第四節


 神聖皇国、その国は雄大な平野と、清らかな大河が国を横断するように流れている豊かな国だ。

 その豊潤な大地は多くの実りを人々に与える。

 麦や豊富な野菜、果実など様々な食物を採ることが出来る。

 また山に行けば鉱山資源、河を下れば海の幸が山ほどとれる。

 人々は食うに困らず、豊かな生活を営んでいる。


 そんな豊かな国の中心である【聖都】は、その街の景観からして美しかった。

 城の周囲を城壁で囲んでおり、難攻不落の要塞都市となっている。そして同時に大河からは地下用水路を引いており、都の周囲に壕を掘って水で満たしていて敵の侵入を拒んでいた。

 東西南北の四つの跳ね橋からこの城塞都市に入ることが出来るらしい。

 そしてそれぞれの門をくぐり、目抜き通りの先に聳え立つのは人族の技術の粋を凝らしたであろう美しい白亜の城だ。

 精緻な飾り、肖像画の様な神々しい硝子窓、そのどれにも目を奪われたが、何よりも驚いたのはこの宮殿の設計者の左右対称に対する執念とも呼べる情熱だ。完璧に計算され尽くしたであろう設計で、東西南北どの道から宮殿を見ても左右対称に見える様に設計されているのだ。

 美に関してそこまで明るくない私でさえも舌を巻いたほどだ。

 万が一、ここから生きて帰ることが出来たなら、少しは人族の様に工夫を凝らしてみるのも悪くないと思った。

 魔族の街は山を削り出してつくっているから、どうしても実用さを重視しがちなのだ。魔王城も城とは名ばかりで、その実ほとんどが洞穴のようなモノだ。(城壁はあるが)

 それはそれで味があるとも思うが、人族の建築物や美意識と比べると少し面白みに欠けると思う。

 そのことを勇者に熱く語ってみたら、変な人を見るような目で見られた。納得いかない。

 

 城門にある検問所でまた一悶着あったが、勇者の力(剣で脅した)で強引に押し通った。

 騎士団一行は多くの歓声を受けながら、目抜き通りを練り歩いていた。

 どうやら魔族の国を打ち滅ぼした英雄として、称えられているらしい。

 その中でも勇者は魔王を討ち取った英雄として非常に人気が高いらしい。その証拠に先ほどから私の前に座っている勇者を讃美する声があちこちから聞こえてくる。

 その歓声を聞くたびに、私の中に仄暗い感情が湧き上がってくるのを感じた。

 久しぶりに感じる衝動に任せ、掴んでいた勇者の腰に爪を立ててしまったが、彼女は何も言わなかった。

 何故だろう。

 少しそれが悲しかった。


 やがて凱旋も終わった一行は、宮殿へと招喚されているらしく、その美しい城へと歩みを進めた。

 しかし、私たちが跳ね橋を渡り、城門をくぐった所で勇者の馬が止められた。

 門兵と思しき者に声を掛けられる。

 「お待ちください!勇者殿!」

 「なに?」

 「勇者殿は魔族を連れていると伺っておりますが、本当ですか?」

 「そう」

 勇者はどこに言っても勇者だな。

 会話が淡泊すぎるのだ。

 そんな何気ないことを私が考えていると、門兵が憎悪の視線をこちらに向けていることに気が付いた。

 私は目立たない様、常に目深にフードを被っているので、向こうから私の視線は分からないだろうが、私も殺気立つ。

 それは勇者も同様だった。

 「だから何?」

 「恐れながら申し上げます。皇帝陛下との謁見に魔族を連れていくことは認められません。地下牢をご案内致しますので、そちらに連れて行ってください」

 「……わかった」

 流石の勇者も一国の王に対して傍若無人には振る舞えないんだな。

 新しい勇者の一面を見た気がする。

 ん?でも私には初めっから理不尽だったような…。

 考え事をしていて上の空だった私に勇者が囁く。


 「迷惑かける。ごめん」

 「ひゃっ!な、なに?どうしたの?」

 「顔赤い。どうしたの?」

 「な、な、なんでもないわよ!」


 急に耳元で喋ったらびっくりするだろ!

 くそ勇者め!

 覚えてろ!

 そんなことこんなで私たちは城の中に入ることに成功した。

 勿論、私は地下牢なんだけど。




 魔王を地下牢に連れて行った。

 王宮の騎士は自分たちに任せろと言うが、信用できる筈がない。

 わたしは一番大きくて、頑丈な牢に魔王を入れてその場を後にした。

 彼女を牢に入れることが忍びなかったわたしは何度も謝ったが、彼女は気にするなと言う。

 そんな彼女には他の騎士に気をつけろと、しつこいぐらい言い含めてきた。

 ここは彼女にとっても敵地なのだから。


 魔王は自分の身を自分で護ることくらい出来る。

 それは分かっているのだが、どうしても心配してしまう。

 こんな感情が残っていることに、自分でも驚く。

 もうすべて削り取られて、何も感じなくなってしまっていると思っていた。だから、久しぶりに感じるそれはとても苦しい。

 だけど、嫌ではなかった。

 不思議だと思う。苦しいのが嫌じゃないなんて。

 わたしが鈍いのだろうか?

 道中それで魔王にもなんども怒られたし、きっと彼女がそう言うのだから、それが正しいのだと思う。


 魔王のことを思い出すと自然と頰がほころぶ。

 こんなことはじめてだ。

 魔王はわたしに沢山のはじめてをくれる。

 わたしは魔王に何か返せているだろうか。

 そうだといいな。


 そのためにもこの後に控える皇帝との謁見をさっさと終わらせよう。

 これはわたしたちの計画を完遂するためには、必要なプロセスなのだ。

 戦勝報告なんて面倒臭いし、柄じゃないが仕方がない。


 魔王とわたしの未来のためにも頑張ろう。

 そう思うと不思議と力が湧いてきた。

 





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