第48話 プグラーストの背に乗って
(ピヨロロォー……)
プグラーストが鳴いた。すぐさまトラバはプグラーストと話した。
楽器が鳴ったような声だわ。繊細だけど力強い声。辺りに響き渡り、その音で空気を麗していく。
「シャルピッシュさん、プグラーストがあなたを背に乗せて飛びたいそうです」
「えっ!? 背に?」
「はい、お礼にということで……」
「お礼? お礼ならもうもらったわ。クリスタルメサーチアよ」
「いいえ、そうではありません。シャルピッシュさんの渡したこの石には、とても強い意思の力を感じるそうです」
「意思のチカラ……?」
あたしはプグラーストの足で光る石を見つめた。透明な石が見る角度によって光の色を変えているように見えた。
「……ただグレスティーガに拾ってこいって言われただけよ」
「はい、それで、シャルピッシュさんはその石をここへ持ってきてくれました。何気なく拾った石かもしれませんが、あなたがこの石を見つけた。数あるなかから、この石だけに目を向けて拾ったのです」
「うーん、なんとなく拾っただけなんだけど、それがなに?」
「石が言っています。私を見つけてくれてありがとうと。そのお礼がしたいのだと」
「石が?」
「プグラーストにはその石の言葉が伝わって、シャルピッシュさんにお礼がしたいと言ったのです」
プグラーストは物の気持ちがわかるの? 腕輪といい石といい。でも不思議じゃないわ。だって、今まで似たような経験を目の当たりにしてきたから。
背中に乗せてくれるって言われてもね、早く帰って姉の体を治したいのに……。
「シャルピー、せっかくだし乗せてもらおうぜ」
ポノガはあたしの足もとで乗りたそうにウズウズしている。
「でも、早く帰んなきゃ」
「いーじゃねーかー、少しくらい」
「そうだよお姉ちゃん、乗りなよ。せっかくプグラーストが乗せてくれるんだし、それに、今までこんなこと一度もなかったんだよ。乗せること……」
プグラーストがあたしを見つめている。なにも怖がることはないと言っているみたいに。
「……それで、そのまま家まで送ってもらえばいいしさぁ」
たしかに、このまま帰っても、またあの熊が出る道を帰んなきゃいけないわけだし、腕輪があるから通れるとしても、面倒だわ。
要するに、プグラーストに乗って帰ったほうが早いってことね。
「そうね、じゃあ仕方ないから、乗ってあげるわ」
「やったぜー!」
あたしたちはプグラーストの脇に寄った。近くによると温かな体がふわふわと動いていた。
「本当にいいの?」
あたしはトラバに聞いた。
「はい、とても喜んでいます」
「ふうん、そうなんだ」
プグラーストはあたしたちを乗せるため体を低くした。あたしはプグラーストの背中に両手をついた。とても温かく、羽毛がふわふわした絨毯みたいな肌触りがする。
背中に乗り、足を後ろに回して跨ぐように座った。ポノガもあたしの後ろへ飛び乗る。
プグラーストはゆっくりと立ち上がった。トラバたちが低く見えて背が高くなった感じがする。
「あ、あの、落とさないわよね」
あたしは慌ててトラバに聞いた。彼はプグラーストにそのことを話した。
「はい、飛んでいるときは、磁石みたいに背中に吸いついているので落ちないそうです」
「そう、それならいいわ。あーそうだわ。あたしを家まで送ってくれるのよね」
ふたたびトラバはプグラーストに聞いた。
「はい、シャルピッシュさんの考えや思いは、背中から伝わるそうなので、大丈夫だそうです」
「ふーん、そうなの」
「シャルピッシュさん、お元気で」
トラバが送る言葉を言う。
「あの、シャルピッシュさん、これを……」
イロバはあたしにピンク色の小包をふたつ手渡してきた。それはプレゼントボックスみたいな物で同色のリボンがついている。
「ビスケットです。ひとつはお姉さんに」
「あ、ありがと」
あたしはポケットに小包を入れた。
「お姉ちゃん。また遊びに来てよ。グレスティーガとの話も聞きたいし」
リバトはねだるようにあたしを見上げていた。
「ええ、来れたらね」
「絶対だよ」
「わかったわよ」
(ピヨロロォー……)と翼を広げてプグラーストは鳴いた。汽笛のように出発の合図をして、バサァバサァと翼を仰ぐように動かす、そのたびに風が巻き起こった。
プグラーストが浮き、そして、飛ぶ。
空に引き寄せられるように上がっていく。風に身をゆだねながら空高く舞った。
見下ろすと、町の人たちは空を見上げている。手を振っている者や祈っている者もいた。
不思議な温かみがあたしのなかで響いた。それは、プグラーストの背中を通して語り掛けてくるような音。
『舞う。自由なままに。広げるように。あなたの今はあなたのもの』
旋回しながら緩やかに飛んでく。光の種をまきながら、おおぞらへ。
ポヨピオンの町が小さくなっていく、地上で光る鳥も飛んでいく。道案内人たちの光で大地が色とりどりに光っている。それは銀河のように。
風に吹かれて舞い上がり、丸い地平線が見える。森が広がり、遠くのほうで宝石のように輝く輪が見える。
その赤と黄色の混ざったような明るい色。しののめ色が疲れた体を包んでいく。癒していく。やわらかく暖かい光が眩しいほどに。
翼を仰いで、空を泳ぐ。風に流されながら、あるがままに。
「気持ちいいーなー!」
ポノガが言う。あたしは、バサバサとはためく服や髪をなびかせながら、世界を見回した。
「ちょっと怖いけどね」
空を飛ぶのってこんな感じなのね。なにからも解き放たれて、ただ、流されていく。いいことや悪いことの鎖が切られて、澄んだ空気のなかをありのままに飛んで行く。
そっちのほうにはエネギュリの図書カフェが見える。あっちのほうにはエメラピナの古道が見える。どれも小さく映った。あんなに長く感じた道がこうしてみると、あっという間に感じる。
地平線の彼方を見てみた。あの向こうにはなにがあるの? 日の出があたしの目を奪う。とても心地よく温かいものがゆったりと体に広がる。
鳥の背に乗って、上空から地上を見るなんて思いもよらなかったわ。
思いもよらなかったことが起こるのって、大体はなにも思っていないときなのよね。
(ピヨロロォー……)とプグラーストは鳴いた。空の旅の終わりを告げるような汽笛が空中に響いた。下のほうを見ると終着場所、ヴィヴォラの家があった。
プグラーストは緩やかに旋回して下降していく。バサァ……バサァ……とゆっくりと翼を仰ぎながら降りていく。静かに降る白い綿雪のように。
ヴィヴォルがあたしたちを見上げている。あれからずっと外で待っていたのかしら?
プグラーストは家の前で静かに着地をした。それから姿勢を低くしてあたしたちを降ろした。
「ありがと」
あたしはプグラーストにさわり、なでた。白いふわふわな羽毛が温かい。
(ピヨロロォー……)と鳴いて、ふたたび翼を仰ぎ出した。それから、空を旋回しながら飛んで行く。
あたしたちはプグラーストを見送った。その足につかんでいる透明な石がしののめ色の空にキラリと光っていた。
「行っちまったな、シャルピー」
「うん」
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