それは… 二
一体、何を言い出すのだろう、この人は…。
かわいい娘と息子がいて、仕事も順調と言うのに。
何より、こんなやさしい妻がいるじゃないの。それで、何が不満で「離婚」とは…。
えっ、もしかして、例え裏切られても、実は前妻のことが忘れられなかった?
いや、でも、あの真理子も再婚して、今は別居しているけど、まだ、離婚は成立してない。そのことは知ってる筈。だけど、その時はまさか前妻の真理子とは思わなかった、にしても…。
何なの、これは…。
久美子は動揺を隠せなかったが、祐介は落ち着いていた。
今の祐介はスーパーの社長であるが、オーナーは、久美子である。当然のことだが、この家もスーパーも、久美子のものである。祐介は雇われ社長に過ぎない。それでも、久美子には感謝している。いつも、祐介のことを一番に考えてくれ、二人の子供までいる。このまま、ずっとこのまま、この暮らしが続いてくれればいいと思っていた。だが、とんでもない事実に突き当たってしまう。思わぬ形で、前妻の真理子と遭遇した。そして、自分の前から娘と共に、突如消えた理由を知った。
何と、真紀は祐介の子ではなかった。
開放的な夏の一夜の火遊びの結果だった。その現実を突きつけられた時は、只、恐ろしく逃げることしか思いつかなかった。さらに、悪いと思ったが、金の他にも持ち出せるものは持ち出した。本当に申し訳なかったと涙ながらに謝られた。
今更、謝られてもどうと言うことはないが、今の真理子は、娘、桃子の親友である美加の義祖母である。美加のことを頼んで別れた。
そんなある日、昼休憩のパート主婦たちの話が聞こえた。それは、戸籍の話だった。バツイチの男と結婚したら、前妻の息子にも相続の権利があるとか言っていた。
そうだった…。
真紀は戸籍上は、祐介の娘である。相続権があるとは言っても、祐介自身の財産など知れたものである。
だが、もし…。
そんなことはないと思うが、万が一にも、久美子に何かあれば、祐介がその財産を半分相続してしまう。そうなったら…。
久美子の財産は、桃子と太一のものである。真紀に渡る様な事だけは阻止しなければならない。
こうなったら、久美子と離婚するしかない…。
言われてみれば、その通りである。
兄は、親より先に死んだ。だからと言って、自分の死など考えたくもないが、明日、生きていると言う保証は誰にもない。ひょっとして、15歳上の祐介より、自分の方が先に…。
そんなことがないとも限らない。
それにしても、やはり、久美子は離婚と言う事態は避けたかった。祐介に愛想が尽きたと言うならともかく、今でも好き…。
いや、久美子も母である。この家の財産は、桃子と太一のものである。それを、真紀が祐介の実子と言うのならまだしも、それを赤の他人の真紀に1円たりともやりたくない。あの披露宴の時の、一瞬にして変わった真紀の顔が思い出される。
ここは、決断しなくてはいけない。
「それって、戸籍上の離婚と言う訳」
「そうだ」
「じゃ、どこへも行かない?」
「行かない。行かないが、一緒に住めなくなるかもしれない」
「でも、遠くには行かない?」
「行かない」
「それなら、桃子と太一には、離婚のこと言わないで。あっ、桃子と太一だけじゃなくて、誰にも言わないで。誰にも知られないようにして。人に知られるのいや!」
久美子が離婚したと知れば、また、周囲の男連中の目付きが変わる。もう、そんな思いなどしたくない。
そして、秘密裏に、久美子と祐介の書類上の離婚は成立した。
「さあ、今度こそ、この家建て替えるわ。マンションにする」
と、宣言した。
「わあ、それ、本当」
「エレベーター、付くんだ」
桃子も太一も喜んでいる。
「そうよ」
「いつ、完成すんの」
「もう、太一は気が早い」
「そう。すべてはこれから。先ずは引っ越し先を探さなくちゃ。建設会社はどこにしようかしら。ああ、忙し、忙しっ」
最上階には久美子と祐介が住む。ドアは二つだが、中は繋がっている…。
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