第五節


 皇帝と謁見する時がきた。

 玉座には髭面の壮年の男が踏ん反り返っている。

 皇帝だ。

 その隣には宰相が控えており、何やらがなり散らしている。

 うるさいことこの上ない。

 わたしは跪きながら、その宰相の無駄にながい話を聞き流しながら、魔王のことを思う。


 魔王は不思議だ。

 彼女はわたしのことを敵だと言った。

 だけど、そんなわたしのことでさえ、心配してくれる。

 その理由がわたしには分からなかった。

 分からないことを理解できる様になりたい。

 わたしはそんな誰もが抱くであろうありふれた好奇心から、彼女に興味を持った。

 それからというもの、わたしは彼女のことを観察するようになった。

 

 「此度の遠征で貴様は魔王討伐と言う偉業を成し遂げたのだ。素晴らしい戦果だ。しかし!それは貴様だけの手柄ではない!全ては騎士団の支えあってのもの。ひいては皇帝陛下の采配の賜物だということを肝に銘じよ。皇帝陛下万歳!」


 観察して分かったことは、彼女はいつも怒っていた。

 例えば理不尽に対してだったり、不条理に対してだったり、この世界にはありふれた無惨さに対してだったり、様々なことに対して彼女は怒った。

 だけど、彼女は決して自分のために怒ったりしない。

 いつでも誰かのために怒っている。


「さりとて魔王を討ち取った褒賞はくれて遣らねばならぬな。皇帝陛下のご意向で、陛下御自ら下賜されるとのことだ。下賎な身には過ぎたる栄誉であることを努忘れるな。そして貴様は受けた栄誉に感謝し、今後ともこの神聖皇国の発展の為、粉骨砕身の気概を持って貢献することをここに誓え!」


 いつも誰かのために本気になれる彼女のことをすごいと思った。

 本気で怒るということは、本気で向き合っているということと同義だ。

 だからこそ思う。

 彼女こそ本当にやさしい人だ、と。

 

 「さ、陛下、この下賤の者にその天上のお声を賜る栄誉をお与えください」


 わたしには彼女と同じことは出来ない。

 わたしには特別な人も、大切な人も、護りたい人もいない。

 何もない。

 ただ、わたしの心には、この世への果てなき憎悪が燻っているだけだ。

 

 「うむ。勇者よ、面を上げよ」


 わたしは魔王にはなれない。

 魔王と同じように誰かを大切に思えない。

 魔王のように誰かを護るために、この身を犠牲にすることが出来ない。


 「勇者よ、聞いておるのか!?陛下が面を上げることをお許しになられたのだぞ!はやく上げんか!」


 わたしと魔王はちがう。

 だからこそ、わたしには彼女が眩しい。

 それと彼女を観察し、関心がどんどん高まるにつれ、私の中に迷いがうまれていった。

 わたしは彼女を巻き込んで、本当に良かったのか?


 「おい、勇者!!!」


 うるさい。

 わたしはが何やら叫んでいる宰相を睨みつける。

 「なに?」

 「な、何、だと?貴様先ほど陛下のお言葉を無視したな。いかに貴様が魔王を討伐した英雄であっても陛下を蔑ろにする行為は不敬であるぞ!この場で斬り捨ててやろうか?」

 「うるさい」

 考え事を邪魔されたわたしは気が立っていた。

 ついカドのある返事をしてしまった。

 「う、う、うるさいだと!?き、貴様どこまで愚弄する気だ!騎士たちよ!この不届き者をひっ捕らえよ!」

 騎士たちが一斉に剣を抜く。

 そして、わたしを取り押さえようと動き出す瞬間に声がひびき渡った。

 面倒なことになったなと、どこか他人事の様に成り行きを見ていると、仲裁のする声が響き渡った。

 「騎士たちよ、剣を収めよ」

 皇帝その人が動揺する騎士たちを収めたのだ。

 そして興奮した宰相をいさめる。

 「落ち着きたまえ、宰相よ。余は今宵は気分が良い。あの憎っくき魔王の血筋がこの世から消え去ったのだからな。その立役者である勇者の無礼を今回限りは許そう」

 「か、かしこまりました!」

 皇帝の髭面がわたしに向けられる。

 「勇者よ、今回の遠征にて騎士団の働きは我が神聖皇国に多大な恩恵をもたらした。その中でも魔王を討ち果たした貴様には特別に褒賞を遣らねばな」

 「褒賞は要らない」

 そうだ、金も地位も名誉も要らない。

 そんなものを抱えていても、わたしを縛る枷にしかならない。

 わたしが本当に欲しいものは誰かに与えられるものなんかじゃ…。

 「貴様!口を慎め!陛下に対してそのような野卑な言葉を使うとはなんと無礼な!」

 やっぱり宰相は口うるさいな。

 それに周囲の貴族や騎士たちも何やら怒っている。

 ただ質問に答えているだけなのに何をそんなに怒ることがあるんだ?

 「鎮まれ!!」

 皇帝の一括で周囲が水を打ったように静まり返った。


 「褒美「は」いらんとな。良いだろう。ならば貴様の望みを口にすることを許そう」

 「今、地下牢にいる魔族を教会に連れて行く。その許可を」

 「余は魔族は好かぬ。魔族は女子供に至るまで皆吊るしてやるつもりだ。それに騎士団長から貴様が魔族を庇っていることは聞いておる。それはいくら英雄といえど、看過できない行いだ」

 「お前もわたしの邪魔するの?」

 わたしが殺気を放つと素早く騎士が動き、皇帝との間に立つ。

 皇帝は騎士たちの制止を無視し、わたしに近づいてくる。

 「ふっ、余は貴様の邪魔なんてするつもりはない。いいだろう。貴様が連れてきた一匹のみ自由にすることを許可しよう。ただし!連行する際はしっかりと拘束せよ。万が一、拘束具をつけていない魔族を見かけたらその場で処断する!」

 そしてわたしの耳に口を近づけ、囁く。


 「せいぜい上手く踊れ。余を楽しませて見せよ」

 

 怪訝な表情を浮かべてる私を見るのが楽しいのか、皇帝は高らかに笑う。

 そして

 「ハハハハハハ!余は貴様の邪魔なんて不毛な真似はしないさ!余は、な」

 そう言ってにやりと笑う皇帝を見て、わたしは背筋が凍った。


 魔王が危ない。


 わたしの失態だ。

 敵地で彼女を一人にさせてしまった。

 牢が彼女の身を守ってくれる保証なんてどこにもないのに。

 わたしは踵を返して走り出した。

 一秒でもはやく、彼女の元に駆け付けるために。




 「勇者にあのような無礼を許して、本当に良かったのですか?陛下」

 執務室に戻った皇帝に、長年彼の護衛を担っている近衛騎士団団長が問う。

 本当は勇者の無礼な態度には彼も怒っている。だが、彼は勇者の出自を知っている数少ない者の内の一人だ。

 そんな彼に言わせれば、そもそも彼女に誰かを敬うことが出来るとは到底思えないのだ。

 彼女の育った環境を考えれば仕方のないことかもしれない。

 そう思うほどに彼女は壮絶な人生を歩んでいる。

 「勿論かまわないとも。勇者はまだ利用できる」

 皇帝も勿論彼女のことを知っている。

 多少の同情はある。

 しかし、彼は指導者として、常に大局を見なければならない。

 一人の不幸で、この国の未来が明るくなるのなら、それは必要な犠牲だったと割り切らねばならない。

 「まったく辛い立場だ」

 そう独り言をつぶやく皇帝の顔には、歪んだ笑みが張り付いていた。



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