第26話最終話

 外へ踏み出すと、雨が降っていた。さっきまでは降ってなかったのに。


 窓を眺めれば大雨、部屋のテレビからは台風の中で傘を差し実況するリポーターの姿。

 そんな日にタキガワケイタは自殺を図った。


 結婚し、子供が産まれ、2人の為に夢を諦め、会社で営業をこなす。筋が良かったのか努力が実り一家の大黒柱と呼べるほどの男になった。


 母は末期だと言われたが、明るく気丈に振る舞い人生最期は笑ってたいよと俺へ告げた。


 嫁が俺に気がなくて、遊びのつもりで結婚して、浮気相手の子供でも可愛がる俺を見て、人生の楽しみが増えた〜と思っていたとしても、俺は頑張り続けた。


 子供は無邪気に笑う天使だ。誰の子供かでは無く、俺が育て、俺が父親になる。

 母は嘘が上手だ。痛く、苦しくとも、産まれたばかりの子供の事を気にしてみたり、新米の苦労を慮って、俺に気を使ったり。大丈夫か?と聞けば、大丈夫だ、と。


 両親は俺の可能性に投資をした、なんて実業家みたいな考えはない。我が子が無垢で、抱きしめれば泣き止み、愛を一身に受け止めるから大切に育ててくれた。


 そんな両親の教えは極めて道徳的だったし、この世の常識に照らしても間違ってはいなかった。


 その教えが、人生で一番苦しい時に呪いとなってしまった。正しさは救ってくれなかった。


 恩を返しなさい。人を裏切ってはいけない。親より長生きしなさい。


 嫁には沢山の恩がある。彼女を信じなくてどうする。きっと何かの間違いだ。子供を残してシングルマザーにさせるか?子供を引き取る為に裁判?恩を仇で返すのか。


 新しい嫁探しでもするか。彼女もしている事だ。裏切りではないのか?


 何の為に夢を捨て、何の為に血反吐を吐いて、何の為に生きているのか見失うのは母が亡くなった後だ。


 嫁は夕飯のとき楽しそうに笑いながら会話してくれた。何気ない夫婦のような会話。

 翌朝には子供といってらっしゃいを言ってくれて、帰ればもぬけの殻だった。


 書き置きなんてものはなく、スマホにメッセージが1言。折半ね。


 鬱になり、父が駆けつけ実家に連れ戻された。

 父は無口だが、母が恋しいのだろうか、いつにも増してさみしげに映る。


 家族って助け合うものなのに、俺は何をしてんだ。こんな時に鬱?

 そう思って布団から這い出ようともがく日々。

 一歩も部屋から出られなかった。


 無音の暗い部屋で、心臓の拍動が聞こえる。

 心底うるさい。世界がうるさい。


 どちらかに消えて欲しいなと思った。


 世界が消えてくれれば、俺は正気でいられるだろう。裏切るべき人も、恩を返すべき人も、両親もいないのだから。

 人を笑わせる職業に付きたいという夢も、簡単に諦められる。


 でも無理だよな。都合よく隕石が降ってくるわけでも無し、太陽が爆発するでもなし、核爆弾が雨霰のように降るでもなし。


 なら、俺が消えようか。まともな教えを呪いだとのたまう、無能な人間だ。今更、教えを破ったところで目糞鼻糞だろう。



「コータさん?行きましょうか」


 コウゾウさんは俺が空を見上げ固まっているのを見て、声を掛けてくれた。


「実は俺、死にたいんですよね。」


 必死に隠した本心が口をつく。


「・・・。それはまた、何故ですか?」


「さあ、糞だからですかね。俺もこの世界も」


「ふむ。世界が糞だというのは同意しますが、コータさんが糞かどうかは分かりませんね」


「糞ですよ。調べる必要もなく糞です」


「そうですか。ならば死地を探しましょうか」


「はい?」


「糞だから死にたいのでしょう?糞は便所へ。あなたはどこへ行くおつもりで?」


「死地ですか。場所は決めてませんでした。そもそも死ねるのかどうかも怪しいです」


「なら探しましょうか。コータさんが死ぬのか私の寿命が尽きるのか楽しみですね」


「説教されるかと思いました。助けて頂いたのに死にたいなんて」


「それは身勝手、エゴ、わがままでしょう。勝手に助けたんです。あなたの人生に介入できる権利を対価に要求した覚えはありませんよ」


「そう、ですね」


「さあ、行きましょうか。雨が強くなってきましたね」


「ですね。よろしくお願いします」


 コータはペコリと頭を下げる。



 雨降って地固まる。タキガワケイタは固まった地面に足元を掬われた。不安定なまま固まった地面は死ぬまで不安定なまま。


 外へ出れば地面はぬかるみ、革靴は早速泥だけ。


 それでも強く大地を踏みしめる。


「さっさと死に方見つけよう!」

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必遂調整人!転生したら肉体すらなく、変な仕事を押し付けられたんですけど。 マルジン @marujinn

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