第十九節


 兵どもが夢の跡。

 まさにそういった風情の廃れた要塞の跡地。

 深い森の中にひっそりと佇むその姿はまるで人の記憶の中からすっかり忘れ去れているかの如く。その壁を這う蔦と生い茂った草木がその要塞が長年人の手を離れていたことを如実に物語っている。

 そんな秘密基地のような要塞のさらに奥、その地下に位置する狭いスペースを格子状に組まれた壁で囲み、その部屋からの逃亡を許さない完璧な設計。

 まぁいわゆる地下牢と呼ばれる建築物だ。

 そんな狭っ苦しい所に一纏めに詰め込まれたにも関わらず、不満を漏らすどころか私の目の前に平伏し、あからさまに怯えた様子の盗賊の一団に私は内心でため息をつく。

 あの惨劇の後は大変だった。

 アイリスが彼ら一人一人を手当てし(だいぶ不満そうではあった)、私が縛り上げていく。そして全員が目を覚ますと軽く脅して近くの拠点に連れて行かせたのだ。

 私の隣にはまだ少し不機嫌なアイリスが無言で、しかし明らかに侮蔑の視線を盗賊達に向けている。

 そんななんとも形容し難い空気感に包まれる中、私は盗賊への尋問を開始した。


 「さっそくだけど…あんた達盗賊稼業でしょ?だったら情報にも明るい筈よね。聖都で何がおこったか勿論知ってるわよね?」


 盗賊みたいに犯罪を生業としている者達は情報に敏感だ。

 独自のネットワークを展開し、驚くほどに事情に精通している。

 私はそんな彼らなら聖都内の異変ですら察知し、私たちが知らない情報すら仕入れている可能性があると考え、質問したのだが…。

 いつ迄たっても返事が返ってこない。

 誰が答えるか探り合っているのか、気まずそうに黙り込む盗賊たち。

 そんな黙りこくる盗賊たちにしびれを切らしたアイリスが一歩詰め寄った。


 「ネレイスが聞いている。答えて」

 「「「は、はい!かしこまりました!」」」


 先ほどの乱闘事件でアイリスは余程恐れられたのだろう。

 ちょっと脅しただけで盗賊たちがすぐに従順になった。

 それで良いのか勇者。それでいいのか人類の希望。と、少しはそう思わなくもないけど、聞き取りが楽になるのは間違いないし、ここは何も言わずに見守ることにしよう。

 そんなことより私の質問には、無駄に図体だけが大きくてスキンヘッドの厳つい顔つきをした男が代表して答えることになった。

 どう見ても三下にしか見えないが、どうやら彼がこの盗賊団の顔役らしい。


 「聖都に関してですが、何やらキナ臭いことになってやす。城門の検閲が厳重になってやすし、聖都周辺では聖騎士団が出動して何かを探っているらしいでやす。そのことから教会が何かを探してる、若しくは何かを隠蔽しようとしてるってのがもっぱらの噂になってやす」


 ボス(仮)が如何にも三下っぽい喋り方でそう話すので思わず吹き出しそうになるもなんとか堪える。

 私は必死に平静を装い、続きを促す。


 「教会の目的は知ってる?」

 「へ、へい。なんでもあやしい二人組の女を探しているらしいです。ちょうど姉御達のような…」


 ガキンッ!


 何やら失礼なことを言いそうな気配を察したので、近くに落ちていた石を拾い上げ、彼らの目の前で握りつぶして見せた。


 「何か言ったかしら?」


 私の問いに盗賊達は顔を真っ青にして首をふった。

 立場を正しく理解してくれたようで、とても嬉しい。

 質問を続けることにする。


 「探してるっていうその二人組の特徴を教えなさい」

 「へい!それが片方が金髪だと言うことと、もう片方は顔も背格好もまったくわからないらしく情報が一切ありやせん!」

 「そうなの。他に知っていることは?」

 「あくまでも噂でやすよ?信じられないかもしれませんが、なんでも教会が探してるのが先の戦争の英雄って聞きやした。つまりは勇者って奴っすね」

 「そう。ありがとう」


 私が彼らに感謝の言葉を述べると、その事に盗賊達は信じられないといった顔をしていたが、正直私はそれどころではなかった。

 仮に盗賊達の言葉を信じるのなら、今現在は具体的な人相書きは出回っていないということだ。

 そして、それはかなりの確度で信じられる話だった。

 教会がどういった組織なのかはアイリスから聞いている。それはあくまでも彼女の主観が過分に混じっていることも否定できないが、確実に起こった事象だけを列挙していっても、教会が風聞を気にする性質を持っていることは明らかだ。

 きっと教会はまだ勇者の名声を落としたくないと考えている筈だ。

 だからこそ探し人を勇者と明言することも出来ず、曖昧な特徴でしか人探しができていないのだろう。

 ましてや魔族と行動を共にしているなんて民衆に知られでもしたら、きっと勇者の名声も失墜する。

 それに私自身の姿が見られていないのも幸いだった。

 背格好を認識されていると、きっと後々面倒なことになる。

 今後どう動くにせよ私の正体が知られていないと言うことは、こちらにとってのアドバンテージとなるだろう。

 そんなことを一人で考えていると、ボス(仮)がおずおずと私に声をかけてくる。


 「す、すいやせん。ひとつ聞いても良いですか?」

 「なによ」


 考え事を邪魔された私の声には少し剣が混じる。

 その声音に少し怯えながらも、ボス(仮)は意を決したように私に問いかける。

 私は彼のその胆力を意外に思いながら、彼の評価を相手の力量も見抜けぬ間抜けから少しだけ上昇に修正した。


 「姉御は魔族でやすよね?」

 「そうよ。それがどうしたの?」

 「お願いがありやす!どうか喰うのは俺だけにしてくれやせんか!?」

 「はぁ!?」


 ボス(仮)の意味の分からない嘆願に私は呆気にとられて言葉を失う。

 え、私がこの薄汚いおっさんをたべる?なんの罰ゲームだそれは。

 そんな私の内心を完全に無視してボス(仮)の言葉は続く。


 「虫のいい話だってのは重々承知してやす!ですがどうかこいつらだけは見逃してはくれやせんか!?俺のことは煮てもらっても焼いてもらっても生きたまま喰い殺してもらってもいいんで!どうかこいつらだけは……!!」


 そんな戯言を抜かすボス(仮)の態度を見るに見かねたアイリスが口を開く。

 いいぞ!言ってやれ!

 私にそんな趣味はないって言ってやれ!


 「わたし達を殺そうとしたくせに、自分たちが殺されそうになったら命乞い?そんな甘い話はない」


 え?

 あ、アイリスさんや、肝心なことを伝え忘れてますよ。

 殺す殺さない以前に私人はたべない…。

 え、って言うかもしかしなくてもアイリスさんも私が人をたべるって思ってる?

 だとしたらかなりショックなんですけど…………。


 「都合いいこと言ってるってのは分かってやす!ですがお願いでやす!こいつらには帰りを待ってる家族がいるんでやす!俺らがいないと家族が飢えて死んじまう…!!」


 ボス(仮)の必死の叫びにたじろいだのか、思わず私を振り返るアイリス。

 だけど、私はそれどころではなかった。

 その問題の前ではむしろ盗賊達の処遇なんて些事でしかない。

 私は至って真面目な顔をして、アイリスと向き合う。


 「ねぇアイリス、聞いて欲しいんだけど。私人はたべないわよ」

 「え、うん」


 え。

 え。


 お互いに言葉を失い見つめ合う。

 あれ?もしかして私の勘違い?

 え、いやいや!あのタイミングでそこで間抜け面を晒しているボス(仮)の言葉を訂正しなかったアイリスにも非があると思うんだが如何か!

 なんて力説するもアイリスからは素気無くされた。つらい。


 「ネレイスって馬鹿?」


 って流石にひどくない!?

 もう怒った。

 私はキレました。

 私が鼻息を荒くしている横からまたもやボス(仮)に声をかけられる。


 「す、すいやせん姉御」

 「ああん!?」

 「ヒッ…!ど、どうやら俺たち勘違いしてやしたみたいで!てっきり魔族は人を喰うもんだとばかり思ってやした!」

 「…そうよ。元はと言えばあんた達が変なこと言うからこんなややこしいことになってるんじゃない!どう落とし前つけてくれんのよ!ええ!?」

 「ネレイス、なんかちんぴらみたい…」

 「アイリスは黙ってて!」


 横槍を入れるアイリスを黙らせ、私はボス(仮)を睨めつける。


 「いい?別に私はあんた達をたべたりなんかしない。って言うか魔族が人をたべるとか誰が言い触らしたのよ。とんだ言い掛かりじゃない。先ずはそこんとこしっかり理解しなさいよね!」

 「へ、へい」

 「それからもう一つ!今、あんた達の命を握ってるのは私。あんた達をたべるのなんて死んでも御免だけど、あんた達が私たちの邪魔をすると言うのならその時は容赦無く殺す」


 弛緩していた空気が張り詰める。

 正直この先を言うのは本意ではない。

 だけど言わなければ私たちの安全は保障されないだろう。

 アイリスと私自身のためにも今、釘をさす必要がある。

 それに相手の心を折る時は全力で。それこそ二度と叛意を持たせないように徹底的に叩くべきなのだ。


 「いい?その時はあんた達の命だけじゃない。あんた達の大切な人たちも全員地獄に落とすことになる。私は他の人よりも鼻が効くの。もしあんた達の内の誰か一人でも私たちを裏切ったら、あんた達の大切な人全員を考え得る限りもっとも酷い方法で殺す。絶対に何があっても。それが嫌なら二度と私たちに逆らわないとここで誓いなさい。その誓いを守っている間は私たちもあんた達を害さないことを誓うわ」


 冷淡に聞こえるかもしれないが、こればかりは仕方がない。

 一度でも相手に弱みを見せたなら、それに付け込まれても文句を言えないのが魔族の常識なのだ。

 所詮この世界は弱肉強食なのだから。

 私の脅しを正確に捉えた盗賊達は居住まいを正し、その頭を下げる。


 「「「誓います!!!」」」


 私は尊大な態度でこれに応じる。


 「うむ。ここに我らの同盟は締結された。短い付き合いになるだろうがよしなに頼む」

 「ハハァッ!!」


 そんな私を気遣わしげに見守るアイリスの視線を気づかないフリで誤魔化す。

 きっと彼女には私が無理をしていることなんてすっかりお見通しなのかもしれない。それでも私が発したこの言葉が、彼らにとって抑止力になるということは彼女も理解したのだろう。だからこそ口を挟まずに、私に任せてくれているのだ。

 ならば私はその期待に応えて見せよう。

 もうアイリスだけが戦い、彼女だけが傷つくなんて不平等は終わりにするんだ。

 これからは私も、私なりの戦い方で、彼女と一緒に戦ってみせる。

 そう決意を込めて私は盗賊達と今後の展望について話し合うことにした。


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