第47話 その、プグラーストという鳥の姿は

 あたしたちは町の裏門に向かった。近づいて行くと門の脇に人影が見える。

 

 よく見ると、リバトが門の柱に背中をもたせかけてうつむいているように見える。それから、あたしたちに気がつくと駆け寄ってきた。


「お姉ちゃんたち、大丈夫だったの?」

「ええ、なんとかね。それで、取ってきたわよ」


 あたしはポケットからクリスタルメサーチアを取り出した。透明な果実が純粋な少年の目に映る。


「これでしょ」


 リバトは宝物でも見るように目を輝かせた。


「うん、これだよ、クリスタルメサーチア。すごいね、お姉ちゃんたち。グレスティーガから取り返して来るなんて」

「別に……まあ、大変だったけどね」


 あたしはクリスタルメサーチアをポケットに入れた。


「それで、プグラーストは?」

 

 リバトは困った表情を作り首をゆっくりと横に振る。


「まだ来てないんだ」

「まだ?」

「うん、プグラーストが姿を見せないんだ」

「どうして?」

「わからないけど、今じゃないのかも」


 プグラーストが来ないってことは、説得ができない以前に種がもらえないことになる。


「仕方ないわね。プグラーストが来るまで少し待ってましょ」

「うん、そうだね。来るまで僕の家で休んでてよ、グレスティーガからどうやってクリスタルメサーチアを取り返したのかも聞きたいし」

「そうね、そうするわ」


 あたしたちはリバトの家に向かうことにした。裏門を潜るとクリスタルメサーチアの木のところでリバトの両親が空を見ている。


 それから、うなだれたように空を見るのを止めると、両親はあたしたちに気づいて駆け寄ってきた。


「シャルピッシュさん、ご無事でしたか?」

 

 トラバは安心した表情を見せる。イロバは自分の胸に両手を当ててホッとしていた。


「ええ、一応ね……」

 

 そう言いながら、あたしはポケットからクリスタルメサーチアを取り出して、掲げるように見せた。


「これでしょ、取ってきたわよ」


 トラバはそれを見ると眩しそうに目を細めて頷く。


「はい、それです。ありがとうございます」

「で、リバトから聞いたけど、プグラーストが来てないって」


 それを聞くと、トラバは顔を曇らせてため息まじりに答えた。


「ええ、そうです。どういうわけかまだ来ないんです」

「じゃあ、待ちましょ」


 あたしはリバトに目で合図を送ると、リバトはそれに気づいて父親に言った。


「父さん。だからそれまで、家でお姉ちゃんたちには休んでてもらおうよ」

「うん、それがいい。私はここでプグラーストが来るのを待っていますから……」


 トラバは隣にいるイロバに目を向けた。イロバはそれに気づいてあたしたちを家に誘う。


「では、家でお茶でも飲んで待っていてください」


 イロバはあたしたちを引き連れるようにして、家に向かった。


 辺りを見ると、町の人たちが木の周りに集まっていた。それぞれが黄緑、赤、紫などの色をした鳥のような衣装をまとっている。


「説得してくれたの? 町の人たちに」

「ええ、そうです。町の人たちは皆、プグラーストにゆだねますと言っていました」


 ゆだねるか。じゃあ、あとはプグラーストだけを説得すればいいわけね。なんとしても、このポケットのなかにあるクリスタルメサーチアを持ち帰んなきゃ。


 トラバたちが説得に失敗したら、あたしが直接応じるしかないわね。彼に通訳してもらって。


「あのー、お役に立ちました?」


 イロバが照れているように話しかけてきた。


「はい?」

「目くらまし玉ですけど……」

「あっ! ええ、もちろん、とても役に立ったわ。あれがなかったらどうなっていたかわからなかったわ。ありがと」

「そうですか。それは、なによりです」


 あたしはちょっとした疑問をイロバに聞いてみた。


「ねえ、イロバさん」

「はい」

「プグラーストっていつもだったら、もう来てるの?」

「ええ、そうです。いつもならとっくに来ているのですが。なにか来れない理由があるのかもしれません」

 

 来れない理由? いつもと違うことと言ったら、クリスタルメサーチアが木にないこと。クリスタルメサーチアがないから来ないってこと? だとすると、もうすぐ。


「おーい! 来たぞー!」


 そのとき、トラバの呼び声が町全体に響き渡った。あたしたちは一瞬お互いに目を合わせてから、トラバのほうへ振り向いた。ざわざわと町の人たちは歓喜の声をあげていた。


「プグラーストが来たのよ」


 イロバが少し声高になり、うれしそうに言った。


「プグラーストが?」


 あたしは空を見上げた。薄暗い空の彼方になにか見える。ゆっくりと空を漂うように浮いていた。


「さぁ、シャルピッシュさん、行ってみましょう」

「うん」


 あたしたちはトラバのところまで走って行った。トラバやほかの町の人たちも空を見上げている。クリスタルメサーチアの木の周りに町の人たちが次第に集まっていて、皆それぞれに空を仰いでいる。


 あたしも空を見上げた。星が輝いている空に白いなにかが優雅に飛んでいる。それは旋回しながらゆっくりと降りてきた。


 近くまで降りて来ると、大きな白い鳥が翼を広げて町を回っている。


 バサァ……バサァ……と羽ばたく音が大きくなる。その大きな翼は町の明かりによってキラキラと光っているように見えた。


「あれが、プグラースト」

「そうだよ、お姉ちゃん。あれがプグラーストさ」


 町の人たちの安堵のため息や歓声が聞こえてくる。

 プグラーストの翼から光のしずくが流れる。優雅な舞のように降りて来る大きな白い鳥。


 そして、静かに着地をして翼を閉じる。


 気高さと凛々しさ、湧き上がる安心感。とても大きな存在。揺れ動かすことのできない力強さ。その綺麗な瞳に映し出される世界は、真実でも見抜いているように研ぎ澄まされている。美しすぎて近寄り難いそんなような存在。


「お姉ちゃん、もっと近くに寄ってみよう」

「うん、そうね」


 リバトに連れられて、あたしたちはプグラーストに近寄った。鳥のオブジェの倍以上はある大きさ。目の前で見るプグラーストはとても愛らしい顔をしている。純白のふわふわした大きな雀みたいな鳥。


「シャルピッシュさん、今から説得して見ます、たしか、お姉さんの病気を治すためにクリスタルメサーチアが必要なんですよね」

「ええ」


 トラバは町の代表としてプグラーストに話しかけた。声は出ていないけど、なにかを通じ合っている。以前トラバが言っていた、気持ちを通じ合わせるやり取りってやつだわ。


 あたしはリバトに小声で話しかけた。


(ねぇ、なにを話しているかわかるの?)

(ううん、わからないよ。父さんとプグラーストのあいだにしか伝わらないんだ)

(ふうん、そうなの)


 あたしはしばらく眺めていた。トラバとプグラーストがただ静かに目を合わせている。町の人たちが見守るような静けさのなか、風がひとつ吹いた。


 トラバはプグラーストに頷いて、あたしのほうを向いて言った。


「シャルピッシュさん、クリスタルメサーチアはあなたに差し上げますと言っています」

「ほんと!?」


 やったわ、これで姉の体が治せる。


「やったね、お姉ちゃん。これでお姉さんの体の病気が治せるね」

「うん、ありがと」


 トラバは話を続けた。


「その代わりに、なにかをいただけないかと言っています」

「なにかを?」


 なにかをもらえばなにかを差し出す。まぁ、そうよね、ただじゃないわよね。はぁ、なにを差し出せっての? クッキーもないしパジワッピーの花の蜜もない。うーん、地図。ハニレヴァーヌの腕輪。メイアトリィのペンダント。


 クリスタルメサーチアに代わる物。……仕方ないわ。あたしはハニレヴァーヌの腕輪を取り外して、プグラーストに見せた。


「これでどう? 腕輪だけど」


 トラバはプグラーストと話し合っている。すると、トラバは首を振って答えた。


「シャルピッシュさん、それは受け取れないそうです」

「受け取れない?」

「はい」


 じゃあ、メイアトリィのペンダントしかないわ。……やっぱり、ダメよ。友情の印としてもらったものだから。これは差し上げられないわ。


「おいっ、シャルピー、なんかねーのか?」


 ポノガはそう言って強引にあたしのポケットのなかに入った。


「あるじゃねーかー……」


 ポノガはごそごそと動きながら、ポケットから顔をのぞかせて透明な石を取り出した。


「それは、透明な石」

「そうだ、これでいいんじゃねーか?」

「……そうね、あまり高価じゃなさそうだけど、やってみるわ」


 あたしは透明は石を持って、プグラーストに見せた。


「この石はどう?」


 トラバとプグラーストはふたたび話し合った。静寂に包まれるなか、その行く末を待った。


 こんな透明な石がクリスタルメサーチアと交換できるのかしら?


 トラバは頷いてからあたしに言った。


「それでいいそうです」

「えっ? いいのっ!?」

「はい、とてもお気に召したそうです」

「あーそうなの」


 あたしは透明な石をプグラーストに渡しに行った。美しき鳥の遥かな高みからの視線があたしを見下ろす。


「プグラーストの足もとに持って行ってください」


 トラバに言われるがまま、プグラーストの足もとに持って行った。大きな白い足が見える。太く力強いしっかりとした鳥の足が地面を踏みしめている。プグラーストは片足を上げて透明な石をつかんだ。


「どうして腕輪じゃダメなの?」

「あ、はい。さきほどの腕輪は主人を離れたくないと言っていたみたいです。ですから受け取れなかったと」

「腕輪が言っていたの?」

「はい、そうのようにプグラーストは言っていました。私にはわかりませんが」

 

 あたしは腕輪を見た。もしかして、ハニレヴァーヌの意思でも宿っているの? このメイアトリィのペンダントも同じように。


「それはシャルピッシュさんにとっては、とても大切なものなんでしょう?」

「まあ、そうね」

「だから受け取れなかったのかもしれません」


 物は主人を選ぶってことなのかしら?


「やったじゃねーかー! シャルピー。これでキャル姉を治せるぜー!」

「そうね。でも、まだ油断はできなわ」


 あのわがままなヴィヴォラがちゃんと約束を守ってくれるかだわ。クリスタルメサーチアを持って帰ったところで、やっぱりやーめた。なんてことを言ってきたりしてさ。

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