第4話 考えさせてください

「少し考えさせてください」



 それが。

 たっぷり一分間ほど考えた後の、月華つきはなの提案に対するあたしの答えだった。


 魔法少女…………には、正直なってみたい、とも思う。

 だって、魔法少女だよ?

 なれるものならなってみたいのが本音。


 ま、まあ、あたしも中学二年生だし?

 現実には、そんなのあり得ないって、ちゃんと分かってるよ?

 でも、ほら。ここは、すでに現実じゃないし。

 ここは、闇底って言われる異世界みたいなところで。そもそも、あたしは神隠しなんて非日常的にして非現実的な目にすでにあっているわけで。それで、妖魔って言うらしい変なお魚に食べられそうになったところを月の女神さまに助けてもらったわけで。

 つまり。

 今なら。ここなら。

 ただの普通の女の子のあたしが、魔法少女になってもおかしくない!

 気がする。

 とてもする。


 するけど、でも!


 …………の契約とか、下僕とか。

 なんかちょっと怖いフレーズが混じっているのがなー…………。

 軽はずみにお返事をすると、大変なことになっちゃいそうな予感。

 こういうことは、よく考えてから返事をしないといけないよね?

 あたし、かしこい!



 と、まあ、そんなわけで。

 少々、お待たせした後の煮え切らない返事だったわけだけれど、意外にも月華はあっさりと頷いてくれた。特に怒っているようでも、気を悪くしているようでもない。

 今すぐ決めろ、とか言われたらどうしようかと思って、少しドキドキしてたんだけど。

 あっさり過ぎるほど、あっさりだった。


「そうか。では、心が決まったら私の名前を呼んでくれ。聞こえれば、なるべく君の元へ行くようにしよう。別の妖魔に襲われている最中だった場合、間に合うか確証は出来ないが」


 そして、これまたあっさりと、立ち去ろうというか飛び去ろうとする。


 え、ええぇー!?

 ちょっと、待って。それは、待って!

 こんなところに置き去りにされてもー!!

 それに、それに。

 聞こえればって。

 確証は出来ないって。

 そ、そんなこと言われても!


「ちょっと、待ちなさいよ!」


 そうよ、ちょっと、待ちなさい…………って。

 え?

 誰?

 どちら様?


 あたしの気持ちを代弁するかのように、ちょっと甲高い女の子の怒鳴り声が聞こえてきた。月華の背中辺りから。


 ?

 いや、他には誰もいないはずだよね?

 …………って、何か、出てきたぁ!?


 月華の背中に生えていた真っ白い鳥の羽が、月華から分離して、真っ白い鳥が現れる。

 割と、シュッとした感じの鳥。

 頭の上に、真っ白いプリンセスクラウンみたいなトサカ? がついている。

 真っ白い鳥は月華の頭上で一度大きく羽ばたくと、シュルシュルと小さくなって、月華の右の肩の上にちょこんと止まる。

 鶴ぐらいありそうだったのに、今はインコサイズ。

 どういう仕組みなの?


雪白ゆきしろ…………?」


 月華は鳥さんが何を怒っているのか分からなかったらしく、鳥さんのいる右の方に顔を向けて首を傾げる。

 鳥さんは、雪白という名前らしい。

 鳥さんが怒っている理由が、あたしをここへ置き去りにすることについて、だといいな。

 そうであって欲しい。


「ニエならまだ兎も角、この子は迷い子でしょ? ここがどういう場所かも分かっていないのに、いきなり『血の契約をして、魔法少女という名の下僕にならないか』とか言われても、直ぐに返答できるわけがないでしょーが!」

「ん? だから、心が決まるまで待つと言っただろう?」

「待つって、あんたここから飛び去るつもりだったでしょうが!? こんなところに一人で置き去りにしたら、その内また他の妖魔に襲われるわよ!」

「いや、だから、呼んでもらえれば、聞こえれば駆けつけるつもりだが。まあ、間に合うかは分からないが」

「間に合うか!? 飛び立つと見せかけて、どこか近くで隠れて見守ってるなら兎も角! あんた、本当にここから飛び去って別の場所に行くつもりだったでしょーが!」

「? それは、そうだが。だから、間に合わないかもしれないと、ちゃんと伝えてあるだろう?」

「そうだけど、そうじゃない!」


 どうやら、鳥さんはあたしの味方のようだった。

 がんばれ、鳥さん!

 そうだよね。そう言うことじゃないよね!


 …………ていうか、月華は、一体どういう人なんだろう?

 なんで、あんなに鳥さんの言葉に不思議そうにしているの?

 なんか、こう。自分は何もおかしいことは言ってないみたいな顔しているけど。

 そんなことないよね? おかしいよね?

 あたしのことを、助けたいのか、助けたくないのか。

 どっちなの?

 いや、本当は助けたくないんだとか言われても困るんだけどさ。

 

「ああ、もう! あんたと話していても埒が明かないわ! いいから、この子をアジトに連れて行きなさいよ!」

「アジトへ?」

 月華との会話に焦れたらしい鳥さんが、月華の肩の上で羽をバサバサさせる。

 羽がくすぐったいのか、月華はほんの少し眉を寄せて顔を左へ傾げる。

「あんた、説明へたくそなんだから、そういうのは向いている奴に任せなさいよ。アジトへ連れて行って、闇底のこととか、魔法少女のこととか、月下にでも説明させればいいでしょ!」

「月下美人に? …………なるほど。分かった、そうしよう」

 鳥さんの提案に、月華は少し考え込んでから頷いた。


 えーと、つまり。

 どうなっちゃうの?


「あんた!」

「は、はいぃ!」

 いきなり鳥さんに鋭く声をかけられて驚いたあたしは、直立不動で返事をした。敬礼のおまけつきで。

 恰好だけはビシッと決めたけど、声は半分裏返っていた。だって、突然なんだもん。


「あんたを魔法少女のアジトへ連れて行ってあげるわ。そこには、あんたの先輩……になるかもしれない魔法少女たちがいるから、その子たちの話を聞いてから、どうするか決めればいいわ。いいわね?」

「は、はい!」

 断定口調で尋ねられて、敬礼したまま威勢よく返事をする。


 魔法少女のアジトに、先輩魔法少女か。


 勢いに押されて、深く考える前に答えちゃったけど。

 なんか、ドキドキしてきたかも。


 ありがとう、鳥さん!


 お礼を言おうとしたら、鳥さんはふぃっとあたしから目を逸らした。

 そして。

 ボソリと一言。


「ま、死にたくないなら、選択肢は一つしかないんだけどね」


 へ?

 それは、どういう意味…………かと聞こうと思ったのに、鳥さんはさっさっと月華と合体してしまった。


「行くぞ」

「ひゃっ!」


 背中から鳥さんの羽を生やした月華は、短くそう言うと、あたしを軽々姫抱っこして、空へと飛び立った。

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