屋には無い。

 私も晴美も調理はしない主義。

 食事は基本、外で済ませてくるか弁当等を買ってくるか。

 だから調理してさっと食べられるなんて物はこの部屋には無い。

 

 しかしそれでもこの部屋に胃袋に入れられる物がないとは決まっていない。

 晴美はビール好きの癖に甘いものも好きだから。

 特に焼き菓子とかクッキー類が大好物。

 だから、運が良ければ……


 私はつくりつけの食器棚の一番上の扉をにらむ。

 ここは身長が低い私では届かないと晴美が思っている場所。

 だから彼女は時々自分用の菓子をここに隠している。

 私が気づかないだろう、気づいても取れないだろうと思って。


 しかし私は人間だ。

 食卓の椅子を使ってその上に乗る位の知恵はある。

 という事で椅子をよいしょよいしょと運び、食器棚の前へ。

 椅子の上に乗って、そして棚を開く。


 前は確かここにヨ●クモ●クの缶入りクッキーセットがあった。

 今回も何か入っているかな。

 そう思いつつスマホで照らして中を確認。


 小箱がいくつかある。

 しかし私の身長では何の箱かよく見えなくてわからない。

 だから落ちないよう左手で棚の下を握って身体を支え、思い切り身体と左腕を伸ばしてその箱の1つを取る。


 あまり大きくはない箱だ。

 スマホで照らすと箱はカラフルで独特の絵が描かれている。

 

 見た瞬間気づいた。

 この癖のあるリスの絵は……西●亭のクッキー!

 という事は、他の箱も……


 必死に身体を伸ばして、中から残りの箱を取る。

 それぞれ違う色と絵だけれども、描かれているタッチやリスの顔は同じ。

 ●光亭のクッキー小箱、合計4つ。


 ああ、ついに私は出会う事が出来た。

 胃袋に入る、美味しい物と。


 勿論これは晴美個人の物。  

 普段ならば私も手を出さない。


 しかし今は非常事態。

 法用語で言うところの緊急避難という奴だ、たぶん。


 それぞれ違うリスの絵が入った箱を見て私は考える。

 どれにしようかな。


 でもこういう場合はまず定番からというのがお約束。

 そう思って私は『くるみのクッキー』の箱を残して他を棚に戻した。


 ◇◇◇


 それから概ね10分くらい経過。

 今、私は別れの残酷さにしみじみ涙。

 いや涙は出ていないか、少々盛ってしまった。


 もちろんお別れしてしまったのはクッキーの箱に入っていた中身。

 くるみのクッキーだけではない。

 アーモンド、黒ごま、松の実クッキーの空箱も私の前にあったりする。


 本当は1箱で済ませるつもりだった。

 しかし気がついたらまた椅子に登って、身体を伸ばして……


 小箱だったから中身はそれほど多くなかった。

 それにおなかが空きすぎていた。

 だから仕方ない。


 さようなら●光亭のクッキー達、愛していたの食べたい程に。

 本当に食べちゃったけれど。

 でもおかげで空腹は収まったの、だからありがとう。


 なんて胃袋からの欲求が収まって、そして私は気づいてしった。

 晴美がこっそり大事にとっておいた西光●のクッキー、一つ残らず食べちゃった事に。


 どうしようか、この始末。


 きっと晴美、わざわざお店に寄って買ってきたんだ。

 クッキーが大好きだから。


 ひょっとしたらこのクッキー、休日に2人で一緒にだなんて考えていたかもしれない。

 私もクッキー類が好きだと知っているから。

 前のヨッ●モッ●の缶も、その前のア●リ・シ●ルパンテ●エのもそうだったし。


 うん、仕方ない。

 晴美が起きたら正直に話そう。

 おなかが空きすぎて、つい食べてしまったと。


 晴美はきっと許してくれる。

 でもその優しさに甘えるだけじゃ駄目だよね。


 お店に行って同じ物を買ってこよう。

 確か代々木上原だったかな、お店。

 ここからだと新宿まで出て小田急に乗り換え。

 ちょい遠いけれど、まあ仕方ない。


 スマホでお店の情報を調べる。

 やっぱり代々木上原だった。

 でも閉店が18時というのはちょっと厳しい。

 土曜日かな、買いに行けるのは。  


 それにしても別れは残酷だよね、本当に。

 食べてしまえばなくなるだなんて。

 私はクッキー達との別れを惜しみつつ、片付けをはじめた。

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