眠れない… 二

「突然にすみません。安藤美加ちゃんのヒイお婆ちゃんですよね」

「そうだけど」

「私、美加ちゃんの同級生で、住田桃子と言うものです」

----美加の同級生。ハッ、美加はとっくに死んでるじゃないか。

「それで、あの。ちょっとお話させていただく訳にはいきませんか」

「話と言われても、美加はもう…」

----えっ、この人も、呼び捨てにするんだ…。

「まあ、いいけど」


 英子は桃子と言う娘が持っている紙袋が気になる。


----おそらく、手土産。


 それなら話を聞いてやってもいい。どうせ、暇だし…。


「汚いとこだけど上がって」


 ヘルパーが帰った後だから、それなりに片付いている。ベッド脇に小型のテーブルとイスがあり、桃子はそのイスに座り、英子はベッドに腰掛けた。


「あの、これ、つまらないものですけど」

----よしよし、それでよし。

 英子は茶を入れようとしたが、電気ポットの側には、自分のマグカップしか置いてない。


「本当に、突然、押しかけましてすみません。あの、すぐに帰りますので、どうぞ、お構いなく…」

「ああ、そこの食器棚に湯のみがあるから取ってくれない」


 立ち上がった桃子は湯飲みを持って来る。


「あの、良かったら、私がお茶入れましょうか」

「じゃあ、そうして」

----若いのに、わりと気が利くじゃない。


 英子は枕元のテトラパックの甘納豆を数個、桃子の前に置いた。


----手土産は後でゆっくり。

「それで、話とは」

「はい、あの、美加ちゃんの誕生日の事なんですけど、お婆ちゃんは招待されなかったんですか」

「されたよ。だけど、見ての通りで歳取っただけでなく、足も悪いし、あの日は体調も良くなくて…」

「そうですか。それは大変ですね」

「だから、悪いけど通夜も葬式も行ってない。あんたたちのような若い人にはわからないだろうけど、歳は取りたくないものよ。体は思うように動かない。物も食べられない、夜は眠れない。全くないない尽くしでいいところなし」


 と言いながらも、先ほどから甘納豆はよく食べていると思う。個包装のギザギザ部分を小さいハサミで切っては口に放り込み、茶を飲んだかと思えば、を食べ、また、甘納豆を口に入れる。


「それより、聞いたんだけど、美加は石段から足を滑らせたって」

「ええ…」

「ふーん、若いのにねえ。私なんか、この足じゃ階段なんて怖くて怖くて…。何しろ家でも杖がないと不安なんだから」

「そのことは、美加ちゃんから聞いています。だから、今年の敬老の日には利恵ちゃんと二人で、お婆ちゃんに杖をプレゼントするって言ってました。ああ、あの杖も使ってください。美加ちゃんも喜ぶと思います」


----何が、杖を使えだ。あんな安物。

「杖なら、使ってるよ。玄関のところにあっただろ」

「いえ、あれは違います」

「何が違うもんかい。まあ、持って来たのは利恵だけど。学校の何とかで忙しいとかで、美加は来なかったよ」


 桃子はスマホを取り出し、杖の画像を英子に見せた。


「美加ちゃんがお婆ちゃんにプレゼントしようとしたのは、この杖です。文化祭で忙しかったものですから、利恵ちゃんにお金を渡して、持って行ってもらうようにしたと言ってました。バス賃も渡し、その時に誕生パーティには是非お婆ちゃんにも来ていただきたいと伝言も頼んだそうです」


 桃子から見せられた画像の杖は、四千円もするものだった。


----まさか、利恵が…。


「確かに、言伝ことづては聞いたけど、利恵は美加が買った杖だと言ったよ。それじゃ何。利恵が安い杖買って、その差額をかすめたとでも」

「それは、私にはわかりません。利恵ちゃんに聞いてみて下さい」

「ちょっと、バカも休み休み言うもんだよ。利恵はそんなことをするような子じゃない。ちょっと、アンタ。そんなことを言うために来たのかい。それにさぁ、美加はもう死んでいないんだよ。それを今さら、何をほじくり出して。それも利恵を悪く言うなんて、気分悪いよ。もう、帰っとくれ」

「はい、では、失礼いたします。ああ、最後に、あの夜、お婆ちゃんを見かけたと言う人がいまして…」

「えっ…」

----まさか、そんな…。


 さすがの英子も、これには驚きを隠せなかった。


「あの夜って、美加の…。そんな、そんなことは…」

----いけない、落ち着かなくては。

「誰が、一体、誰がそんなこと言ってんだ」

「四つ葉台から、お婆ちゃんを乗せたタクシーの運転手さんです」

----タクシーの…。

「知らない、そんなタクシーの運転手なんて知らない!知らないったら。第一、それが私だって言う証拠でもあるのかね」

「ですから、その運転手が証人です」

「ウソだ。見たこともない顔だった」

「えっ、お婆ちゃんはあの夜は具合が悪くて、どこにも出掛けなかったのでは」

「そ、そうだよ。だから、知らないったら!」

「それなのに、どうしてウソだなんて」

「それは…。その、それ、何とかの…。あっ、それそれ、その言葉の、。そうだ、言葉のあやでつい…。ああ、もう、頭が…」


 と、英子は頭を抱え込む振りをした。


「それでは失礼します。お大事に」

----何がお大事にだ。いいから、早く帰れ!いや、待て。塩、撒いてやる!


 英子は、桃子の後を追い、玄関に向かったが、そこには、一人の男が立っていた。


























 












































































 

 







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