第5話 魔法少女のアジト
日本昔話だった。
何がって?
………………………。
魔法少女のアジトだよ!
薄暗くて仄明るい、闇底の世界。
それは、沼地を離れても変わらなかった。
空には、太陽も月も星もないけれど。辺りをほんのり照らしてくれるホタルモドキは、闇底のあちらこちらに生息しているようで、
そんな世界で。
真っ白い鳥の羽を生やした神秘系美少女の
魔法少女のアジト。
初めてそのフレーズを聞いた時には、状況も忘れて興奮しちゃったあたしだけれど、今はもうすっかりそんな気持ちも何処かへ消え去って、ただ足元の景色に目を奪われていた。
足元に、星空があるみたいで。
ううん。ホタルモドキは本物の星と違って、ほんのりユラユラ動いたりもしているから、水面に映った星空な感じ?
ぼんやりとした光もあれば、やけにはっきりとした黄色い光があったりもして。
法則性があるような、やっぱりないような動き。
ホタルモドキって勝手に呼んでいるけど、生き物なのかどうかもよく分からない、不思議な光。
この世でも、あの世でもない世界。
耳の奥で、おばあちゃんの言葉が蘇る。
この世でも、あの世でもない。
狭間の世界。
綺麗すぎて。
ちょっとだけ、涙が出そうになった。
うん。泣いてない。
ちょっと、ちょっとだけ。
涙が出そうになっただけ。
そんなあたしの感傷タイムは、割とあっさりと終わった。
ホタルモドキが飛び交う、だだっ広い野原の真ん中に、藁ぶき屋根の一軒家がぽつんと建っていた。
昔話に出てくる、おじいさんとおばあさんが二人で住んでいそうな家。
月華は、その家の前にふわりと降り立ったのだ。
重力を微塵も感じさせない軽さで、こう、ふわりと。
いや、そこは割とどうでもよくて。
月華は、姫抱っこしていたあたしを地面に下すと、鳥さんとの合体を解除した。
鳥さんはインコサイズになって、月華の肩に止まった。
そして、こう言った。
「着いたわよ」
着いたって、どこに?
あたしは、内心首を傾げる。
まだどこかぼんやりしているあたしをその場に放置して、月華は藁ぶき屋根のお家の、鍵とかついていなさそうな横開きの扉を無遠慮に開け放った。
「おかえりなさい。月華、
「おかえりー!」
「おかえり…………」
「ただいま」
「ん」
家の中から、女の子の声。
月華、そっけないなぁ。
ただいまくらい、言えばいいのに。
…………って、そうじゃなくて!
もしかして、ここが魔法少女のアジトなんだろうか?
………………………………。
いや、だって。
日本昔話だよ?
おじいさんとおばあさんだよ?
想像してたのと、全然違うんだけど!
月華は、あたしのことなんか忘れたみたいに、振り返りもせずに家の中に入って行った。
え、ええ? お置き去り?
想像とは違うけど、お外で置き去りは、ちょっと怖いし寂しいんだけど!?
どうしていいか分からずに立ち尽くしていると、鳥さんがあたしを呼んでくれた。
「何してるのよ? 早く、入りなさいよ」
「は、はい! お、お邪魔しまーす」
ほっ。よかった。
中に入ってもいいみたい。
鳥さんのお招きに預かり、恐る恐る家の中に足を踏み入れてみる。
わ、わあ。
中も、日本昔話だ…………。
板の間。座布団。囲炉裏。ふすま。
なんか、微妙に廃墟っぽいところが秘密基地めいていると言えないこともなくもない。
えー?
ここが、魔法少女のアジト?
もっと、こう、さあ。
入り口は洞窟っぽくカモフラージュしてるけど、中に入るといかにも女の子な感じのファンシーなお部屋になってるとかさ。
そういうのが、よかったな。
…………いや、待て。
もしかしたら、これがつまりカモフラージュで、どこかに魔法少女部屋に通ずる隠し階段とかあるのかも。
そうだよ!
よく考えたら、あたしはまだ魔法少女になったわけじゃないし!
本当の仲間にならないと、秘密の部屋には連れて行ってもらえないんだよ。
きっと、そうに違いない!
よし、希望が湧いてきた。
あたしが、魔法少女のアジトについての考察を進めている間に、鳥さんが先輩魔法少女たちに事情を説明してくれていた。
月華は、興味なさそうにその様子を眺めている。
一体、月華って、どういう人なんだろう?
謎だ…………。
兎も角。
先輩は、三人いた。
で。なんか知らんうちに、先輩たちが自己紹介をしてくれることになっていた。
まずは一人目。
「
ふわっとした長い髪をゆるーく束ねた、綺麗で優しそうなお姉さん。淡い黄色のワンピースがよく似合っている。
確かに美人だけど、自分から『美人』って呼ばせるのは、どうなんだろう…………?
テレとか全然なくって、苗字でも名前でも好きなよう様に呼んでね、みたいな感じに言ってたけど。
見た目は、綺麗で優しそうなお姉さんなのに。
…………ちょっと、困惑。
続いて二人目。
「ルナだよ! よろしく!」
はい! って、片手を元気に上げて自己紹介してくれたのは、やたらと元気な女の子。
白いTシャツとデニムのショートパンツ。裾はちょっと擦り切れた感じ。肩口辺りまでのワイルドな感じの髪型がよく似合っている。
年はあたしと同じくらいに見えるけど、お胸の辺りはあたしよりも大分成長している。ウエストはあたしよりも締まってそうなのに!
それは兎も角!
この子、なんか猫耳が生えてるんですが。
よく見ると、尻尾もある。
しかもどっちも、動いている。
本物の猫の耳と尻尾みたいな自然な動き。
えーと…………?
いや、うん。
似合ってるよ?
うん、でも。
………………魔法少女?
そして、最後。三人目
「
「は?」
「夜に咲く花で、夜咲花…………以上」
あ、名前か。
夜咲花ちゃんは、シャイな子なんだろうか。
それだけ言うと、ふいッとそっぽを向いてしまう。
ゆるふわっとしたショートカットの小柄な女の子。ルナちゃん同様、あたしと年が近い感じ。中二くらいな感じ。
愛想はないけれど、コスチューム的にはこの子が一番魔法少女っぽい。
紺地に白のドットを基調として、白のレースとかフリルとか、やりすぎない程度にチョコチョコ小技が効いているのが小憎らし可愛い。あと、なんかビーカーとか試験官とかフラスコのミニチュアっぽい飾りがユラユラしている。
帽子と、青い宝石の飾りのついた杖とかも持っている。
完璧だ。
これぞ、魔法少女!
………………理数系魔法少女?
「あ、あたしは…………」
夜咲花ちゃんの魔法少女っぷりに、すっかりテンションが上がりまくったあたしは、張り切って自己紹介をしようときゅっと拳を握りしめたんだけれど。
それは、月下さんによって、にっこり優しく、でも容赦なくあっさりと遮られた。
「今はまだ、あなたの名前は聞かないでおくわ。これから、もしもあなたが魔法少女になったなら、その時に改めて聞かせて。あなたの、魔法少女としての名前を」
「あ、は、はい」
魔法少女の、名前!
夜咲花ちゃんのコスチューム効果も相まって、大分舞い上がっちゃってたあたしは、この時すでに魔法少女になる方向でほぼ心が固まりつつあった。
家のことも、学校のことも、コロッケのことも。
すべて忘れて。
魔法少女の名前、どうしようー、なんて。
脳内には、ぱぁーっとお花が咲き乱れてて。
魔法少女名の候補が、いくつもいくつも、浮かんでは消えて、浮かんでは消えて。
だから。
月下さんがどうして、あたしの自己紹介をぶった切ったかなんて。
その意味に。
気づかないどころか、考えもしなかったんだけど。
――――何の力もないただの人間の女の子なんて、この闇底ではすぐに死んでしまうから。すぐにいなくなってしまう子の名前は、知りたくない――――。
どうやら、アレにはそう言う意味があったらしい。
ということを、あたしが知ったのは。
…………割合、この後すぐだったりする。
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