第六節


 勇者が皇帝とやらに謁見に向かってから数時間後、すごい勢いで勇者が私の牢に駆け寄ってくる。

 何か不味い事でも起きたのだろうか?

 まさか、私が魔王であることがバレてしまったのだろうか?

 自分で言ってて、すごいあり得ると思った。

 勇者もあんがい抜けてるからなぁ。

 なんて呑気なことを考えている私の手を勇者が掴む。


 「無事!?怪我してない!?」

 「ええ、無事よ。あなたの方こそ大丈夫なの?」

 「わたしのことは良い!それよりここには誰も来ていない!?」

 「あなた以外だれも来ていないわよ」


 私の一言に安心したのか、勇者はその場にへたり込んだ。

 そして何事かブツブツと呟いている。

 よく聞いてみると、騙したなだとか、あのヒゲとか言っている。うん、まったく意味がわからない。

 そんな彼女の顔が真っ青になっていることに気が付いた。

 「あなたその顔…。何かあったのね」

 彼女は周囲を確認し、人がいないことを確認してからこっそりと小声で囁く。

 「……魔王が無事なら良い」

 私を殺すとでも言われたのだろうか?

 彼女に心配されるのは少しこそばゆい。

 だけど


 「心配ないわ。そんじょそこらの騎士に私をどうにか出来ると思う?」

 「思わない」

 「ならもうそんなに慌てないでよね。それとその…あ、あ…」

 「…あ?」

 「……あ、ありがとう!その…心配してくれてうれ………」

 「うれ?」

 「…っ!なんでもないわよ!」


 何言わせてんのよ!恥ずかしいじゃない!

 それにまんざらでも無いって顔してんじゃないわよ。


 無事再会を果たした私たちは地下牢を脱し、安全な場所に一時退避することにした。



 街をフードを被って移動する。

 栄華を極めた街並みを横目に、私たちは歩みを進める。

 注目を集めないようマントで隠してはいるが、私は今、手枷を嵌めている。

 勇者が私が檻から出す条件として、常に拘束しておくよう命令されたらしい。

 ともあれ私たちはまったく信用されていないみたいだ。

 その証拠に宮殿を出てからずっと監視されている。

 どれほどうまく偽装しようとも、人族よりも感覚が鋭敏な私を騙すことは出来ない。

 そして勇者も尾行には気付いているみたいだ。

 その証拠に私に手枷を嵌める時に目配せで尾行を示唆していた。

 あとの問題はどうやって撒くかだが…。

 下手に目立つのは下策だし、一体どうしたものか。


 私が考え事をしていると、突然勇者が私を抱き上げた。

 「え、ちょっと勇者!?」

 こ、これはいわゆるお姫様抱っこというやつではありませんか!?

 「ちょっとだけ我慢して」

 そう言って勇者は猛然と走り出した。

 石畳の道を踏み抜いて、ぐんぐんと加速していく彼女に追いすがることが出来ず、追っ手ははるか後方の彼方に消えて行った。

 私はあまりの速度に勇者に必死にしがみつく。

 そのまま勇者は路地裏に入り、迷路のように入り組んだ地形を迷うことなく進んでいく。

 そして私を抱えたまま、とある建物に入っていった。

 っていうか

 「いつまで私を抱えているつもり?」

 「………」

 「答えなさいよ!」

 実に残念そうに床に下された。

 なんだか私が悪いことをしているような感じを出されてるけど、悪いの絶対勇者の方だよね!?

 私わるくないよね?

 とりあえずじっとりとした視線を勇者に向けることにしよう。


 「そんな風に撒くつもりだったなら、先に言っときなさいよね」

 「ごめん」

 「次から気をつけなさいよ。それでこれからどうするの?」

 「ここから地下に潜れる。そこで話す」

 「しょうがないわね」

 

 勇者に手枷を外してもらいながらたわいない会話を交わす。

 強引に外すから二度とつけれない姿になってしまった。

 今後手枷がなくても大丈夫なのか聞くが、特に問題ないらしい。

 彼女曰く、捕まらなければ大丈夫、とのことだ。

 十分問題あるように感じたが、何も言わないでおくことにする。


 そして私たちは暗がりの中に足を踏み入れる。

 地下に続く階段は音が不気味に反響していて、入るのを躊躇わせる。

 ためらう私に手を伸ばす勇者。

 

 「大丈夫」

 

 私は無言でその手を掴む。

 不安はあるけれど、勇者と一緒なら不思議と恐怖はなくなった。


 

 地下は下水道が通っていて、汚水が流れているその場所はすごい匂いが充満していた。そして、そこは人一倍感覚が鋭敏な私には辛すぎる場所だった。


 「魔王、だいじょうぶ?」

 「大丈夫な訳ないじゃない!なんなのよこの場所は!」

 「地下水道。聖都では排泄物を近くの河に流している」

 「なるほど…じゃなくて!なんで私たちがここにいんのかって聞いてんのよ!」

 「ここは敵にも盲点…の筈」

 「不安になってんじゃないわよ。まったく。それで目的地はまだなの?」

 「もうすぐつく」


 それから数分ほど歩いたところに大きな空間が広がっていた。

 頭上に空気の通り道があるらしく、匂いもかなりマシだ。


 「ついた」

 「ついたって何もないところじゃない。ここで何が出来るってのよ」

 「ここの真上に教会の本部がある」

 「それで?」

 「たぶん魔王の標的は本部に軟禁されてる」


 その言葉に緊張が走る。

 忘れていた憎悪の火が心に灯るのを感じた。

 そうだ。あの裏切り者を粛清しないと死んで行った者たちが浮かばれない。

 それも簡単に殺すんじゃダメだ。

 なるべく苦しめて、無残に散った同胞の無念を奴にも味あわせてやらねばならない。

 それこそ生まれてきたことを後悔するくらい残酷な目にあわせてやる。


 「魔王に殺してほしい奴もこの上にいる」


 その言葉にハッと我にかえる。

 勇者の依頼もしっかりとこなさないとな。

 

 「それで結局誰を殺してほしいの?」

 

 勇者はその者を口にする時、僅かに怯えたように見えた。

 

 「教皇」

 「は?」

 「教会のトップ。教皇を殺して」


 そう言った勇者はかつてない程、真剣な顔をしていた。

 だけど私は出てきた名前が暗殺するには困難な要人であることに少し怯んでいた。


 「教皇ってこの国で皇帝の次くらいに偉い奴の名前じゃない!あんたそんな奴に目をつけられてるの?」

 「そう。陰湿なやつ」

 「そ、そうなの。何か訳知りって感じね。そういえば勇者って教会に所属してるんだったよね?」

 「そう」

 「どういう関係なの?」

 

 そう尋ねるも、勇者は言い難そうにしている。


 「言う必要がない」

 「そうね。詮索が過ぎたわ。ごめんなさい」


 勇者が苦しむ姿を見るのは私も本意ではない。

 今はまだ、なにも聞かないままでも良いのかもしれない。

 彼女が過去を清算して、それらを全て消化できたのなら、いつかきっと話してくれるだろう。

 気を取り直して仕事の話をしよう。


 「それで?勇者は教皇のこと詳しいんでしょう?勝算はあるんでしょうね」

 「ある」

 「詳しく聞かせなさい。私の復讐のためにもあんたの方はパパッと終わらせるわよ」

 「うん」

 「で?どんな奴なのよ、その教皇って奴は」

 「肥満体で偉そうで嫌らしい顔してる」

 「どんな奴よ。取り敢えずやばい奴だってことは分かったわ」

 「それとわたしは教皇に手出しできない。そういう呪いをかけられてる」

 「なるほど……ってはぁ!?呪いってどういうことよ!神官が呪いを使ってるの?」

 「そう」

 「そうってあなた…。ずいぶん簡単に言うわね」


 呪いを行使する聖職者なんて聞いたことがない。

 行使する呪いによっては、かなり厄介な相手だ。


 「勇者、そいつはどんな呪いを使うの?」

 「契約した相手の行動を制限できる。他は知らない」


 ……情報源が曖昧すぎて少し怖い。契約ってなによ、契約って。

 前々から思っていたけど、勇者の立てる計画って結構いい加減よね。

 だけど、呪いに関しては大丈夫だろう。もともと呪いは強力だが、事前準備に手間がかかるのだ。罠としては絶大な効果を発揮するが、今回のような強襲には即応できないと見ていいだろう。


 「他に何かある?もうそいつについての情報は何も残ってない?」

 「わたしが教皇の命令に逆らえない呪いは【オーブ】と呼ばれる呪具で制御している。水晶みたいなの。どこに隠しているか教皇を脅して聞き出して欲しい」

 「分かったわ。他には?」

 「あと、魔王の目標の居場所は教皇しか知らないと思う。それも一緒に聞いて」

 「……あんたは知らなかったの?」

 「おおよその見当はついてるけど…、断言はできない。ごめん」

 「はぁ…まぁいいわ」


 こういう細かいところで、このポンコツ勇者に期待する方が悪いのだ。

 まぁ仕方がない。

 あとは教皇とやらを脅して聞くか。


 「魔王」

 「今度は何よ?」

 「ありがとう」


 そう言って悲しそうに微笑む勇者の顔に胸を締め付けられる。

 

 「気にしないで。全部私のためだもの」

 

 私の前でそんな泣きそうな顔で笑ってんじゃないわよ。

 笑うなら嬉しそうに笑いなさいよ。

 

 「いつかそんな顔できないようにしてやるわ」

 「え?」

 「なんでもないわよ!それより作戦の詳細を教えなさい」


 いつか、必ず取り戻す。

 私はそう誓った。



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