行きて帰りて… 三

 あれは、孝則との初めてのドライブデートの日だった。行先は海の見えるレストラン。利恵もメイクをし、目一杯おしゃれをした。


「すごいじゃない。十八くらいに見えるよ」


 と、孝則も嬉しそうにしていた。お天気も良く、快適なドライブ日和だった。目的のレストランの前庭はちょっとした散策コースになっていた。先ずは庭を歩いた。利恵と孝則以外にもカップルは何組かいたが、その中にひと際はしゃいでいる男女がいた。


----うっせえな。ガキじゃあるまいし。


 顔でも見てやろうと、前に回り込めば、何と、それはあの美優みゆだった。


 祖母の真理子の再婚相手の孫が美優だった。互いに同い年と言うこともあり、最初は仲良くしていたが、を知るに付け、美優はマウントを取るようになって来た。また、真理子の再婚相手の岩本定男は平気で孫差別をした。美優にだけ洋服やおもちゃを買ってやり、それを美優は学校に持って来て、利恵に見せびらかしたものだ。それは中学生になってからも続いた。

 その時の悔しかったこと…。

 だが、ついに逆転する時が来た。母の真紀がホテルの社長と再婚することになった。姓は「高良」から「安藤」に代わり、すごい屋敷に住むことになった。

 美優は平静を装っていたが、中学を卒業する迄、利恵はもとより、他のクラスメートとも必要以外口を利かなくなっていた。

 高校は違ったので、卒業以来美優と会うこともなかったが、街中で偶然会った。その時、利恵は孝之と、美優も同級生らしい男子と一緒だった。商店街の一方通行道を挟んで互いににらみ合った時、利恵の中に押し込められていた感情がふつふつとたぎって来た。

 そこで、その辺にたむろしている少年たちをけしかけ、少し金も握らせた。その金は高校の入学祝いに貰ったものだった。そして、彼らに美優を襲わせ、その写真を高校や家の近所にばら撒いた。  


----ザマア…。


 美優は高校を辞め、一家は引っ越して行った。その後の美優は美容学校に通っていると聞いた。それが、まさか、こんなところで再会しようとは。それも、男連れ…。


----何だ。ちっとも堪えてないじゃない。


 利恵はわざと美優たちの前に歩いて行った。利恵に気付いた美優はそれまでの笑顔は消え、男の腕を引き、そそくさと立ち去ったが、あの程度の事、美優にとって大したことではなかったのだ。それが証拠に、もう新しい男とはしゃいでいる。今一度、今度こそ、強烈な打撃を与えてやりたかったが、何と言っても、美優の情報が全くと言っていい程ない。家も学校も知らない。さらに、あの時は高校入学祝いの金があったが今はない。ああ言う連中は、少しは金を握らせておかないといざと言う時、利恵の情報をペラペラしゃべってしまう。


----そうだ、美加は金、持ってる。


 少し前、美加の部屋で偶然見た預金通帳。高校生が百万近い金を持っていた。だが、この時は通帳の数字を見たに過ぎない。そこで、家に一人の時、美加の部屋に入り、机の引き出し等探してみた。意外と簡単に通帳とカードも見つかった。利恵はカードを持ち出した。暗証番号の見当は付いている。

 そこで、あきらを呼び出し、思い付く番号を教え預金の引き出しに成功した。そして、ガラケーを2台買い、それを渉との連絡用にした。

 

----そうだ。美優はもういいか…。


 何と言っても情報が少ない。調べるにはこれまた時間と金がかかる。そこで、利恵は新しいターゲットを見付ける。

 そのターゲットは、意外と近くにいた。そう、美加である。それまでは誰より、孫である自分をかわいがってくれていた、祖母の真理子だが、この家で一緒に暮らすようになってからは、すっかり美加にべったりである。さらに、この祖母と孫、平気で利恵の前でイチャツクのだ。もう、気分悪くてどうしようもない。

  

 利恵は、計画を練った。

 にレイプされて、写真をばら撒かれたとて何程の事もないのだ。美加の場合は学校を辞め、どこかへ留学し、数年後にはケロッとして戻って来る。その時には外国人の男と一緒なんてこともありうる。それでは面白くも何ともない。

 そうだ。しばらくすると、美加の誕生日だ。その日は親戚を呼んで内輪だけのパーティをする様に仕向けよう。そして、その夜、上田陸からの偽メールを見せ、陸がプレゼントを持ってバス停で待っていると言えば、美加は大喜びで家を出て行くに違いない。そこで、昭に合図のワン切り電話をする。

 そして、昭が道を尋ねるふりをして、美加を車に乗せてしまう。坂道を降り、山側へと向かう道を上って行けば、その辺りは民家も街灯もない。そこで、美加にかかるのだが、その時はドレスを破り、出来れば靴を奪い、必死の抵抗の美加に逃げられた振りをする。この日の渉の役目はこれで終わり。

 次は、やっとの思いで帰宅して来た、美加を見て利恵が悲鳴を上げる。


「きゃああ!!姉さんが大変よぉ」


 大人たちが集まって来る。その姿を見れば、美加の身に何が起きたか誰もが想像できると言うものだ。だが、美加も言うだろう。


「何でもないの。ちょっと転んだだけよ。ホント、ホントだったら…」


 事実、何もないのだから、美加は必死で否定するだろう。だが、利恵は悲しそうな顔をする。場合によっては泣いたりする。とにかく、パーティはそれでお開きになる。その後、おそらく美加は真理子には正直にすべてを話すだろう。


「利恵、上田君はどうしたの」

「えっ、何の話?」

「美加ちゃんから聞いたわよ」

「そんな、私、上田さんとは駅で一度会って話しただけで、電話番号も知らない」

「でも、美加ちゃんは」

「あのね、お婆ちゃん。わからない。今はそっとしておいてあげる方がいいんじゃない。お婆ちゃんも女なんだから、美加の気持ちわかるでしょ。今は錯乱してるのっ」

「えっ…」

「そんな時に、ああだこうだ言ってないで。いつもの様にしてあげてよ。その方がいいって、もう、そっと寝かせてあげてよ、お婆ちゃん」


 こんなやり取りで、真理子を落ち着かせる。

 翌日、真理子は毎週日曜日の午前中はスポーツジムに行くことにしている。だが、今朝は行く気にならないだろう。


「だから、いつもの様にしてよ。してなきゃ駄目よ」

「でも、昨日の美加ちゃんの話じゃ、知らない男に車に連れ込まれたけど、必死で逃げ切ったから何もなかったって」

「そうね、きっと、そうなんだわ。そう言う事にして置いてあげましょうよ。だから、お婆ちゃんはいつもの様にスポーツジムに行って。私は孝則さんとドライブに行くからその方がいいのよ。変に気遣いなんかしない方がいいって。その点、ママはさすがね。もう、仕事に行ったわよ」


 とかとかで、真理子をスポーツジムに追いやる。そして、利恵も迎えに来た孝之とドライブに行く。

 さあ、ここからが本番だ。開けて置いた裏口から侵入してきた、渉たち数人の男が美加の部屋へと行き、彼らは美加に襲い掛かる。

 この時、忘れ物をしたので戻って来た、利恵と孝則。


「一緒に来てよ」


 と、孝之と共に二階に上がる。だが、美加の部屋の異変に気付き、ドアを開け悲鳴を上げる利恵…。

 後は孝則のに任せる。孝則の事だ。すぐに警察を呼ぶだろう。その時、利恵はで止める振りをして、男たちを逃がす時間稼ぎをする。パトカーがやって来ると言っても、この家まではそれなりの時間がかかる。その間に、男たちは目出し帽を取り、着替え、裏道から逃げる。

 今回は写真をばら撒かない。同じ様なことをすれば、怪しまれてしまう。写真はないが、男たちによって、噂はすぐに広まる、筈だった。


 それが何と言う事か…。

 、邪魔が入り、どうにも動けなかったと言う。今、昭が付き合っているサトミと言う女が、利恵との仲を邪推してやって来た。嫉妬深い女で、その夜は昭から離れなかった。それで、身動き取れなかったと言う。では、美加が石段から足を滑らせたのは、昭のせいではなく、だったのだ。


 拍子抜けした気分だった。じゃ、後は、すべてしらを切ればいいと安堵したのもチョンの間。美加が死んだと言う。


 それにしても、いくら、上田陸が待っているからと言って、あんな石段から足を滑らせて死ぬとは…。


----これだから。いくら学校の成績が良かったとしても、その他の事は幼稚園児並みの対処しか出来ない。まだ、外野はうるさいけど、これで、邪魔者はいなくなった。勝手に消えてくれた。


 美加が自分のベットで、男たちにやられているところが見られなかったのは残念だが、後は、渉からガラケーを回収して、それですべて終わり。

 違っていることと言えば、孝則が以前より、何か、やさしくなってることくらい。


----まっ、それはそれでいいけど…。 

 

































 









 





 

 































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