白い少女と僕

千石綾子

出会って、別れて。

 物心ついた頃から、僕の夢の中に時々出てくる少女がいた。

 いつもひまわり畑の中から現れ、そっと近付いてくる。


「こんにちは」


 真夏の眩しい太陽の下、白いワンピースの色白の彼女は、長い髪を風に揺らして僕に微笑むのだ。

 

「こんにちは」


 僕は夢の中でそう答えようとするが、何故か声が出ない。

 風が吹く。彼女はつばの大きな麦わら帽子を両手で押さえて小さくお辞儀をする。

 

「─────」


 彼女は何か言うが、風の音にかき消されて聞き取れない。僕は勢いよく吹き付ける風に飛ばされて、目を閉じる。いつもそこで目が覚める。



「ホント、お前拗らしてるよなぁ」


 幼馴染みのヒロシが呆れたように笑って、ハンバーガーにかぶり付いた。


「お前はそういうことないのか? 同じ夢を何度も見るとか、たまに聞くけど」


 僕はナゲットをマスタードソースにダイブさせて口に運んだ。


「俺はテストの夢をよく見るなあ。あと空から落ちる夢。夢で落ちると、本当に落ちたみたいにドサッて感じがして目が覚めるんだ」

「僕だってそういうのも見るけど、あの女の子は別物なんだよな。いつか実際に会える気がするんだ」

「ロリコンかよ」

「そんなんじゃないったら」


 僕はコーラに手を伸ばす。昔は自分よりも年上だった少女は、いつの間にかすっかり年下になってしまった。

 恋愛感情ではない。ただ、僕にとって重大な意味を持つ存在であると感じるのだ。


「そんなことよりさっきの映画。あれ、面白かったよなぁ」


 ヒロシが興奮気味に話し始め、さっき観てきた映画に話題は移った。そうして存分に話した後、一番安いハンバーガーセットで3時間程居座ったファストフード店を後にした。


「じゃあ、明日学校でなー」

「うん、またな」


 駅の改札でヒロシと別れ、僕はいつものホームに向かった。エスカレーターを降りようとして、僕の目はある一点に釘付けになった。

 駅の構内にある花屋の店先が、ひまわりで埋め尽くされていたのだ。


『大量のお花注文のキャンセルが出ました。半額セールしますので、買って下さい!』


 店頭にはそんな手書きのPOPが貼ってあり、ホームに立つ多くの人がひまわりを手にしていた。

 例の夢が鮮やかによみがえる。僕は辺りを見回した。彼女がどこかにいるのではないか。そんな気がしたのだ。

 

 そしてそれは的中した。

 ホームのベンチの横に例の少女が立っていた。こちらをじっと見ている。やっと、会えた。僕は急いで彼女に駆け寄った。


 ひまわりに囲まれて、白いワンピースの少女が立っている。僕の姿をみつけて微笑んだ。


「こんにちは」


 夢の中と同じく彼女が言う。僕も彼女に挨拶を返そうと口を開いた。しかしその時、僕はひまわりを持った中年の男に後ろからぶつかられてしまった。足がよろめく。目の前には特急列車が行き過ぎようとしていた。


「さようなら」


 少女は微笑んだままそう言ったようだが、ゴーという音にかき消されて僕の耳には届かなかった。

 

 死神が少女の恰好をしていることを、僕は今日初めて知った。



               了


(お題:出会いと別れ)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白い少女と僕 千石綾子 @sengoku1111

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ