第二十節
盗賊達をとっちめたアイリスと私は彼らをおど……ゲフンゲフンッ…約束を取り交わし、相互に協力し合うことを誓い合った。
その結果、彼らを従え……良き友人となり、彼らの家族が住んでいるという山奥の村落に乗りこ……招かれたのだった。
そこはのどかな村だった。
聖都からはるか南に下って行った先にある深い森の奥にその村はあった。閑散としていて活気はないが、代わりにゆったりとした空気感が漂っている。
住民は年配の方が多いのもあってか、基本的に皆親切でおおらかな性格をしているように思う。
例えばそう、誰かがちょっと失敗したとしても、それを笑い飛ばせるだけの度量があると言うか、なんかそんな感じである。
戦火の気配のない安穏としたその村を私はとても気に入った。
「姉御、ここが俺たちの村でやす!どうでやす?いいところでしょう」
自慢気に話しかけてくるボス(仮)が実にうざったい。
華麗にスルーする。
「はいはい。そんなことより分かってるわよね?私が魔族だってことは誰にもばらすんじゃないわよ?万が一喋ったら……」
「わ、分かってやす!姉御のことはたとえ家族にも絶対喋りやせん!」
「なら良いけど」
秘密というものは、それを共有する人間が少なければ少ないほど漏れにくくなる。
私の正体をこの先もずっと隠し通すなんてことは不可能だろうし、絶対にこの馬鹿どもの内の誰かが何処かでポロっと漏らすに決まってる。
それでも少しでも時間を稼ぐためにあれだけ脅したんだ。
コイツらのことは一切信用はしていないが、流石にまだ恐怖は薄れていないと思う。
「姉御姉御!今夜はうちに来てくださいや!うちの家族を紹介しやすよ!」
「あ、オメェ抜けがけはずりぃぞ!姉御そんな奴はほっといてうちに来てくだせぇ!うちのお袋が腕によりをかけてもてなしやすよ!」
……本当に恐れられているのだろうか?自分で言っててなんだが、自信がなくなってきた。
「チッ…」
アイリスが不機嫌そうに舌打ちする。
本音の部分ではこの協力関係に納得できてないんだろうな。
アイリスの過去を考えると盗賊を信用しろって言う方が無理がある。
今回の件は少し私が無神経だった。と、一人反省する。
それでも全ての不満を飲み込んで、私を信用してついて来てくれている彼女のいじらしさに心打たれる。
私の身体の影に隠れて怯えるおっさんどものことはこの際無視するとして、今はアイリスと向き合う。
「アイリス、ごめんなさい。私、アイリスの気持ちを全然考えていなかったわ。本当に無神経だったよね」
「ううん。ネレイスは悪くない」
アイリスはそう言ってすぐに否定してくれたけれど、それがかえって私の中に大きなしこりを残した。
アイリスの過去を知っているはずの私が、辛い過去を勇気を出して打ち明けたおそらく唯一の人間が、無神経にも盗賊と仲良くしていこうなんてどの口が言っているんだ。そして、彼女はそれを聞いてどう思ったのだろう?
軽蔑しただろうか?それとも……。
とてもじゃないが、その答えを聞く勇気は私にはない。
きっとアイリスも頭の中では私の策が今後のためにも一番良いと言うことは分かっているのだと思う。
アイリスに他人の死を必要以上に背負って欲しくないと言う私の思いもきっと分かってくれている。優しい彼女はどんなクズでもきっと殺したら後悔してしまうと思うから。
それでも過去に負った傷がそう簡単に癒えたりしないことを私はよく知っている。それはそう簡単に乗り越えれるものじゃないのだ。
それでも文句の一つも言わない彼女を私は尊敬する。
だからその言葉は自然と口をついて出た。
「ありがとう、アイリス。あなたはすごいわ。とても立派よ」
「ん…」
そう言ってアイリスの頭を撫でると、照れたのか真っ赤になった顔をついっとそらす。
ああもう、かわいいが過ぎる。
そんな顔を見せられたら今すぐ抱きしめたくなる。
荒ぶる内心をそれでも私はなんとか押さえ込み、澄ました顔を取り繕う。
要は格好つけていたのだ。
こんな衆人環視の前で急にアイリスに抱きついて、それで万が一嫌な顔をされたらと思うと、とてもそんな無謀な真似はとても出来ない。
億が一にでもアイリスに嫌われたら私の自我はこの世から綺麗さっぱり消え去るだろう。きっと跡形も残らない。
それに何をするにしてももっと雰囲気というか、ムードを大事にしようと思う。
はるか昔、側仕えが教えてくれた出来る女の秘訣というヤツだ。
ムードを大事に。
うん、よし。大事なことだから絶対に忘れないようにしよう。
「あのぅ…お邪魔してすいやせんが、お二人に寛いでいただけるように家を用意致しやしたので、続きはそちらでお願いしてもいいでしょうか?」
「えっ…あ、ああ、うん。分かった。そうする」
「チッ…」
アイリスにビビりながらもボス(仮)が何とか要件を伝えてくる。
意外と根性あるなこいつ。
「ヒッ…ま、また何かありましたらいつでも遠慮なく言ってください!あそこに見える一番でっかい建物に団員の誰かが絶対に詰めてるようにしやすんで!そいじゃ案内しやすんでついて来てくだせぇ!」
そう言ってたどたどしい足取りで先導するボス(仮)。
それについて行くと村の外れあたりにでる。そこにポツンと建っている歴史を感じるとても趣のある建物が私たちを出迎えてくれた。
趣とか何とか言ってるが、まぁぶっちゃけると非常にボロい。
これ雨漏りとかしないよね?
「ねぇ」
「へ、へい!なんでやしょう?」
「この今にも倒壊しそうな建物が私たちのねぐら?」
「み、見た目は古いっすけどかなり頑丈な建物でやすよ!この村の中では一番頑丈でやす」
「ふーん、まぁいいけど」
「あ、ありがとうございやす!では自分たちはこの辺で失礼しやす!」
「ちょっと待って。さっき頼んだ件忘れてないでしょうね?」
「え、ええ!分かってやす!聖都に密偵を放って情報を探っときやす」
「絶対にバレないようにしなさいよ?」
「任せといてくだせぇ!その筋では俺たちはプロっすよ?きっちり情報を掴んできやすんで安心して待っててくださいや!」
そこはかとなく不安だが、私やアイリスが行くよりかは確実性が高いだろう。
非常に不安だが任せるしかない。
不安で不安で堪らないが仕方がない。
「あ、あとご要望のブツは家の中に置いておいたんで自由に使ってくだせぇ!」
「分かったわ。ありがとう」
「それじゃ、今度こそ失礼しやす!」
そう言ってボス(仮)は颯爽と去って行った。
流石は盗賊と言うべきか、その逃げ足のはやいこと。
なんて余計なところに感心してしまった。
さっそく家の中に入ってみる。
そこは確かに外見はボロいけれど、その実手入れの行き届いた綺麗な建物だった。
なんか歪んでるけど。
シンプルな石造りの家で内装も部屋が二つ、扉を開けてすぐに炊事場とテーブルがある。ここで食事をするのだろう。そして、そのテーブルの上には使い古された全身鎧が一式置いてあった。助かる。
それによく見たらこの鎧すごい高価そうだ。ところどころに凝った装飾とか宝石が散りばめられたりなんかして。素材もこれただの鉄じゃないような…。
これ絶対に盗品…。と、そこから先は考えないことにした。
右奥にももう一つ扉があり、その先は寝室だった。そこには少し大きめのベッドが一つ用意されていた。
そう、何故かベッドが、たった一つしか、用意されていないのだ。
ふむ…、一つしかないなら仕方がないよね。
床で寝ると疲れが取れないし、それでは今後の作戦行動に支障をきたしてしまう。
うん、それはダメだな。
ここは二人で一つのベッドを共に使うしかないな。
そう、あくまでも仕方なく、だ。
決して私自身にやましいところなんて微塵もない。
それだけは信じてほしい。
「キョ、今日は疲れたね?」
「…そう?」
緊張で口がパサつく。上手く発音出来なくて恥ずかしい。声が上擦ってしまう。
ふぅー、落ち着け、私。
あからさまな態度を取るなんてナンセンスだ。
あくまでも然りげ無く、スマートかつクールにいこうじゃないか。
「自分で気づいていないだけよ!きっと疲れきっている筈だわ!だから今日は特別に私が一緒に寝てあげないこともないんだからね!」
「……」
や、やってしまった。
どうしてこう私は肝心な時に素直になることが出来ないんだろう。
アイリスがジーッとこっちを見てくる。その視線に耐えられずにそっぽを向いてしまう。
なんであんたはいつもそんなポーカーフェイスなのよ!
動揺しているのが私だけなんてそんなの不公平だわ!
疲れ切った精神では塞き止めきれない想いが溢れ出し、焦り切ってしまった私の口はよく回った。要らないことをポロっと溢してしまうくらいに。
「聖都から逃げ延びてからまともに休息取れていないし!それに朝からずっと動きっぱなしでもうヘトヘトじゃない!?アイリスはその上戦闘までしたんだからきっと疲労が蓄積しているはずよ!だからアイリスはしっかりと休養をとること!なんなら私が腕枕してあげるから一緒にねまああぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁあぁ!!!」
脳がうまく働かない。
どうやら私も相当疲れてしまっているみたいだ。
そんな私の失言を聞いたアイリスはくすりと笑い、そのままベッドに滑り込む。そして…
「おいで」
そう言って笑顔で両手を広げて私を迎え入れようとしてくれる。
その笑顔の眩しさを前にしてしまっては、私の中に築かれた虚栄心も自尊心もすべてが脆く崩れ去り、その誘惑に逆らう術をもたない私は誘われるままに彼女の腕の中に滑り込む。
やわらかく包み込まれ、アイリスの甘い匂いで心が満たされる。
きっと天国はここにあったんだ。
そう信じられるだけの根拠が彼女の腕の中にはあった。
そのまま頭を撫でられる。
身体が火照る。燃えているように熱い。
でも、その一切がまったく不快ではない。それどころか私は多幸感に包まれていた。まさに幸せの絶頂にいるのだと肌の感覚で実感していた。
「お疲れ様、ネレイス」
不意にアイリスがそんな優しい言葉をかけてくるものだから、思わず泣いてしまいそうになった。
だって私は、今日何も出来なかった。
それどころかアイリスの古傷を抉るような卑劣な真似をしてしまったのだ。
アイリスに優しくされる資格なんて私にはない。
そう思うと先ほどまで感じていた幸せが霧散し、代わりに黒い靄が視界を埋め尽くす。
忘れていた罪悪感が再燃し、私を焦がす。
「私は…えぐっ…アイリスにひどいこど…を…」
「いい。ネレイスが私のことをいっぱい考えてくれていることは分かってる」
「でも……でもぉ…」
「わたしもごめん。大人気なかった」
「あぁアイリス!…あいりすぅ…」
それから私はしばらくアイリスに縋り付いて泣いた。
みっともなく啜り泣いた。
とめどなく流れる涙を、それでもアイリスは黙って受け止めてくれた。
彼女の不器用な優しさに触れて、心が温かくなった。
気がつくと私たちは泣き疲れて、眠りに落ちてしまっていたようだ。
深い眠りの中で、朧げに大好きな誰かが私に何かとても大事なことをしてくれた気がするのだ。それはすごく幸せなことだった気がするのだが、起きた時にはその記憶は泡の如く儚く消えてしまっていて、ついぞ思い出すことが出来なかった。
だから、きっと頰に残った熱は私の勘違いなのだ。
そうに違いない。
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