最後の誕生日

オカメ颯記

最後の誕生日

 最初に彼と出会ったのは、まだ、学校に通っていたころだった。

 春の花が咲き始める時期、一年で一番過ごしやすい季節だ。


 変わった少年だと思った。かすかな違和感を感じていたのはわたしだけのようだった。それだけ、影の薄い子供だった。周りの子供たちはみんな顔見知りで、だから初めて見る彼は目立つ存在のはずなのに、子供の群れに溶け込んでいた。


「新入りか?」

「ううん。違うよ。いつもこの時期に遊びに来てたじゃないか」

 そういわれても、彼のことを思い出すことはできなかった。

「そうだっけ?」

「うん。そうさ。ほら……」

 彼はわたしのことをよく知っていた。わたしが彼のことを思い出せないことに罪悪感を感じるほどに。


 その日、家に変える方向が同じだったので、わたしは彼と話をした。話は弾んだ。遊びのこと、勉強のこと、友達のこと。初めての会話だったにもかかわらず、まるで何年も前から知っていたような感覚。彼も同じことを感じていたようだった。


 別れ際に彼は言った。

「ねえ、一緒に行かないか。もっと話をしよう。もっといろいろなことをしよう。きっと君と体験することは素晴らしいと思うよ」


 その時、わたしはサボっていた手伝いのことを思い出した。

「今日は駄目だ。また、今度」

「そうか? それは、残念だ」彼は悔しそうにまた遊びに来るといった。

「お誕生日おめでとう」去り際にいわれて、初めて私は自分の誕生日を意識した。


 それから、毎年彼はわたしの誕生日に現れた。

 わたしが学校を卒業し、上の学校に進み、就職して、結婚して……

 いつも彼はどこからか現れる。そして話をする。

 決まって最後には私を誘う。

「ねぇ、一緒に行かないか」

 そのたびごとに、わたしは用事を思い出す。手伝いや、宿題や、残業や、何やかやを。

 何度も、何度も、同じ会話が繰り返された。


 そして、子供が生まれ、成長し、仕事をやめて、妻に先立たれ……

 誕生日会が終わって、孫たちが手を振って帰ってから、わたしは一人窓の外を見つめる。


「やぁ」

 そして、彼は現れた。昔のままの、少年の姿で。

 わたしたちは話をする。最近のことは覚えていられないけれど、古いことは昨日のことのように思い出される。思い出話を何時間も、二人で語り合う。


「ねぇ、一緒に行かないか」

 行かない理由は一つも思いつかなかった。それでも、わたしは首を振る。


「そうか、残念だ」

 彼はいつものように軽い足取りで、お誕生日おめでとう、といって立ち去ろうとする。


「なぁ、」

 ありがとうと言いたかった。もう、これが最後の誕生日だと自分で感じていたから。気まぐれでも、永遠に生きる彼が私に付き合ってくれたことに。でも。


「君の名前を教えてくれないか」

 感情のない彼の瞳が揺れた。彼の赤い唇が美しい音を紡ぎだした。




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