第二十二節


 暫くの間、私とアイリスは盗賊たちの隠れ里に身を寄せることになった。

 束の間の平穏。

 そう言って差し支えないほど安穏とした日々を、私たちは享受していた。


 「ネレイス見て!この芋でかい!」


 ギラギラと照りつける日差しをアイリスの黄金色の髪が反射して燦然と輝く。

 自分で掘り起こしたであろうずんぐりとした芋を誇らしげに掲げて、自慢してくるアイリス。

 眩しい。

 最近のアイリスは穏やかな表情を浮かべることが増えてきたように思う。

 そのことが純粋に嬉しい。


 「ずいぶん立派じゃない。アイリスが掘ってきたの?」

 「うん。まだまだある」


 そう言って背負ったカゴをこちらに向ける。

 その中にはアイリスの言葉通りに山のように芋が詰め込まれていた。

 私の方の戦果も上々だ。

 朝から山に入って、何羽か鳥を射止めてきたのだ。

 今夜の食事は期待できそうだ。


 「それじゃ早速持って行きましょうか」

 「うん!」


 村の中心にある集会場を目指して歩みを進めると、方々から声をかけられる。


 「よぉ!アイリスの姉御にネレイスの姉御!調子はどうだい?」

 「あら、アイリスちゃん、なぁにその大きいお芋さん。アイリスちゃんが掘ったの?」

 「おぉ!ネレイスの姉御!大漁ですね!こりゃ今夜が楽しみだ」


 当初の計画なんて何処へやら、今ではすっかりと親しまれてしまった。

 でも、悪い気はしない。

 恐れられるよりも、こっちの方が何倍も気分がいい。


 「デリックさん、こんにちは。調子はいいわ。こんなにもたくさん獲物が獲れたもの。ええ、サイモンさん、今夜は期待してくれて構わないわ」

 「ブリトニーおばさん、また料理教えて」


 アイリスもあれから驚くほどこの村に馴染んだ。

 今では盗賊団ともその家族とも親しげに挨拶を交わすだけでなく、農作業を手伝ったり、料理などの家事を学んだりもしている。

 アイリスは思った以上にぶきっちょだった。そのため初めは農作業も家事もなにもかも思った通りに出来ずに四苦八苦していた。それでもめげずにいつも新しいことに目を輝かせながら楽しそうに挑戦しているのだ。

 そんなアイリスが眩しい。

 何事にも全力で取り組み、少しずつ出来ることを増やしていく彼女のその姿勢からは勇気を貰えるのだ。

 私も負けていられないという気持ちにさせられる。

 それで張り切った結果が背中に担いだ戦果だ。

 常人より鋭敏な感覚を有している私は狩猟や村周辺の警戒任務を担当している。

 村の狩猟担当の者に思わず嫉妬されるくらいに、狩りは私の性に合っていた。

 警備部門の人たちとも打ち解け、着実に信頼を勝ち得ていってる実感がある。

 全ては順調そのものだ。


 「ネレイス、はやくはやく!お腹すいた!」


 そう言って私の手を引っ張るアイリス。

 そんな彼女を見ていると、私の中に一匙の迷いがうまれる。

 私は彼女には幸せになって欲しい。

 彼女はこの村に来てからとても生き生きとしている。

 それならいっそ彼女だけでもこの場所で復讐なんか忘れて穏やかな日々を送ってくれないだろうか。

 そんなどうしようもない独善的な願いが私の中にうまれるのだ。

 このことはアイリスに話せていない。

 話したらきっと彼女は怒るだろうから。

 私がそんな悩みに頭を痛めていると、フッと眉間を優しくほぐされる。


 「また難しいこと考えてる」


 気遣わしげなアイリスの表情を見ていると、その優しい手つきで私の凝り固まった眉間をさわさわと触られていると、悩みが溶けて消えていくように錯覚する。

 ホント敵わないなぁ。


 「なんでもないわ。そんな事よりも畑仕事の方はどう?うまくなったの?」

 「うん」


 この問題はきっと、今、悩んでも解決しないのだと思う。

 なら今は忘れてしまおう。

 問題の先送りでしかないのかもしれないが、せっかくアイリスと二人でいるのだ。それならせめて今という時間をめいいっぱい楽しむことに専念しよう。

 私は集会場に着くまでの僅かな時間をアイリスとのたわいない会話をしっかりと楽しんだ。



 村の中心にあるアルフレッドの家についた。

 2回ノックをして、返事を待たずにドアを開ける。

 村の集会所としても利用されている以上、変な遠慮はしなくていいと言われているので躊躇なく上がりこむ。


 「ごめんくださーい、アルフレッドさんはいますかー?」

 「あ、ネレイスの姉御にアイリスの姉御!お疲れ様でやす!今日も大漁でやすね!」

 「当たり前」


 そう言って得意げな表情を浮かべるアイリスをアルフレッドと一緒に温かい目で見る。

 と、そうそう。用件、用件。


 「これ今日獲ってきた分よ。またみんなに配ってあげて」

 「いつもありがとうございやす。姉御達が来てから食事が豪華になったってみんな言ってやすよ」

 「それは光栄ね」


 パタパタとした足音が階段を降りてくるのが聞こえる。

 そちらを見やるとアルフレッドの母親が降りて来たようだ。


 「あらあらあら。アイリスちゃんにネレイスちゃん、いらっしゃい」

 「メリッサおばさん、お邪魔しているわ」

 「メリッサおばさん!」


 そう言ってアイリスがメリッサおばさんに飛びつく。

 メリッサおばさんも慣れたもので、アイリスを軽々と抱きとめる。


 「あらまぁ、アイリスちゃんは甘えん坊さんね。今日は畑仕事だったのかい?土の良い匂いがするわね」

 「いっぱい採ってきた。また料理つくって」

 「はいはい、しょうがない子だね」


 そう言ってぱたぱたと芋のカゴに向かう。

 その様子を微笑ましい気持ちで見守りたい筈なのに、ほんの少しだけ面白くないと感じてしまう自分がいた。

 いや、私ももっと甘えられたいとか考えてないし。

 っていうか、アイリスのあれは母親に対するような甘え方なのに、それさえも自分に向けて欲しいと思ってしまう自分の想いの重さに驚く。そんな自分が気持ち悪くて仕方がない。

 何よりそんな些細なことにさえもいちいち目くじらを立てる自分の狭量さに辟易するのだ。

 アイリスがこの村で一番懐いたのが、このメリッサおばさんだ。

 料理上手で、おおらかで、親切で、優しくて、時々厳しいけど、それも全部私たちのことを思って叱ってくれている。

 メリッサおばさんはみんなのお母さんみたいな人だ。

 普段はあまり表情を浮かべないアイリスがメリッサおばさんには満面の笑みで甘えるのだ。

 それが何か面白くない。

 そんな私の心の機微を目敏く感じ取ったのか、メリッサおばさんが私を見て優しく微笑む。


 「じゃあ私は料理するからアイリスちゃんはネレイスちゃん達にお茶でも入れてあげなさいな」

 「わかった!ネレイス、座って待ってて」


 そう言ってアイリスもパタパタと部屋の奥に小走りで移動していく。

 この家の中では誰もが移動するときは何故か小走りになるのだ。それも無意識に。

 きっとそれはメリッサおばさんが常に小走りだから、その影響を皆が受けているに違いない。

 そんな事を考え、フッと笑ってしまう。

 唐突にメリッサおばさんが私に近づいて来て、兜の上から私の頭を撫でてくれる。


 「ネレイスちゃんも本当に良い子ね。すぐにご飯にするから座って待ってなさいな」

 「…うん」


 なんだかなぁ。

 メリッサおばさんを相手にしていると調子が狂うのだ。


 「敵わないなぁ」

 「姉御、俺なんて30過ぎて、仮にもこの村の長やってんのに今だに子供扱いでやすよ」

 「あんたも大変ね」

 「まったくでやすよ」


 アルフレッドの愚痴を聞きながらテーブルに移動する。

 何が一番気にくわないって、それは私もそんなメリッサおばさんが大好きだってことだ。

 これじゃいつまでたっても敵うはずがない。

 そんな諦念にも似た感情を抱きながらも、私たちは食事を今か今かと心待ちにする。


 「ネレイス、アルフレッド、お待たせ」


 お盆にティーカップを3つ、ポットを1つ乗せたアイリスがやって来た。

 差し出されたティーカップからは爽やかでそれでいて少し甘い花の香りが漂っている。

 アイリスはここ最近村のおばちゃん達から料理の他にもお茶の入れ方や掃除、洗濯の仕方などいろいろな事を勉強しているのだ。

 これまで戦いしか知らなかった彼女にとってそれらはとても困難で、それでいてとても新鮮なのだろう。

 真面目に取り組むアイリスを気に入ったメリッサおばさんをはじめとした村のおばちゃん軍団のスパルタ指導のお陰で、アイリスの家事スキルは日に日に成長している。

 始めた頃なんてそれはもうひどかった。

 家事なんて一切したことのない私よりもひどかったのだから相当なものだろう。

 それが今ではこんなにも素晴らしい紅茶を出せるくらいになったのだから、それは彼女の修練の賜物だろう。

 彼女の努力は尊敬に値するものだ。

 私はアイリスに礼を言い、紅茶を一口飲む。

 ……ッ!!


 「アイリス、あなたまた腕を上げたわね。この紅茶本当に美味しいわ」

 「本当でやすね!お袋が入れたもんに負けず劣らず美味いでやすよ!」


 私たちの賛辞を聞いたアイリスは照れ臭そうに、でも誇らしそうに笑った。


 「紅茶だけはメリッサおばさんから合格もらったから」


 そう言って頰を掻くアイリスは本当に輝いていた。

 そういえばどうしてアイリスはここまで家事に真剣に取り組むのだろうか?

 前に聞いたときははぐらかされたのだ。そのまま別の話題を振られたので、そこまで気にしていなかったが、こんなにも美味しい紅茶を入れれるようになるまでには相当な努力を要した筈だ。

 そうまでして覚えたいと思った理由が気になった。

 単に興味本位なのかな?

 それとも他に理由が…?

 メリッサおばさん達はどうやら知っているようだしなぁ…。

 うーん、気になる。

 もう直接聞いちゃおう。


 「ねぇアイリス、どうしてこんなに頑張って家事を覚えてるの?」

 「ネレイスだけにはないしょ」


 そう言ってアイリスは頰を染めるもんだから俄然気になる。

 え、いやいや!なんかアイリスが恋する乙女みたいな表情をしているように見えるんですけど!

 え、誰!?

 まさかアルフレッド!?

 そう思ってアルフレッドを睨み付けるも、なぜか奴は生温かい視線を私に注いでくるのだ。

 意味がわからない。

 混乱している私にアルフレッドが一言。


 「ネレイスの姉御は果報者でやすね」


 たっぷりと数秒の間その言葉を吟味し、ついにその意味を理解した私は勢いよくアイリスを振り返る。

 そのあまりの勢いに首を痛めたけど、そんなこと構ってられない。

 アイリスも私を見ていた。

 視線が交差し、急激に体温が上昇する。

 なんだこれ!めっちゃ気恥ずかしい。

 とてもアイリスを見ていられない。

 結局私たちはメリッサおばさんの素晴らしい料理を味わうことも出来ず、その上食事中も上の空で、食べ終わるまでお互いに一言も喋ることが出来なかった。

 それを不審に思ったメリッサおばさんには事情を根掘り葉掘り聞かれた挙句、最終的には大笑いされることになった。

 誠に遺憾である。

 尚、情報を漏らした裏切り者には鉄拳制裁を加えた事をここに明記しておく。


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